外伝・思い知らされる私は感情の渦に迷い込む
ノクターンにて累計PV100万サイドストーリーになります
カトレア視点です
朝焼けがカーテンの隙間から射し込む。まだ眠たいまぶたを擦ってベッドから出ると空気はひんやりとしている。
起きて朝食を作りに行かないと……。
そう思ってルームシューズを履くとサイドボードにある鏡と引き出しにある櫛を手にする。
サッサッと髪を梳いて整えると夜着から普段着に着替えようとクローゼットを開いて掛けてある服に手を伸ばすが若干少ない。そういえば昨日洗ったのがまだ乾いてなくてよく見ずに手にしたのは……藍色のワンピース……。
これはダメ……お気に入りなんだから。
ハンガーを横にスライドさせて萌葱色のチュニックと畳んでおいてある白のスラックスを出して着替える。
夜着を脱ぐと若干ある胸が揺れた。下着の巻き布もしてふと気付く。ちょっと増えたかな?少し苦しい胸元を触り、巻き布を止めている金具を少しずらして苦しくない程度にするとシャツの上にチュニックを着てスラックスを履いた。
さぁて、今日もお仕事頑張らなきゃ。
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私はカトレア・アルメト。元はアルメト教会の法師様に拾われた孤児で教会で同じような境遇の子達と生活していた。二年ほど前に親代わりの法師様が亡くなって教会の子供と細々生活してた。それなのに急に借金取りが来て揉めて困っている時にあの人が助けてくれた。
それが縁で国立の孤児保護院の仕事を紹介してもらって子供の指導員として働いている。
孤児保護院では私や教会の子供達のような子供をたくさん預かっていて共同生活をしている。私と同じように住み込みで働いている職員も多くて大所帯の家族みたいなもの。
私が調理室に入るとすでに何人かは来ていて調理の準備をしていた。
「おはよう、カトレアちゃん」
「おはようございます。ルハナドさん」
ルハナドさんは私の親世代の年齢で子供達にとっては怖い肝っ玉お母さんみたいな人。私には愚痴をよくこぼすのだけどその内容は担当している子供達がやるヤンチャやイタズラばかりで頭の中はいつも子供のことを考えている優しい人だって私は知っている。
入り口にあるエプロンとバンダナを取って身に着けると手を洗いルハナドさんの横に立つ。
「これお願い」
「はぁい」
ルハナドさんがオムレツを焼いてトレーに置くと私はそれを取って半分に切ってお皿に並べていく。
「ガンさん、サラダは大丈夫?」
「ん、あぁ、今盛ってる。パンがそろそろ焼けそうだから誰か頼むわ!」
ガンさんことガンドレクトさんは元々パン屋さんをしていて息子さんに店を譲ったそうで今はここで朝昼夜の三食を作りに来ている調理員さん。
声のした方向、少し奥ではガンさんが大量の蒸し野菜を切っては小皿に盛っているようで私とルハナドさんの後ろにあるパン窯からは香ばしい香りがしてきていた。
「パン、僕が見ますんで」
「頼むなぁ」
ガンさんの声に返事をしたのは入り口に姿を見せたマーティンスさん。
マーティンスさんは私より一つ上のお兄さん。私と同じように別の教会で働いていたところを子供達と一緒にここに移り住んできた。
「熱っいなぁ」
といいながら金属棒を引っかけてパンの乗った鉄板を引き出してトングを使ってパン用の籠にぽいぽいと入れていく。
裏の勝手口が開いてドゥアレスさんが入ってきた。押し車に乗せた金属樽には牛乳が入っていて朝の飲み物に出す分を持ってきてくれたようだった。
「マーティンスさん、カトレアさん、おはようございます」
ドゥアレスさんはたしか私より二つ上で農村から働くために王都に来たらしく、またまた公募されてたこの仕事に就いたらしい。
職員っていうより子供達のお兄ちゃんみたいな人でいつも一緒に悪ふざけやイタズラもするのでよく所長さんに怒られてる。
朝食が出来上がって子供達と食事を取る。私と別の職員二人で担当している子は十三歳のミスリラちゃんを年長に十歳のカルラちゃん、八歳のソーニャちゃんとクロエちゃん、五歳のマリーゼちゃん。どの子も目が離せなくて、年長のミスリラちゃんでも油断できない。
マリーゼちゃんはよく零すからエプロンが手放せないし、カルラちゃんとクロエちゃんは食べるよりおしゃべりに夢中になりやすい。
ソーニャちゃんは一人でなんでもしようとするし、ミスリラちゃんは大人ぶろうとして失敗する。
きっと今日も何かしでかすんだろうな……。そんな思いで始まるのが私の毎日として馴染んできている。
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子供達の記録を付け終わって今日の夕方からの担当のマチルダさんにノートを預けた。今から明日の夕方までは一応私の休み、自由時間になる。
三交代制で担当するようになっているのは所長さんではなく開設責任者の国王陛下の方針。しっかりと休みを設定して心身の休息をとれるように、とのことらしい。
そんなわけで私は自室で服を着替えて身なりを整える。お気に入りの濃藍のワンピースに祝喜典祭で買った少し流行り遅れのピンクパールの髪留め。お洒落と言うよりも少しでも見た目をよくしたい。
姿見の鏡がないので完璧かはわからないけどとりあえず整った。
鞄に荷物をいくつか詰めて私は出かけるのだった。
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見た目安い乗合馬車が横を通り抜けていく。
街を走る乗合馬車は門から門までの物がほとんどで馬車の荷台の横にはどことどこをつなぐ馬車かが書いてある。
先ほど横を通った馬車は外門から上層門まで。乗れば早く着くけどけっこうするんだよね……。財布の中を考えると乗合馬車は経済的じゃない。歩いて行っても一時間も掛からないはずだし、天気もいいから私は目的地まで歩くことにした。
一時間半後……。
目的の場所に着いた。凄く緊張する。始めて来たのもあるけど、遠くで見るよりも圧倒的な迫力というか荘厳さを感じる。
それも正面ではなく横からだというのに。
それに周りを行き交う人の煌びやかさに私は激しい見劣りがないか不安になってきていた。
城門に立つ番兵さんがこっちを睨んでるような気もして凄く緊張もする。
スカートの中で震える膝で歩き通用門まで行く。もちろん番兵さんが私を見て妙な顔を浮かべる。
「何のようか?」
年嵩の方の番兵さんに声をかけられた。たぶん怒ってもないはずだし睨んでもないのだろうけど、凄く怖い顔に見える。
「あ、あの、国、国勢調査室の方に、用事というか、面会、と言うか、会いたいというか」
目的がうまく伝えられなくて吃りながら言うと、
「ん?そうか。では……」
と言って扉を開けて何かを取り出してきた。板の上に止められた紙、そこにある空欄を指さして、
「この三カ所に名前と身分、目的を書いてくれ。それとプレートの提示を」
私は書き込んでからプレートの提示する。
内容を確認した番兵さんは若い方の番兵さんに向かって、
「ダーシャリヤス、案内してやれ」
「おいっす、がってん」
軽い返事をして私の前に立つと案内を始めた。
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広くて長い廊下、それに天井にある煌びやかな灯り、飾られた壺や絵画の調度品は私にはわからないがもの凄い価値のあるものだと思う。
始めて入る王城は私には豪華すぎて驚きの連続を叩き込む。
しかし華美な廊下は途中で途切れて機能性を重視した飾りもなければ灯りも必要な量しかない廊下になる。
そこを通った先の石階段を上がってまた廊下を歩き辿り着いた。
部屋の入り口にある飛びには『国勢調査室』と飾り気の一つもない板が付けられていた。
ダーシャリヤスさんはノックをすると少し扉を開けて、
「東口のトキュー・ダーシャリヤスです、調査員さんへの面会希望です」
中から走る足音がして誰かとダーシャリヤスさんが話して、ダーシャリヤスさんが振り返った。
「中に入ってくれ、だってさ」
私は中に通されてびっくりした。王城の中だというのに豪奢なところが何もない。強いて感想を言えば、清潔感のある白い壁が綺麗なことと机や椅子が長持ちしそうな丈夫さを感じるものだと言うこと。
私を中に通してくれた兎獣人の女性が奥にあるソファーまで来ると、
「どうぞ」
と座るように勧めてくれる。緊張しながら座ると想像以上の柔らかさに体が沈む。机を挟んで向かい側に女性が座ると、
「国勢調査員のテレサ・レイスリーです。本日は誰に面会ですか?カトレア・アルメトさん」
つばを飲み込む。年ごろはたぶん二十歳くらい、凄い眼鏡美人でサラサラの金髪に薄い茶色のロップイヤー、役所でも見かける内政官衣に包まれた体は……大きな胸に丸みのあるお尻が女性らしさを隠し切れていない。
「あの、以前……シュウ・ナゥリバーさんに、お世話になりまして」
言葉一つ出すのも辿々しくなるが今度は詰まらずに喋れた。
「そのときに、お金をお借りして、それをお返しに来たのですが……」
正確には違うけど、こういった方が早い。一から話すと長くなるし、こんな緊張する場所に長居はしたくない。
「……シュウ・ナゥリバー……ちょっと待ってくださいね」
シュウさんの名前を出すとレイスリーさんは少し困った顔をして立ち上がるとどこかに、最奥の机に向かっていった。そこで何かをしてからこちらに戻る途中でポットとカップと何かを持ってきた。
「シュウ・ナゥリバーは今は出ていますので少々お待ちください。それと、どうぞ」
いい香りのする紅茶に小皿にあるのは……豆ほどの大きさの茶色い粒。
レイスリーさんはお茶を飲みながらそれを口にした。お菓子らしい。
私も口にするとそれは苦さと甘さの混ざり合った興味深い味でお茶にとても合う。
あまりの美味しさにがっついて食べそうになるが私が何かしてシュウさんに迷惑や恥になってもダメなので常に落ち着けと心に言い聞かせる。
しばらくするとレイスリーさんが立ち上がり扉の方に拝礼をした。そこにいたのは細身で白い長髪の眼鏡の男性。レンズの向こうから青い瞳が私を捉えていて何もないのに背中に汗を感じた。
その男性はソファーにすっと腰掛けて私を見る。
「ヴォーギル・レイハトルスです。それで、シュウ・ナゥリバーにお金を返しに来たのはあなたですか?」
かなり事務的なしゃべり方で人らしい温度を感じない。私は鞄から封筒を取り出すと机に置いて、
「はい。これです」
これにはあの日にシュウさんが払った服と靴の代金が入っている。
「そうですか。ではこれは僕が預かって彼が帰ってきたら渡しておきます。えーと……」
レイハトルスさんは左右を見て何かを探すとレイスリーさんが白紙を渡す。
「僕が預かったという証明に」
名前が書かれて身分を示す印が彼の指輪で捺された。それを渡して封筒を手にした彼はさっと立ち上がって部屋を出ていった。
その速さに私が唖然としていたが正気に戻り、
「え、と、それだけなので失礼します」
私も立ち上がって部屋を出ていこうとする。すると、
「外まで案内しますね」
そう言えば緊張してどこをどう歩いてきたのかわからなかった。それがわかっていたのかレイスリーさんは小さく笑って外まで案内してくれた。
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施設に帰って夕食とお風呂を済ませてから自室に戻ると大きなため息をつく。人生で始めて王城に入った。私の知らない世界、煌びやかで、豪華で、機能的で、圧倒された。
それにお茶の横にあったあのお菓子は美味しかった!
いや、そうじゃない!食い意地は横に置いておけ、私!
ベッドに腰掛けて、鏡を手にして自分を見る。
赤茶色の髪は光に当たっても輝くわけでもないし毛先は癖で跳ねている。紅い目は丸みがあって綺麗な女性というより子供っぽい。身長、あの人と並んだとして……たぶんちょうどいい高さ、これだけは大丈夫。
腰に手を当てて、引き締まってると言うよりただ単にいいもの食べてないから細いだけ。胸…標準かちょっと小さいぐらい…と信じたい。とりあえず大きい人はもげればいいと思う。お尻、大きくはない、小ぶりできっと可愛い……はず。
……ダメだ……どうしてもレイスリーさんに勝てる要素がない。あんな美人が職場にいれば私なんてそこら辺の石ころか雑草、食べられそうにない焦げたパン。
きっとあの人の奥さんはレイスリーさんみたいな凄い美人さんなんだろうなぁ……私にはきっと並べない。
でも、会えるだけで、顔を見るだけで、声を聞けるだけで、私は幸せになれる。
あの人のお嫁さんや妾になんて高望みはしない。
ただ、会えるだけでいい。ワガママを言えば……あの手に触れたい、抱かれたい。
あの人の顔を想い浮かべてベッドに倒れ寝転ぶ。鏡をサイドボードに置いて灯りを消す。
……どうしてだろう……涙が出た。
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