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伝達魔術  作者: Fire
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対を成す双子(1)

 術暦499年 12月31日


 2DKの空間。そこに一人の女が居た。昼ご飯の支度をしていて、キャベツを千切りにしている。

 彼女の名は片桐紗枝。二十歳

 机の上には占いや魔術に関する本で支配されていた。それだけではない。隣の本棚も同類だった。その内の半数の書物は紗枝が書いた本。既に出版された本から、適当に書きなぐったノートまである。ノートと参考書が表す秩序は一定であるわけも無く、本棚は全体的にぐちゃぐちゃの印象が強い。

 壁にあるのは絵。写真ではない。だが、扱い方は写真のように壁に貼り付けられていた。その絵は鉛筆だけを用いて、一定の濃さを保ち続けて描かれていた。そして、写真のようにその瞬間の表情を描くのではなく、絵にその者の辿った道筋全てを絵に描いたような特別な印象を受けるのが多い。

「・・・いい加減起きたらどうなの?氷。もうすぐ十二時よ?」

 その空間に居るのは女だけではない。ベッドの横に布団を敷いて眠り続けている男が居た。

 片桐紗枝の弟、片桐氷。

「うっせーな。こちとら、お日様昇るまでしんどかったんだぞ?ようやく寝れたのは五時。まだ7時間ぐらいしか寝てねーの。」

「十分寝てるじゃない。7時間も寝れば。」

「他人の睡眠時間の常識なんざ、興味ねー。」

 氷は否定をし続ける。

 一方の紗枝はため息を突き、包丁の手を止めて、キャベツをタッパーに入れてふたをした。そして氷の頭上まで近づく。

「・・・まぁいいわ。ちょっと、昼食の買出しに行ってくるからお留守番よろしくね。」

 そう言って、大きめのハンドバッグを持って外に出た。

「・・・・・・・」

 返事は無い。既に睡眠を再開しているため意味が無い。だから、彼女に伝える言葉は無い。伝える言葉があるとしたら虚無だけ。


 片桐氷は片桐紗枝の弟にあたる。また、ただの姉弟ではなく彼らは双子でもある。

 片桐氷は伝える事に着目点が置かれていた。その気になれば、神経を繋げている状態と同じような感覚を与えられる。己の意思もたやすく人に理解してもらえるように強力な説得力となる。

 一方で片桐紗枝は、他者を理解する事。他者の心が分かる能力を持っている。簡単に言えば読心術。彼女が可能とする領域は多い。その気になれば人が生き抜いてきた人生の全て。そして、対象の感情。それらを脳内で100%トレースする事が可能。

その存在を片桐家は『対を成す双子(せかい)』と呼ぶようになった。


 一度部屋を出て外に出ると、周囲は活気で満ちている空間へと変化を遂げる。店を開いている人と世間話をする客。その姿がとてもよく見られる場所だった。客と店員の間に壁は存在しない。慣れ親しんだ近所付き合いの一つとなっていた。その付き合いが多く見られ、それが商店街独特の活気へと変わる。

 その活気あふれた商店街で紗枝は占い師として店を経営していた。が、それは一種のカウンセラーのようなもので、店内にはタロットカードも無ければ、水晶玉も無い。人が悩んでいる事を的確に魔術で確認し、その人の立場に立ってカウンセリングをしている。また、良き聞き手として評判は高い。

 だから、片桐紗枝もその活気を司る部分の一つ。

「おばさん!」

「ああ、いらっしゃい。紗枝ちゃん」

 紗枝ちゃん。と気軽に呼び、飾らない微笑みが八百屋を経営する40代の女性に生まれる。

「にんじん2つくれませんか?」

「はい、二つで140円ね。いつもありがとう。」

 ポケットから財布を取り出し、お金を渡す。にんじんをうけとると「ありがとう」と挨拶をした。

「ああ、そうだ紗枝ちゃん」

 歳の都合で少しかすれた声で紗枝を呼び止める。その声にはそれだけの経験と歳を重ねてきた厚みと少しずつ滅んでいきつつある身体の事情が感じられる。

「何ですか?」

「あのね・・・最近紗枝ちゃんの店に毎日来てる人がいるのよ。」

 数日前から講演会続きで2週間ほど店を閉めていた。こういうことは度々あり、その時に扉に閉店の告知を書いた紙を張っている。そして明日から開店と告知しているため、毎日来る真意は少し異様さを漂わせる。

「何でわざわざ毎日?開店は明日だって言ってるのに。」

「さぁね。しかも、それだけじゃないのよ。その人を昨日見たんだけどさ、毎日白衣で来てるのよ」

 白衣という単語はあまり良いイメージは生まれない。この時代は、病院がほぼ収容所とかしている。

 壁や天井は劣化している病院が大半で、皮膚や肺が弱い人間とっては二次感染も十分ありえる。保存している薬なども不純物が混ざる可能性が高く、『予算の都合』というレッテルを利用して、新装されることもほとんどない。そのため、病院は実験所か収容所かのどちらかでしかない。だから、白衣は生体実験を連想させてしまうのが、集落や社会の一般的な思考回路だった。

 しかし、片桐紗枝は例外である。

「白衣ね・・・その人、白衣以外に特徴はあった?」

「そうねぇ・・・」「ああ・・・やっぱりそうか。」

 八百屋を経営しているおばさんが思い出そうとした瞬間に紗枝は全てを理解した。魔術を用いて

「・・・魔術かい?」

「ええ、断りも無く使ってごめんなさい。たまに使うつもり無くても魔術を使っちゃう事があるから。」

 魔術は五感での認知が難しい。使用している間に光の線が出てくるわけでもなく、音が聞こえるわけでもない。ましてや、触られたような感触やにおいも味もあるわけがない。それ故に魔術の被験者でさえ、いつ使われたかを見極めるのは難しい。見極められるとしたら魔術を使うしかない。

「別に気にしないよ。お互いに理解しあうのは良い事じゃないか。」

 その言葉が少し紗枝に染みる。海の潮が時折皮膚に痛みを与えるように

「・・・そうですね。良い事だと思います。」

「やっぱり、紗枝ちゃんはわかってるね。今の若いもんにもその事を教えてやりたいよ。」

 微かに途切れかけた紗枝の言葉を読み取ろうともしない。言葉でしか解釈していない

「・・私そろそろ帰りますね。」

「ええ、くれぐれも気をつけてね。」

 はい、と答えて紗枝はその場を後にした。その言葉に嘘が含まれているのは明白なのに、それを隠そうともせず、それを認識しようとも八百屋のおばさんはしなかった。そして、心の中で呟く。

「やだなぁ・・・」

 何を拒絶しているのかは彼女のみが知る。

 読み取りに長けているという事。それは、自我が存在しないという事に繋がる。自分の意思が存在しない以上は停止し続ける。受け取らない限り何もしない。

 そして、他者に自然と同意してしまう。理解で留めるだけでなく、理解するために同意までしてしまう。それ故に他者をよく知る者ほど自分の意思は存在しない。ただ他者に振り回され続けて生きるのみ。


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