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左翼の異変

 ミックがエルフ公国に向かって一月、そろそろ向こうの都に到着するはずで、半月ほど前に国内最東部の港町から船で出る予定だということとその港町からエルフ公国の都までの到着予定などが細かく書かれている文が俺の手元に届いていた。

 俺はそれを届けてくれた内政官の若者に礼を言う。

「ありがとう、ヴォーギル」

「いえ、陛下。たいしたことではありませんので」

 拝礼をして頭を下げる白い長髪にメガネを掛けた彼はミックよりは堅物ではない。スラリとした長身で文系男子という感じだ。青い瞳が涼しげで黒の内政官衣がよく似合う。


 ヴォーギル・レイハトルス、右補佐官の肩書きを持ち普段はミックの手足となって働いている。しばらくはミックが不在のため、彼が業務を代行してくれている。

 種族は魔人属亜種族雪男で氷の魔法に精通し頭がいい。武に関しては得意ではないというが槍と魔法を駆使した中近距離戦に長けていることを知っている。


 そこにノックの音がして、

「陛下、出仕が遅くなり申し訳ありません」

 執務室に入ってきたレイラは俺の机の前に来ると深々と頭を下げて謝る。

 ここしばらくレイラは体調が芳しくなく時々出仕に遅れてくる。俺が休めと言えども休みを取らず、顔色がかなり悪い日もある。

 仕事量は減らしてなるべく早く休めるようにはしているのだがそれでもレイラはなかなか部屋に帰ろうとはしないのだ。


「それはかまわない。昨日のうちに確認は終わっているからレイラは少し休んでから仕事をしてくれ。無理をされて倒れられても困るのだよ」

 ヴォーギルの手前、妻だからよけいに心配していることは言えないが顔色を窺うと明らかによくないのがわかる。

「……いえ、新砦の開発もありますので……」

 勇者を迎え撃つ用の砦街の開発はかなり進んでいた。


 一般民450、防衛兼治安を任じてある兵150、内政官を30の合わせた住民630という大規模村と言うところだ。

 すでに住居や内政に必要な役所、見張り台などの防衛施設なども建築は終わっている。

 農民は田畑を作り、兵は治安と周囲の魔物の討伐に勤しんでいる。


「いえ、休んでいる場合ではありませんので」

 普段は衛士隊用にと出してある椅子に腰掛けて俺の捺印した書類に目を通していく。

「……ではこちらは村で募集を掛けるほか、和平後には陛下から代官、もしくは貴族領として与えるとしていますが……」

「ああ。ヴォーギル、すまないが代官を任せられそうな内政官を複数人、それと下位貴族で功のある者を何人か上げておいてくれ」

 レイラから進言を受けた俺はさっそくにヴォーギルに指示を出す。

「陛下、それでは開拓村の方に参りましょう。私の補佐官のアグラオ・ハーケンシルドラが指示通りに進めているはずなので」

 俺とレイラは以前に作った転移扉の魔道具で開拓村に向かった。


-----


 俺とレイラが転移扉を抜けて代官屋敷の執務室に出ると窓から見える街並みが変わっていた。

 以前に来たときとは見違えるほどで通りは土道から表面が綺麗に研磨された石畳に、周囲の家は数十件だったものが十倍以上に増えて人通りも賑やかになっていた。

 特に飲食物や日用品の店が多く並ぶ大通りにはかなりの人が行き交い行商の馬車らしきものも見える。


 そして執務室には一人の女性がいて執務机ではなく、来客対応や休息時に使うソファーと低い机の方で書類の山を処理していた。ソファーの背もたれで後頭部と頭に乗るかなり大きめのベレー帽以外は見えないが恐らくは彼女がアグラオ・ハーケンシルドラだろう。

 俺とレイラが近付くと気がついたのかソファーから立ち上がり帽子を脱いだ。そして片膝をつき拝礼の姿勢をとる。


「陛下、彼女がアグラオ・ハーケンシルドラでございます」

 レイラが名前を呼ぶと伏せている顔を深く下げる。

 水色のボブカットヘアー、袖が二回ほど折られて短くされた内政官衣。そしてたぶん150cmあるかないかほどの身長。

「始めて会うな。シュウイチ・イマガワだ」

 俺が声をかけるとハーケンシルドラは顔を上げた。たぶんレイラや俺とそう変わらない年齢、大きな金の瞳に薄い眉、シャープな顎のラインに細い唇。肌がやけに白く耳には鳥の羽のようなものが生えていた。そして首から提げていたスケッチブックの様なものを俺に見せる。


『お初にお目にかかります。アグラオ・ハーケンシルドラでございます。セイレーン属のため声を出すことが出来ませんのでこのような御挨拶となり大変申し訳ございません』

 と書いてある。

「セイレーン属?」

 始めて聞く種族に俺はレイラに水を向けると、

「セイレーン属は鳥人族の一族になりますが産まれたときより声に高い魔力を持ち、意図的でなければ声を出せず、魔力を乗せた『魔力音波』を使える種族です。また声は夫または妻になるものにしか聞かせてはならないというのがセイレーン属の掟だそうです」

『申し訳ありません』

 俺はレイラとハーケンシルドラを交互に見て頷いた。


「ではアグラオ。街の開発進行具合は?」

 レイラが聞くと付箋があちこちについた書類を手渡してくる。

 農地開発の現時点までの段階と今後の予定、今までの収穫量やそれによる取引額、そこから得られた税収などが表にまとめて書かれており、グラフまでついている。

 さらに付箋の所は問題があるところと伸びしろが見込めるところに貼られているが赤と青を使い分けてあり非常にわかりやすい。


「うん……ふむ」

「流石です。……広さの割りには根菜が多く採れていますね。ハクビョウは……水源の確保はしてあるけど今の水量では現状で限界ですか」

 レイラは俺に別の書類を見せながら指さして説明してくれる。

「別の砦と同じ水源を使うと双方に水不足が出るかもしれないから新たな水源を探さなくてはならないか」

 俺がそう言うとハーケンシルドラは別の書類を差し出す。俺がうけとると今まで俺が持っていた書類を受け取った。


「ふむ、近くの高原に池があり水源として使えそうなのか。で、周囲の魔物討伐中、と。人工河川を引く予定か」

 何枚かに渡り、高原の池から街への人工河川の計画とその経費や工事期間、メリットとデメリットまで上げられており計画としては悪くないのが一読でわかる。

「ではこの計画でよいかな?」

 俺がレイラの方を向くとレ入れは少し乱れた呼吸をして書類に目を通す。

「はい……こちらで、問題ないか……う゛っ!?」

 レイラは数歩下がり口元を押さえて腰を折る。そのまま、

「……ゴボォッ……う゛っ……」

 嘔吐して倒れた。

「レイラ!?」


-----


 早急に王都に戻るとレイラを部屋に送り典医を呼ぶ。レイラが倒れたことがわかると王城が騒がしくなり城中メイドはバタバタと走り回っている。

 王城に務める女医の典医がレイラの部屋に来て変調の原因を調べ始める。レイラはその診察中に目を覚まして俺に一言伝えるとうなされるように呻っていた。

「大丈夫ですのであなた様はお仕事を。アグラオであれば大きなミスはないはずですから」

 と部屋から追い出されてしまった。


 心配だが言われたとおりに開拓村の方に戻るとハーケンシルドラには大事ないと伝えて確認や視察をすませる。

 街を歩けばハーケンシルドラは走り回っている内政官や兵だけでなく、一般民からも声をかけられて筆談で会話をしていた。

 俺が王だと知ったものはだいたい跪こうとするが俺はそれをやめさせて普通に生活してもらうように兵達にも指示をする。

 大通りが交差する大広場には公園がありそこには建築途中の塔があった。

『今月中には時計塔も完成する予定でございます。部品の搬入には時間がかかりましたがこれで皆も時間がわかります』

 そうスケッチブックに書いたハーケンシルドラは笑顔を見せる。


 そこに塔から下りてきた男が声をかけてきた。なかなかの長身と体躯で上半身は黒のタンクトップシャツに作業員のようなズボン、建築作業員かと思われた。

「おっ、アグラオじゃないか。……って、ぉぅ、これは陛下っ!!」

 男は軽くハーケンシルドラに声をかけたかと思えば俺を見て慌てて片膝をついて拝礼の姿勢となった。

「開拓村の警邏兵団長、ビルギオット・ベーゼルバークでございます」

 違った、ジェラルドに任せていたので名前しか知らなかったがこの街の兵をまとめる団長で階級も下将軍のはずだ。


「硬い挨拶は抜きにしてくれてかまわない……ベーゼルバーク、そなたは何をしていた?」

「はっ。時計塔の建築が遅れていると聞き手伝っておりました。陛下のおっしゃられる言葉に感銘を受け、将たる者は兵の見本となるよう人民のために働くよう心掛けております」

 どうやら俺が以前にミックに言った率先垂範をどこかで耳にしたらしい。そして民に混じって仕事をする所を見るに庶民的な将軍のようだ。


「そうか。拝礼はもうよい。街の治安について意見はあるかな?警邏兵の人数や質について現場の意見を聞きたい」

 ベーゼルバークは立ち上がると、

「はっ。お預かりしている兵には訓練も行っておりますがなかなかの者たちを頂いたので街の警邏や周辺の魔物討伐に手間取る者はおりません。また街の治安も比較的落ち着いており、犯罪についてはほとんどありません」

 一つも問題ない報告に俺はやや不信感を持つ。なぜならここに来ている者は半数が新たな土地で立身することを目指した者だが、残り半数はスラムなどから仕事がなくてどうしようもなく移転してきた者だからだ。

『スラムの者たちも仕事と給金が保証されていることで街で諍いを起こすことはほとんどありません。それでも酒場や娼館のほうでは多少の問題も起きておりますが、ベーゼルバーク殿達のおかげで大きな問題にはなっておりません』


 俺の疑問の答えを用意していたかのようにハーケンシルドラがスケッチブックに書いていた。

「そうか。スラムの者とは言え仕事にありつければ問題は起こしていないのか。そこにはやや不安があったのだがここにいる者たちは仕事がなかっただけなのだな」

 俺は安心して胸をなで下ろす。そして、

「ではハーケンシルドラ、ベーゼルバーク。この調子で頼むぞ。私は王都に戻るが何かあれば通信水晶で連絡を寄越してくれ」

「はっ」

『はい』

 二人の頼もしい返事を聞いて俺は王都に引き上げた。

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