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まずは信じることから

 次の朝、ミラ姫はずいぶんと意気消沈した面持ちであった。平然を装っているが顔には斜線が入っているかのような陰りがある。なんだか返事も上の空や元気もなく口数が少なくなっている。

 たぶんロズフォスが既婚であることを知ったのだろう。だが目の力は失われていない。ロズフォスを見ると再燃した意志が見えて、

「グリエス殿、貴殿は我が国をどう見られた?外の意見も欲しいので忌憚なく率直なことを言って欲しい」


 朝食の席で同席を求められたロズフォスは俺に視線を送ってくる。俺は小さく頷き許可を出す。実際、ロズフォスから見てフォルドゲイタス帝国はどう映ったのだろうか?

「国民の多くは獣人で武勇に長けた方が多くおられるように思いました。あのメソディユシェルでしたか、あの場所で国一の武を持つ者を決める魔力を使わない闘いは獣人族ならではのことかと。ただ私に流れる餓狼の血も闘いを求めてか少し疼いたことは確かなことです」

 ロズフォスから一瞬だけ闘志が溢れる。が、慌てて消し「失礼致しました」と不作法を詫びる。


「メソディユ……?」

「メソディユシェル、古代獣人語で『天に届く武の頂』という意味で我が国では年に一度魔力を使わずに肉体のみで戦う大会が行われます。優勝者に与えられる名誉と号は国中の者皆が憧れています。ジルジオも八年前に優勝した者です」


 朝から肉を出すと喜んでくれたのだが俺には朝からこれは受け付けない。お腹を壊しそうだ。

「なるほど、それで文官というのに素晴らしい体躯をされていたのですか」

 かなり大きめのステーキを出したというのにモリモリと食べているジルジオを見て俺は納得する。しかし肉を飲み込んだジルジオはやや眉を曲げて、

「いえ、ずいぶんと衰えたもので今では若者に抜かされております」

 今ですら腕は丸太の如くムキムキだというのにこれで衰えた状態でしかも若手はもっと強いとか、何そのマッチョワールド。


「なるほど、プレートカラーが下位の者でも己の肉体を鍛え上げればそこで皆に認められる機会を得られるということですか……。我が国も見習わなければなりませんな……。魔力がなくとも力を振るえる、誰もが認められる機会のある国にしなくては民を安んじることは出来ませんね」

 俺は心の隅に考えを置いてから話を続ける。

「子息令嬢らの集団お見合いの日取りについては書簡で連絡を取り合っていきましょう。私は王としても個人としてもフォルドゲイタス帝国との同盟と貿易には興味があり、成功させたいものなので」

「ええ。それは私も同じ気持ちです。国王陛下と同心することが出来、誠に嬉しゅうございます」


 ミラ姫も微笑む。しかし彼女の本当の狙いはロズフォスを手に入れることなのかもしれない。

「ところで、左様はどちらに?」

「ええ。どうも体調が優れないらしく御挨拶できないとの事で申し訳ありません」

 朝食の席にレイラの姿はない。俺とミック、ミラ姫、ジルジオ、そして朝から呼び出されたロズフォスの五人なのだ。


 昨日は俺もレイラも気持ちが高ぶりすぎて致し過ぎた。十を超えてからは数えてなくて何回とはわからない。

 おかげでレイラは足腰が立たず、わかっているのはレイラのお腹がポコッと膨れるまで出したのは覚えている。


「そうですか……。ご無理なされぬようご休養なさってくださいませ」

 やや気遣われてしまい俺は頭を下げる。真実を知られればとんでもない笑いぐさだ。俺は内心の焦りを隠して、

「ありがとうございます。本日は……そうですね、せっかく来られたのですからよろしければ午後からは我が国を見て行かれませんか?貿易を視野に入れた同盟ですから我が国がどのような生活水準か見ていただいて安心感を高めていただければと思いますので」


 俺は少し考えがあって提案する。やや間が空いてから、

「そうですな。是非ともお願い申し上げます」

 ジルジオからよい返事が返ってくる。そして俺はミラ姫に一瞬視線を向けてから、

「……やや遠目のところも参りますのでミラ姫様には城内を見ていただければ……。グリエス将軍、ご案内差し上げてくれるかな?」

 ミラ姫の耳がピクッと反応する。俺は後ろに立つグレナルドに、

「グレナルド、グリエス将軍だけでは些か無骨でもあるから……ヒルデの方が適任か。呼んできてくれ」

 俺の意図を理解したグレナルドは一礼し退室していった。そしてロズフォスはというと少し困った顔を浮かべてから、

「はっ。陛下」

 ジルジオが俺の方を見ているがその視線に意が読み取れず、こちらを観察するような目だった。


-----


 王族用馬車はジグレイシアが御者となる。そして右をグレナルドが、左をハイランゼスがつく。

 コンパートメントの中ではアゼリアの給仕を受けながらジルジオは俺から説明を聞いていた。そしてジルジオの護衛として二人ついてきている。

「あの高い時計塔は先王シュルシュトフロストアンリ王が軍臣らにも時間がわかるようにと建立されたそうです。専任の者が日々手入れをし、狂わぬように調整されています。アンリ先王は特に時間に厳しい御方で公共の建物にはすべて時計を取り付けられたほどです」

「我が国では小型の時計は稀少で王侯の者くらいしか持っておらず、高価なものです。貴族邸などには振り子時計がありますが……」

 ジルジオは感心したような目で時計塔と馬車の中にある掌サイズの時計を眺めていた。

「我が国でも庶民の多くは持ってはいないでしょう。民の多くは時計塔と鐘の音で時間を見ております」


 帰りに時計屋に寄っていくつかプレゼントしよう。印象もよくなるだろうし、こちらの作っている物の精密さも知らしめられるだろう。

 ちなみにこの国に腕時計を持ち込んだのはアンリ先王と言われている。それまでは日時計や振り子時計などがこの国の時針であったがアンリ先王が作った時計でより正確な時間が広く知れ渡っていた。


 馬車は次の場所に向かい走っている中、俺はジルジオの表情を横目で見る。

「……ベッケンス殿はミラ姫様のご真意はどう見られておられますか?」

 俺は一歩、踏み込む。おそらくこの男はミラ姫の狙いを知らされている、もしくは知っている。

「姫様のご真意、とはどういう意味でしょうか?」

 とぼけるつもりか、こちらの出方を窺うような返事が来る。俺の方に向けられた目は軟らかく細められているがその奥にある瞳は笑ってもいない。


「我が国は聖魔光王国との同盟のために姫様と私を派遣されたのですが?」

「確かにそう、ですね。……ですが姫様の目的はもう一つあるのでは?でなければ、私はグリエス将軍に城内の案内を頼みませんよ?」

 俺は少ししてやったりと笑みを浮かべて、

「王族としてはかなり柔軟な思考と先進的なお考えの方のようですが、些か隠し事は苦手なご様子で」

「ふはは、そこまでまっすぐに言われましては困りますなぁ。……我が国に聖魔光王国との深い絆のために大使館を建てようかと思っていますが、大使にぜひグリエス将軍をお願いしたい」

「……大使館、ですか。残念ながら彼は武官、政治決断ならば他の内政執行官に優れた者がおりますので」


 ジルジオはまったく笑わない目で俺を見ながら表面上だけで笑う。

「ではなぜ国王陛下は城内の案内役をグリエス将軍にお任せしたのですか?」

 俺はジルジオから目を離して小さく息をつく。深い理由なんて特にない……はずだ。

 ミラ姫の狙いが本当にロズフォスなのか。それと、何かボロを出さないかと淡い期待はしている。


「強いて言うならば、ミラ姫様がどのようなお人柄か知るため、でしょうか。私と話していてもミラ姫様は王族であることと大使であることが念頭に入り、自身を圧し消されるでしょう。ですが役目に関係のないことであれば、人はその人らしさを持ちます。それゆえにロズフォスに任せた、と言ったところかと」

 ミラ姫様の狙いがロズフォスならば俺がいない今猛烈にスカウトをしているだろう。

 そしてロズフォスは忠義に厚くシュレリアのことと立場もあり国を離れることはないだろう。


「……よほどグリエス将軍を信じておられるのですな」

 ジルジオの視線が少し和らぎ、俺は自虐的に笑いながら、

「……王として信じられるためには人として信を得なければならない、その信を得るには誰かを信じることから始める。私はそう考えているのです。それにまだ未熟な王です。周りを頼らねばこの国を守ることは出来ません」


 その答えは意外だったらしい。驚く顔のジルジオは何か言葉を継げようとしたのか口を動かしてから、息を吸って、

「では、私はフォルドゲイタス帝国の者として国王陛下を信じ、同盟、貿易、越境婚姻についてより前向きに考えるよう帝王に進言致します」

「そうしていただけますと両国の関係はよりよい始まりとなるでしょう。私も大変嬉しく思います」

誤字脱字がありましたらご指摘の程お願いいたします

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