お姫様は諦めない
ロズフォスはミラ姫の座るソファーの前で膝をついて、
「私は聖魔光王国の将として国と陛下に忠義の刃を誓っております。無辜なる民の刃として戦うことが私の務め。そして何より妻と先に産まれる子のために、私はここにいるのです。そのお気持ちは心におしまいなされることを切に願います」
ロズフォスははっきりと断りの言葉を口にする。ここまで言えるとはある意味恐ろしいが、はっきり拒絶することで未練や後腐れを断ち切っているのがわかる。
するとミラ姫の手が膝の上で握られる。グッと力を込めて、そして顔を伏して体を震わせる。
「……ダメ、なのですか?どうしても、ダメなのかです?」
絞り出すような声、まだ大人になりきれない少女の心が紡ぎ出される。
「私は王族で、大使として私の国に来て、私の夫にはなれば、王族になれて公的に貴方を守れる」
考えはあったようだが、浅はかとしか言えない。何というかどの世界でも恋は盲目なのか、それが何を寄せるか理解していない。
俺は思わず厳しめの声が出てしまった。
「ダメ、ですね」
ミラ姫が体を震わせてこちらを見る。これではダメだと俺は息を大きく吸ってゆっくりと深呼吸をする。落ち着いて話さなければ話にならない。
「羈旅僑士《外国の出身で》、重帑在外《家族などが外国にあるような者が》、上間謀計、下与民事者、可亡也」
俺は呟くように口にする。韓非子にある一節の意訳だ。どのような場合、政治は危ない、国が滅びかねないという内容をまとめた四十七条の一つ。
「陛下?」
俺がいつもの雰囲気と違うことを察したレイラが訝しみながらも声をかける。俺はレイラにかまわず、
「もしロズフォスを大使としてフォルドゲイタス帝国に送ったとしましょう。ミラ姫様がそのような行動をとれば国元の旧臣らは『ミラ姫様は外国から来た者を目に掛けるだけでなく夫として王族に取り立てる』と思いましょう。そうなれば臣からは心が離れてしまいます」
俺は首を横に振りミラ姫を見つめる。その目は涙を浮かべていないものの悲しみに満ちている。
「国とは、王とは、一人でなれるものではない。臣がいて、民がいて、その心が一心となって支えてくれるからこそ、国は国となり、王は王としていられる。私はそう考えています」
俺の言葉でどこまで伝わるかはわからない。
「今から友となろうとする国がそのようなことでは安心できません。これは王としての私の言葉です」
そして俺は真面目な顔をやめて、少し笑って。あぁ、こんな甘いことで王としていいのかはわからない。
でも、王《私》ではなく個人《俺》は、
「ただ、俺《私》個人としては一人の少女が他国の者に恋をした。その恋心は間違えてはいないと思いますよ」
俺の言葉にレイラとロズフォスが驚きの表情を浮かべて、ミラ姫とジルジオがキョトンとする。
「ただ、普通の女の子じゃなくてお姫様で、男も他国の将軍だった。ただそれだけ。恋とは人を成長させてくれる。強くもしてくれる、強かにもしてくれる。盲目的になって、その人のためにと何でも頑張れる」
ジルジオの眼が俺を捉えていた。俺の心を探るように、思考を読み取ろうとするように、深い思念が伝わってきそうなほどだ。
「……国王陛下は……どこか、そう、お心の内に二人の方がおられるような御方ですな。叡智を持ち徳に満ちた王と、慈愛の大器を持つ自由な若者。どちらが本当の国王陛下のお姿か、私にはわかりません」
俺は内心を見られたようで恥ずかしく居心地の悪さを感じる。
「ははは、ジルジオ様には私はそう映りますか」
俺は笑いながらも話の筋を戻すためにミラ姫に向き合う。
「さて、と。ミラ姫様、ジルジオ様。大使については少し先延ばしの方で考えさせていただきたいです。またフォルドゲイタス帝国に大使館を頂けるなら我が国の王都にも大使館を建ててフォルドゲイタス帝国の大使をお招きしたい」
俺が真剣な顔に戻ったことでジルジオの気持ちは同盟の話に向く。
「それでは、大使は我が国の方も戻り次第、選抜し集団お見合いの時につれて参ります」
「では、こちらもそのようにさせていただきます」
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月明かりの降るテラスで俺は少し風を浴びていた。
あのような話をした次の日の昼前にフォルドゲイタス帝国へと向かって帰っていった大使団。ミラ姫は何か決意したような表情をしていた。
最後に残した『私は、ロズフォス・ファン・グリエスが欲しいことは変わりません。たまいつか、お会いできることを楽しみにしています』の言葉に俺はろくでもないことをしそうな、そんな気配を感じていた。
街の声はいつも通り賑やかで活気がある。俺が王として頑張れる要因の一つでもある。
「さぁて、向こうはどう出るかな?」
内心ワクワクしながら足に触れた何かに気付く。しゃがみ込み抱き上げて鼻同士をくっつける。
「六花、どうした?」
「にゃーん?」
間延びした上がり調の鳴き声が返ってきてふわふわの毛皮を撫で回す。
「んー?どうした?」
ゴロゴロと喉を鳴らして機嫌がいいのはわかるが何をして欲しいかは伝わらない。とりあえずこんな時は、モフる。
フカフカで柔らかいお腹を中心に六花の首、腹、背中と優しく撫でていく。
モフモフ……モフモフ……。
「なーん」
モフモフ……モフモフ……。
「にゃにゃー」
モフモフ……モフモフ……。
「あなた様」
モフモフ……モフモフ……。
「にゃっ!にゃっ!」
モフモフ……モフモフ……。
「ふしゃーっ!」
なんか途中で六花が喋った気もするが突然慌てたように暴れ始めた。
「あなた様?」
俺の名を呼んだのは六花ではなくレイラだった。いつの間にかそばまで来ていて、俺の様子が気になっているようだ。
「……ミラ姫様にずいぶんと同情的でしたね」
「ん、ああ。俺は最近になってわかったんだ。王様や王族って孤独なんだなって。国の者は皆傅き、他国の者も最大限に礼を払い、対等の者がいない。あの子も俺と同じで、寂しいのかもって思うと少し王としてではなく人として救いたくなったんだけど……いい方法は思いつかなかった」
だから俺がレイラに感じていた一線も落ち着いている今なら理解できた。レイラは妻として左として俺にも王にも近すぎる。だからこそ、自ら一線を引いて慎むことで自身を律しているのだと。
「……いい方法はってことはよくない方法ならあるって事かしら?」
「レイラは俺の言葉をよく聞いてくれているね」
俺がレイラを見ると少しイタズラ気のある表情だ笑っていた。
「ないこともないけど、それしたら戦争ものだよ」
そう、ないこともない。
ミラ姫にあるかは知らないが、王位継承権の放棄、王族であることを辞意。そしてシュレリアに頭を下げて側室になる、という手段はある。
が、そんなことをすればフォルドゲイタス帝国元王族とは言え、他国の臣の側室になれば醜聞でそんなことをそそのかせば戦争だ。
「なるほど、悪手は打たないと言うことですね」
レイラはそれだけでわかってくれた。おそらく俺の考えを察してくれたのだろう。
「それより、ご報告が来てますよ」
俺はレイラの言葉に自室に向かい歩を進めた。三ツ者から何かあったと言うことだ。
「どこからだ?」
「直轄都市のフィアドルからです」
横を歩くレイラの顔は穏やかに笑顔の妻ではなく、キリッとした仕事の出来る左の表情に変わっていた。
「……もう少し力を抜いてくれた方が可愛いんだけどな……」
俺のつぶやきが聞こえたのか、レイラの歩みが早くなって俺に背中を見立て始めた。しかし俺の脳裏には照れたまま表情が緩まないようにしているレイラの顔が簡単に思い浮かべられた。
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