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牡丹喰らいは夢を見ない  作者: 鳴宮
3/3

-楓葉-3

一週間前、県内のとある中学校の遠足バスが崖から転落し、バスの運転手・引率の教師・生徒31名が犠牲となる事故が発生しました。行方不明だった秋月紅葉くん、彩野ユリさんも昨夜遺体で発見され──。

ローカルニュースで繰り返し報道されているこの事故。何とも言えない気持ちになったオレは逃げるようにテレビの電源を切った。


「やっと終わった……」


最後の墓譚(ぼたん)の記録を終えて、スイッチが切れたように机に突っ伏す紫蘭さん。

ここ一週間、紫蘭さんは殆ど寝ずに墓譚(ぼたん)の解析と記録をしていた。墓譚(ぼたん)一つ解析するのにもかなりの集中力が必要だから、彼の精神は相当消耗しているはず。


「お疲れさまです。何か飲み物持ってきますか?」


「いい、寝る。帳簿と墓譚記(ぼたんき)仕舞っといて。あと、遺族が墓譚記(ぼたんき)の閲覧に来たら店番してる誰かを呼んで応対してもらうように」


「はい」


紫蘭さんは大きなあくびをして、「後はよろしく」と部屋から出ていく。

オレは紫蘭さんの机に重ねられた数冊の墓譚記(ぼたんき)に視線を落とし、その横の名簿をめくる。一番上のページに記入されている見覚えのある名前を目で追い、その文字を指でそっとなぞった。


「……相川紗和、尾沢宏太、北野友季……」


この名簿は紫蘭さんが解析を依頼された墓譚(ぼたん)の持ち主、つまりは故人の名前が記録されている。

紫蘭さんが激務に追われていたここ一週間の依頼。殆どの名前があの事故によって亡くなった中学生たちのものだ。

そして、


「……おやすみ、みんな」


オレの、かつてのクラスメイトたちだ。

生徒全員が犠牲になったことにされたあの事故。オレと、クラスメイトだったユリさんだけが生き残っていた。

……そもそも、オレとユリさんが生きているとは言い難いらしいけど。


オレとユリさんは『牡丹喰らい』だ。


他人の『魂』と『墓譚(ぼたん)』を勝手に喰らった罪人と言われている。

この身体は生者とも死者とも言えない、殺しても死ぬことが不老不死の出来ない化け物となった。

それが他人の魂を喰らったオレたちへ罰なんだと、ユリさんは言っていた。

元々ユリさんは「牡丹喰らいの可能性有り」とされていたオレの監視のために同じ中学に編入し、そして事故に遭った。

結果として、大事故の中でも無傷だったオレは牡丹喰らいと判明して存在の隠蔽のために事故で死亡したことになり、墓譚(ぼたん)を扱う仕事をしている紫蘭さんに引き渡された。

紫蘭さんとユリさんと、他の先輩たちと。オレは永遠の時間を生きることになるだろう。

ふと顔を上げると、ドアの隙間から部屋を覗き込んでいる紫蘭さんと目が合った。ギョッとした。


「感傷に浸っているところ悪いけど、これお前のでしょ」


すっと差し出されたのは紅葉柄のカバーが掛かった文庫本サイズのノート。


「秋月紅葉の墓譚記(ぼたんき)だろ?」


オレは頷き、ありがとうございます、と紅葉の墓譚記(ぼたんき)を受け取ろうとしたが。


「……あの、紫蘭さん?」


あの細腕のどこにこんな力があるのか。紫蘭さんは指先に物凄い力を入れてノートを掴んでいるらしく、彼の手からノートを取ることが出来ない。


「……通常、僕ら牡丹喰らいは、墓譚(ぼたん)を喰らった側の意識が残るはず。お前のように喰らった側の身体に喰われた側の意識が残るなんて初めてだ」


実に興味深い、と頭のてっぺんから足の先までじっくりと見つめられては居心地が悪い。


「あの、寝るんじゃなかったんですか?」


「お前のことが気になって眠れない」


……女の人に言われたかったなぁ。オレの複雑な心境を紫蘭さんは知る由もないだろう。観察を終えて、次はオレの顔を薄紫色の瞳でじっと見下ろしてくる。

その瞳を見つめ返すことは、さすがに出来ない。オレの視線は必然的に手元の墓譚記(ぼたんき)に向いてしまう。

オレの弟の紅葉。この身体の持ち主だった。

紅葉はオレの5つ下の中学生で、いつもオレの後に付いてきて、いつもオレの真似をして、オレと同じものを欲しがった。

オレはそんな紅葉を可愛がっていたし、大切に思っていた。だからあの時オレは弟の紅葉を助けた、はずだったのに。

あの日の家族旅行。

接近するトラックから庇うように、小さな紅葉の身体を抱き込んだのに。

……悲惨な衝突事故の中、オレに庇われ重傷を負いながらも一人生き残った紅葉は、何を思ったのかオレの墓譚(ぼたん)を喰らったのだ。

墓譚(ぼたん)を喰らうという行為の結果を紅葉が知っていたとは思えない。紅葉ではなくオレの意識がこの身体に宿った理由も分からない。

けれど、もしかしたら紅葉は。


「……自分一人だけが生き残る未来に、絶望したのかもしれないな……」


紅葉に生きていて欲しかったオレと、一人では生きたくなかった紅葉。その思いの結果が、牡丹喰らいとして存在するオレなのかもしれない。


「……そういえば」


紫蘭さんの声でハッとする。


「お前、名前はどうするの。このまま外側の秋月紅葉のまま?それとも内側の秋月楓?」


「あ……そのことなんですけど」


身体は秋月紅葉でも中身は秋月楓。紅葉のフリをして通っていた中学校でならまだしも、どちらとも繋がりのないこの店ではどちらの名前で呼ばれるのも違和感がある。

以前、ユリさんは戒めとして背負い続けると言っていた。でもオレは、墓譚(ぼたん)喰らったことへの戒めなんかじゃなくて、何よりも大切な存在だから、忘れたくないから、存在した証として背負い続けたい。この未完結の墓譚記(ぼたんき)も、紅葉の名前も。

だからオレは、


「楓と紅葉を合わせて楓葉(ふうよう)。……ってどう思いますか?」


思いつくまでに大分悩んだことを知られたくなかったので、へらりと笑って軽く聞いてみると、紫蘭さんは面倒臭そうに眉をひそめた。あ、怒られるかも?


「何で僕に聞くの。お前の名前なんだから自分で決めなよ」


「で、ですよね、すみません……」


「でも、まぁ、いいんじゃない。僕は嫌いじゃない」


ふわりと穏やかに紫蘭さんは微笑む。

紫蘭さんに認めてもらったことよりも、紫蘭さんの見せたまるで天使のように優しげな笑みに戸惑いを隠

せなかった。

あの終始仏頂面の紫蘭さんが。雑用係の先輩を暴言で泣かせたらしい紫蘭さんが。

明日、雹でも降るんじゃないだろうか。そんな不安がふつふつと湧き上がる。


「新入り」


「は、はい!」


あの天使の微笑みから一転して仏頂面に戻った紫蘭さんは、「店長の僕に言うことは?」といたずらっ子のように笑んだ。紫蘭さんらしい表情だ。


「秋月楓葉です。これからよろしくお願いします」


「よろしく、楓葉(ふうよう)


オレは紫蘭さんの手を強く握り、大きく頭を下げた。

時間の止まったオレたち牡丹喰らいは未来を夢見れないけれど。

これからは秋月楓葉として、オレは紫蘭さんやユリさん、他の先輩たちの役に立てればと、思っている。

……それが、オレ、秋月楓葉が存在する理由になるだろう。

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