深い森のコンサート
ちらっとでも気になっていただいた方。ようこそいらっしゃいました。
あっという間に読める短編。気軽に目を通していただければ幸いです。
読み終えた後、少しでもほっこりした気持ちになっていただけたのなら、これ以上ない幸せでございます。
森が輝く。
夜露に濡れた一枚一枚の葉が、眩しい程の月明かりを跳ね返している。光の当たらない所は、どこもかしこも真っ暗だから、自分が遠い夜空の彼方に迷い込んだのかと勘違いしてしまいそうになるくらいだ。さらさらと流れる風も、この身を包んで優しく撫でていく。相変わらず時間の流れは曖昧で、今が一瞬なのか永遠なのかがわからなくなる。
・・・・・・とは言っても僕には時間は大して関係ないから、どちらでもあまりわからないんだけどね。
くすぐったくなるような優しい時間に身を委ね、満月を見上げる。
「ん~・・・・・・ふぅ。今日もいい月だな」
大きく深呼吸して、大きく伸びをする。この森を一番感じる方法だ。つぶやきは誰に返事されるわけでもなく、ただ空気に溶けていった。
僕はこの時間が一番好きだ。草木も動物たちも全て眠りについて、だけど風が歌って、月が笑って、星が踊る真夜中。
残念だけど、僕はこの時間しか遊べない。どういうわけか、昼間は身動きが取れない。昼に森でいっぱい遊んでいるアッチのみんなとは遊べないから、夜に歌うようなコッチのみんなと遊ぶしかない。
でも毎日が楽しい。確かに僕はここにいるって肌で風が教えてくれるから、目で月が教えてくれるから、土の匂いが、森のざわめきが、周りにある全てが教えてくれるから、僕は毎日が楽しい。
「さぁ、今日は何をしようかな」
いつものつぶやきをお供に、真夜中の静かな森を一人歩く。
こんな時間でも、全ての動物が寝ているわけじゃない。フクロウやネコたちがのんびりと時を眺めている。そんな中を僕は軽い挨拶をかわして歩いていく。綺麗な鳴き声で返事をしてくれる子もいれば、僕のあとについて森の散歩に付き合ってくれる子もいる。
そんなみんなと、いつでも笑っていられる場所。
ここは本当に、楽園だ。
◇
私はこの森が好き。
昼間の森は木漏れ日が気持ち良くって、深呼吸をすると力が溢れてくる。いろんな動物がいて大きな動物も多いけど、こちらから危害を加えようとしなければ何もしてこない。何か食べ物を持ってくると、その匂いにつられて鼻を押し付けてくる。最初はそれも怖かったけど、段々慣れてくると途端に可愛く思える。食べ物を持った手を右へ左へと動かすと、それに倣って顔を左右に忙しなく動かすところは思わず笑みがこぼれるくらいだ。
「ん~・・・・・・気持ち良いなぁ」
いつものように大きく伸びをして大きく深呼吸する。今日の元気充電完了だ。
森全体は結構大きくて、少し不思議なことが起きるらしい。なんでも森の大きさを測るために入り口の反対側を目指した大人の人たちが、どんなに頑張っても最後は入り口に戻ってきてしまうらしい。目印をつけても何をしても必ず見送った人の前に戻ってきてしまう。だから、だれもこの森が本当はどこまで続いているか知らない。気味悪がって近づく人もほとんどいなくなったくらいだ。
そんな不思議な森も少しなら奥に入っていける。私は怖くないし、むしろわくわくしてくる。不思議な森なんて、今よりもっと小さいころにお母さんに読んでもらった絵本の中で出てきた森みたい。そんなドキドキを楽しみながら薄暗い森の中を進んでいくと、少し開けた場所に出る。木が無くて草と花だけの空間。その中心にあるのは一つの大きな大きな切り株。あまりにも大きくて、小さなコンサート会場の舞台みたいにも思える。ここはこの森の中でも一番のお気に入りで、嫌な事があったとき、悲しい事があったとき、別に暇な時も大抵ここにいる。
切り株の舞台に太陽のスポットライト。ここは私が一番輝ける場所。誰にも遠慮することなく歌える場所。観客はいないけど・・・・・・風が木を揺らせば葉っぱのざわめきは拍手に聞こえなくもない。
正直なところ、私の生活は幸せとは言えないと思う。大きな火事で両親が死んでからは親戚の家をたらい回し。どこに行っても扱いは変わらなくて、みんなの邪魔者でしかない。畑仕事の手伝いも、家の中の手伝いも出来るのに、そのくらいじゃみんな優しくなんてしてくれないらしい。
こんなものかと思っていたから気にしなかったけれど、町で家族の団欒を見ると・・・・・・少しは羨ましい。
そんな光景が嫌で町から少し出た時にこの森を見つけた。噂では"せーれーさま"が出るらしい。難しいことはよくわからないけど、近づいちゃいけないって言いつけられていた子供を見たことがある。
誰も近づかないならちょうどいいと思った。
思いっきり歌って、思いっきり踊って、思いっきり泣いて、それが全て許される場所。今日も芝居がかった礼をして一人きりのコンサートを始める。
どんなに嫌なことがあっても、どんなに気が沈んでも、元気になれる場所。
ここは、私の楽園。
◇
最近、一人の少女が僕の上に立って歌を歌ったり踊ったり、時には突然泣き出したりする。最初は何事かと思ったけど、日が経つごとに興味が強くなっていった。彼女の様子が変だとすごく心配になったり、楽しそうに歌っていると僕まで嬉しくなったりしてしまう。
動物たちにももちろん感情はあって、喧嘩したり笑いあったり、泣いたり喜んだりするけれど、"ヒト"を見るのも珍しい僕には彼女そのものが新鮮だった。
昼間、僕の事はずっと一緒にいる森の生き物にしか感じ取ることが出来ない。以前にも何人かの人間達がここまできたことがあって、思い切って話しかけてみたけれど、彼らは何も聞こえなかったみたいに奥に進もうとした。僕の本体の切り株から先の森はちょっと危ない場所とか、暴れるのが好きな動物たちが多くなるから、気付かれないようにそっと入り口に帰るようしたことがあったから、多分他の人間も同じだと思う。だから彼女には僕がいることもわからない。残念だけど、彼女のコンサートに喝采をあげることもできない。せいぜい回りの木を揺らして拍手の様に聞こえさせるだけだ。
・・・・・・いつからだろう、一番好きだったはずの真夜中が、とても長く感じるようになったのは。
嫌いになった、というわけじゃない。世界は相変わらず静かで優しく、微弱な変化はあるけれど大きな変化はない。昼の森も、夜の森も、少し歩けば楽しいことだらけだ。
でも、確かに感じる切なさ。
今までも昼の太陽に憧れた事はあった。彼の下で森の中を走り回れたら、多分それはすごく気持ちがいいから。もちろん月は大好きだ。彼女はとても優しい光で包んでくれて、静かに時間を彩ってくれる。
でも今は少し違う。憧れるのは確かに彼女。
名前を知らず、出会ってもいないのに、僕は彼女に惹かれたんだ。
だから僕は歌うこの深い森で歌う。風に乗って彼女に届けと、真夜中に昼間聞いた歌を歌う。まだ全部は覚えてないから、ところどころで忘れちゃったり勝手に作っちゃったけど、この歌を歌うと少し彼女を身近に感じられる気がした。
◇
今日は特別嫌なことがあった。
今、寝泊りさせてもらっている叔父さん夫婦のペットが荷台に轢かれる事故に遭って死んでいた。勢いよく押さないと動かない荷台は急に止まれないから、こういった事故も時々起きる。ペットの犬が道に飛び出てきたから、荷台を押していたお兄さんもその子を轢くまで全く気付けなかった。
その瞬間をたまたま見ていただけ。でもそれを自分のせいにされてしまった。
「なんでこんなことしたんだい?うちの可愛い子をわざわざ荷台に轢かせて酷いことするんだねぇ。なんでうちの子を殺したこんなお邪魔虫を世話しなきゃいけないのかねぇ、えぇ?何か言いたいことがあるんならはっきりお言いさ!」
いつも邪魔者扱いするからその腹癒せのつもりでやったんだろうと、怖い顔した叔母さんが無表情な声で言ってきた。そんなことしても、何の意味もないのに。
言いたいことがあるなら言えというわりに、当然私の言うことなんか聞かず、夕方に始まった説教は夕食もぶっちぎって夜まで続いた。途中、叔母さんがご飯を食べながらの説教は少し面白かった。説教しながら食事の用意をし、説教をしながらモグモグと食べ、説教しながら食器を洗っていた。ここまで長いと、よくそこまで文句が出てくるもんだとちょっと感心するくらいだ。
とにかくもう、今の家にはいられない。他の親戚は前に受け入れてくれなかったし、当面はどこか仕事をするかわりに寝る場所を貸してくれる場所を探さなくちゃ。でもとりあえず、流石にちょっとヘコんだからいつもの森に行こう。
あそこで泣いて、あそこで歌えば、きっとまた頑張れる。
お日様は説教中に沈んでいて、今はもうきれいなお月様が真上に上っていた。やっと着いた森の入り口は暗闇が続いていて、すごく怖かったけど、ぎゅっと服の裾を掴みながらなんとか入れた。森の中もほとんど真っ暗で何度も何度も木の根っこに躓いて転んだけど、動物たちが踏み均したように、倒れた草が一本の道を作っていたおかげで迷わずに目的の場所にたどり着けた。
目の前がすっと明るくなり、思わず息を呑んだ。
今まで見てた場所とは全く違うセカイ。昼間なんじゃないかと思うくらい明るい月明かりが、昼間とは違う色のスポットライトで切り株を照らしてた。夜露に濡れた森の葉っぱが月の明かりを跳ね返して、イルミネーションみたいにキラキラと輝いてる。
胸が躍った。ドキドキが止まらない。何もかもがキレイで、何もかもが幻みたい。
さぁ、大声で歌って踊ろう。
早く歌いたいと逸る気持ちを抑えることなく切り株まで走って近づく。
切り株の特別ステージまであと数歩。そのまま飛び乗る勢いで走っていると、少しだけ強い風が優しく顔を撫でていった。その風に乗って、歌が聞こえた。
◇
「・・・・・・え?」
いつもと変わらない夜、静かに光を運ぶ月を眺めていると、森がざわめいた。こんな時間にお客さんが来たらしい。
最近は減った狩人かなとも思ったけど、森のざわめきは恐怖よりも戸惑いのそれだ。
急いで森の入り口に向かうと、驚くことにあの子の姿が見えた。危ないから早く帰らせなきゃと思う気持ちと、一緒にいたいと思う気持ち。僕は知らないうちに茂みを獣道みたいに倒していた。
ドキドキする。今にも心臓が飛び出してきそうだけど、同じくらいワクワクしてる。すぐ近くで見守りながら彼女と同じ場所へ歩いていく。
暗闇だった森が途端に明るくなる。ここは・・・・・・僕のいる場所。
あることを思いつき、一足早く切り株に向かう。彼女は夜の森の輝きに心を奪われたみたいだ。
すぅっと息を吸うと、いつも聞いている歌を歌い始める。聞こえないかもしれないけど、聞こえるかもしれない。そう願って・・・・・・。
◇
自分一人しかいないと思っていたから、聞こえてきた歌声にはとても驚かされたけど、自分以外にこの場所を知っている人がいることを私は喜んだ。この歌は、いつも私が歌っている歌。両親がいた頃から覚えていて、ずっと歌い続けてる大切な歌。
「ねぇ、誰かいるの?どこにいるの?」
お友達が出来るかもしれない。そう思って声の主を探せども、やっぱり声だけが聞こえてくる。
「ねぇ・・・・・・どこ?」
突然歌が止まってしまい、周りから音が無くなる。風の音も、木のざわめきも、何も聞こえない。段々怖くなってきた。
自分の心臓の音だけがやけに大きくて、手が汗ばんでいることにやっと気付く。辺りを見渡していると、静かな風が通り過ぎた。
「・・・・・・え?」
相変わらず声の主の姿は見えない。今は声も聞こえない。でも不思議と怖くなくなった。
風が通るとき、君も一緒に、そんな言葉が聞こえた気がしたから。
切り株に飛び乗り、大きく息を吸って、心からの歌を歌う。誰かはわからないけど、不思議と気持ちが落ち着くこの声との唯一の繋がりであり、私の全てである歌で私を教える。
私はここにいるよ。
だから僕も歌う。
僕はここにいるよ。
なんだか嬉しくて、でも悲しくて、胸の切なさは消えないけれど、今はそれ以上の大きな喜びに包まれている。
それは、とても小さな、深い森のコンサート。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
読み終えていただいたあなたの口が、少しでも微笑んでいてくれると嬉しいです。
こんなテイストの短編だったり、伝奇物だったり、短編ホラーだったりをチマチマ書いています。
お時間があれば、より良い作品を作るため、感想意見激励告白のコメントをよろしくお願いいたします。
最後まで読んでいただいた方に、心の底からの感謝を。