あ……バレた……
夜通しの伝令のやりとりな結果、俺のいる西部に戦力が集まることとなった。他の隊でも同じやり方やひたすら隠密に追跡したところ、どの群れも山にある洞窟に入っていたところまでは確認が取れたのだ。
全部隊の情報を総括すると確認が取れた洞窟は六カ所。捕食個体の群れは十から三十の間で構成されて複数の群れが同時に動いている。
クレスト将軍の隊が当たったときはこの群れが分散する前だったのだろう。
「では判明している洞窟の入り口を警備する部隊と中に進入して殲滅を担当する部隊に別けるとしようか。うーん……」
俺は選抜する将を考える。各方面から視線が突き刺さる。
「イディルスキー将軍、ギーデウス将軍、サラス将軍、ドラスト将軍、サンターナ将軍、ディグリート将軍も兵を率いて別の穴から入ってくれるか?いずれどの隊も同じ女帝のいる所に出るだろう。クレスト将軍は私と共に来てくれ。その他の将軍は穴の周囲で警戒に当たり、周囲の魔物や侵入部隊と入れ違いで出入りする個体を討伐してくれ」
巣になっているのであれば当然中にいる個体は数が多い。小回りの利かない洞窟なら一頭ずつ狩れば被害は大きく出ないだろう。
俺は昨夜のうちに転移魔法で王都に取りに行ったものがある。それを机に並べる。数は十五、それをそれぞれの部隊長に渡す。
「小さいが音声通信水晶だ。試作品で実験段階のものだが試運用はしてある。それぞれ身につけて何か異変があれば逐一報告を。すべての水晶につながるように魔法式を組み込んであるから多数を持たなくてすむ。そのかわり、秘匿回線には使えないがな」
サイズは小豆ほどで試運用は三ツ者で行った物だ。まだ近距離でしか通信できないのだが将来的には帝国の帝都とこちらの王都をつなげられる水準にしてコンフォーデに持たせるつもりだ。
「かなり、小さいですね」
「落としそうですなぁ」
サンターナ将軍は指で摘まむとしげしげと見つめ、イディルスキー将軍は目を細めて丁寧に持つ。
「ピアスにちょうどいいかも?かも?」
ドラスト将軍は付けているピアスを外して金具を捻る。ついていた輝石を外して取り替えるとサンターナ将軍に見せる。
「先輩、似合うでしょ?ほら、見てくだ……ウポッ!?」
サンターナ将軍は無言でドラスト将軍の喉を一突きして黙らせると指輪の石と取り替える。
他の将軍達もアクセサリーなり鎧や服に止めると外れないか確認する。
「では、皆配置に向かってくれ。突入開始は……一時間後で大丈夫かな?」
全員に確認を取ると各部隊が兵を率いて動き出した。その中でサラス将軍は部下に指示を飛ばしてから俺の方に向かってくる。
そして膝をつくと、
「陛下、このような時にですが浅慮な娘がご迷惑をお掛けしております」
俺はその言葉で理由は納得した。いつ気がついたのかはわからないが将軍としては早々に謝らなければならない事だったのだろう。
俺は小さく吹き出しかけたが堪えて笑みを浮かべる。
「何のことかな?……というのは少し意地悪か。いつ気付いたのだ?」
「はっ。先日、郵便物の検閲の視察の折に娘が王都に封書ではなく書簡を送っていることが気になりまして。もし娘が何者かに領内の機密事項を洩らしていたらと不安に駆られて検閲官と共に内容を確認致しました」
たぶん事実だろう。サラス将軍はこのようなことに嘘をつくような器ではないことは軍内でも誰もが知っている。当然ながら俺も信用している。
「……そうか。たしかにあの性格では誑かされてその場では口を割るやもしれないが、書面ではそれはないだろう。あの娘はその場での思慮には欠けるところはあるが書に認める内容に浅慮はない」
俺はルナールへの人物評を素直に口にする。行動は浅慮だが頭が悪いわけではない。ただ箱入り娘であるため純粋すぎて騙されやすい所はあるだろう。
「はっ。中はたわいもないことばかりでしたが陛下にたびたびあのような長々とした書簡を送っているならば、陛下の貴重なお時間を無駄にしております」
サラス将軍ははっきりと娘の書簡を読む時間を無駄と切り捨てる。俺はそれに対して少し怒りを覚える。
「将軍、どこが無駄だと言うのですか?臣の娘が父親の治める砦の住民らの生活報告を記しています。それも将軍寄りの目でもなく私に取り入るための情報でもない、本当に第三者的な目で見た街の状態です。そこにある情報と将軍の送る情報に齟齬がなければ私は声を大にして将軍が忠臣であると言えます」
珍しく声を荒げた俺に将軍は少し驚いたようだった。少し目を丸くして俺を見上げていたが、
「……それでも、私は娘が陛下に対して想いを抱くことは不遜。身の丈を考えていない浅慮と存じ上げます」
どのような書簡かは俺の手元には届いていない。先日にサラス将軍の砦待ちにあった書簡であればまだ王都には届いているかいないかのタイミングだ。
「……私はまだその内容を知りません。そして、誰かが誰かに想いを抱くことに不遜と言うことはありません。……将軍は誰かが誰かに想いを抱くことに、恋をすることに許可がいると思いますか?」
俺は将軍の心に訴えかけるように、そして将軍自身がどうであったか見つめ直してくれるように願う。
「……やはり、親というのは目が曇るようです」
「確かに。家族と言うだけで色眼鏡になるのは私も心当たりがあります。……彼女は新年会の夜に私に思いの丈をぶつけてきたが、ぶつけてきてから焦ってこう言ったのだよ。『父には関係なく、私の一存の行動です』とね。将軍の娘だからではなく、ルナール・ダナ・サラスという一人の女として王ではなくシュウイチ・イマガワという男に感情を向けてきたのだよ」
サラス将軍は頭に手をやる。どうも娘の行動に頭が痛くなってきたらしい。小さなため息も聞こえるが何より、ここまで覇気のないサラス将軍を俺は初めて見た。
「私は彼女を高く評価しているのだぞ?行動に出すぎるところはあるが善悪の判断、責任の所在に関してはあの年齢でしっかりしている。親の権威を傘に着ず自分自身で何とかしようとするところには好感が持てるのだぞ?」
正直に言えば天とは違うタイプだが妹のような感覚でつきあえる可愛さがある。
「陛下、真でしょうか?」
「そんな目で見ないでくれ……。確かに好感は持てるがいだいている感情は妹がいればこのようなものかな?という感じだな」
サラス将軍の目が据わっている、怖い。その目は主君に向ける目ではない。おそらく、たぶん、メイビー。
「……あの、バカ娘が……」
生真面目なサラス将軍にとっては娘の軽率な行動に憤りがあるらしい。その目にある感情はどこに向かっている何なのか。
「恋に焦がれて、誰かを好いて、叶う恋、叶わない恋を重ねて大人になるのだから子供が大人になり始めているのは慶事だと思いますよ。……サラス将軍、ここだけの内密の話にしてくれますか?じきに知らせが回るのですがレイラが妊娠しまして」
俺は自分で言っておきながら恥ずかしくて頭を掻きサラス将軍から目をそらす。
「……は、なんと?それはおめでとうございます」
「親になる身として聞きたい。父親はどうすればいい?何をすればいい?」
俺は三人の父親であるサラス将軍に父親とはいかなる者か聞いてみる。
「……父親とは、家族の盾となり守り、剣となり戦い、時に叱咤し時に抱擁する者かと。ただ、言葉では言い現せられる者でもないかと存じ上げます」
俺はサラス将軍の言葉に頷く。俺自身の父親はどうだったか、その親である祖父はどうだったか。俺に何を教えてくれたのか、……それを俺は子供に伝えていこう。サラス将軍の言い現せられない何かとはそういうものなのだろう、きっと。
「……話が逸れてしまってすみません。娘さんは私に迷惑を掛けていないし不問です。……さて、行きましょうか」
俺が腰を上げて天幕を後にするとサラス将軍は俺の前を通り過ぎてから立ち上がり俺の後ろを歩いた。
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各洞窟に向かっていく部隊、その一つを俺が指揮する。俺の他に主力となるのはグレナルドとクレスト将軍、ケルツィア将軍の四人だ。
クレスト将軍の配下、俺からすれば陪臣に当たる者の中にも手練れはいるが飛び抜けて強いのはケルツィア将軍のみ。衛士隊の三人も強いことは強いがグレナルドと比べるとやはり見劣りする。
まぁこの討伐に参加している者はゴールドプレートの中でも上位の強さを持つメンバーのはず弱い者はいないのが現実だ。
俺は時計を確認しながら待つ。入り口を抑えてくれるカイエン将軍の隊はかがり火の他に周囲を見渡しやすいように巨木を切り倒している。
そしてしばらく待ち時間が来る。
俺は天を仰ぎ見、息をついてから全員を見る。そこに揃うは精鋭のみ、真剣な眼差しが俺に向けられている。
「皆、時間である。侵入部隊は今から各方面同時に進入を開始する!防衛隊は洞窟入り口近辺の安全を図り、出入りする魔物の掃討をせよ!……ではカイエン将軍、この場所を頼む。もし戦況が厳しくなれば遊撃軍を頼れ。……クレスト将軍、ケルツィア将軍、行くぞ!」
山の各地から鳴り響く声、他の部隊も動き出した。俺は将兵を率いて洞窟に入っていく。
だが数メートルも入ればそこはもう暗闇の世界、俺が足を止める。光球を作れば見えるだろうが捕食個体に見つかるとしか思えない。
俺が思案しているとクレスト将軍のの声がする。
「デルトワード、お前が前に行け」
「はっ!」
呼ばれた兵は暗闇の中を誰とも当たることなく後ろから来て俺の横を通り先頭に立った。
「皆様、必ず前の方の後ろをついて歩いてください。蛇人の者は周りの者が離れないようにサポートを」
姿は見えないがデルトワードは中年将校らしい、テノールボイスの男の声がする。
「陛下、私がそばにおりますのでご安心ください」
彼は俺のそばにいて先導するらしい。暗闇の中を一列になった一団はゆっくりと進んでいく。
デルトワードの案内する道は歩きやすく、自然洞窟の割りには凹凸が小さめだ。おそらく選んで歩いてくれているのだろう。
ときおり『コーン……』という音が響くのはどこかで天井から落ちた水音が響いているのだろう。
所々、壁や地面などに薄い光を放つものが見える。この光のお掛けで30センチほど前なら人の影だけは見えるのだがほぼ真っ暗で何もわからない。
「……あの光っているものは何だ?」
「……ヒカルモモドキ、ですね。食肉植物で葉の一部を発光して虫や小型の生き物を呼び寄せて補食する有毒植物です」
暗闇の中からシャルナックが答えてくれた。
「……皆様、一度停止を。……蛇人兵、行くぞ……」
デルトワードが皆を止めると数人がデルトワードの声のする方に歩いて行く足音が聞こえた。
そして足音と共に気配も消える。感知魔法で追うと少し離れた場所、今立っている場所より低いところに数体の強い魔力を感知した。
「グギャッ!?」
「ゴルバッ……?ブッ!!」
おそらく捕食個体、その声が何度か響き感知できる反応が減っていく。
「……デルトワード達は蛇人属、この程度の暗さは陽光の下と変わらずに見えているそうです」
クレスト将軍の声がしてから足音が近付いてくる。
「……捕食個体四体がいましたので排除して参りました。奥にも続く洞も見つけましたので案内します。そちらからは血の臭いもしたのでおそらくは」
地球の蛇にもあるピット器官とヤコブソン器官。
ピットは赤外線感知器官で蛇には赤外線が感じ取れて、さらに温度を視覚化できる、サーモグラフィーだ。
最近の蛇の研究では赤外線を感じるのではなく、立体的に捉えて目で見るように視覚化できているらしいとのことだ。
そしてヤコブソン器官は空気中の匂いを捉えて匂いを感じるだけでなく、その匂いがどこから来ているのかの方向もわかる。蛇が舌を出して動かしているのはこのためだ。
この二つを駆使しているのであろう蛇人属にとっては暗闇はお手の物と言うことだ。
通る道には必ずヒカルモモドキがあり他は真っ暗な中を歩く。平衡感覚や距離感が薄いまま、一時間以上歩いていると思われる。
「……まだ先のようです」
デルトワードの声がするが全く見えない。しかし何か水音ではない、何かの声が響いている。反響して音の距離がわからず緊張感が高まったままだ。
「……この先の横道に広い空間がありますので一度休憩を取るべきかと」
「では、そうしてくれ」
デルトワードの案内でついた暗闇の中の広場。そこで一度腰を下ろし点呼を取り、体調異変者がいないかも確認している。
「しかし……真っ暗で何も見えないな」
「そう、ですね。ですが灯りを付ければ見つかる可能性が高いですから仕方ありません」
暗闇の中からグレナルドの声がした。
「その声はグレナルドか。衛士隊は無事だな?」
「はい。私は大丈夫です」
「私も大丈夫です」
「はっ。俺も問題ありません」
「私も不調ございません」
見えない中で四人の声を聞き安心する。とくにジグレイシアは気にしていたが声の調も普段通りで心配なさそうだ。
「陛下はこちらに」
「む、すまない」
誰かに連れられたクレストが俺の方に来ているらしい。足音が近付いてきて、
「陛下はこちらです」
「陛下、クレストです。ご報告に参りました」
「うん、何かあったのか?」
「はい、斥候を出しましたところ、もう少し奥で我が隊の隊証が落ちていました。……必ずこの奥に捕食個体の巣、そして女帝がいます」
暗闇の中、クレスト将軍の歯ぎしりする音が俺の耳に届く。
「……隊証は偶然落ちたのか、その隊員がここまで命があり探しに来た者に知らせるために落としたのかはわからない。だが……我々が歩いている道が間違えていないことを示してくれた、隊員の功である」
「……ぐっ、……あり、がとうございます」
一瞬、何かを堪えるような声がしてからクレスト将軍の涙声が小さく俺に聞こえた。
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