在りし日の感覚
グレナルドが部屋に来て、天が風呂から上がると、
「さて、とりあえず天をレイラとクレアに会わせてそれからクレスト将軍の砦に向かう。いいな?」
「「「「はっ!」」」」
俺の言に衛士達が口を揃えて、天は俺と四人を交互に見て、
「じゃ、私も先輩についてきますよ♪……陛下と呼んだ方がいい?」
首をかしげる天を俺はどうしたものかと悩んだが、
「呼び方は勝手にしたらいい。それと、俺についてくるつもりなら命令厳守。俺の知り合いだからと甘くしてもらえると思うな。むしろ知り合いだからこそ厳しくやるつもりだがいいな?」
日本から来た天に対してやや厳しいかもしれない条件を突きつける。これを飲めないのであれば今後周りとの軋轢が出来てしまうだろう。
「んー、OKです。元々ボクに選択肢はないみたいですから」
理解力はある天は納得し頷く。俺は安心して、
「では、私の臣として仮採用する。しばらく様子を見て問題があれば罷免する。……世話は……俺が見た方がいいのかな?」
「陛下、私が引き受けましょうか?衛士隊であれば陛下の目が届きますし……」
グレナルドが提案してくれるが俺と同じ世界から来た者を優遇すれば何かと問題の火種となる。
「どうした……ものかな……」
当の天はと言うと俺の臣と言うことでとりあえず納得して俺の横でニコニコとしていた。
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レイラの私室、王城の生活設備としては最上階に当たり俺の私室と同じフロアにある唯一の部屋だ。
側室や王子、姫などの部屋は一フロア下にあるがクレアの部屋以外は当然空室になっている。ちなみにその下のフロアには俺の執務室や謁見の間、左と右の執務室などとなっている。
もっと下に行けば兵の待機室や俺や左右の直属兵の部屋、内政執務室、研究室、王城住み込み勤務者の私室などがある。
面倒な階段をひたすら上がった先、俺の部屋と反対側に向かう廊下を歩く。レイラの部屋に唯一通じる廊下には女性近衛兵が立っている。
「これは、陛下」
この奥は王である俺とレイラの父と祖父、レイラの実子以外の男性は入ることは許されていない。
たとえ側室の子の男児やレイラの叔父でも不義の密通の疑いを持たれないように入ることは許されないのだ。
女性近衛兵はクレアが王妃になったときに女性兵から選ばれる名誉ある格式高い役職だ。護衛兵としての実力だけでなく容姿や作法礼法なども求められるので選ばれるのはほんの一握り、一般女性がなれる夢の職でもある。
「レイラは中かな?」
「はい」
拝礼をしながら返事を返してくる。俺が通り、グレナルド、シャルナック、ヒルデと通ると女性近衛兵が手に持つ槍で廊下を塞ぐ。
「ここより先は陛下と王妃の御尊父以外の男性は立ち入り禁止です」
ジグレイシアは知っていたので脇に避けていたのだが天が止められた。
「それは女だ。通してやってくれ」
俺が苦笑いを浮かべると近衛兵は困り顔を浮かべて天に耳打ちをする。近くの扉の中へ天を連れていくと数分、
「どうぞ、お通りください」
近衛兵は困り顔のままだったが天の方はケラケラといつも通り笑っていた。
レイラの部屋に入ると俺は典医らがいる横を通り、ベッド脇の椅子に腰掛ける。レイラはベッドに横になっていて暇そうに本を読んでいた。
「レイラ、色々と報告に来たよ」
俺が来たのがわかると本を閉じて体を起こすと髪を手で梳き、
「あなた、どうしたの?……それにたくさん連れて」
何か可笑しかったのレイラは口元に手を当てて笑う。
「んっ?何か変かな?」
「あなたが変なのは今になってからではありませんよ。それで?」
まだ笑っているレイラに俺は頬に触れて顔色を見ながら、
「まず、クレスト将軍の軍と魔物が衝突してけっこうな被害が出てしまった。現地視察に行くのでしばらく城を離れる」
「あのクレスト将軍がですか……。どうかお気を付けて」
頬にある俺の手を取って両手で包み込む。俺は他の者の手前恥ずかしくもあるがレイラの心遣いが嬉しい。
「それと、天」
俺に呼ばれた天がおずおずとこちらに来る。若干ながらレイラを伺うような表情で緊張が見えていたが、レイラの温和そうな雰囲気を見て緊張は緩んだ。
「……こちらの小さなお嬢さんは?」
「ああ。よくわからないが召喚以外の方法でこの世界に迷い込んだ、俺と同じ世界から来た者だ。ついでに俺の知り合いだ」
レイラは天をジーッと見つめて、
「はじめまして、レイラ・カリミオンと言います。役職は陛下を補佐する左ですが陛下の正妻でもあります」
レイラが握手を求めて手を差し伸べると天はちょっと戸惑いながら俺を見るが握手に応える。
「えっと……朝比……テン・アサヒナ、でいいのかな?先輩、んと陛下とは幼馴染みで同じ道場で武術を学んでいました。……」
天は何か悩むような表情を浮かべて俺とレイラを交互に見る。その視線の意味を察した俺は、
「すまないが三人にしてくれるか?」
俺が人払いを命じると皆は顔を見合わせてから退室していった。
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レイラはため息をこぼす。天は迷いを浮かべていながらレイラをじっと観察している。
「天、何かあったのか?」
俺が尋ねると天は軽く握った拳を口元に当てて親指と人差し指を唇を擦る。
「……あ、いえ。えっと、急に先輩と同じ世界から来たと言っても信じてもらえるかな?って言うのがあるのと……」
「私は、あなたが別世界から来た人だというのはなんとなくわかります。雰囲気や仕草、それに旦那様との話し方を見ていると旦那様が本当に信頼している相手への話し方なので。だから私はあなたを信じますよ、天さん」
レイラはニコリと天に笑いかける。
「……あの、天でいいです。先輩の奥様にさん付けされるなんてなんだか気恥ずかしいし」
天はレイラの雰囲気に飲まれてか照れた顔になっている。がそれも束の間、真剣な表情になり俺を見たかと思えば、
「先輩、ここって医者いますか?いれば呼んでもらえます?」
俺は扉の方まで歩いて行くと典医と薬師を呼ぶ。レイラに付けているので当然女性だ。
二人は俺が呼んだことで一瞬レイラに何かあったのかと心配そうな表情を浮かべたが俺の様子でそうではないとわかったらしい。俺は二人を連れてベッド脇に戻る。
「すみません、レイラ様の体調などを記録した物などはありますか?……私は元の世界では医術の勉強をしていたので少しはお力になれるかと」
典医と薬師が顔を見合わせるが俺が何も言わないことで渋々にノートを渡す。天はそれをうけとるとパラパラと流し見て、
「……ふむむ~。うんうん……」
天はノートを返すとレイラに向かって、
「食事は何が食べやすく食べにくいですか?匂いや特定の味付け、塩気や酸味、甘味など食べにくいものや食べやすいものがあれば言ってください」
天はそう言いながら服をあちこち触る。たぶん探しているのはこれだろうと俺がメモ帳と筆を差し出す。
「あ、すみません」
「そう、ですね……とりあえずアッサリしたものが食べやすくお肉はあまり……。塩味は大丈夫ですが甘味が強いものは食べたくありません」
他にもレイラからあれこれと聞き取った天は、
「……ありがとうございます。先輩、レイラ様の現状はこんな感じです。少し食事の改善からって所です」
そこにはいくつか現在と今後出てきそうな症状と改善法が書かれている。
吐き気や匂いなどの悪阻に関するものから姿勢と衣類に関すること、眠気や風邪っぽい症状が出るかもなど。
「……伊達に医者の娘じゃないな」
「五歳の頃から暇つぶしに医学書読んでたら嫌でも覚えますよ」
俺が天の額に軽くデコピンするとだらしなくへらりと笑ってみせた。
「しかし、どうして一目でレイラが妊婦だとわかった?」
「ふふん、それは、ボクが優秀だからで……痛いです!」
自慢げに鼻を鳴らした天の眉間にチョップをぶち込む。
「先輩は冗談が通じないですねぇ……。理由は二つです。王妃様が伏せっている割りには周囲に人がいて夫の先輩がある程度ブラブラしてる。ということは重篤で病気はないし、顔色も病的なものは感じません。それと、もう一つはボクのスキルですよ」
今度も自信ありげに鼻高々な雰囲気になった。
「自称神様に言われたんですよ。『次の世界でも生きていけるように力を与える。魔法はサービスだが他は朝比奈天が今まで生きてきた中で努力と善行により決まる』って。結果的に、魔法が使えないボクに戦えるように純魔法と神衣。それと医療解析、これは目に魔力を集めると生き物の健康状態と生き物じゃないものが医療的に何の役に立つか解析できる力。これで見たら『妊娠二ヶ月』って出たからばっちり一目です」
天は自身のスキルを教えてくれて最後にサムズアップする。俺は最後のスキルが天の血と生活環境で与えられた才能だと思いながら、
「この便利娘が」
ペチリと頭を叩いて誉める。天は照れくさいのかうつむき加減になり肘打ちを返してきた。
俺はレイラと顔の高さを合わせるようにしゃがみ込むと、
「……レイラ、先ほども言ったが俺は今から親征に出るため城を開ける。留守は三大臣とヴォーギルに任せてある。通信水晶も持って行くが万が一はレイラも口出しを頼む」
そして俺は立ち上がると典医と薬師には、
「すまないが天を二人に預ける。えっと……」
呼んでおきながら典医と薬師の名前を知らなかった。俺が言いよどむことでわかったのだろう、自分から名乗ってくれた。
「典医のラファ・ゾラテフでございます」
「薬師のシャーリー・クレファナでございます」
気を使わせてしまった。俺はこめかみ辺りをポリポリ掻いて、
「……すまん。ゾラテフ、クレファナ。天を預かってくれ。医術に関して知識があるし何か役に立つだろう。それとレイラ、体調のよいときにこの国や魔法、周囲の国について教えておいてくれるか?」
「はっ。天殿と協力してレイラ王妃様と御子の健康を第一と致します」
ゾラテフが返事をして二人とも拝礼の姿勢をとった。
「そうね、私に出来そうなのはそれくらいですね」
レイラもニコリと笑って頷く。
天は俺とは別行動ということに少し不満げだった。俺は翻して扉の方に向かう途中で足を止めて、
「……俺が無条件で信用してるんだからな。さて、クレアの所にも行くぞ、ついてこい」
背中を向けたままであったが天の雰囲気が変わるのを感じた。後ろについてきた足音は軽く、懐かしさを持っていた。
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