お姫様の真意
上層街にある時計屋に寄っていくつかジルジオに選んでもらい買い上げた。少し遠慮されたが今後の誼のためとミラ姫や護衛の分まで買っておく。
王城に戻るとすでに晩餐会の用意が始まっていたのか、微かにいい匂いがする。貴賓室に入るとそこはお菓子パーティのような様相をしていた。
レイラとミラ姫のソファーの後ろで控えている護衛とロズフォス、ヒルデが少しばかり困った顔をしていた。
「……なんというか、うん。何がどうして……」
俺が呆れながらレイラの隣に座る。
「グリエス将軍が城内を案内した後に少しお茶をしてたのよ。それでチョコレートをお出ししたらミラ姫様に気に入っていただけて、それで」
視線の先には机の上に広がったチョコ菓子の数々。普通のチョコからチョコ漬けにした生フルーツにドライフルーツ、クッキー、パイ、ラスクとたくさん出してある。
「……うん、あ、わかった」
俺は少し腰を浮かして座り直すとミラ姫に向かって、
「どうですか、チョコレートは」
「初めて食べた味でした。何と言いますか、甘くまろやかで口当たりの良いものから苦みの中にあるコクが味を引き立てるものまで。少しの色の違いしかないというのに何種も味の差があって楽しめますわ」
嬉しそうに語るミラ姫の横に座ったジルジオもブロック状のチョコを手に取ると興味深そうに眺めてから口にする。
味わうように口の中を転がしているようで、ゆっくりと噛んでから飲み込んだ。
「……なんとも、美味しいですな。少量を紅茶に落としても楽しめそうで……」
気に入ったのか別のチョコにも手を伸ばす。それも味わい食べると紅茶を飲み、また別の物に手を伸ばす。
「姫様がおっしゃったように多様な味があります。甘味を好む者や子女は喜ぶでしょう。姫様、これは輸入すれば国中で流行りましょう」
チョコレートを褒め倒すジルジオを見てミラ姫は目を細めておかしそうに笑う。
「そうね。貴族を中心に婦女子には人気が出ましょう。……でも、ジルジオ」
ミラ姫の目が怪しく光る。何というか、俺がたまにする目に似ている。あれは悪いことを考えた時の目だ。
「ジルジオ、貴男が欲しいからでしょ?貴男は本当に甘い物には目がないのだから」
そう言ってからかうようにミラ姫はおかしそうに笑う。ジルジオは少しばかり恥ずかしそうな表情を浮かべて、
「姫様、わ、私は国益を考えてですね……聖魔光王国との外交を考えているのです」
俺は小さく笑ってから紙に一筆走らせて輸出品について書き出す。
「では、チョコレートも輸出品の一覧に加えましょう。まだ生産量が多くないため輸出できる量は多くはありませんが、輸出するなら生産量を上げる政策もやぶさかではありません」
「我が国からの輸出品については王国内で生産されていない果実や民族工芸品、鉱物などの資源、ほかには……国王陛下にもフォルドゲイタス帝国に来ていただいて品を見ていただくのもよいことかもしれません」
それからミラ姫と俺は同盟と国交について大筋合意の元で話を進めて紙にまとめていく。
その最後に、
「では、このような内容で今回の同盟等の話についてはよろしいでしょうか?」
「ええ。昨日から先ほどまでのお話の内容で我が王にも伝えます」
「ではミック。これらの内容を明日の昼までにまとめてくれ。出来上がればミラ姫と私で確認し、双方の国印を捺して正式な外交文書として双方が持つようにする。今後の話し合いもこれに基づいて取り決める大事な物だからミスなく」
俺は後ろに控えていたミックに紙の束を渡す。
ミックはざっと目を通してから、
「はっ。急ぎかかりますので私はこれにて。何かありましたら内政執務室の方にいますのでお呼びください」
ミックは一礼して退室していった。
俺はミックに負担を掛けているなと思いながらも安心していた。ミックは俺の腹心、心から信頼できる唯一無二の者だ。
そんなことを思っているとジルジオが遠慮がちに言葉を口にする。
「……国王陛下はお若いと伺っており、実は些かながら不安を持っておりました。ですが実際に会ってみると国王陛下は聡明で才知を持って国を治められておられました」
ゆっくり喋っているのは言葉を選びながら慎重になっているせいだろう。
もし俺やレイラの逆鱗に触れるような言葉を口にすれば今回の話が破談になる可能性もあるからだ。
「いえ。私は優秀な臣に恵まれただけです」
実際に臣下には恵まれている。才豊かで忠義を持つ者が多く、それを残してくれたのは紛れもなくアンリ先王だ。あの方がいなければ俺は今こうしていることはないだろう。
だが俺は自身が選んだ者はある水準を観ている。五才十過、韓非子にある将が持つべき素質。
俺はそもそも歴史学を学べる大学に行こうとしていた。その中でも戦国時代は俺の心を幼い頃からロマンにかき立てた。
最初はふと手にした歴史マンガから入り、中学時代にはすでに博物館巡りもして、高校時代には孟子や孔子、韓非子の和訳本やそれらについての本も読みまくっていた。
おかげで王としてどうあるべきかの最低基準は頭にあって、実践でアンリ先王に鍛えていただいたおかげで今こうしていられるというのもある。
「ああ、そんなことよりミラ姫様、ジルジオ様。いかがでしたか、我が国は」
俺は明るい声と笑顔に努めて二人を見やると、
「とてもいい国だということがわかりましたわ。見事な造りに豪華な調度品や絢爛な飾り。何より細部まで清潔に保たれて城内で働く者の表情が非常に明るく国政の良さを感じさせていただきました」
ミラ姫の目の付け所は意外だった。庭園などを褒めるかと思っていたのだが城の者の表情を見ていたのか。
「城下の方も活気があり生活の質の高さが伺えました。何より姫様。こちらを」
ジルジオは俺と一緒に見に行った時計を箱から出して見せる。蒼銀造りでベルトには龍の姿が細かく彫られている。
「まぁ、こんなに小さな時計が?」
驚くミラ姫は口に片手を開けてジルジオの持つ箱から時計を空いている方の手で丁寧に持ち上げる。
「我が国では見たことのないほどの大きさですわ……これほどまでに小型化できるなんて王国の技術は素晴らしいですわ」
「ははっ、そう言っていただけると何よりです。こちらはミラ姫にお似合いになるかと思いまして。どうぞ」
俺が時計の入った箱を差し出してミラ姫の前に置く。ミラ姫が緊張と興奮の混じった笑顔で箱を開けると俺は説明した。
「聖桜銀の造りに十二色の輝石をあしらった物です。我が国の名匠の作った物で小雨程度であれば濡れても大丈夫、ある程度の衝撃にも耐えられる代物です。それに手入れも動力にある魔石の交換も五年いらずという物です」
どこかの時計メーカーのような代物だ。っていうかこれ絶対アンリ先王の設計図だと思う。
「今後の誼と我が国の水準を知っていただくにはよい物かと思いまして、他にもこの数を」
そう言って俺は十の箱を机に置き、さらにアゼリアに合図を出すとチョコレートやチョコ菓子の入った箱をいくつか持ってこさせた。
「御国に持って帰っていただいて帝王様にも見て、味わい、我が国を知っていただける材料としてお使いください」
俺はニコニコと笑う。笑うことで俺は本心を隠した。
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一頻り国の感想を聞いてから俺は深呼吸をする。
「グリエス将軍、ミラ姫様に御不便はかけていないであろうな?
「はっ……。無骨ながら細心を尽くしたつもりでございます」
「うん、急に呼び出して頼み事ばかりで申し訳ないね」
俺はロズフォスの目をチラリと見る。何か言いたげな感じもする。
「実はジルジオ様から提案があってな。フォルドゲイタス帝国に我が国の外交官を置く大使館を建ててくださるそうだ」
するとロズフォスの表情は微妙に渋くなる。俺の次の言葉を察したようで口元を微かに引き攣らせて、
「まさかですが、私を大使に?」
「私はグリエス将軍が外交官に適任とは思っていなくてね。なので改めて、ミラ姫様とジルジオ様に伺いしたい。なぜ、ロズフォス・ファン・グリエスを固執するのか、と」
俺は目を細めてミラ姫を見る。目は少し泳ぎ、緊張と焦りが見て取れる。
「姫様、正直におっしゃってはいかがですか?国王陛下も察されているのですよ?」
あきらめ顔のジルジオがミラ姫を諭す。するとミラ姫はがっくりと肩を落として、
「それはその、ですね。……私が、グリエス殿を気に入った、のですよ」
顔を真っ赤にしてミラ姫が白状した。護衛達はそれに驚いた様子を見せないところ、おそらくすでに知られている。そしてどこまで知られているのか、俺は踏み込む。
「どこまでの方がご存じですか?」
観念したかのようにミラ姫はゆっくり、ぽつぽつ喋る。
「ここにいる者だけです」
「なぜジルジオ様だけ、というのが気になりますが、ロズフォス、そう言うことだけど君から返事してくれるかな?立場や国交とは関係なく君個人の気持ちでね」
ロズフォスはとても苦い顔をする。そして思案を始めたのか、腕を組んで、額を指先で突き始める。
それを見てからジルジオに視線を向けると、
「城内ではミラ姫様の相談役でもありまして、ご自身からお伺いしております」
ということはミラ姫がロズフォスに会いに来るためにこの外交に参加しているのかもしれない。
そしてロズフォスが動いた。俺の横を通り過ぎて、ミラ姫の座るソファーの前で膝をついた。
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