将達の戦い・参
並ぶ四人のうち三人はすでに戦闘形態になっていた。
炎の息を口の端から漏らす紅龍、長剣を持つ右手に龍と化した頭と左腕の青龍、翡翠色の髪が金髪に変わり時々体の端々から放電させている雷光蟲。その後ろでいつでも障壁を張れるように構えているシャルナックがいた。
全員の視線の先には捕食個体。
他の捕食個体よりは小柄でサイズは人ほど、紫の長い髪に隠れた顔は見えず上半身は土気色をした男、下半身は毛に覆われていて足は偶蹄目のような蹄をしている。
そして何より怪しいのは腹にある口だった。ヨダレと舌を見せておりまるでそこから呼吸でもしているかのようにも見える。
やや前傾姿勢な事とダラリと垂らした腕がまるでゾンビを彷彿させるような構えで四人の方に向いている。
「一気にいくよっ!」
クレストの声にジグレイシアとヒルデも動きだす。クレストが正面から距離を詰めながら火炎を吐き、ジグレイシアは左から氷の魔力を乗せた斬擊、ヒルデが右から大鎌に纏わせた雷撃を放ち攻め込む。
捕食個体は気付いていないかのように棒立ちだったが、捕食個体が大きくのけぞると背後から現れた大きな手が正面の炎を掴み腹にある口が喰う。まだ攻撃を受けていない右の肩が千切れ落ちるとジグレイシアの斬擊がスピードに乗る前に受け止める。さらにヒルデの放った雷輪には影から伸びた手が盾となる。
「はぁ!?」
「ぐっ……」
「ウソでしょ?」
攻撃を受け止められて三者三様に驚くが捕食個体は攻撃をしてくる様子を見せない。
その場でユラユラと揺れていたかと三者三様が判断し次の攻撃に移ろうとした瞬間に、
「ギュヒヒヒヒ!!!!」
電子音で作られたような壊れた笑い声をあげた捕食個体が割れる。胸から上だけが浮いてヒルデに殴りかかり、とれたままの右腕は剣を受け止めたまま、腕から腕が生えてジグレイシアに殴りかかる。
さらに腹を含む下半身はクレストに飛びかかると連続して怒濤の蹴りを放つ。
それぞれがその攻撃を凌ぎ距離を取る。
その時クレストが一瞬別の方に視線を向けて叫ぶ。
「シャルナック!!サンターナ将軍とドラスト将軍の援護に!!こっちは三人でなんとかする!!」
シャルナックがその声に二将軍の方を見るとドラストが殴り飛ばされていた。シャルナックは駆け出すと共に詠唱を始めて障壁の準備をする。
その背中に向けて捕食個体は腹の口を大きく開くと炎塊を吐き出す。ジグレイシアがその炎を斬りかき消して捕食個体に剣を向けた。
ジグレイシアの瞳孔が縦に細長くなり赤みが増す。体から魔力が沸き立ち青白いオーラを放つ。
ダンッと強い音がしてジグレイシアの姿がその場から消える。次の瞬間には捕食個体の背後に現れて切っ先を振るう。しかしその斬擊は背面にある大きな手に受け止められて止まる。ジグレイシアはゼロ距離で大きく息を吸うと魔力を混ぜ合わせて氷の息を吐き出す。
剣を離したジグレイシアは右腕も龍化して凍った手に爪を連続して突き立てる。
「ガァァァァァァァァ!!!!」
咆哮と共に砕けた氷と捕食個体の緑の体液が舞う。
ジグレイシアに一寸遅れてクレストとヒルデも攻撃に回る。また捕食個体の胸から下が分離してクレストに向かっていく。
「ギュルヒュヒュヒュフ!!」
そして次は壊れたラジオのような鳴き声を出したかと思えば両腕が外れてジグレイシアを左右から殴る。
さらに鉄の槍が周囲に現れてヒルデに矛先を向けて飛ぶ。
「クソがぁぁぁぁ!!」
クレストの爪が捕食個体の片足を捉えて左膝から下を切り取る。腹にある口が歯をガチガチと噛み合わせて威嚇するかのように音を出す。
ジグレイシアは激情に任せた攻撃で捕食個体の切り離した腕に気付かず頭と脇腹に直撃を喰らい吹っ飛びもんどり打つ。
「カバッ、ガッ……ハッ……」
赤黒い血を吐きピクピクと震える。治癒魔法を使おうと魔力を練ろうとするがうまく練れない。
いくら周りから攻防や身体能力の上昇魔法を受けていても所詮は補助魔法であり、本人が自力で行う強化に比べると劣る。
補助魔法は対象に対して魔力を同調させなければならないので100の魔力を送っても効果が50や70と同調律によって下がる。
当然だが魔力の波形は個人差がありは|100パーセントの同調はほぼ不可能の領域、同種族でも50パーセント、家族や近親者でも70パーセントも同調すれば高い方で普通は30パーセントも効果があればかなり高い方である。
後方待機していた何人かが素早くジグレイシアの回収に動いたが捕食個体の上半身が素早く追撃に動いていた。
地面に転がっているジグレイシアにとどめを刺すと言わんばかりにテイクバックした拳、それが振り下ろされるがそれよりも早い存在がジグレイシアを抱き上げて回避した。
それは鉄の槍を受け流し払い落とすヒルデでもなく、下半身の蹴りをいなして片足を切り落としたクレストでもない。
もう一頭の青龍が龍化の解けたジグレイシアを抱きかかえていた。
遅れて駆けつけた兵にジグレイシアを預けると青龍は無言で捕食個体の上半身に向くと右腕が一瞬消える。
次の瞬間には突風が起きて捕食個体の右腕が挽肉となって落ちる。
「ンギュビィビィビィ!?」
刹那の間に腕を失った捕食個体は遅れて気付き悲鳴を上げる。
その悲鳴も治まらない間に左腕も同じように消える。
「イイ度胸ダ、ゴラ゛ァァァァァァァ!!!!」
戦場すべてに響き渡る怒号と共に両腕を失った捕食個体が叩き付けられる。
さらに拳を突き立てる。衝撃で地面が割れて沈下する。数発打ち込んだところで下半身が横やりを入れるがその蹴りも掴むと一本背負いのように投げる。
地面に叩き付けた後は反対方向に叩き付け、何度も繰り返す。握っている足首にも相当力が加えられているのか、メキメキと骨が軋む音がしてグチャッと潰される。それでやっと叩き付けから解放されるが捕食個体はボロボロで痙攣を起こしている。
血を払い落とした青龍が捕食個体の方に歩き寄り大きく足を上げ、冷酷と笑う。
「シネ」
冷酷な声の元に捕食個体は踏み潰されて肉片へと姿を変えた。
青龍が龍化を解くと濃紺の髪をした壮年の男性の姿に戻る。クレストが横に立つとやや厳しい目で睨み付ける。
「……ケルツィア、どういうつもりだ?」
「どうもなにも……我が子を傷つけられて黙っている親がいますか?」
ケルツィアはクレストと目を合わさずに肉片となっている捕食個体を踏みにじる。クレストは少し訝しむも、
「……彼はノアード・ジグレイシア、ではないの?」
「……将軍、このお話は後に……」
ケルツィアはヒルデが寄ってきたことに気付き口を閉じた。
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