式典祭・参
九候制度とはクレストパイズ先々王が制定した法で、ある程度の種族を括りまとめて、そのまとめ役に候という役職を与えるものである。
クレストパイズ先々王はアンリ先王や俺と同じ異界から来た者で、先々王御自身もこの世界のことをよく知らなかったとあった。
なので先々王は各種族の大まかな意見や習慣を聞き知るために候を立てた。なお、候は血筋でなく各種族の者が街や村などで集まり話し合って、自分達の代表を選んでいき、最終的に十回くらい選定を重ねた代表が選ばれるらしい。
任期は高齢や病気による辞退か死ぬまでという恐ろしい重さだ。やって得る権益より精神のすり減りが激しいだろう。
やはり種族や類種の代表に選ばれる候はだいたい高年齢だ。与えられる聖爵位も一代限りの爵位なので候と第一領領主は十数年に一回くらい変わる。変わるときに報告が来るのだが俺にはまだその報告は来ていないので、俺の戴冠当時から誰も変わっていない。
その九候は以下の代表だ。
魔人、夢魔、巨人など人に近い外見や特徴を持つ者が多い種族をまとめる魔人候。
エルフ、ドルイド、ピクシー、精霊、妖霊、死霊使いなど魔に通じる者たちをまとめる魔霊候。
龍人、蜥蜴人、蛇人、半蛇などの魚以外で鱗を持つ者たちをまとめる龍人候。
魚人、海洋人など海生物の戦闘形態を持つ者たちをまとめる海洋候。
獣人をまとめる獣人候。
鳥人のまとめ役の鳥人候。
虫人の代表の節蟲候。
妖花、妖木など植物の力を持つ者の代表、森葉候。
妖鎧妖武、魔石人、石人など自然物やその加工物の力を根源とする源命候。
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正直言えば、おじいちゃんおばあちゃんの小言や心配や甘やかしが半端ない。
戴冠の祝いの後は第一領拝領は王都に近いため足繁く城に来ては、
「我々の種族とは……」
「まだこの国になれておられないのですから……」
「可愛い、凄い可愛い。陛下、我が家に来てください」
など教育的指導、心配してつきっきりになろうとする、猫かわいがりする、など凄い被害を受けた記憶は俺の心に大きく残っている。
あぁ……気が乗らない……。
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謁見の間では玉座に座る俺とその左右に控えるレイラとミック、一段下がったところにある椅子に座る三大臣。そして俺の椅子から斜め後ろに下がった左右にも椅子。左は空いているが右にはクレアが座っている。
そして謁見の間の入り口から敷かれている濃青色の絨毯には三つの椅子がある。俺からはおよそ五メートルほどの位置だ。
その中央の椅子に座っているのは複眼の瞳孔を持ち、頭に触覚を二本生やした薄紅色の髪の老人。
「陛下、第二王妃との婚姻、誠におめでとうございます」
「祝いの品、非常に珍しい物ばかりで目が回るかと思ったぞ?」
時間や人の動きの都合、始めに謁見しているのは節蟲候南部第一領ボアンテのザギニール聖爵。おじいちゃんなのだがしゃきしゃきと動く人でボケとか介護とかは縁遠そうな人だ。
「ははっ。種族の者たちに声をかけてどのような物が陛下のお祝いに相応しく、お喜びになられるか相談を重ねてお贈りさせていただきました。陛下は華美よりも良質を求むと伺って、長く使える品を選ばせていただきました」
送られたタンス二竿は早速に俺の部屋とクレアの部屋に運ばれて使われている。開けても物音一つしないし、内部が透視できない魔力壁と魔法式の鍵がある高級品で日々の生活で重宝しそうだ。
各家の当主や将軍位にいる者から祝いの品を受け取っているのだが一品という決まりがある。
張り合って多くを出して重税を強いないように何代か前の王が決めたそうだ。もちろん、皆逸品を探すなり作るなりして祝いの名義で自身の忠義や力を示して入る。
「返礼の品だ。ザギニール聖はいつも元気で領都では供回りを連れてよく歩くと聞いているのでな」
彼への返礼に用意したのはシルバーカー。雨水に優れた耐性と長持ちする丈夫さを持った高品質の木をベース素材に、タイヤにはラーバを加熱して解かし硫黄粉末を練り込んだ柔らかく長持ちするゴムっぽい物を使用し、足周りにはサスペンションも取り付けた優れものだ。
使い方を説明すると、
「陛下から下賜いただいた物に座るなどとは……」
「そういう風に使う物だから。飾られるより使ってくれなくては送った意味があるまい」
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「陛下、この度はおめでとうございます。我が獣人族から娶りいただきましたこと、全獣人族を代表して厚く御礼申し上げます」
有角の狒々の獣人、北西部のアルハレムの領主でコルタニア聖爵。かなりの女丈夫で候になる前は女爵で教養のある女性だ。候になったときに息子に爵位を譲り、息子は男爵として統治にいそしんでいる若手当主と俺の耳に届いている。
「偶然だ。私が隣に望む資質を持つ者がクレアだっただけで獣人だから選んだわけでは、ないぞ?」
クレアの耳の動きやフワフワの尻尾には惹かれていないと言えば嘘になるが、口には出せない。
「いただいた手甲はちょうどよいサイズで、これであの帝国勇者を殴れば大層気持ち良かろうな。コルタニア聖、そなたへの返礼はこれだ、持ってきてくれ」
俺が指示を出すと低い台車に乗せられた白い布が掛けられた何かが兵により運ばれてくる。大きさは人ほどあり、コルタニア聖の前で掛けられていた布が外される。
「黄金の鎧だ。作匠はサラス将軍御用達のロガリア工房、飾り彫りはクエンタス彫金師だ。飾らずに使ってくれても良いよう実用性も考えられた逸品、受け取ってくれ」
「これは……なんと素晴らしい物か……この鎧は獣人候としてお預かりし、私から候を継ぐ者に譲ることをお許し願えますでしょうか?」
どうやらコルタニア聖はこの鎧をコルタニア家ではなく獣人候として預かるつもりのようだ。
「かまわんよ。むしろ獣人候の宝として扱ってくれること、嬉しく思う」
「ははぁっ!」
こんな会話があと300人以上続くのだ……。領地のある貴族八方位十五領で120、さらに領地はないが王都や直轄領で内務、外務、軍の官や代官などをしている各家の当主が300近く。
それに貴族位はないものの将軍位などに就いている者達を数えれば切りがない。
当然ながら今日だけでは終わらず明日に及ぶのだ、気が遠く重い……。
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次の日の夕刻にやっと終わり、俺もミック達もヘトヘトで周囲の兵を下げてから張り詰めていた気をやっと解いた。
「……疲れた」
俺が代表するように小さくこぼすとミックが同様に、
「まるで足が棒のようですよ……」
やっと動かせると言わんばかりに二、三度しゃがみ込みストレッチを繰り返す。
「……んーっ……よいしょっと」
レイラも伸びをして空いている椅子に座る。
「レイラさんもお疲れ様です」
クレアが労うとレイラはクレアの方を向いて、
「あなたこそずっと座ってて腰に来てない?」
そのまま気怠そうに柔らかくクッション性のある背もたれにレイラは体を預けて深く息を吸う。クレアの方は苦笑いを浮かべて、
「あはは……少しばかり。それよりも緊張でそれどころではありませんでした」
俺が大臣らの様子も見るとそれぞれ腰や肩を叩いたりほぐしたりしていて疲れがかなり見える。
「……毎年するの?来年はなしにしないか?」
俺がそう言うが周りは口を揃えて、
「駄目です!「代々続けられた王としての」「陛下はすぐ楽な」「として自覚を持っていただき」まったく、先が思いやられます」
一斉に喋られても俺は全部聞き取れずにいたが絶対にダメっぽいと言うのだけはわかって俺は深いため息をついた。
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