もうすぐ王様二年生
王都に戻って数日後、ミックからの報告書があがってくる。
奴隷にされていた者の奴隷契約を破棄し首輪を外してからの処遇が決定したとのことでその書類だ。元の里に帰った者や親族を頼っていった者と病人のリスト。そして国営工房や農場で働くことを選んだ者二十二名がどの工房や農場に行ったのかが書いてあった。
「……奴隷は……普通なんだよな……」
この世界に来てからなんとなくあった以前との差、一夫多妻を受け入れられて、奴隷がいることが普通に見えて、……この世界に毒されたというか慣れてきたというか。
「……陛下?」
ミックは俺の様子を心配するような声を上げて俺は気持ちを切り替える。
「大丈夫だ。他に報告は?」
「はっ。ヤルナ・ラトゥールよりターキス・コンフォーデが最低限度の武技を身につけたので陛下へのご確認のお目通りを願い出ております」
コンフォーデは変身魔法により多様な姿に化けられる有才の士だ。召賢館で挙げられていた人材で潜入を任せるに相応しい才があると思っている。
自衛が出来るだけの武技を教えるようにヤルナに申し渡しておいたがやっとのようだ。
「よし、では練兵場に二人とも来るように伝えてくれ」
「はっ」
俺がミックとジグレイシアを連れて練兵場に姿を見せると訓練の最中であった王城守護兵団の数部隊が膝をついて顔を伏した。そして俺は彼らの前に立つ、正確には立たされている。
ミック達から言われているのが「陛下から直接声をかけられると言うことは将兵にとっては特別なことで褒められることは誉れであります」と。褒めて伸ばす、やる気アップ、ということなのだ。
「皆、御苦労。日々訓練する姿をこっそりと見ているが非常に頼もしい。一層に励んでくれることを願う。……よいかな、バハトラム中将軍、これでよいかな?」
俺は一番近くで跪く部隊長の将軍に一声かける。すると蜥蜴人の将軍は、
「はっ。ありがとうございます。陛下のお言葉に兵共は歓喜し益々忠義を以てお仕えし、陛下がために働きます。無論、私もです」
お堅い返事で帰してきた将軍に俺は笑みを向けてから離れていく。
そして片隅の方でヤルナとコンフォーデを待った。
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ほとんど待つことなく両名は走ってやってきた。練兵場の端の方に俺達の姿を見つけると加速して走ってくる。そして俺の前で両膝をついて頭を地面すれすれにまで下げた。
「ぜぇせぇ……へ、陛下、お待たせ……しました……ぜぇぜぇ……」
「はぁはぁ、申し訳、はぁはぁ、ありません」
肩で息をし、声も若干ながら掠れている。どこから走ってきたのやら知らないが結構な距離を走っていたのだろう。
「とりあえず顔を上げろ。で、ヤルナ。コンフォーデには一通りの武技を仕込んだのだな?」
「はっ。……私のできる限りで教示させていただきました」
ヤルナの返事を聞いて俺は外套と上着を脱いでミックに渡す。
「では、息が整えば確認だ。私直々に試す。よいな?」
ミックはまたですか?という目で俺を見てコンフォーデは困り顔を浮かべる。
「ん?私は武の心得もある。魔力はコンフォーデに合わすから……そうだな」
俺は足で左右に線を引いた。幅は約二メートル、砦や貴族邸などの廊下幅とだいたい同じだ。
「この線からはみ出さずに私の後ろに行ければよし。遠慮や手を抜けば罰を与える」
俺はニコリと笑いながら膝を曲げて腰を落とした。
コンフォーデから迷いが消える。この男はやるべきをやれる、決意をすれば判断を間違えなさそうだ。
俺との距離は三メートルから四メートル、コンフォーデは腰に手を当てると下げていたナイフを両手に取る。そして一呼吸、投擲。
かなりの速さで飛んでくるし、狙いは頭。視覚を頭の方に向けさせておいて、本命の二本目は左足を狙ってきていた。
頭を下げながら右にサイドステップの後に前に出ようとした。しかしすでにコンフォーデは俺の進路を読んでいて反対側から走り抜けようとする。
俺はコンフォーデの進路を塞ぐように左の回し蹴りを放つ。するとコンフォーデは上に飛ぶ。俺は右足で飛ぶとコンフォーデの足を掴んで元いた方に投げた。
ドンッと鈍い音が鳴るがコンフォーデは転がるように受け身を取っていて大したダメージはない。その受け身の間にも、
「『紅蓮なる炎のマナよ、我が声に応えよ、連なりて敵を穿て、連続する火球』」
変身魔法だけだった彼の手から三つの炎の球が顕現れる。
それは最後の一声に呼応して俺に向かって飛んできた。
俺はダメージ覚悟で前に出て急所だけをガードする。衝撃が二つ、一つは俺から逸れて後ろに飛んでいく。
状態を地面すれすれまで落とすとコンフォーデの足を刈るように左の手刀を払う。さらに踏みこみ体を起こして右拳を突き上げてコンフォーデの腹にねじ込む。吹っ飛んでいったコンフォーデは立ち上がるが足元がふらつく。
「……ふむ。もう少し鍛えた方が良さそうだな」
俺はコンフォーデとの距離を詰めてそう言うと喉元に指を当てて締めた。
「まだ、やるか?」
コンフォーデの目に俺は問いかけて答えを得ると一度離れて構えた。
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三十六。コンフォーデは地に伏していた。けっこうにボロボロでそろそろ限界なのだが目の力は失われていない。
「……ここまでとしようか。これ以上はコンフォーデの体が保たないだろう。少なくとも私の期待には応えられている」
戦闘に関しては素人同然であったコンフォーデが多少なりとも戦えた、それに以前は使えなかったはずの炎魔法も覚えていた。評価に値する。
「……ミック、バハトラム中将を読んでくれるか?」
「はい」
ミックは横で訓練に励んでいる隊の長を呼びに行く。すぐさまに連れてくると、
「はっ、陛下」
バハトラムは俺の前で膝をついて平伏する。
「すなまないが明日からこの二人を預かってくれるか?小隊長ほどの戦闘力を有せるほどになれば返してくれ」
「ははっ。練兵に励みまする」
バハトラムは一層に伏して返事をし、俺は二人の方を向いて、
「戦闘技能の基礎は出来ているし新たな魔法を習得したことは高く評価する。明日からは練度を上げる、よいな?」
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執務室に帰ると俺は欠伸をする。正直、事務に飽きた。
「陛下、儀典局から書類があがって参りました」
レイラは入ってくるなり俺の前に書類を置く。
俺の戴冠一年祝喜典でありクレアとの結婚式典でもある。戴冠周期祝喜典は前々夜祭から始まり後々夜祭までの五日間に渡る毎年のビッグイベントだ。街の大通りを楽団が練り歩き、街の広場には舞台が作られて演し物が催され、歌曲が歌われる。これらの出費はすべて公金で賄われる。
税金の無駄じゃないのか?と俺が訪ねたところ、直轄地や貴族領の各大中都市で合わせて祭りも行われて、街の店舗だけでなく流れの出店も大量に並び金銭と物資の流通が最大級になる。
よって各都市で税収も最大になり、楽団や演し物のパトロンである貴族などにとっても美味しいイベントで、民にとってはどの店も値下げをしていて普段の買い物だけでなく普段は手に入らない物資や資材、食材なども安く手に入るので買い溜めの時期でもある。
「クレアは明日に王都に来る手はずだな?」
「ええ」
少し素っ気ない返事を返してくるレイラに俺は手招きして机を挟んで顔を寄せ合う。
「拗ねないでくれよ?」
「拗ねてません」
プクッと頬を膨らませるレイラに俺はその頬を左右から圧す。
「陛下、カリミオン左、遊んでないで仕事してください」
二人まとめてミックに怒られてしまった。
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