年末スペシャル・冬に行きたくなると言えば
※このストーリーはノクターン掲載時に年末を迎えたときに掲載したストーリーです
馬車のコンパートメントは聖魔光王国の重席が居座っていた。
まずは国王の俺、左で王妃レイラと側妃のクレア。右のミック、その妻でエルフ公国内務卿令嬢のシェーラ。そして給仕にはアゼリアとイゾルデがついてきている。
御者を務めるシャルナックに馬車を囲む護衛にはグレナルドを先頭に右をジグレイシア、左にヒルデ、馬車の後ろにはヴィジャル・ラガハート・ランバッハとハイランゼスが並ぶ。
完全に護衛された安全な道中だ。
時期は十四月の頭、この世界は十五カ月で一年で来月には年末を迎える。年末になれば各地からの月末年末報告が重なり激忙の日々に暮れることだろう。
それを前に俺は衛士隊や周りの者にねぎらいの意味で俺の私財で旅行に連れてきている。
最初はアゼリアとイゾルデには休暇を与えようとしたのだが俺が旅行に出かけるのであれば随行し給仕をする、と譲らず連れてくることになった。まぁ行き先が行き先なのでゆっくり寛いでもらいたい。
「あの、陛下。私までご招待いただいてよろしかったのでしょうか?」
ミックの妻であるシェーラはやや遠慮がちに口を開く。陶磁器にも似た白い肌に黒に近いグレーカラーのロングヘア、そしてぱっちりした瞳は金色。薄い桜色の唇のすぐ傍にあるほくろがなんとも言えない色気を醸し出している。
「夫君のミックには日頃から世話になりっぱなしでな。たまには労いもせねば私の気が済まぬ」
俺はそう言って一度頭を下げてから笑みを浮かべて、
「というのは建前だな。たまには王の毛皮を脱いで俺も休みが欲しい。視察先が楽しいところだから視察兼休暇だ」
「やはり、行き先を聞いてからそうではないかと思っていましたが……」
横からレイラが少し睨んでいるが怒っているのではなく、仕方ないなこの人は、と言わんばかりの目をしていた。
「まぁ、まだ年末も先です。休暇を取るなら今のうち、と言うことですか。それに」
ミックは少し笑うと臣下ではなく友人の表情に変わる。
「……僕の休暇が欲しかったことですし、陛下が休むなら僕も休めますから」
シェーラの顔が少し驚いたように変わる。夫が王に対して軽口を叩いたのだから慌てているのかもしれない。
「休みが欲しければ言ってくれたらいいのに」
「そうすれば陛下は公然と遊びに行ってしまうでしょう?」
俺の行動は予測済みらしい。してやったりと笑うミックに俺は敵わないと肩をすくめてポーズを取る。
「……私が言っても勝手になさるのですから困ります」
「私はお仕事には口を出せないからなぁ……」
横で憤懣をこぼすレイラと政治に関さないことを呟くクレア。俺は苦笑いを浮かべた。
西北部第六領ミルドラカ領、山間にあるオストロットの街。中規模の街で主な産業は鉱物と少し変わった家畜の飼育、そして温泉。
場所はやや辺鄙でありながら人工も観光客も商人も多くいる。
馬車の窓から街全体が湯気で薄く包まれていて、まさに温泉街と言った感じがする。そして屋台がたくさん並んでいて食べ物や飲み物、それにお土産に的屋とまるでお祭りの出店のようだ。
さすがに王室の馬車で来るのは騒ぎになると思い、金持ちの乗るよいかは黒塗りの上等な馬車だとおかげで騒ぎにはならない。
そしてオストロットの上層街の一角にある高級そうな建物の前で馬車は止まる。
「予約を取ってある宿に到着致しました。中で部屋の確認をして参ります」
グレナルドが外から呼び掛けて建物の中に入っていった。この宿はミルドラカ領を任せているゴーウェン信爵の血筋の者が経営する宿で他領の貴族が来たときにも御用達にしているそうだ。
しばらく待っているとグレナルドは戻ってきて馬車のドアを開けた。
「部屋は最上階の部屋を二つとってあるそうです。どうぞ、こちらに」
グレナルドが先導して宿に入る。かなり広いロビーには豪華なシャンデリアが光を放ち、赤い絨毯に絵画と壺が調度されている。
左右にはメイドが五人ずつ並び、奥にあるカウンターには支配人とおぼしき壮年の男性と左右に少し若い男性が一人ずつ、燕尾服に似た服を着て並んでいた。そして誰もが片膝をついて俺達を迎えていた。
「宿にだけは陛下がいらっしゃることを伝えておりますが箝口令を布いておりますので、街の者は陛下が街におられることは知りません」
事前に連絡したとおりにされていて俺は満足に頷く。
「面を上げよ。……内密に来ているのであまり大仰にはしてくれなくてよい」
俺がそう声にすると壮年の男性のみが姿勢はそのままに顔を上げた。
「シュヴァイン・ゴーウェンの一族、ミルゲート・ダンウェンと申します。本日は国王陛下と王妃様、右様とご令閨様に当宿にご宿泊いただけますこと、まことに光栄の極みでございます。東屋で限りはございますが最大限の御接待をさせていただきます」
ダンウェンがそう言うとダンウェンと左右の若い男が立ち上がり、
「お部屋にご案内致します」
俺の前を歩いて案内を始めてくれる。そして後ろではアゼリアとイゾルデから着替えや化粧道具などが入った鞄を宿のメイドが預かろうとしていた。しかしアゼリアとイゾルデはメイドの矜持か荷物を預けようとはしなかった。
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宿の最上階、眺めもよく広い部屋だった。おそらく二十畳ほど。部屋にも小さな、と言っても三、四人は入れる広さのある風呂があり、キングサイズのベッドも複数あるソファーも照明も豪華な物。
案内が出ていった部屋で俺はぽつりと、
「……少し派手だな……」
「……あなた好みでは……ありませんね」
レイラは平気そうだが頬に手を当てて少し悩ましげな表情を浮かべた。
「私は嫌いじゃないといいか慣れちゃってるかな?」
貴族育ちのクレアにとっては見慣れている感じなのだろう、首をかしげて笑顔を浮かべていた。
荷物を持ったままついてきていたアゼリアが、
「陛下、王妃様。お荷物はどちらに置きましょうか?」
「ん、あぁ。その机の上でいいよ」
俺はアゼリアのそばにあった机を指さすとアゼリアはよいしょと声に出しながら大きな鞄を置いた。
「アゼリアたちの部屋も取ってあるはずだが?」
「はっ。衛士隊と私達にまでお部屋を頂誠にありがとうございます。この階は二部屋しかないそうでこの階下のおへやをいただけるそうです」
やはりこの部屋はスイートルームらしい。イゾルデはミックの方についてもらっていて今はアゼリアと同じように荷物置いている頃だろう。
「ミックにも言ってあるのだがアゼリアとイゾルデの休養でもあるのだから後はゆっくり温泉と観光を楽しむといいよ。俺やレイラ、ミック達も二人の手を借りないようにするからさ」
俺は軽く首を傾けて言うとアゼリアは感極まったのか涙を目に浮かべて、
「あ、あ、ありがとうございます……陛下に、こんなに、気にかけていた、だけるなんて……」
メイドに休暇与えるって変なことなのかとレイラの方を振り向く。
「メイドってどこの貴族でもおやすみ与えるなんてないあまりないことなのよ?」
クレアの困った笑顔、たまに俺がこの世界の常識外のことをするとこの顔になる。そしてその行動が甘ければ甘いほどに、だ。
「よく働き、よく食べて、よく休む。その方がよかろう?」
この世界には労働基準法なんてないから働けるだけ働け、休みは金を払う方が与えたときだけ、みたいな風習なのだろう。曜日がないから定休日がある店と言えば……聞いたことすらないな……。
飲食品店も鍛冶屋も武具屋も協会も休みがない。毎日営業、商品がないときになって初めて休みになっている。
「では、今を以てアゼリアとイゾルデには休暇を与える。時間は明日の夕刻、この宿を出立するまでの短い間だがからだをやすめてくれ」
「はい!ありがとうございます!」
元気な返事をしたアゼリアは笑顔を浮かべて一礼し、部屋を出ていった。その背中を視線で追ってから、
「……俺は甘いのかな?」
「ええ、とても。……それがあなた様のいいところです」
レイラは俺の真横に立つと俺の顔をレイラの方に向けた。そして背伸びをすると触れるだけの優しいキスをして離れていった。
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イゾルデが荷物を置いて部屋を出て行ってから、
「シェーラ、今からどうしたい」
彼女は僕のそばに来ると、少し悩ましげに首をかしげて、
「どう致しましょう?温泉なんて初めてなのでワクワクしてます」
金色の瞳をキラキラ輝かせて僕を見つめ上げる。
「うーん……お風呂に早いので少し街を散策しますか?」
「はいっ。久しぶりに二人だけですね」
僕の腕にシェーラが腕を絡めてくる。家から出るときは誰かしら護衛かメイドの家人がついてきて二人で街を歩くことなど皆無に等しい。
「そう、ですね」
腕に当たる柔らかい感触に少しドキドキしてうわずった声の返事になってしまった。それが面白かったのか、シェーラは絡めた腕をより密着させて笑顔を浮かべた。
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建物の一階最奥、大きめのドアを押し開くとそこはまさに温泉だった。魔石の水道もあるのだが、薄く硫黄の匂いがしていて源泉から引いてあるのがわかる。
床や壁は石造りで各洗い場には木製の椅子と桶がある。
「これが……温泉ですか」
「ああ。って貸し切りだな……」
ミックは少しうきうきしたような声がしていて、俺はがらんとした風呂場に呟いた。
「はっ。陛下がいらっしゃるということで貸し切りにしております」
「すげぇなぁ……」
俺とミックの後ろにはジグレイシアとランバッハがいる。
もちろん風呂なのだから裸なのだが、ミックは細い線からは想像できないほどの細マッチョ。
ジグレイシアは服の上からでもわかるほどにバランスよく鍛え上げれた体をしているのだが、衣類を脱ぐとより鮮明にわかる。肩から胸の中央に向けて青色の鱗のような痣があるのは種族の特徴かと思われる。
そしてヤンチャボーイ、ヴィジャル・ラガハート・ランバッハ。どちらかと言えば足腰は鍛え上げられているが胸や肩の周りにはまだ鍛え用の余地がある。後ろで狼獣人の尻尾が振れていたのはご機嫌なのだろう。
「さて、私のいた国でも温泉はあるのだが決まりがある。一つ、タオルは湯につけるな。一つ、洗ってから入れ。……あと、泳ぐなよ?」
最後の一言はランバッハに向けたものでミックとジグレイシアは小さく笑って、ランバッハだけが不満そうに頬を膨らませる。
「陛下、俺、そんな子供じゃないです」
そんな反論をするのがまだ子供だと言いたくもなったが俺は小さく吹き出してから適当に洗い場を選んで体を洗い始めるのだった。
洗い終わって中にある湯船もよさげだったのだが俺は外に目をやる。そう、露天風呂があるのだ。
俺はワクワクして外に続くガラスの引き戸を開けて出る。少し寒い風が吹いたがそれがいい。
露天風呂は岩風呂で周りは岩を土台にして葦のようなもので作られた巨大な垣根で囲まれている粋な感じだ。そっと足を入れると中湯より熱いのか、少しヒリッとした痛みを感じる。だがそれがいい。
「……くぅ……ああああぁぁぁぁぁ」
肩まで浸かり伸びをするとついついそんな声が出る。
湯を手ですくって顔を洗うようにする。熱さが快感に変わり、最後に出たのは深い息だけだった。
「陛下、こちらは外にあるのですね……」
「寒っ!寒っ!」
ジグレイシアとランバッハも露天風呂の方に来て、ジグレイシアは興味深そうに周りを観察し、ランバッハは肩をさすりながら湯船に近付いてくる。
「周りからは目隠しがされて見られる心配はない、と……中湯より熱いのですね」
ジグレイシアはゆっくりと入りながら温泉の快感を楽しみ始めている。そしてランバッハは、
「熱っ!熱っ!」
とても面白い。出れば寒く、入ると熱いらしく出たり入ったりを繰り返す。そこにミックが来て、
「なかなかにいいものですね」
湯船に浸かり表情を緩める。ミックも温泉を楽しみ始めている。
「温泉はいいものだろう?私のいた国の者の大半は風呂好きで温泉好きだぞ」
と話していると垣根の向こうから……。
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「お外にもあるのですね」
「そう、ですね。風情があってこういうのは好きです」
「んー、私は一度来たことがありますがそのときは家族とでしたので……少し楽しみです」
レイラとシェーラ、クレアの声がして俺とミックが小さく反応し、耳を立てる。
「レイラ様、クレア様、シェーラ様、こちらにおられました」
「外風呂とは……なんというか開放感があって中のお風呂とは違いますね」
この声はアゼリア、イゾルデも一緒にいる。
数秒の間があってから引き戸の開く音がして、
「なんであなたはビクビクしてるのかしら?」
「だって、兜ないし、人多いし、恥ずかしい……」
「ローザ、恥ずかしがってないで温泉楽しもうよ」
「はわ、大っきいお風呂……」
護衛の四人組の声もする。
サバザバと湯の割れる音がしてから、
「ん-、温かいわね」
「そう、ですね」
「はぅ……」
「これは……いいですね」
など湯に浸かった者から口々に感想が聞こえてくる。
しばらくして、
「……アゼリアちゃん……」
「……なに?」
「浮いてる……」
何がだ?
「でも……すごい……シャルナックさん……」
バシャッと水音がする。察するにシャルナックが胸を隠したのだろう。
「先輩、いいなぁ……」
「……ナターシャ、重いだけだよ?」
うらやましがったのはナターシャでシャルナックの声は恥ずかしそうだ。
「だって、私もお姉ちゃんも割と結構にぺったんこなんですよ?どーしたらこんな大きくなりますか?」
力のこもった声でハイランゼスはシャルナックに詰め寄ったらしい。
「食事?それとも何か特別なこと?寝る時間とか?」
「ナターシャ、近い近い。……ご飯は三食しっかり食べてしっかり動くようにしてるだけで、特別何かしてるわけじゃないし、寝る時間なんて余り関係ないと思うよ?」
「……うーん、ナターシャちゃん。私は最近少しだけ大きくなったよ?」
話に加わったのはイゾルデだった。
俺の周りにいる女性陣の中で最若年はハイランゼスでアゼリアやイゾルデからすれば可愛い妹分のようで仕事の休憩時間には仲良くお茶をしている。
もちろんメイドの二人と衛士隊の女性陣は仲良くしているのだが特に仲がいい。
「ど、どうすれば大きくなりますか?」
どうも胸のサイズはこの世界でも女の子には悩み事になるようでハイランゼスの声は切実だ。
「ん-、……言っていいのかな?」
誰かに聞いたようなのだがそれに対する返事はない。だが、
「あのね、陛下にご寵愛頂く少し前から少し大きくなったの」
俺は気恥ずかしくなり勢いよく顔面から湯に浸かる。ブクブクと泡を立てながら息を吐いて顔を上げる。
「と、ということは?」
「誰かを好きになるの。恋をして、その人のことを想って、あと……ご寵愛いただけたらなおよし」
イゾルデの真剣な声が聞こえてから湯の中で誰かが動く音がして、
「きゃぁあぁぁ!!!!」
イゾルデの悲鳴が上がった。
「うーん、たしかに少し大きくなってるのかも」
どうもアゼリア揉んでいるらしい。たぶんだが後ろから抱きついているのだろう。
「ちょ、アゼリアちゃん、あっぁん、くすぐったいし、恥ずかしいって」
「むー……その理屈では私も……」
イゾルデの声の間にぼやくようなグレナルドの声が聞こえてきた。
「もう、いくら貸し切りとはいえはしゃぎすぎはダメよ?」
諫めるようなクレアの声がして騒ぎが収まる。すると笑い声が聞こえてくる。
「ふふふっふふっ、あはははは」
シェーラさんの声だ。何がおかしいのだろうと思っていると、
「どうしました?」
「国元では考えられなくて不思議です、レイラ様とクレア様は王妃様で私は右の妻、彼女達はメイドと護衛兵だというのに一緒にお風呂に入り、こうしていることが不思議で、楽しく、新鮮です」
シェーラさんにとっては王である俺に呼び出されて夫と一緒に旅行にさらわれることも不思議なことだろう。
「……陛下は、あの人は……ただの人なんですよ」
レイラの声は穏やかで、優しく、そして心のこもった声だった。
「身分や立場を垣根と思わずに、富貴や権益を求めない。ご自身の家族や友、周りにいる人を守りたい。いつもそうおっしゃったり、そんな行動をとられます。寝室でよく洩らされるのが『俺は王様なんてガラじゃない』って」
そこだけ声質を変えて俺のモノマネをする。
「誠実で優しく、まっすぐな方なだけです。あの人にとっては妻も妾も同じように目一杯の愛情を注ぐ相手で家族なの。だから私は妻ではないアゼリアもイゾルデもグレナルドも公の場でないときは家族のように思ってるのよ?」
レイラの言葉に俺は恥ずかしくなり、ミック達に顔を見られたくなくなって壁の方を見る。
「王妃様は……そんな風に私達を……ありがとう、ございます」
グレナルドの声は震えていた。その感情は喜ぶの混じった敬意を感じた。
「……あ、でも一番に愛されるべきは私よ?一番に子供をいただくのも私。それだけは譲れないわよ?」
レイラはそこだけは譲らないと明言した。その声はなぜか、俺が聞いていることが前提のように声がこちらに向けられていた。
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風呂から上がり部屋でベッドに転がっているとレイラとクレアが戻ってきた。
浴衣ではないが夜着に身を包み、髪をアップにしてうなじが見える。なんともそそる色気があり、出先と言うこともあって期待が膨らむ。
「……あなた様、どうかされましたか?」
「しゅーいちさん、ずっとこちらを見てどうしましたか?」
レイラは臣の言葉遣いをやめてクレアも公私の私の呼び方で俺を呼ぶ。
「いや、何でもない。……ただ、俺は果報者だなと思ってな。こんな美人のお嫁さんがいるんだから」
そういうとレイラは頬を染めて立ち止まり、クレアは腕を上下にパタパタと振って顔を真っ赤にする。
「あぅ、恥ずか、しいです」
「そ、そう言いながら妾も何人も抱えているじゃありませんか」
そして二人はベッドまで来ると俺に寄り添い寝転ぶ。優しいレイラの笑顔と癒やされる微笑みのクレア。
俺は部屋の灯りを消して愛妻に激しくキスをした。
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翌朝は朝から温泉には入り、町の観光をしてから夕刻までのんびりと過ごした。
アゼリアが荷物をまとめてくれて馬車に積んだところでグレナルドが俺に報告をしてきた。
「陛下、申し訳ありません。買い物に出たシャルナックが戻っておらず、その出発の準備が……」
申し訳なさそうな声に俺はグレナルドの頭に手を置いて、柔らかい髪の上から軽くぽんぽんとする。
「気にするな。そのうち戻ってくるのであろう?」
するとジグレイシアも寄ってきて、
「はい、しかし陛下をお待たせするわけにはいかないので私が探して参ります」
一礼し人混みのある商店街の方に駆け出していった。
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人混みの中を歩く私は両手で抱えた荷物をしっかりと持って落とさないようにしていた。商店や露店の並ぶ大きな通りは人で溢れていて、よりによって人気店の前は人の壁が出来ていた。
家族への土産を買って出発までに戻ろうとしていたのだが激しい人の行き交いに飲まれてどうにもできないでいた。
「やばいよ、時間が……うーん……」
人と人の隙間に入り込み通っていくがなかなか進まない。かなり押し込んでやっと通り抜けると一旦は人混みがなくなるが宿のある方向には人混みがあって、これを越えなければ帰れそうにない。
「はぁ……」
自然と大きなため息が零れて立ち止まってしまう。とそこに、
「ねぇねぇ、君は観光かな?俺は街の者なんだけどさ」
後ろから私に声をかけてくる者がいた。振り向くといたのは私と同世代か少し上と思われる男が二人。
軽薄で不誠実な感じで視線は私の胸に向いていて、私の最も嫌いとするタイプだ。
「今から帰るので」
振り切るように翻して行こうとすると肩を掴まれた。
「少しの時間くらいいいじゃん?お土産とかいい店知ってるからさ」
「ついでにどこかで飲もうよ?お酒じゃなくてもいいし。こう見えても俺達少しは名の知れた魔物狩りでさ」
聞いてもないのに話を続けようとする男の手を払い、私が行こうとした。
男は私の前に回り、
「少しだけって言ってるじゃん?」
目つきが厭らしい者から敵意に近い物に変わる。まぁ力押しできたとしても障壁でも張ればと口の中で詠唱を始めようと、
「『大地のマナよ、我が声に応え、』」
「ちっ!」
詠唱に気付いた男が拳を握ってテイクバック、これでは詠唱より早く相手の攻撃が来る。そう判断して詠唱よりも魔力による身体硬化をしようとしたが、
「うちの連れに何してんだ?」
ドスの利いた声と共に男が上下反対になった。もう一人がそれに気付いて声の主に襲い掛かろうとしたが拳を当てる前にデコピン一発で吹っ飛び壁に当たる。
「帰ってこないと思えば何してんだよ?」
ややぶっきらぼうにデコピンの姿勢のままジグが言う。足元では踏まれた男が声なき声で悲鳴を上げてるが気にとめた様子もない。
「人混みが抜けられなくて……でもどうして?」
私からすれば探しに来てくれたのはありがたいけどどうして私がここにいることがわかったのかわからない。
「ん?お前のことだから人混み抜けられなくて埋まってるとしか思えなかったから人混みの方に来た。で、騒ぎを見つけたから」
単純なことだろ?と加えて付けたが人混みがある通りは何カ所もある。
「はぁ……でもんなことより陛下がお待ちだ。これ以上遅れるとあの陛下でも怒られちまうぞ?」
ジグは私から荷物の半分を奪うと空いた手を握り、私を引いて連れていこうとする。
「あ、ちょっと、……もう」
引っ張られて駆け出す。ジグは私に気を使っているのか歩幅を調整しているのか、私が少し走るだけでついて行ける。
「陛下をこれ以上お待たせしちゃいけないわよね」
ジグは体躯を活かして人混みを書き割り私に道を作る。おかげで私は楽々に通り抜けられてあっという間に人混みを越えられた。
その人混みを越えた後、ジグは突然足を緩めて道の端に寄る。そして露店の前に止まる。
「寄り道してる場合じゃ……?」
「おっちゃん、その鈴ついた髪留めくれ」
ジグは深緑の、ジグには絶対必要ない髪留めを買った。たしか家族へのお土産は買っていたはずなのに。
ジグはお金を払い包みを断ると、
「お前はちっさいんだから見つけやすくしておいた方が助かる」
チリン、と優しい鈴の音がして私の髪に髪留めが付けられた。
「えっ?ちょっ、ちょっと?」
「ほら、行くぞ」
ジグの行動が腑に落ちなくて私は聞くのだがジグは答えてくれない。走り出してまた私は引っ張られる。
角を曲がり、泊まっていた宿の前に馬車が見えてくる。呆れた顔のローザや笑っている陛下達がいる。
そして頭の上では優しい鈴の音が聞こえていた。
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