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伝達魔術  作者: Fire
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対を成す双子(2)

 その後、紗枝は他に昼食として必要なものを買う。そのために費やした時間は無駄ではない。それこそが生の時間となる。そんな淡々とした時間を紗枝は楽しんでいた。だが、それは所詮仮面の時間に過ぎない。

 家に着くと仮面を外す。そこが唯一外せる場所。密閉された空間だから正体を知られる事も無い。が、今は家に誰も居ないわけではない。しかし、その人物は紗枝に影響を与えない。仮面を外した姿は既に知られている。むしろ仮面を外して触れる事を欲する存在。

 店のドアを開け、仕事場である空間を通り過ぎて奥へと足を運び、一段飛ばしで一気に階段駆け上がる。

「・・・・・」

 その人物がその家に居ればの話だが。

「待ちくたびれたよ。紗枝」

「やっぱり、白衣の人って貴方だったのね。」

 ため息をつく。予想通りで予想通りでは無いその人物が目の前に居る事に対して。

 目の前の存在の名は片桐 (きずな)。氷の母親である。

「商店街で噂になってたよ。白衣の人が私の店をうろついているって。」

 紗枝は白衣でうろついていた事に関して何も言わない。言えない。

「そう。やっぱり毎日うろつくのはまずかったか。こっちも急ぎの用事。」

「急ぎの用事?」

「ああそうだ。単刀直入に言う。私の病院の手伝いをして欲しい。」


 病院がまだまだ発展途上の段階であるこの時代において、こういう依頼を魔術に長けた人物に頼むことは珍しい事ではない。そもそも、つい最近ようやく一部の病院が収容所や実験室というレッテルを剥がし終えたばっかりで、人材や事務や運営等の点においては足りない物だらけだった。加えて収容所からの使者が『雇ってくれ』と押し付けにきたり、『医者としての名誉などには興味はない』と口ばかりの人間が病院に押し寄せてくる事も度々発生している。もちろん病院側としてそんな人間を雇っていてはレッテルを再び貼られてしまうことにもなるため避けねばならない。だが、綺麗な医者だけが存在するわけではないため、人身不足は避けられない。

 そのため、どうしても病院側としても魔術に長けた者であり、かつ信頼できる人間を雇わざるを得ない状況が続いている。もちろん、表向きにはあまり良いとはされていない。医者の免許は未だ存在しないが、それは町や役所が認めた公認の免許が無いだけで、ごく一部の私営団体が提案している免許は実在し、市民からの支持は高い。そのため、なんらかの免許のある医者しか人は信用しない。

 つまり、何の免許も無い人間が病院で働く自体は法的に問題無いが、市民が医者を嫌っている故に、実質上何らかの免許は必要とされている。が、紗枝がそんな免許を持っているはずも無い。だが、他者からの信頼という証は既に得ていた。片桐紗枝の名を知るものにとっては


「・・・そろそろ来ると思ったよ。忙しそうだもんね。そっちの病院。」

「ああ、どこぞの馬鹿が張り切ってるせいでな。まぁ加害者の事に関しては正直言って興味が無い。さっさと終わってほしいと思っているのが関の山だ。でも、やっぱり私は医者だからね。苦しみ続けている人たちを放置出来ないんだよ」

 たとえ、放置せずに治療し続けた先の結果を知っていても・・・・

「話を戻そうか。時間は午後4時〜午前1時までを頼みたい。その時間に集中しているからね。それを1ヶ月に27日間。で、報酬だけど月300万でどう?」

 労働基準法のない労働条件は異形の姿。

「無茶苦茶な労働条件ね。」

「私としてはもっと労働時間を増やして、報酬を減らしたいんだけど、本業のことを考えるとこうなるかなってさ。」


 労働条件を増やせない理由と報酬を減らせない理由は全て紗枝の店に基づく。そして、絆は知っている。この店のシステムを、

 紗枝の占い師の仕事は全て無料である。何時間客と話し続けようが、紗枝からは一切お金を請求しない。そのシステムには紗枝のけなげさがある。

 占いやカウンセリングなどのサービス業は問い詰めれば『他者との会話』に直結する。悩み事の相談やあてずっぽうな未来視など、誰にでも出来るし、人間誰もが持つ平等な権利である。故に『他者との会話』に対して、経済的、空間的な障壁があってはならない。

 しかし、占い師は金という名で『他者との会話』に障壁をもたらしている。『他者との会話』という生物的行動を非常に大事にしている紗枝にとっては、金をとる行動は苦痛だった。だから、紗枝は完全無料で占い師を開業している。

紗枝の資金を得る方法は一つだけ。他者からの感謝の言葉だった。無条件に人を愛する彼女に感謝の気持ちを込めて、占い師を続けていられるように資金援助をする人間が時折いる。その資金だけで彼女は今もなお生活し続けている。今回のケースは感謝が前払いになっただけの事。


「・・・そうね。なら私も動かなきゃいけないか。そろそろ資金面でもやばくなってきたし。」

「ありがとう。しかしさ、いくらなんでもサービスしすぎじゃないの?完全無料の事業なんか聞いたこと無いよ。」

 停止する。何ゆえに停止するのか、紗枝自身もわからずに

「・・・・・それでも・・・・」

 声は途切れる。言葉は続けようとしている。言葉と声の間に生じた差が紗枝を苦しめる。しかし、消えたからといって、伝えられなかったわけではない。伝えようとしている言葉は絆の耳に届いていた。たとえ聴覚で認識できなかったとしても。

「・・・まぁ、わかるよ。そういう人付き合いを大事にする気持ちはさ。人間忘れちまうからね。金をもらっているうちにさ」

「・・・・」

 紗枝の口は動かない。動かない理由は彼女の運命。

「なぁ紗枝、本当に知識を得続けた結果そうなっちまうのかい?孤独の空間に行き着くのは必然なのかい?」

 人の話を理解するには自分の価値観を他者と同一にしなければ理解し得ない事が多々ある。それを安易に行いすぎている結果が絆の目の前に存在する。

「・・・・・」

 言葉は常に出ようとし続けている。ただ、それを絆が聞き取れるかだけの事。

「・・・・・・生き返りたい。」

 その言葉は一度『無』になり、それからまた新たに『有』を得るという事である。今まで得てきた『有』とは異なる『有』を。でも彼女が得ようとしているのは『狭間』であることに気がつかない。

「・・口癖だね。貴方達。」

「・・・・」

 『貴方達』その言葉は複数形


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