小隊との激突
ディグリート将軍とグラントリオ将軍に拠点を任せて、俺はクレスト将軍とカイエン将軍を率いて山に向かっていた。
捕食個体はより強い魔力を持つ者を探す習性があるのでおそらくは四方面の指揮官を狙ってくるだろう。
しかし率いられる兵もただの兵ではなく各将軍下で中隊や大隊を統括する将軍位や将に準ずる階位にある者ばかりなので狙われる可能性は大いにある。
拠点を出て半日、草原、木立の中、湿地帯を通り抜けていく。索敵に優れたカイエン将軍の隊を先頭にして、後方には近接戦闘に優れたクレスト将軍の隊がつく。
多数の低木と激しい地面の起伏の道を歩く。なるべく高いところを通り、視界でも索敵しながら進む。
「……ジグ、散漫になっているぞ」
ジグレイシアの様子にグレナルドが釘を刺しジグレイシアは返事をするも少しも経たない間にまた思案顔になって考え事に集中しているように見える。
「……少し停止を」
前のほうからカイエン将軍が声をかけてきた。
クレスト将軍も近付いてきてカイエン将軍は二百メートルほど向こうの茂みの中を指さす。
「あの辺りにいます。獲物を探しているようで魔力を抑えて動いています。数は十四、どう致しましょうか?」
カイエン将軍は俺に聞いている。全体指揮の名義は俺だが実質は女帝との戦闘経験のあるギーデウス将とイディルスキー将軍にまかせている。ただここの指揮は俺は預かりで俺の守るべき者達だ。
ここにいるのは約五十人、三倍以上いる。ならばスタンダードに、
「では、本隊十五人は私と共に正面から当たる。別動隊に十五人は本隊が当たると同時に後ろから挟み討つ。さらに伏勢を左右の嶺に配置して討つ。標的と当たるときには必ず二人一組となって当たり、伏勢は不利そうな組を支援せよ。皆、戦闘形態になるのも躊躇うな。そして一体だけ逃がし母体への案内をさせる。よいな?」
孫子は五倍なら囲み討てという。窪地で挟み撃ち、嶺から遠距離の攻撃は妥当だろう。三人の将軍は俺の作に頷く。
「アタシの隊が別動隊に致します」
「我が隊は左の伏勢をお任せください」
「私の隊は右に伏せます」
彼らは自身の部下を四人ずつ俺に預けて行動を開始する。
俺は嶺と嶺の間にある窪地に向かうと捕食個体の群れを誘き出すために魔力を解放する。
「ヒルデはグレナルドと組み、ジグレイシアはシャルナックと組め」
「畏まりました。が……」
ジグレイシアは俺の安全を心配するような顔になるが、
「今回は俺も加減せずにやる。なるべく皆に迷惑はかけんよ」
「掛かりました。捕食個体の群れ、一直線にこちらに来ます」
ヒルデが感知魔法で捉えると各自戦闘準備を整えて構えていた。
「よいな、必ず二人一組となるのだぞ!それと命は無駄にすることないよう退くことを恥と思うな!」
俺は別動隊や伏勢にも聞こえるように声を張り上げた。
「グルジュジュゥゥ……」
聞いたことのない唸り声を響かせて茂みから姿を見せたのは異形、牛の頭に口からは触手のようなものが多数見えている。体はエビのような甲殻類、六本の足は長毛の獣だがどれも毛色が違う。
他にも体は狼だが頭は蜥蜴で極太の蛇が足の代わりになっているもの、蟹の体に蜘蛛の足と蠍のような尾を持つ個体などやはりバリエーションに富み大きさもまばらだがどれも三メートルほどはある個体ばかりだった。
「かかれぇ!」
俺の声に応じて鬨の声を上げて俺を先頭に皆が突撃する。中にはすでに戦闘形態となっている者の姿もある。
「さぁて、ぶっ殺す」
魔力を全身に漲らせると群れの先頭にいた牛頭のエビに殴りかかる。エビは俺に向かって角を向けると勢いよく向かってくる。
「『制御・重量』」
俺は自身の体重を増加させながら拳を突き出す。手甲と角がぶつかり合い、重く鈍い音が響く。
「ブジュル」
ぶつかった場所で押し留まる。けっこう魔力を込めたというのに平気だと言うことは加減しすぎたと言うことだろう。
俺の耳に風切り音が聞こえる。口から伸びる触手が多方から俺に迫る。
「『切り裂け』」
風の刃を放って触手を千切ると、
「オラァァァァッ!!!!」
先ほどよりも魔力を込めた膝蹴りで牛頭の額に膝蹴りをぶち込む。粉砕された肉片が赤黒い体液と共に飛び散り、異臭を漂わせる。
「けっこう力込めないとダメか」
感覚のわかった俺は捕食個体を一撃で屠れる魔力を右手に込めて周囲を見る。
後方からはすでにクレスト将軍の隊が突撃しており、左右の嶺からは炎弾や閃光が飛来して群れの中央に着弾する。どこも三対一くらいで当たり、戦況は有利に働いている。
大きな体である分、小回りの利かない捕食個体は群れの中央にいる個体が戦闘に参加できず魔法の餌食となっている。中には坂を上り伏勢に攻撃を仕掛けようとする個体もいるが集中砲火を受けて討ち果たされる。
俺は群れからあぶり出された固体に向けて抜き手を放つ。空気の爆ぜる音がしてから馬と山羊の頭が生えた蜘蛛のような個体に穴が空く。数歩、俺に寄った個体だがその足が俺に届く前に崩れた。
そして周囲の音も小さくなり、
「最後の一頭は逃がして追跡!巣をあぶり出すぞ!」
クレスト将軍の声が響き、蟹の体に蜘蛛の足と蠍のような尾を持つ個体が逃がされる。
足を数本と尾を失っており、戦闘能力はほとんど奪ってあるようで傾き歩きながら逃げていく。
「追跡はケルツィア、お前の隊に任せる!危険と判断すれば即退くようにしろ!」
「了解です。行くぞ!」
クレスト将軍のの隊から分隊が出されてケルツィア将軍の率いる小隊が離れて追跡を始めた。
その間に残る者たちは、
「負傷者は手当を。重症はいないな?魔力を消耗した者はポーション飲んどけよっ!」
姉御肌の本領発揮かクレスト将軍は全体を見て確認と指示を飛ばす。
「回復次第、行軍を開始する。向かうのはケルツィアの小隊が向かった方向、森の前で待機して追跡隊からの報告を待つ」
見事な手腕で周りの者は士気が衰えることなく兵達は立ち上がる。行軍が始まると俺は少し下がりクレスト将軍に並ぶ。
「クレスト将軍、見事です。……ただ、かかり気味にも見えますので自重もお忘れなく」
俺がそう警鐘を促すと将軍は大きめのため息をついてから、
「申し訳ありません、陛下……。最初に消息を絶った奴らはアタシがまだ山賊盗賊狩りをして賞金稼ぎだった頃から仲間で……アタシには部下じゃなくて仲間だったんだ。敵は討ちたいんですよ」
静かにだが怒りと後悔と憤りを感じさせる声、そして閉じた口元には力がこもっていて噛みしめているのがわかる。
俺はクレスト将軍の背中をバンと叩いて、
「敵を討ちたいという気持ちはわからなくもない。だが、逸るな。逸れば焦る、焦れば慌てる、慌てれば隙が生じる、隙あらば死ぬ。死ねば敵も討てんよ」
「……はっ」
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森の前で待機しながら陣を構築していく。陣と言っても防壁や物見台はなく森の木から切り出した木材で作った簡易の柵と持ち運んでいる天幕だけの簡単なものだ。
当然だが捕食個体以外の魔物も姿を見せるのでさっさと討伐されていく。
交代で簡単な食事を済ませて待つこと数時間、ケルツィアの隊が無事戻ってきた。
一番大きな天幕で俺とクレスト将軍、グラントリオ将軍、カイエン将軍の四人と次ぐ三人の将が集まる。そして最後に入ってきたケルツィア将軍がさっそくに報告を始めようとした。だが俺はまずケルツィア将軍に歩み寄ると、
「ケルツィア将軍、並びにその兵らは無事戻ってきてくれてありがとう」
クレスト将軍の気持ちを乗せてその手を握る。ケルツィア将軍は最初は驚きでボヤッとしていたがすぐに、
「陛下、ありがとうございます。陛下とクレスト将軍が命を粗末ニするなとおっしゃるので細心に安全に払いますたので」
「ケルツィア、アタシは部下にコロコロ死なれちゃ困るんだよ。……さて、報告には期待していいかな?」
クレスト将軍は口先は呆れたりにやけたりしてるが実は小隊が戻るまでは天幕の中で忙しく彷徨いたり、陣の入り口まで姿を見せたり、心配していたのだ。皆はそれを知っていて口にはしない。
「はっ、もちろんです。追跡した個体は森の中の洞窟に入ろうとしたところを刺しておきました。おそらくそこが巣になっているかと思われます」
「地図は作れるか?あと他の包囲部隊に連絡を。もし同じように洞窟に入っているなら中でつながっている可能性が高いし連携して中を探索できる。伝令を飛ばしてくれ」
ケルツィア将軍の説明に俺は判断を下すとさっそくに伝令文を書き始める。その間に将軍も地図を書き始めて大きな地図とは別に小さな地図を三枚書き上げた。
伝令として呼ばれた兵が三人集まると俺はそれぞれに情報と地図をまとめた書簡を預けて、
「伝令に預けて三将からの意見を求めてくるように。道中は気をつけよ」
「「「はっ!」」」
兵は天幕を出ていき何人かずつで各方面へと馬を飛ばした。
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兵が減り手薄になったことで探索は無理せずに巣から捕食個体が出てくるのを待ち受けるようにして構える。交代制で番をして休息をとらせて、俺は外の空気を吸いがてら陣中の様子を見ていた。
今のところは遭遇は一度で怪我人らしい怪我人も出ていない。将兵は情報の交換をしていて仕事熱心なことが見受けられた。
天幕に戻ろうとすると入り口には兵が二人、そして中に入るとグレナルドだけだった。
「他の三人は見張り番か」
「はっ。陛下のご指示通り私達も見張り番に組み込み将兵らには平等に扱いようお願いしてあります」
グレナルドに少し機嫌の好調が見える。
「どうしたんだ?」
グレナルドは笑みをこぼす。
「はっ。この討伐軍に同期に軍役に服した者が一人いまして……久しぶりに話して仲間とはいいなと」
「そうだな。私も家が武術道場であったので共に修練する兄弟弟子とは仲間を超えて家族のような付き合いもあったな……。天もその一人でな、父の友人の娘さんでね。俺にとっては妹みたいなものだ。いつも俺の背中を追ってくる、負けず嫌いで練習試合でも負けると泣きながら泣いてないって言って再戦挑んでくるんだよ」
俺が思い出し笑いをするとグレナルドも笑う。
「陛下は本当に天のことを信用なさっているのですね」
「逆に聞こうか。家族を疑うか?」
「いいえ」
グレナルドは笑みを浮かべたまま首を横に振った。そのときに外から声が掛かる。
「失礼いたします。陛下、ケルツィア将軍がお目通りを願い出ております」
「では、通してくれ」
ケルツィア将軍がこんな時間に訪ねてくるとは何のようか俺は疑問を浮かべる。
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