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三つの知らせ

 転移扉で王都に戻ると俺は書類を執務机に乱暴に置くと俺は急いでレイラの私室に向かう。今日の護衛であるヒルデが俺の後ろを走ってついてくる。

 執務室とはやや離れているので急ぎ足で向かうのだが心臓が爆発的な勢いで脈打つ。俺の手が思い出しているのはレイラの手の温もり、それがどうしても重なる。


 冷たくなる母の手、動かなくなって、ゆっくりと温度が下がり、そして……。


 嫌だ、守れないなんて……もう、失うのは嫌なんだ、好きな人すら守れないなんて……どんな力があっても、守りたい人すら守れない力なんて何の意味もないんだ……。


 視界がぶれて足取りが怪しくなる。ふらついて壁により掛かってしまった。そして、

「う゛っ……」

 吐き気がこみ上げてくる。視界が暗くなろうとしたときに、

「陛下!?」

 ヒルデが俺を倒れないように支えていた。

「……すまない、レイラの部屋まで……付き添ってくれ」

「は、はいっ!」

 俺はヒルデに支えられながらもレイラの部屋に向かっていった。


-----


 レイラの部屋の前に着きノックするとアゼリアが開けてくれて俺は薄暗い視界に明るい部屋のベッドを見る。そこには典医やメイドが集まっており、俺の方を見ると、

「陛下、お戻りになられましたか」

 典医が俺に駆け寄り拝礼をとってから、

「陛下、おめでとうございます」

「レイラはどうなんだ?嘔吐やここしばらくの体調不良の原因はわかったか?」

 俺は典医の肩を掴んで前後に揺さぶる。ガクンガクンと典医の首がもげそうなほどに揺れている。

「陛、下、落ち、着いて、ください」


 俺は典医を離すとレイラのベッド脇に行ってレイラの様子を窺う。

 天蓋のついたベッドに横たわるレイラはとても安らかに、

「んー……むにゃ……」

 幸せそうな寝顔を浮かべる。俺は安心して腰の力が抜ける。ベッドの横に座り込み、レイラの顔を眺めていた。

「陛下、おめでとうございます」


 典医の声に俺が振り返るとそこにいた者は全員両膝をついて拝礼をしていた。

「おめでとう?どういうことだ?」

 俺は訳がわからずに首をかしげながら聞くと典医は顔を上げて笑顔で、

「レイラ王妃様はご懐妊なさっています。おそらく二月目になるかと」

 誤解人?蓋付き?

「はぁ?」

 俺の反応がかなり怪しいのか、典医はもう一度、

「レイラ王妃様はご懐妊されております。陛下はお父上になられます」


「……、……?……!?」

 頭の中で意味がやっとわかった俺は驚きで勢いよく立ち上がる。

 思いっきり膝をベッドにぶつけて痛みが走り倒れる。

「へ、陛下!?」

「だ、大丈夫、だ。それより、レイラが妊娠したのは、本当だろうな!?」

 俺は膝を押さえながら顔だけ典医の方に上げて確認する。典医は大きく頷き、

「体調不良はご懐妊されてつわりが始まったものかと。しばらくは続きますのでわたくし共めがついて調剤などを致します」


 俺はがばっと立ち上がる。ベッドの方を見るとレイラは俺が騒いでしまって起こしてしまったようで薄ら目を開けていた。

「あなた様?」

「レイラ、起こしてしまったか。今先ほど戻った。それよりも本当か?本当なのか?」

 俺はレイラの手を取ってその存在を確かめるように触れながらレイラにも聞く。

「……はい。あなた様の御子を授かったようです」

 レイラは微笑んで、俺の手を握り返してくれた。俺の視界が先ほどまでと違う理由で滲んでいく。


「よかった……ほんとに、よかった……」

 後ろから足音が聞こえて皆が部屋から出て行くのがわかる。

 祈るように額に当てて両手を組んで、その真ん中にはレイラの手がある。柔らかく、温かな、確かに、レイラの手が。

「あなた様が家族を失うことを心から厭うことと知っております。私はどこにも行きません、陛下のお側で、あなた様のお側で、左として妻として」

「ありがとう……ありがとう、レイラ」

 レイラのもう一つの手が俺の頬に触れる。流していた熱い物をレイラの手がぬぐってくれる。

「あなた様、大丈夫。一緒にいますから」


-----


 俺が部屋を出ると入れ違いに典医らが入っていく。

 さっきまで泣いていたことがバレないだろうかとかつまらない意地とかプライドが頭にさしかかるが俺は首を振って考えを追い出す。

 どうしようもなく足取りが軽くて、嬉しくて、鼻歌まで歌いそうで、そして、足が止まった。


 俺が親に……なるの?


 今の今まで頭にあったのはレイラが病気とかじゃなくてよかった!!なのだが、自身が親になると言うことを考えさせられて足が止まり不安やらどうしていいやらが頭を駆け巡る。

 何をしていいのかわからず、そして何をすべきかわからず、頭の中がフリーズした。


「陛下、急報でございます!!」

 廊下だというのにどこからかヴォーギルの声がした。俺はハッとして顔を上げると廊下を走り込んでくるヴォーギルの姿が見えた。

「どうした!?」

 俺もそちらに駆け寄りヴォーギルに尋ねると、

「まずは魔物研究室にお越しください」


 魔物研究室は魔道具研究室に隣接する部署で魔物の解体してどの部分にどのような器官があり調べて、その魔物がどのような生態をしているかの現地調査などをする調査分析機関だ。

 それを基に各魔物の弱点や習性の講義が行われて実技訓練に活かされている。

 ちなみに解体された魔物の部位は隣にある魔道具研究室に送られて魔道具の材料や研究対象とされる。

「珍しいところが俺を呼ぶのだな」

「緊急事態です」

 ヴォーギルの言葉に俺は歩く足を速めて研究室に向かう。


-----


 そこには見たことのない魔物の死体が転がっていた。大きさは人ほどから人の数倍とばらつきがある。

 それを取り囲む人の中には研究室の者以外に黒い軍服の者が数人いる。

 軍人の一人がこちらに気付き歩み寄ってくる。腕にある腕章は西方砦軍の物だった。

「陛下、十六将第十五位フェイメル・クレスト前将軍配下、第二部隊長ゴルテア・ケルツィアでございます」

 拝礼をする三十路になったくらいに見えるの男は濃紺の髪から龍人族特有の角を見せている。


「クレスト将軍の使いか?何か緊急事態と聞いたのだが映像通信水晶ではないのか?」

 すると研究員の一人が進み出て、

「それは説明致しますがまずはこの個体らをご覧ください」

 蜥蜴人の研究員は床に転がる数体の魔物の前に俺を案内した。


「これらはかなり珍しい魔物で捕食個体プレデイトと言う魔物です。ここまで大きなものは私達も初めて見たものでクレスト将軍もおそらく捕食個体を初めて見ため、研究室こちらに送ってきたのでしょう」

 魔物はどれも違う形をしている。一体は全体的には人馬ケンタウロスのような形で人の頭体ではなく狼に似ており、腕は鎌のようになっていて長毛の山羊のような体に爬虫類の足があり、何の生物と言っていいのかわからない。

 別の個体は毛の生えた四つ頭の蛇、それぞれの頭は獅子や猪、ドラゴン、角のある人の頭蓋骨とバラバラで全長は五メートルはある。

 その横の個体は二つのゴリラの頭にカマキリかバッタのようなの体に蜘蛛のような足が無数にあり、これが地面を這ってくるのを想像すると気持ち悪い。


「別の魔物、ではないのか?」

 俺は四つ頭の蛇の頭を一つ掴んで眺める。

「この捕食個体は一体の魔物から産まれてきます。それは母体マザー女王クイーンと呼ばれております。母体や女王はあらゆる生物を喰らい、その動物や魔物の機能を持った捕食個体を生み出します」

「ほぉ……エグい魔物だな……」

 混合魔物キメラ製造機のようなものかと俺が納得しているとケルツィアが言葉を挟む。


「母体が生み出す捕食個体はせいぜいアンバーやレッド級で本体もゴールド級、女王であってもトライメタル級、捕食個体はシルバーやブロンズ級でございます。仮に女王が出現しても我が将とサラス将軍の軍が合力すれば討伐は可能です」

 サラス将軍のプレートはトライメタル、女王と同等かそれ以上だとケルツィアは言う。しかしそこで言葉が句切られてからケルツィアは震えを押さえ込もうとする声で告げた。


「この個体達は……ゴールドやシルバー級の力がありました。捕食個体の討伐に向かった将の隊と我が隊、クレスト軍の主力隊59名は73体の捕食個体の群れと衝突し死者2名、重傷者13名、軽症28名の被害が出ました」

 ケルツィアは書簡を取り出して俺に渡す。そこにはクレスト将軍の証印がされた詳細報告があった。


 半月ほど前に自砦近辺の高山近くの森付近で行商や旅人が魔物に襲われる被害が出てその調査に向かった小隊が丸ごと消えた。その後に規模を増やして調査を行い捕食個体を発見して討伐に出た結果がこうなったこと、そして俺から預かった兵から死者を出したことを詫びる内容が書かれていた。


「……ケルツィア、小隊と今回の死者は特進させよ。ヴォーギル、遺族には丁重に詫びて謝罪金を出す。それと重傷者には見舞金を出してくれ」

「はっ。クレスト将軍にその旨をお伝えします」

「はい。では軍費より歳出致します」

 俺は書簡を握り潰しそうになる感情を耐えて捕食個体に目を向ける。

「それとケルツィア。……捕食個体がゴールド級ということは母体はそれ以上の強さと言うことだな?」

 単純な予想だがトライメタルを超えた、ブラック級なのだろう。

 ケルツィアの顔を伺うと頷くのが見えた。

「では、私が出る。クレスト将軍以外にも何人か近くの将軍にも軍を出すように私から命じる。通信室に行くぞ」


-----


 俺は通信室で全砦に繋ぐと各将軍が水晶の向こうに揃う。

「緊急事態だ。クレスト将軍、君から全体に報告を」

『陛下、この度は申し訳ありません。アタシがいながら無様を……』

 いつもはサバサバしているクレスト将軍が落ち込みながら俺に謝罪の言葉を口にする。

「それはよい。君も将兵も精一杯戦った結果であれば……このような言葉ではすませられないが、亡くなった兵達は残念だが仕方ない。次の被害を出さぬために詳細を」


 クレスト将軍自身も部下達とはよく酒盛りをすることで知られており、彼女の率いる軍は常に士気が高い。普段は少しばかり口の悪いところもあるが、部下思いで指示を出す部隊長だけでなく末端の兵一人一人まで気に掛けている。

 その将軍が部下を失うのはかなりの苦しみと申し訳なさだろう。


『クレストだ。五日前にアタシの砦から北西に十六キロ、非戦闘域に近い山だ。そこで捕食個体を討伐した。アタシも初めて捕食個体に遭ったもんだから何かわからないけどとりあえずつえーって事でアタシの隊とケルツィアの隊、59人を出した。捕食個体73体に……死者2名、重傷者13名だ……』

『なん、だとっ!?』

『クレスト、君とケルツィア君の隊はゴールドとシルバーのみで構成しているはずではなかったか?』

 クレスト将軍の報告にデッセンハーグ将軍とサラス将軍が声を上げる。


『ゴールドやシルバーの兵がやられると言うことは捕食個体でゴールド級かいね。そうなると母体は……女帝エンペレスになるかね?イディルスキー、覚えてるかい?』

『困ったねぇ。アンリ先王と昔に狩ったことがあったねぇ』

 老将のギーデウス将軍とイディルスキー将軍は苦い顔を浮かべている。


「……皆には捕食個体の討伐と女帝の捜索にゴールドでも腕利きの者のみをクレスト将軍の砦に派遣して欲しい。人数は任せる、少なくても良い。そして、女帝自体は私がやる。サラス将軍がトライメタルでも危険すぎる」

『なっ!?』

『陛下自ら!?』

「ああ。部下を、臣を、危険に晒すのは王にあらず。皆を守るのが王としての務めだ」

 水晶越しに緊張が走り全員が口ごもる。その後に、

『……かしこまりました。我が軍からは私が率いる精鋭部隊を派遣いたします』

 サラス将軍が一番に派兵を口にすると他の将軍も派兵することを約束してくれた。


-----


 俺が執務室に戻るとイゾルデがお茶を入れてくれた。

「ヒルデ、グレナルドとジグレイシア、シャルナックを呼んでくれ。すまないが四人には討伐についてきてもらいたい」

 俺がそう言うとヒルデは返事をして退室していった。

「陛下、お疲れ様です。それと、レイラ様のご懐妊おめでとうございます」

 イゾルデの入れてくれた茶で喉を潤していると彼女は微笑んでいた。そして祝われて俺は照れくさくなる。

「あ、あぁ。ありがとう。レイラが倒れたのが病気とかじゃなくてよかったよ。でも、俺が父親だなんて実感がわかないんだけどね」


「ふふふっ、きっと初めて子を持つときには誰もがそうなのかと思います」

 イゾルデは尤もなことを言って俺は納得する。そして今になって気付いた。

「しまった……義両親に伝えてない!」

 バンッと机を叩いて立ち上がると急いで走りだす。

「すまない、ヒルデ達が来たら待たせておいてくれ!!」

 俺は走りながら頬がにやけているのがわかる。嬉しくてたまらない、やっと実感が湧いてきた。家族が増えることに。


 義父アドウェネド義母フロミラにレイラの妊娠を伝えるととても喜んでくれた。つわりがひどくなるまで気付かなかったことを詫びるが、

「あの子が自身の体調を鑑みずに陛下に言わないからですよ」

 とフロミラは笑って一蹴し、

「陛下、おめでとうございます。今二ヶ月ならばあと七月もすれば産まれるかと」

 祝いの言葉の後に指折り数えたアドウェネドは出産予定月を推測始めた。

「陛下と呼ばずにシュウイチと。義父上、義母上、私もなるべくレイラのそばにいたいのですが色々とあって……。それと……時間があるときに親としての心得を教えていただけると助かります、何をしてよいやらわからずで」

 俺が照れ笑うとフロミラは口元を隠してクスクス笑い、アドウェネドは口元を緩めていた。


「ふふふっ、陛下、いえシュウイチさんも初めて親になるのですがレイラも同じです。あの子も不安があるでしょうからお時間を作ってよく話し合ってください。……ねぇ、あ、な、た?」

 フロミラが笑顔でアドウェネドの方を向いた。アドウェネドは今までにないくらい引き攣った顔になり、

「そう、だね。フロミラ、レイラの様子を見に行こうか」

 俺は何か確信を得てから苦笑い、

「はい、そのようにします。……それと、今から女帝と捕食個体の討伐に向かいますのでしばらく王都を留守に致します。レイラのこと、よろしくお願い致します」

 俺はそれを伝えて貴書奥院を後にした。


-----


 俺が執務室に戻るとやけにグッタリとしたグレナルドを筆頭に衛士隊が顔を揃えていた。

「……どうした、グレナルド?」

「いえ、王城の門に不審者が出まして……その対応に当たっておりました」

 俺は衛士隊にソファーに座るように指すとイゾルデに人数分のお茶と菓子を用意させる。


「不審者?」

「はぁ……はい」

 グレナルドが大きなため息をこぼしてカップを手に取った。一口飲んでから、

「最初は門番と揉めていたそうなのですが……その、妙なことを口走り、陛下に遭わせろと騒ぎ立て、止めようとした門番や駆けつけた兵を殴る蹴るの立ち振る舞いをしまして……。警邏兵長らでも止められず私が呼ばれて話を聞いては来たのですが……」


 王城の警邏兵長は数人いるがどの者もゴールドプレート内でも中の上程度には武を嗜んでいる。それをなぎ倒すとは相当の者なのだろうなと思いつつ、

「妙なこととはなんだ?」

 俺がそう興味本位で聞くとグレナルドの返事は衝撃的だった。


「陛下と同じ世界から来た者だ、と……」

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