軍議と行動開始
俺は部屋から出ると廊下を歩き、大合議室のある上のフロアへと向かう。
階段と部屋の場所は聞いておいたからわかるし、いざとなれば誰かに聞けばいい、そう思っていた。
そして将軍達のことも考えていた。反対派はどの程度いるのか、どうすれば納得してくれるか。
今日に解決できなくてもいい。個々の面談を以て腹を割って話し合いたい。
頭で色々考えながら歩いていたのが悪かった。廊下の角を曲がった拍子に、向こうから同じように曲がってきた誰かと当たってしまった。
「きゃっ!?」
「っと……」
ぶつかった相手を転ばないように支えるために手を出す。
細い腕を掴んで少し抱き寄せるようにすると少女は止まった。しかし手にしていた花の活けた花瓶が床に向かって落ちていく。
「『身体・加速』」
俺は魔法で体全体の速度を上げて花瓶をキャッチし、彼女に手渡す。
「大丈夫ですか?」
少女は少し呆気にとられたような、ぼんやりとした顔をしてながらも、
「え、っと、はい、大丈夫、です。たぶん」
少女は小柄で150cmもない背丈、手足も細く軍の砦だというのに軍人には見えない。内務官や女中だとしても若いどころか幼いし、軍服や内務官の制服でもメイド服でもない。
こちらの世界の成人が16とは聞いているが、中学生ほどの顔つきで本当に少女なのだ。
「すみません、少し考え事をしていたもので……」
俺が頭を下げると少女は深々と頭を下げて、
「こちらこそ申し訳ありません。前をきちんと見ていなかったもので……」
互いに不注意を謝罪して一礼を交わして俺は大合議室に向かおうとする。
俺が振り返り見ると少女も一度振り返り俺を見た。
オレンジ色の瞳が俺の視線と合う。少女はぺこりと腰を折って頭を下げると振り返り、今度こそ廊下の向こうへと小走りで行ってしまった。その頭には二つの尻尾のような水色のツインテールが揺れていた。
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俺が階段を上がって大合議室前が見える廊下に出ると、おそらく大合議室前であろうところでなにか騒いでいる二人がいた。
近づくと声が聞こえてきて、
「……やだよぅ、きっと私……クビなんだよ……」
「将軍!」
「戦功もないし、遅れてくるし……」
二人とも軍服を着ていてしゃがみ込んでいる方は将軍と呼ばれている。
「今日は陛下がいらっしゃるだけで合議会なんですから!遅れたのは先に馬で連絡してありますし、領地に大型モンスターが出たからじゃないですか!」
副官らしき人物がネアン・ジグフリオスを立たせようとしていた。
「二人も入ってください。合議会を始めますよ」
大きなだだっ子のような将軍とその副官に声をかけると、二人はこちらを向いて固まった。
「私も遅れてきているのですから咎めることもありませんよ」
優しく声をかけたつもりだったが二人して動いてくれず、俺に傅いて頭を垂れる。
俺は内心ため息をつきながら大きな両開きの扉を開けた。俺が部屋に入ろうと足を進めると後ろからついてくるのがわかった。
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上座の空席に座るために歩いて行くが、その間には将軍とその後ろに立つ副官、世話人のメイドらの視線を浴びる。
「呼び出しておきながら遅れて申し訳ありません」
先持って一言詫びる。何人かはあからさまな不満があるような視線をやめないが、多方は気にした様子も見せない。
「軽く自己紹介だけさせてもらいます。地球から来た、シュウイチ・イマガワです。アンリ先王より王位を譲られて皆の王としてここにいます……が、継承時にも言いましたが王は皆に認められてこそ王である、と。なので私はまだ自らを王とは思っていません」
改めてこの場でそう宣言した俺を見つめる将軍ら、その一人が静かに挙手をする。
「陛下、発言をよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ。マドル・ファンドール右将軍」
マドルが少し驚いた表情を見せたが真剣な表情に戻ると、
「陛下はすでに王位を継承しておられます。我々は陛下が家臣。そのようなお言葉使いは陛下のご威厳とご威光を損ないます」
「と、いうことはファンドール右将軍は俺を王と認めてくれているのですか。ありがとうございます。しかし、他の方はどうでしょう?何人か、俺の人柄や素行に興味を持たれた方がいるようで、しばらく知らない人につけられていて怖かったですよ?」
俺は笑顔を浮かべて部屋を見渡した。
王位を継いでから城中外で妙な視線を感じていた。それは敵意ではなく、観察されているという視線で、ジェラルドに頼んで密偵を放ったところ、ここにいる将軍や貴族らの手のものであったことが判明している。
それに対して咎めるつもりは一切ない。自身の主となる若造がどんな者か、気にならないと言えば誰しも嘘になるだろうから。
「さて、本日皆さんに集まっていた代のは神蒼帝国との和平交渉について。私からの案を皆さんに聞いてもらい、意見を求めたいと思います。まずはこちらの資料を……」
俺はシュレリアに書類を渡して皆に配ってもらう。その間には、
「サラス将軍、本日は場所の提供、誠にありがとうございます」
「……いえ。この砦も陛下のもの、私は一時的にお預かりし、守っているだけでございます」
青髪の将軍は迫力のある顔つきをしている。別に睨んだり威嚇したりしているわけではないはずだが、威厳と箔があって、はっきり言えば厳めしい。
皆の手元に書類が配られると俺は目を通してもらってから、
「そこに書いてあるとおりにやろうとは思っている。疑問や不満があれば忌憚なく意見を述べて欲しい」
さっそくに左隣で手が上がる。
「ギーデウス将軍、どうぞ」
彼女は少ししわのある顔を朗らかに緩ませて、
「陛下のお考え、こちらに書かれておられる内容通りだとされますと……ずいぶんと神蒼帝国に詰め寄るようでございますが、なにか策がおありで?」
老獪そうな彼女には俺の草案が稚拙に見えるだろう。まぁそれには甘んじよう。彼女と俺には年齢とそれ以上に経験がある。
「神蒼帝国は一枚岩ではありません。人族が上にのさばり、獣人やエルフ、そのほかの亜人族も優遇されている状態ではありません。そこから切り崩し、中に不和を作ります」
俺はニコリと笑いながら策の続きを告げる。
するとリュミルだけでなく、ほかの何人かも頷いていて、一応の納得を得られたようだった。
そもそもリュミスの派閥は王の命に準じる者らで説明を受けたことで納得してもらえたのだろう。
そしてジーを筆頭とするイディルスキー派は穏健派であり、特に反対意見はなく、質疑応答に終わる。
難関はサラス派、彼らは神蒼帝国に対して憎しみや怨恨、怒りなどの感情を持つ敵対派であり、この草案どころか、そもそも和議に対して不満があるのだろう。
「……陛下、俺は納得いきませんぜ……。神蒼帝国のやつらは俺らをモンスター扱いして狩ることしか考えていないような連中。外から来た陛下には俺らの恨みが、奴らの罪がどれだけなものかわからずに『憎しみを、復讐心を預けろ』そう言われて納得できるか!!!」
ラグーザは机を叩き割るような勢いで拳を叩きつけ、怒りを顕にした目を俺に向けた。
「ディグリート将軍。今、皆さんに求めているのは将軍として、この和議の案が可能か、不備はないかの意見を求めています。……それと、あとで全員と個人的に一対一、もしくは副官付きでお話したいと思います。その場では将軍ではなく、個人的な見解や意見も言っていただいて結構。その怒り、憎しみについてしっかりとお聞きします」
俺が机に両手をついて頭を下げると一同は唖然とした。
一国の王が部下に頭を下げるというのは考えにくい。しかし俺にとって大事な事は彼らに信じてもらうこと。頭を下げてわかってもらえるのならば、理解して信じてもらえるのなら、何度でも下げよう。
……下げすぎたら安くなるから要所でしか下げないけどな。
「……あのぉ……」
体を小さくしながら遠慮がちに手を挙げたのは末席、ロザリオ・グレナルド。
「グレナルド将軍、どうぞ」
「和平の暁には軍縮も視野にとありますがどのようにお考えで……」
最後の方は聞こえなくなってしまったが言いたい事は聞こえた。
「皆さんには預かってもらっている砦を軸に街のような形が出来上がっているかと思いますが、さらに開墾や産業の強化などを行なっていただき、将軍を領主とした街づくりをしていただきたいと思っています。また国境警備は今よりも数を減らして、各地方でのモンスター討伐や警ら、巡回なども増やして国内の安寧を図れるようにしてもらいたいと考えています」
「それで神蒼帝国が裏切れば、国土は血に濡れ蹂躙され、臣民は隷属させられたらどうされるおつもりか?」
サラスが口を挟み、俺に睨みを効かせる。だが俺は怯むことなく、
「それに対しても考えがある。神蒼帝国とは休戦や和平ができても、攻め入ってもいい矛先を決めた条件を与える。軍臣民誰も傷付かせない条件になりますけどね」
俺の条件案を聞いた将軍らは呆れと驚きの混じった顔をした。
俺は試されている。だからこそ、この和平は結ばなくてはならない。
その後、個人面談を行なってから再度全員がいる大合議室にて、
「……以上で終わりますが、交渉の場に同行してもらう方はディグリート将軍、グリエス内政特務官に来ていただきます」
俺が指名したのは、個人的な想いもあり神蒼帝国に怨恨のあるラグーザ、それと足下をすくわれないように政務に強いシュレリア。
「他の方は堅守防衛に努めていただき、被害は少なく、敵は捕縛にとどめてください。よろしいお願いします」
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会議が終わると俺はサラス将軍と一緒に地下牢に来ていた。石造りの廊下を歩く俺と将軍の後ろには多数の兵が付き従って物々しい雰囲気もある。
兵達は王と将軍がいることで緊張の色を隠せていないが俺も緊張している。
「捕らえている数は250余り、命と衣食に困るようなことはさせず、牢に入れてあるだけです」
「そうですか」
「こちらになります」
左右に並ぶ牢屋には十人ほどずつ入れられており、中の兵は身なりの良さの割には若い俺を見て訝しむ者や怨嗟の視線を向ける者、興味なさげにしている者など様々な様子を見せる。
「では、手枷を鎖でつないで、足枷は外して練兵場につれ出してください」
兵が返事の元に動き出し、次々と捕虜の兵が出される。各牢屋ごとに一列で連れ出されていく。最後の牢が空になると俺も練兵場に向かった。
静かに立ち並ぶ兵と少し不安そうな様子を見てながら小さな声で喋る捕虜達。その声を拾うと、処刑されるのではないかとの声が多数を占めている。
俺は腰ほどの高さがある台に上ると咳を一つ、緊張しながら声を出した。
「捕虜の諸君、今からあなた方を解放します」
その一言にざわめきが起こる。この世界の捕虜の扱いがどうかは知らないが、少なくとも捕虜らには解放されるという考えはなかったらしい。
「この中で最も高い身分の者は誰か?小隊長でも部隊長でもかまいません。挙手を」
三人ほど手が上がり、俺はその三人を捕虜達の一番前へ立たせた。歩み寄り、
「では、三人のうち誰が上官になりますか?」
二人の目が一人に向いた。あごひげが目立つガタイも俺より大きい男。
「名前は?」
「……ダグライドだ」
かなり睨み付けられている。敵意には慣れているが、殺意となるとやや迫力が違う。
「では、ダグライドさん。解放時にあなたに書簡を預けます。砦か基地かは知りませんが司令官に渡してそちらの皇帝に届けてください。両国の外交に関わる大事です」
彼の懐に外交文書の入った封筒を見せた。手で合図を出し、捕虜を歩かせ始める。
砦の前庭で次々と荷台に捕虜が乗せられて、満載になった馬車から出発する。敵陣の最前線には二日ほどで着くらしい。
俺も最後の馬車の出発を見届けると馬を駆ろうと馬に近付くが、
「ブルフフ!」
イヤだと首を振られてしまった。そもそも俺馬の乗り方知らなかった。
「陛下はこちらの馬車に」
サラス将軍がわざわざ馬車を用意してくれていた。
「……何から何まで申し訳ない。私が馬を駆れればよかったのだが」
「それは追々で問題はないかと。それに陛下が馬で駆られますと魔法や弓での狙撃もあり得ますので、御身に危険が及びます」
厳めしい顔の割にはサラス将軍は細やかで、従える将兵の動きから統率や練度はかなり高いと見受けられた。
「そのような心配がない世にしなくてはならないのですけどね。軍臣民、誰もが幸せに暮らせる世を作らねばアンリ先王に申し訳ありませんし、そんな世であれば私を暗殺する理由もないでしょう」
俺が少し笑ってみせるとサラス将軍も少し顔を緩めた。
「私事でありますが、私は妻子があります。子らには私のような手を血で染めるような世にいて欲しくはありません。……もし和平が成り、陛下がおっしゃられたような世になるのであれば私は陛下がため、この命を尽くす所存ではあります」
サラス将軍が戦う理由は魔人族が人族から忌み嫌われて迫害されることへの忌諱からであり、魔人族を守るために人族と戦い続けていた。
「まぁ、失敗したら将軍全員から恨まれても仕方ないですし、軍臣民からは愚王と呼ばれてしまいます。でも……俺はあの男のような真似はしない」
少し感情的になってしまい口調が戻る。いつの間にか握りしめた拳にはかなりの力がこもっており、手のひらには爪が食い込んでいた。
「誰かが助けてと言うのであれば、俺は手をさしのべ続ける。見捨てるなんて選択肢はない」
そう言って馬車に乗り込もうとすると走ってきた兵が呼び止める。
「将軍、ご子息様らが来られております」
サラス将軍はため息をついて、
「陛下、少しばかりお時間をちょうだいいたしたいのですが……」
「かまいませんよ、ご家族との時間は大事ですから」
俺が笑顔を作るとサラス将軍は少し落ち着かない様子で砦のほうを見ていた。遠くから三人が走ってきて、はっきりと見えた姿から一人は武官、一人は文官、一人は女の子に見えた。
三人とも若く、年長らしき武官の者でも俺とそう変わらなさそうな年頃をしている。
三人がサラス将軍の前に来ると、
「父上、此度の留守は私めが諸将らと預かりますゆえ、ご安心ください」
「父上、兄上だけでは心配でございましょう。しかし私もいますのでご安心を。何より、父上と陛下、兵らの無事をお祈り申し上げます」
「父様、ジル兄様、アラン兄様のような事はできませんがご無事を願っております」
「ジル、アラン。何事も諸将らと密に相談し留守を頼む。と言っても数日だ。大事が起きることはなかろうが慢心はせぬ事を心がけよ。ルナールは母らとおればよい」
武官のジルは顔つきがサラス将軍に似ていて、ややホリが深く厳めしいが若々しく頼もしそうな風貌と長身で頑丈そうな体格をしている。
アランのほうは落ち着いた様子で飄々とした感じをしている。しかし目には真剣みがあり、才気を感じさせる。
そして紅一点のルナールには……見覚えがあった。廊下でぶつかった少女、小柄な青いツインテール。
子に訓示さながらに言い終えたサラス将軍が
振り向き、
「陛下、愚息と娘にございます」
陛下と聞いて三人は膝をつこうとするが俺は慌てて、
「立ったままでよい。私が未熟なばかりにそなたの父御には迷惑をかける」
三人は驚いたように固まるが、ルナールは俺と目が合うとかなり狼狽え始めた。視線が定まらず激しく泳ぎだし、急に首辺りに汗を光らせる。
「陛下、父も我らも陛下が臣、陛下がためなら何事もいとわず手となり足となり働かせていただきます」
ジルは非常に礼儀正しく、胸の前で右拳を左手で包み頭を下げた。古代中国の拝礼のような姿勢だ。並ぶアランも同じように拝礼をする。
「そんなに畏まらなくてもかまいません。では将軍の留守の間、砦の守備をよろしくお願いします」
俺がそんなことを言ってるとルナールがやや震えた口調で、
「さ、さ、先ほどは、大変申し訳ありません。陛下と知らず……」
拝礼しているため表情は見えないが声からして困り切ってるのだろう。
「ルナール、何事かあったのか?陛下に粗相でも……」
「いえ、私が前を見ずに考え事をしながら歩いていたらご息女とぶつかってしまいまして。ご息女は何も悪くありませんよ」
サラス将軍がルナールを怒鳴りつけんばかりの勢いを俺はやんわりと制して口を挟む。
「そうでございましたか。陛下、娘の不躾、大変申し訳ありません」
「た、大変申し訳ありませんでした」
サラス将軍に続いて謝るルナールだが俺は何も気にしていない。
「いや、本当に気にしてないから……。頭、上げてください」
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そんな一悶着あってから出発して二日後の午後、神蒼帝国の前線基地が見える距離に着いた。
捕虜の手枷を外し降ろしていく。道中、三食食事もとらせていたので健康面に問題はない。強いて言えば牢生活で筋肉がなまりきっていて兵としてはすぐにへ使えないだろう。
「ダグライドさん、これが出発前に言ってた書簡です。必ず渡してくださいよ」
ダグライドの懐に封筒を押し込んで捕虜の先頭に立ち神蒼帝国の基地に向かう。
なかなかに堅牢な造りに見える石垣の外壁を持つ砦の前に近付くと壁の上から大きな声が聞こえる。
「何者か!そこで止まれ!」
「聖魔光王国の者だ。そちらの兵を捕虜にしていたがタダ飯を食われても困るので返却に参った」
俺が怒鳴り返すと、待てとの返事がしてから壁の兵が一度引っ込む。十五分ほどしてから、
「捕虜の誰かに名乗らせなさい」
先ほどの声とは違う、ややオカマっぽいオネェ声がした。
「第六部隊第四攻小隊、ハインツ・ダグライドだ」
ダグライドに名乗らせると壁の上で何か指示が飛び交い、
「しばし待たれよ」
兵の声がして、また待たされる。そしてバカでかい門が開かれて騎馬隊と歩兵が数百程度出てきた。サラス将軍と兵が思わず構えるが、騎兵も歩兵も扉の左右に並んでいつでも攻撃できる姿勢を見せるだけで動こうとはしない。
最後に扉から出てきたのは一人の……しゃなりしゃなりと歩く動きは女性なのだが……長身の男だった。
「守将のルイベックよ」
先ほどのオネェ声はこの……汚いオカマらしい。
こちらはサラス将軍が前に出て、
「聖魔光王国のサラスだ。こちらで捕虜にしていた兵をお返しに来た。またダグライドに王よりの親書をお持ちいただいている。神蒼帝国皇帝にお渡し願う」
決めるところはサラス将軍がやってくれて俺はついてきただけの形になっている。しかし口上や対応については彼の方が慣れているので任せっきりにしている。
捕虜が前に進んで扉の中に入っていく。全員が入ったところで、
「用件は以上。親書は必ずやお願い致します」
サラス将軍が振り返ろうとしたときにルイベックの口元がゆがんだ。
手で合図を出すと壁の上と歩兵が弓を構えて一斉に射ってきた。おそらく兵を返しにノコノコときた俺たちを始末する気になったのだろう。
「陛下!」
サラス将軍が俺の前に立ち、兵達は馬車の陰に隠れる。しかし俺はサラス将軍を押しのけて手を向かってくる矢の方に向けた。魔力を集中させ、
「『制御・引力』」
飛来する矢が全て何もない中空に向かい引き寄せられる。そして出来上がった塊はそのまま浮いて落ちることもない。
その場にいる者全員が現象を見て、口を開く。人族側においては茫然自失といったような表情を浮かべる者もいる。
「さて……不作法者には礼をするか……」
獰猛に笑い、八重歯を見せる。俺がルイベックに視線を向けると身を引いて明らかに恐怖の表情になる。
「射なさい!化け物共を射殺しなさい!」
命令が出されても射る者と射られない者にばらけて先ほどに比べると造作もない程度の矢が飛んでくる。
「将軍、馬などに障壁を」
俺はゆっくりと歩み出る。にんまりと笑う。
はっきり言えば「ムカついた」その一言に尽きる。
「『身体・加速、身体・強化』」
体の速度、強度を上げると俺は地を蹴った。
実験的に試してある魔法だが『身体・加速』は体感速度はそのままに周りがスローに見えるような感じになる。もちろん反応速度も上昇しているので飛来する矢を掴むことすら余裕だ。
『身体・強化』は物理的な攻防を魔力で強化させるだけの魔法だ。素手で大岩を割ることはもちろん、出力を上げれば岩山一つを一撃で砕ける程まで強化できた。
周りから見るとどうなのかわからないが、とりあえず矢を取るとそのままルイベックの前まで走り抜ける。
トロトロと遅い矢が俺のいた場所に向かうがそんなものは置き去りにしてルイベックを引きずり転がす。そして跪かせて後ろに回ると鏃を首筋に向けた。
「さて、捕虜を返しに来ただけの相手に矢を放つとは……ずいぶんと手荒い礼だな?こちらもその流儀に合わさせてもらおうか?」
頸動脈を鏃の側面で軽く叩くとルイベックが息を飲む音がする。
「あたしを助けなさい!この薄汚い魔妖人風情に……」
「兵は下がれ。……それとこいつでは話にならん。こいつより偉い立場の者か、次に偉いヤツを呼べ」
俺は矢を投げ捨てると叫ぶルイベックの首の後ろを強打し、気を失わせた。
そして門の前に矢の塊が大きな音を立てて地面に落ちた。
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