将達の戦い・弐
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サンターナとドラストと対峙しているのは人と同じほどの大きさの捕食個体。胴や足は人とあまり変わらないが首から生えるのは二本の百足の半身、左腕は目が四つある狼、右腕は紅い鰐という異形。
両方の口からはヨダレが垂れていて餓えた瞳が両将を捉える。そして頭にある百足も牙をカチカチと打ち鳴らして威嚇している。
「……単純に気持ち悪いわね」
「や~ん、私食べられちゃう。先輩、助けてぇ」
背中にコウモリのような羽を生やして戦闘形態となったサンターナと淡い光の粒子を放つ天使の羽を広げてサンターナの後ろに隠れるドラスト。
「ふざけてないで。来たわよっ!!」
走って間合いを詰めてきた捕食個体が狼の腕を振ってサンターナを喰らおうとする。サンターナが後ろに飛び跳ねて、
「水のマナよ、我が声に力を与えよ、白き霧を以て視を埋めよ、まとわりて氷とならん、白霧絡氷!」
狼の頭を覆うように白い霧が現れて氷の塊となる。狼は瞬きも出来ずに氷の中に閉じ込められた。
ドラストはサンターナが動く直前に上空へ飛ぶと両手を天に掲げた。
「光のマナよ、我が声に応えよ、集められし陽光は閃光となる、破熱の光の筋となり我が敵を討たん、陽光閃!」
詠唱と共に光の玉が出来上がるとそこから高速の光閃が放たれる。百足の片方に当たると焼ける音がして焦げた臭いと共に煙が上がる。
しかし捕食個体はまだ百足の牙を鳴らしてサンターナに向けると一際大きな音と共に火花が散って、
「きゃああぁぁぁ!?」
炎が吐き出された。直撃したサンターナが顔を庇いながら後転して距離を取る。しかし捕食個体は逃がしてはくれず鰐の口がサンターナの足を咥えようと牙をむく。
「ダリャァァァ!!」
そこにドラストが落下エネルギーと羽根の推進力を合わせて上空から蹴りを喰らわせた。当然魔力の強化も含んだ威力なのでただの蹴りではない。
「ガプギュッ!?」
鰐の口から変な声が上がって片眼が飛び出て転がり落ち、捕食個体は勢いよく転倒し転がっていく。
「先輩!『聖なる息吹のマナよ、我が声に応えよ、命の流れを以て流れる、癒やしの息吹よ、ここに、治癒魔法!』」
ドラストはサンターナにかけよると両腕の火傷を治癒し始める。赤黒く焼けた肌に光が集まり皮膚が修繕されていく。
「くっ……ありがと、ティフォル……」
「とりあえず、です……がはっ?」
治癒が終わらない間にドラストが肺の空気を吐き出しながら吹っ飛んでいった。
捕食個体は振り払った鰐の口から紫の息を吐き零して、それが量を増していく。
「くっ……」
ドラストは地面に転がったまま立てない。そこに鰐の口から放たれた紫の息が直撃しようとしたがそれは地面から生えた蔦が作る壁に阻まれた。
「ま、間に合ったぁ……半人前ですがお手伝いします!」
蔓が地面に戻るとそこにはシャルナックが杖を片手に構えていた。しかも倒れていたドラストには治癒魔法が施されて回復している。
ドラストの無事が見えたサンターナは鰐の頭を横回し蹴りにして飛び退くとドラストとシャルナックのそばに下りる。
そしてサラスのいる方角から二度目の轟音が響き渡る。
「えっと、陛下の護衛の……?」
「シャル、で構いません。クレスト将軍がこちらに助勢するよう言われました」
シャルナックがクレストの名を出すとサンターナは舌打ちをする。
「『深緑のマナよ、我が声に応えよ、森のある樹々の力、呪毒の蝕みに抗う護り、双樹の癒護!』」
シャルナックの詠唱が終わると緑の薄霧が三人を包んだ。
「先ほどの息には熱毒がありました。ですがこの魔法で毒の息は無効化できます」
「助かるよ、シャル」
「私達も頑張らないとね~」
サンターナはシャルの頭を手でポンポンと数回叩きながら捕食個体を睨み付ける。ドラストはお姉さんぶったような口振りをしながら微笑み青筋を浮かべる。
「いくよ!」
サンターナは翼を広げて低く飛行し飛び出す。両手を左右に広げると、
「『幻惑のマナよ、我が声に力を与えよ、、紫の蝶は迷いを誘う、明暗に乱れ惑え、夢幻の胡蝶!』」
サンターナの右手から紫の粒子が現れると捕食個体を包む。粒子はいくつかつながっていき蝶の形を成す。
すると捕食個体が腕を振り回し始めて、さらに毒の息や百足の頭も振り回す。
「『光のマナよ、我が声に応えよ、我が手に宿り烈光となす、宿りし光は光輪を描く、放たれよ、烈光の天輪!』」
ドラストの詠唱に合わせて両手に宿った光で大きく輪を描いた。
その光の輪はその場でバチバチと音を響かせると捕食個体に向かい高速で飛んでいく。
爆発音がして土煙が巻き起こる。
「手応えあり、なんだけどね……」
地上に降りたドラストは次弾を放つための魔力を溜めたままで構える。土煙が晴れるよりも早く何かが飛び出してきた。
「『虹光のマナよ、我が声に応えよ、極天の光は聖なる力となる、刃を受け止め衝を包む、至極天の輝光壁!』」
シャルナックの詠唱から素早く張られた障壁にいくつもの衝撃が走る。
二人は土煙の晴れた中にその元を見た。あちこちから赤黒く体液を垂らしながら捕食個体が四つん這いとなった背中からイソギンチャクのようなものが出ている。そしてその口からは極彩色の触手が何十も伸びていて周囲に振り回し鞭打っている。
「何、なのよ、あれは!?」
上空を通り抜けて障壁の後ろに降りてきたサンターナも若干引き気味になっている。シャルナックは杖を両手で持ち体の前で構えながら口を真一文字に結び魔力を練り上げる。
「……まぁ泣き言言ってる場合じゃないわよね!『大地のマナよ、我が声に力を与えよ、轟砕たる巨岩、多々連々《たたつらつら》なる魔槍となりて裂岩に至らん、巌なる連砲!』」
障壁の外の地面が隆起して土ではなく岩が現れる。それが形を変えていき尖ると放たれた。人よりも大きな巨岩は捕食個体に連続して命中していく。
捕食個体の触手鞭が巨石を弾き始めて障壁への攻撃が止む。するとシャルナックは障壁を解いて新たに詠唱を始めた。
ただその詠唱は普通の魔法とは違った。言語から違い、マナに呼び掛けるものでもない。自らの魔力を杖に込めて地面へと突き立てる。
「『深緑の魔樹、千の樹と千の花、我が魔を喰らい力とならん、顕現せよ、怪樹の草鎖、餓えた蔓草!あのモンスターを食べちゃって!』」
魔妖樹顕現ー妖花属固有の魔法は自らの魔力と引き替えに体内に飼う特殊な植物を顕現し命ずるままに戦わせる。意志のある植物が多く、宿主と意思疎通ができるものが大半を占める。
シャルナックの服の袖から多数の蔓が現れる。太い蔓かどれも人の胴ほどもあり、その先端は葉や花ではなく、獰猛な牙を生やした口。
奇声をあげて触手に向かっていき食らいつき噛み千切り呑み込んでいく。
「ティフォル!」
「はいさぁ!」
シャルナックの呼び出した蔓草に捕食個体が集中するとその隙にサンターナとドラストが駆け出して捕食個体の左右に散る。
「『屍毒のマナよ、我が声に力を与えよ、命を蝕む壊なる牙、死へと誘う紫の刃、我が手に宿れ、紫毒の壊刃!』」
「『光のマナよ、我が声に応えよ、天輪から降り注ぐ数多なる光、集め束ねし光々《こうごう》、極天から放たれる白刃、天光の極貫槍!』」
サンターナは紫の刃の片刃双剣を逆手に持つと捕食個体の百足の頭を的確に捉え、ドラストの手に現れた槍は捕食個体の胴を貫いた。
ドゥゥン……と音を立てて崩れた捕食個体の触手も止まり、シャルナックの呼び出した蔓は触手だけでなく本体もバリバリと食べ出す。
「『餓えた蔓草、止まって!もう食べちゃダメ!』」
とシャルナックがそう叫ぶと蔓草は食い散らかすのをやめてシャルナックの前に蔓の先端(頭?)を並べて首(?)をかしげた。
「『ありがとう。またお願いするかもしれないから、またね』」
シャルナックがその言葉で締めて魔力の供給をやめると袖の中に潜り込み蔓草の螺旋痕へと姿を戻した。
サンターナとドラストがシャルナックのそばに来るとサンターナはまだやや警戒状態で、ドラストはシャルナックの頭をクシャクシャと撫でる。
「さすが、陛下の護衛ね」
「シャルちゃん、強いわねぇ」
シャルナックは子供扱いされたような気がしてブスッと頬を膨らませるがこれでは子供だと気づいてしまう。
「え、ええ。とりあえず、捕食個体は大丈夫ですか?」
シャルナックはドラストの手をソッとどけてから捕食個体を睨み付ける。
「……たぶん、ね」
「さっきのすごいねぇ。アレかな?必殺的な?」
ドラストの興味は先ほどの魔法らしくシャルナックの腕をしきりに見ていた。
「フラウ属の種族固有の魔法で……」
「なるほど、なるほど……」
腕にある蔓草文様にドラストはじっくり観察しようとしたがサンターナはその頭を弾いた。
「さて、他も片付いてるみたいだし、あとは……」
サンターナが見た方向をシャルナックとドラストも見る。視線の先には高速で動き飛ぶ影、シュウイチと女帝の姿があった。