ここからが本番
女帝の残る腕に攻撃を加えるために前に出る。攻撃線を見て躱し、魔法や酸液は黒瘴気で守るか躱していく。
『陛下、魔力の残りは?』
(心配ない、まだまだある)
グレナルドの心配に俺はそう答えながら蹴りに魔力を乗せて放つ。魔力の塊がボールのように飛んでいき女帝の体に当たる。
そして俺は違和感の正体に気付いた。
(女帝はなぜ動かない?)
『陛下?』
いくら魔力が勝っていたとしても明らかにトライメタルより上だ。帝国勇者のリューより強い女帝がここまで一方的にやられるとは考えにくい。最初の位置から動さずに戦う理由がわからない。
尾から風刃を飛ばすだけ、胴からは酸液や粘着糸を吐き出すだけでなく尾での直接攻撃、移動して立ち回り俺を撹乱することも出来る。
『確かに。あの体で暴れ出せば圧殺することも出来るはずですが……』
「まあ……動かない方がこちらとしては好都合だがな!『換装・裂鬼』!」
闇の炎を纏う斧で爬虫類の腕をなぎ払い、さらに斬り伏せる。
足を踏ん張るとその場で柄の端を持って回転する。遠心力でいた刃は加速していくと大きな炎を纏い、
「よいしょっと!!」
俺を横殴りにしようとしてきた人型の拳にぶつける。ミシミシと軋む音がして女帝の拳が弾かれる。
『炎には耐性があるようですね』
(みたいだな)
換装武器を消すと俺は両手に魔力を集めて手甲の先から雷刃を形成する。
虫型の腕が伸びてくる。外殻は堅そうでさらに折りたたみ式なのか他の腕よりレンジが長い。
「ふんっ!!」
腕の先についている四本の鎌状の爪を黒瘴気で受け止めるとその腕に乗る。そして駆け上り女帝の体に接近すると二本の腕の付け根に雷刃を差し込むと無理矢理切り裂く。
ちぎれた腕の付け根からは透明の体液が雨のように降り注ぐ。
残りは四本、魔力の消費はそれなりにあるが枯渇する気がしない。まだインフィニストも使っておらず奥の手は残してある。
怯んだ隙に離れると俺は魔力を練る。相手が動かないならできる。女帝との距離を測り胴にある口のもう少し体内側、そこに狙いを定めると魔力を爆発させる。
「吹っ飛べ、『制御・爆発!』」
ドウゥンと鈍い音が響き女帝の胴が一瞬膨らむが、爆ぜることもなく魔力を押さえ込まれた。体表を覆う魔力が相当高いのだろう。
しかし大きなダメージを受けたのか尾と胴で立っていた女帝は倒れる。無傷の腕で支えようとするが自重に耐えられずもがく。その中で頭だけは俺を捉えており、水弾を発射して俺を狙うが俺は頭が向けられない位置まで回り込んで、
「『換装・砕暁』」
無骨なハンマーを取り出した。片方はピッケルのように尖り、もう片方は金鎚のように平べったい。そのピッケル側を女帝の頭に向けて大きく振り上げる。
「だりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
魔力を込めて、力を込めて、全力に近い一撃を振り下ろす。
金属音近い高い音が洞窟内に響く。そして甲殻にひびが入る。腕の動きが緩やかになり痙攣する腕もある。
「もういっちょ!!」
二発目、甲殻が飛び散り中から女帝の体液が噴き出した。大きな音を立てて腕が地面を打つ。そして動かなくなった。
俺は鎚を消すと皆の方に向く。岩陰の方から隠れ見ていた皆が姿を見せて近づいてくる。
「女帝を討ったぞ!!」
「オオオォォォォ!!」
俺が拳を上げると皆の歓声が上がる。皆の歓声が響く中、足元でカランと音を立てて女帝の甲殻が崩れる。
『陛下、お逃げください!!』
グレナルドの声に俺は何事かと警戒しながらその場を跳ねて逃げる。
俺の動きに喚声の声が疑問の尾を帯びる。
俺が着地して先ほどいた場所、女帝の頭のそばを見る。甲殻の間から何かが出ている。
白い、人の腕。女性と思われるが病的な白さ、そして腕の外側にある鎧のような赤黒く鋭いブレード。
「なん、だ、あれは?」
皆も同じものを見て武器を構え、魔法の詠唱を始める。
甲殻が跳ね飛ばされて、出てきたのは人の女性、に似た何か。
肌から鋭利な棘は生えていて、髪の変わりにいくつもの渦巻く青い炎が頭についている。背中にセンザンコウのような鱗に似た毛もあり、龍の尾を生やして先端には刀のような刃がついている。
鎧のような棘でビキニアーマーのように際どい部分は隠れているが明らかに着ているものではなく体表に生えている。そしてあごや指先からは女帝の体液が滴り落ちている。
ほぼ人ではあるが人でないことは確かだ。
甲殻の中から出てきた何かは俺の方を見る。白い肌に似合わない真っ黒な目が俺を捉えている。
皆が静まりかえる中、誰かのつばを飲む音が大きく聞こえる。それは誰かではなく自分、そう気付かないほどに緊張した警戒が俺をかきなでる。
「……くぁ……?」
女帝の中から出てきた何かの口が開き声が漏れた。何を言ったかわからないが語尾が上がっており何かを聞かれたような気もした。
「……あ、これで、わかる、な」
声は大して大きくない、そうだというのに恐ろしいほど冷たい圧力を感じる。
「妾がコウを破る、とはな」
「お前は、何だ?」
俺は背中に汗をかきながらそう問いかけることしか出来ない。今俺に向けられている感情が何かはわからないが俺の足を止めさせるほどに強い。
「……先ほどお前が壊したのは、妾のコウを壊したではないか」
「……あれはただの外皮だと?」
首をかしげる何かは俺達が女帝だと思っていたものをコウと呼び、その意味を察して俺は問い返す。
「ふむ、妾のシュクを壊したのは、お前達か」
女帝の本体は俺の質問に答えようとすることなく俺と後ろにいる皆を見渡す。
「餌として極上、か」
舌舐めずをした女帝は甲殻の中に手を射し込むと何かをする。
すると蟹の足のような部分が四つ、大きく膨らむ。そして先端からドロリとした体液にまみれた卵が落ちる。
女帝が卵に触れると爆発的に体積を増す。巨大な、三メートル近い卵になるとすぐにひびが入る。
「くっ!捕食個体か!」
サラス将軍がいち早く動く。が女帝が振り返りサラス将軍に指を数本向ける。閃光が走りサラス将軍が吹っ飛ばされた。
鎧には細い切れ目が入っていて一部は切り取られている。さらに魔力で覆っているはずの頬には切り傷が出来ていて血が流れる。
「……これ以上、ここを壊されてはな」
女帝は片手を天井に向けると魔法を放つ。巨大な魔力の塊が天井を削りポッカリと巨大な穴を開けて空が見える。そして地面を触ると俺達の立つ地面が隆起して俺達は無理矢理外に放り出される。
穴の半分は隆起した地面で塞がれたが残る半分はまだ開いている。その隙間から女帝と四体の捕食個体が飛び出してきた。
「さて、シュクよ。喰らうでないぞ?」
女帝が触れたのは先ほどの卵から孵化したと思われる捕食個体。
魔力が滾っていて今まで会った捕食個体より明らかに強いことが放たれる魔力でわかる。
俺が構えるとイディルスキー将軍らが俺の後ろに立つ。そして二人一組となって捕食個体に向かっていった。
後方に待機する将兵は迎え撃つ将達に補助魔法を掛けているようだ。
俺は対峙する女帝を見据えて、素早く前に飛び出した。
「ふむ……」
先ほどサラス将軍にしたように俺に指先を向けると閃光が走る。
がそれは閃光ではなく指先から放射状に発射された銀色の糸。刃のような鋭さで襲い掛かってくる。黒瘴気が防御しようとするが速さと数に瘴気の量が足りず、俺は腕で急所を守る。
「ふっ」
軽く息を吐いたような一声。視界の端に映ったのは俺を横凪ぎにしようとする尾にある刃だった。
これも黒瘴気が守ってくれるがその防御を突き破り俺は防御したとは言え直撃して吹っ飛ばされる。手足で受け身を取るとすぐに体制を整えて女帝に構えようとした。
女帝は先ほどの位置から動いておらずまるで体の動きを確かめるように自らの体を見ていた。
「……お前は、人なのか?」
攻撃してくる様子のない女帝に俺は問いかけた。するとこちらを見て、
「お前は餌と己が同じだと思うのか?」
俺は言葉が通じたことに話し合いでどうにかならないかとも思ったが女帝には人は餌だとはっきり言われて和議は不可能と判断する。
「やるしかないな」
『元よりそのおつもりのはず』
グレナルドが俺の決意の背中を押す。
周りでは将達が捕食個体と戦っている。俺だけが戦うことから逃げてはいけない。
俺は手の平を見つめてから呟く。
「『インフィニスト』」
白い炎が立ち上り俺の体に纏われる。
「行くぞ!」
『はっ!』
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