マハトラム商会
俺が部屋に入るとすでに三ツ者らしき者は部屋に入っていた。おそらくレイラが入れたのだろう。
ソファーの近くで片膝をつき顔を伏している。女中衣を身に纏い、一見すればメイドの一人かとも思える。
黒に一部だけ白のツートンカラーの髪は短めで肩に当たらない。L字型の角、木の葉のような形の耳はペタッと伏していて緊張しているのが伺える。
俺が彼女の前に立ち、レイラは俺の一歩前で左に控える、これが定位置だ。そして、
「リリア・メルフィディカ、陛下がいらっしゃりました」
凜とした声で三ツ者の名を呼び、俺の方をチラリと確認する。俺が首肯すると、
「面を上げ、ご報告申し上げなさい」
「はっ、はいっ!」
声はまだ幼さが残る。上げた顔も幼かった。大きなドングリ眼は黒い垂れ目で、頬がややふっくらしていて丸みがある。そして前髪パッツンでおでこちゃん。やや太めの眉も目と一緒で垂れ目に沿っている。
「三ツ者、フィアドルしびゅ……フィアドル支部リリア・メルフィディカでしゅっ!」
(噛んだな……しかも二回……)
(噛んだわね……)
俺がレイラに視線だけを向けると同じ事を思っているのがわかった。堪えているのだが小さく笑っていて、口元が小さく振るえている。
「……報告を聞こうか」
俺はソファーに座り、左後ろにレイラの気配が来る。リリアは腰に下げていた鞄から書を出した。
「は、はい。こちらが支部長の報告書になります」
俺は封筒を受け取りながら視線はあるところに向く。
何というか、うん。巨乳どころか爆乳というのか?ついていない方の膝の上で存在を際立たせているのだが、それでいて柔らかいらしく膝に沿って肉が乗っている。
「コホン……。あ・な・た?」
後ろから冷たい声が聞こえる。俺は視線を動かして封筒の口を開く。
俺が中に目を通していくとそこに書かれていたのはフィアドルを拠点にしているマハトラム奴隷商会についてだった。ヤンヴァッカルからの帰りに会ったあの商会だ。
報告書を端的にまとめると、
『地方のスラム街で傘下の貸し金商会が学のない者に法定内金利で金を貸して取り立てる。返せなくなったところにマハトラム商会が家族、主に妻や娘を奴隷として買い取る。この時に借金の帳消しを条件にマハトラム商会の者に暴行などを加えたことをでっち上げて、金銭奴隷ではなく犯罪奴隷として安く手に入れている』
とのことだ。
そして現在傘下の商会の詳細を調べ上げる最終段階に入り、この報告書が俺の手元に来る頃には終わっている、ともあった。
「ふむ、御苦労。レイラ」
俺は指に挟んだ報告書をレイラに渡してソファーから立ち上がる。そしてメイドを呼び出す用の鈴を鳴らした。
「さぁて、軽く殲滅してやればいいかな?」
きっと、このときの俺の表情は餓えた猛獣がエサを見つけたときのような、獰猛な笑みだっただろう。
未明に出立の準備が整い、俺はミック、グレナルド、ジグレイシア、そしてリリアと数人の兵を引き連れて王都を発っていた。
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夜明け前にはフィアドルに到着して王都からの使者として入る。行き先は三ツ者フィアドル支部である酒場だ。
この時間では閉店しているのだがリリアが裏口の鍵を開けて入っていく。俺達は案内されるままに二階に上がり、そして支部長のいる部屋に通された。
そこにいたのは机の横で片膝をついて顔を伏し待っていた女だった。
「三ツ者フィアドル支部、支部長ツィーラ・メルフィディカでございます」
リリアと似た茶色と白ツートンカラーの髪に角と耳、そして名前のメルフィディカ。ツィーラはリリアの母でもある。
「息災であったか。さっそくだが報告を聞こうか。報告書にある部分は略してかまわん」
俺は手近のソファーにドカッと腰を下ろして膝に肘を乗せて、顔の前で手を組んだ。
フィアドル支部のメンバーの半分は最初に見込み雇い入れたメンバーが集めた者で、残り半分は義母のフローラからの紹介で雇い入れた者だ。
メルフィディカ親子は前者で、王都のフェグリーの見つけてきた人材だ。
面接も行っていて、親子で元魔物狩りをしていて、フェグリーとは旧知の仲ではあったらしいが詳しいことは敢えて聞いていない。
「はっ。フィアドルにあるマハトラム商会の拠点は四カ所、不正に関わっている者の住処もすでに判明しており、傘下のガンベル商会のほうも拠点と商会員すべて監視の者を送ってあります。詳細位置は地図にございます」
ツィーラの言葉に机にある地図を見る。何カ所かに赤い駒が置かれていて、建物の何階のどの部屋とか誰がいるとかのメモ書きもある。俺は最新の報告に満足して頷き、
「では、すぐに捕縛に行くか。ミックは屯所で警邏兵団を呼んできてくれ。私と他の者で先にマハトラム達を押さえておく」
「はっ」
ミックは地図に付けられた印を確認してから部屋を出ていく。おそらくだがミックの頭には地図がすでにある。
そしてマーキングされた箇所は先ほどのチラ見で覚えたのだろう。そして俺はツィーラを案内役にマハトラム商会に向かっていく。
さぁ開幕だ。
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もうすぐ夜明け、陽光の気配が山の向こうにあり、勤労の者と正逆の者の姿が街にチラホラ見える。
街の中でも金持ちが住む上層街。商店が並ぶ一角の傍にマハトラム商会の建物がある。店のすぐ裏が屋敷になっていて双方の裏口が小さな庭を挟んでつながっているような形だ。
店の入り口にジグレイシア、庭を見渡せる建物の影にグレナルド、そして屋敷の正面には俺とツィーラが立つ。
さらに俺は、
「『創造・障壁幕』」
屋敷と建物を覆う巨大な障壁を張り、内側から出られないように逃げ道を消す。そうしてから薄い魔力波を放ち、中の魔力を探る。
中には……地上に一、二、……三、四、五……。地下には三十以上の反応があった。
「上は二部屋に別れて二人と三人、地下はおそらく奴隷達だ。三十以上のいる」
ツィーラが腰の鞄から針金などを出して鍵穴に射し込む。カチャカチャと小さな音がしてからツィーラがドアノブに手を掛けて回す。開いたようだがツィーラはドアの上と下を調べてから、
「警報を解除しました。金を掛けておらず簡単なものでした」
そこにミックの率いる警邏兵団が到着した。
「早いな」
「大捕物ということで兵も滾っております。他の隊も時間を合わせて突入し同時に押さえる手はずとなっております」
ミックは少し軽やかな笑いを見せて時計を見ると兵に手で合図を出した。
警邏兵団は屋敷に踏み込むと一階の二人と二階の三人、それぞれの部屋の前で住人のいる部屋の前で足を止める。そして兵を率いる隊長の合図に合わせて部屋に乗り込んだ。
「警邏兵団だ。マハトラム商会代表、テヴァン・マハトラム。国勢調査局の命で奴隷商法違反、奴隷法違反による家宅捜査及び逮捕を執行する」
起き抜けに捕らえられたマハトラムは何が何だかわかっていない様子で、
「な、なんだ!?私の屋敷で何をしている!?」
状況が飲み込めず左右を見ながら慌てている。兵達がタンスや棚を開けて書類などを探し、自身の手に手枷が付けられてから理解したらしい。
「ぐ、私が何を違反したというのだ?合法的に奴隷を手に入れて、なぜ逮捕なのだ!?」
そして部屋を見回している目が俺を捉えると憎しみのこもった視線へと変わった。ワナワナと口元を震わせたかと思えば、
「シュウ、ナゥリバァァァァー!!!!」
俺の偽名を叫びながら向かってこようとしたが両サイドから兵を取り押さえられていて、その場に倒された。
「貴様が、貴様がっ!!この、離せぇぇぇ!!」
ただ叫びもがくだけしか出来ず、俺はゆっくりと歩み寄っていく。一歩前で止まりしゃがみ込むと努めて笑顔で、
「まっとうな仕事をしていればこんなことはなかったのですよ?証拠は押さえてあるので、あとは立証。……あぁ、今ごろ街にいるあなたの部下も、ガンベル商会の部下も、取り押さえていますから。あなたがしらばっくれても、わかりますね?」
自身の喉からこんな声が出てくるのかと思えないほど冷たい。ただマハトラムはそれが効いたのか、口を開けたまま振るえて、顔を床に伏した。
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太陽が出た頃には逮捕がすべて終わり、奴隷にされていた者は皆救出された。
「事情聴取後はどう致しましょうか?」
「里に帰りたい者は路銀を与えて帰す。帰る場所がない者や帰りたくないが仕事もないという者には国立工房や農場での仕事の口を利いてくれ」
俺はミックにそう答えて屋敷の地下室を見に行く。豪華な屋敷の地下、石造りで華やかさとかけ離れた世界。
たった一枚の床板が作る明と暗の境。
光の射し込まない悪質な環境だった。鉄格子の入り口に石に囲まれた部屋、十畳はあろう部屋が廊下を挟んで左右に三つずつ。部屋の隅にある大きな壺がトイレだったのか、部屋にあるものはそれしかない。
灯りも一部屋に一つ、細い燭台に小さな蝋燭の後があった。
俺がしゃがみ込んで床の汚れなどに目を向けていると後ろに気配が来た。
「陛下、こちらにおられましたか」
グレナルドは俺を探していたのだろう。ホッとしたような顔を見せる。
「……ひどく劣悪だな……」
「……そう、ですね」
俺は立ち上がり奴隷法と奴隷商法の見直しを頭の隅で決めて、
「奴隷から解放された者で二十二名が国立工房や農場での従事を望んでいます。六名が親族を頼って郷里もしくは行く当てがあるそうです。五名は医療手当が必要なほどに衰弱しており、警邏兵団で保護、回復してからの聞き取りになります」
上で決まったことを報告してくれて俺は、
「そうか。適宜対応してくれ」
石牢を後にする。俺の知らない暗い世界。目の当たりにすることはなかったが、俺の中に何かを残す。それでも、俺は知らなければならない。俺が王として立つために。
地上に戻ると奴隷が一人だけ、残っていた。何か周りに話しかけられて諭されているようだが床に崩れ座り込み動こうとしない。
「……何か、あったのか?」
近くにいた若い兵の一人に声をかけると俺が王と知らないため、軽い口調で返答してきた。
「ん、ああ、国政調査員さんか。いや、マハトラムの女らしいんだがマハトラムを庇ってるんだよ。で、こんだけやったら死罪だろ?わかってんのか、殉死するって聞かなくてさっきナイフを取り上げてあの調子さ」
その女には見覚えがあった。確か名はキリア・シュトルム、だったか。
俺はキリアに近付いていく。うつむき涙を流すキリアの前にしゃがみ込み、その肩に優しく触れる。
「キリア・シュトルムさん、でしたね?」
俺の呼び掛けに彼女は顔を上げた。
「あなたは……あのときの……」
俺のことは覚えていたらしい。絶望からすがるように俺の手を掴む。
「あの方は、テヴァン様はどうなるのでしか?」
「……フィアドルの裁判所にて公正な判決が下されて、有罪ならば相応の罰を受けます」
「公正なと言いながら、あの方を死罪にするつもりでしょう?それはおかしいです。あの方は優しくて、奴隷である私にも笑顔を向けてくださって、他の奴隷の子だってちゃんと扱ってもらってて……それのどこが罪なのですか?」
涙を流し、俺の手に彼女の爪が食い込む。鋭い痛みに鮮血がにじみ出る。
地下室から出てきた者は大半が食事や衛生に気を払われた状態ではない。
一方、地上にいた奴隷四人は衛生に保たれた生活、服や身なりが整えられていて、それに食事も充分に与えられている。
どういう差で上と下を別けたのか、私的な奴隷と商品の奴隷で別けていただけなのか?
……もしくは……。
「……テヴァン・マハトラムは商品の奴隷を違法的な手段で手に入れていました。証拠も挙がっていますので厳罰は免れません。……ただ、あなたや周りの奴隷に優しかったマハトラムは彼の中にある良心だったのかもしれない。私の言えるのはそれだけです」
俺がそう言いきるとキリアは俺の胸ぐらを掴んだ。
「嘘です、あの人は優しかった。商品である私達に乱暴することなく、丁寧に扱って、服や食事だって……」
涙に濡れて嗚咽を漏らしだした。俺は胸ぐらの手をソッと握り離させる。ゆっくりと立ち上がって、俺はミックの姿を探した。
ミックは壁にもたれて指示を出す兵団長に視線を向けていた。俺はその横に立ち、
「ミック、上にいた奴隷のうち同衾していた者がいたろう。もう一人の様子は?」
「はい。先ほど馬車での事情聴取に答えていましたがマハトラムが悪人ではないと証言しております。まるで信仰するように蒙昧に信頼を寄せているようです」
俺はもう一人の様子も聞いて答えが出た。
「私がいた国でも誘拐事件や監禁事件などの被害者が、犯人と長時間過ごすことで、犯人に対して過度の同情や好意等を抱くことがあった。これは非日常的状況下で自己の精神を守るために起きる軽い自己洗脳のような病気だ。順に思い起こさせることなどで回復するはずだから地下の奴隷、地上にいた四人すべてに該当者がいないか確認し、症状がある者は保護し治療してから裁判をすること」
「はっ。そのままでは矯正されないままで再犯や類似犯を起こすから、ですね。そのように対処するよう伝えに参ります」
俺の言うのとを理解したミックは急ぎ足で外へと向かっていた。
俺もその後ろを追うように外に出るとすでに朝日が昇っていて、屋敷の周りには野次馬の囲いが出来ていた。
この街ではマハトラム商会は有名なのだろう。そこに警邏兵団が群れをなしてきていれば何事かと騒ぎにもなる。そのガヤガヤとした声の中に、別の喧噪が聞こえた。
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騒ぎは前庭から少し入り込んだ先、屋敷と庭木の影で起きているようだった。立ち木が多く声を頼りに探す。
「なんでお前がここにいるんだよ?」
声の主は苛つき、誰かを咎めているかのようだった。そしてその相手は黙ったまま、答えない。
「何か答えたらどうなんだ?」
肉があたる音。殴られている方は抵抗も反論もしないのか、それともダメージがないのか呻き声の一つもない。
「お前が、妾腹の子が、俺たちと、同じと、思うなよ」
続けざまに殴る音がして、俺は騒ぎの元を見つけた。片方は警邏兵団の腕章を付けた茶色の軍服を着ていて、もう一人は建物のへこみに隠れて見えない。
「お前も、お前の母親も、父上には認めてなんか、ないんだから、なっ?」
警邏兵の顔色が変わる。先ほどまでは威勢よく殴っていたというのに、突然相手の雰囲気が変わったのか、その手首を掴む手がある。
そして声が、怨嗟、憎悪、敵意の塊のような、低く重苦しい声がする。。
「……けるな、あの男を、父親だと思ったことはない」
「ヒィッ!?」
もう一つ見えてきた手が警邏兵の首へと伸びる。警邏兵の男が息を飲み、上げた悲鳴が俺にまで聞こえる。そこで俺はわざと草を蹴りながら音を立てて声をかける。
「誰ですか?仕事もしないでこんなところで」
俺の声に手は動きを止めて警邏兵の手も離した。すると慌てふためいて警邏兵は俺の横を通りながら、
「な、なんでもありませんよ」
逃げていく足取りは明らかに恐怖を孕んでいて覚束ず、途中にあった木の根に躓き転び姿を消した。
そして屋敷の影から姿を見せたのは、
「ジグレイシア……すまない、立ち聞きする気はなかったのだが……」
「いえ……」
ジグレイシアは首を小さく振って覇気のない返事をする。これが、ジグレイシアが血筋を気にしていた理由なのだろう。
「ジグレイシア」
だからこそ俺はかけなければいけない言葉を探し迷う。
「……俺はお前がどこの誰の子だとか、誰の血を継いでいるとか、なんて気にしていない。俺の傍に仕えるノアード・ジグレイシアは……強さに憧れて、自らも高みを目指し、滾る魂を持った男だ。それでよいのだ」
俺はジグレイシアの胸に軽く拳を当てて伝えた。するとジグレイシアは片膝をついて、
「……陛下、ありがとう……ございます」
声が震えていた。俺と同じ年頃で、まだ精神的に成熟してないからこそ見える心の弱さ。そこを受け入れてくれる誰かがいなければ、きっとこの世界では……生きていけない。
「行くぞ」
俺が翻して声をかけると立ち上がる音が聞こえる。きっと、大丈夫だ。しかし、一つだけイタズラ心が出てきてしまった。
「それと、ジグレイシア」
「はっ」
俺は首から上だけ振り返り意地悪に笑うと、
「そなたには心身共に強さと滾る魂を持つと言ったが、一つ言い忘れていた。……隠し事は得手ではないようだな」
「へっ?あの、陛下?それはどういう意味で?」
俺は何となくわかる。面倒見がいいジグレイシアは衛士隊で紅一点ならぬ黒一点。
仲間の細かいところまで見ており、闘いでも援護や誰かの資格をカバーする動きを見せるほかに、野営でソッとブランケットを出してきたり、周りが何をして次に何が必要かの準備をさりげなくいつの間にかしている。
忠実な男で同じ男としても好感が持てる。だがその目が捕らえている相手は見ていればわかるのだ。
一瞬足を止めて遅れて追いかけてくるジグレイシアに俺は小さく笑いがこみ上げてきた。
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