恋する姫君
数日後、獣人の国フォルドゲイタス帝国からの使者が到着した。
謁見の間ではなく迎賓室に通してもてなすように指示を出してある。俺はレイラとグレナルドを引き連れてその部屋に向かって足を進めていく。
部屋の前には四人の兵が立ち俺を見ると頭を下げて姿勢をとどめる。
「かまわぬ。遂行せよ」
四人はシンクロした動きで一糸乱れず姿勢を直立不動に戻し、その間にレイラはノックをする。内側からドアが開けられて入り一礼する。
かなり贅を尽くした部屋で煌びやかで華やか。あちこちピカピカしてて俺は好きではないし、今着ている上等な礼服もお堅い王族の服で好まない。
上質の革張りのソファーには男女が一組座っていて、その後ろには護衛らしき五人の者がいた。
先んじてミックが対応しながらアゼリアとイゾルデの他に三人のメイドが控えてさせて給仕をさせている。
俺が入ってきたことで部屋の空気はやや緊張し、座っていた二人は立ち上がって護衛達もこちらを向く。
二人は俺の方にゆっくりと歩み寄ってきて数歩前で止まる。
「お初にお目にかかります、フォルドゲイタス帝国ザトラ・フォルドゲイタス帝王第四子第一姫ミラ・フォルドゲイタスと申します」
金髪の豹耳の女性は姫らしい。年頃は十代後半と思われ、身なりは豪華なドレスみたいだがスカート丈は少し短く足元はくるぶしが見えそうなほどで、上半身はボディラインにフィットして動きやすそうな感じだ。目元に鋭さがあり、鼻筋は通っていて鼻はやや高い。
「お初にお目にかかります、フォルドゲイタス帝国内務卿補佐官ジルジオ・ベッケンスと申します」
ジルジオと名乗った男は三十代と思われる。儀典に着るようなやや形式美を意識したデザインの服で黒髪はオールバックにしている。そしてその髪の間から見える滴型の耳と巻き角は羊か山羊のようだ。
そして内務卿補佐官というのにがっしりした体格で武闘派に見える。
「遠いところをよく来てくださいました。聖魔光王国第十八代王、シュウイチ・イマガワです」
「王の補佐をしております、左のレイラ・カリミオンと申します」
俺は挨拶を済ませるとソファーを勧めて対面して座る。
「フォルドゲイタス帝王におかれましては昨年の神蒼帝国との和議見届けにご尽力いただき誠に感謝しております。改めてここに御礼申し上げます」
「いえ。父王は和平を望み、各国との同盟には賛成派でしたので国王陛下のご決断に心より喜んでおりました」
ニコニコとしているがどこまでが本心なのかはわからない。どうせお互い最初は相手を褒めて気分をよくさせることが大事なのだ。
「道中はどうでしたか?我が国に入ってから何かご不便はありませんでしたか?私はまだ王として未熟で外国の方をお迎えするのが初めてで万全を期したつもりではいおましたが」
イゾルデが五人分の紅茶を淹れてアゼリアが菓子を添える。そして三人のメイドが順に給仕をして机に並べられた。
「何もなく安全で快適な道でした。よほど国王陛下のご意向が端々の街まで届いているのでございましょう」
「宿泊させていただいた宿も過分なまでの御歓待いただき感謝しております」
褒めても何も出ませんよ?と俺は心中に思いながら頭を下げる。
「それは大変嬉しいお言葉です。ですが私の力の及ぶ範囲はまだまだ。端々を任せてられている者たちが優れているだけで、それは先王のご威光の賜物です」
俺が任じたわけでもないし、その貴族や直轄地代官にはもてなすように命じ経費は国庫から捻出してある。当然ながら現地に王都からの内政官を派遣してある。
「さて、ではさっそくに本題でもよろしいでしょうか?」
「ええ。もちろん」
大使代表はミラ姫らしく彼女は後ろの護衛の一人に手で合図を出した。一旦しゃがむと両手で抱えるほどの書類を出してきた。
「こちらが帝国から聖魔光王国の寵臣の子息令嬢とお近づきになりたいと申し出ました者たち、貴族重臣らの子息が二十七名、令嬢三十九名です」
「我が国でも臣下らに打診致しまして子息が三十一名、令嬢が三十名です。こちらは各家より提出させました個々の役職や家柄などを記した物です」
お互いに書類の山を交換して……一瞬だけ俺とミラ姫の表情に感情が出た。それは同じものだったようで俺は、
「拝見致します」
と一番上から手に取ってみていく。一人ずつ名前から始まり生まれ育ちが書かれて性格や今の仕事や役職について書かれている。
俺が速読で目を通していく横でレイラとミックも俺が見た物を順に目を通していく。
使われている紙は高級羊皮紙なのかやけにしっかりとした物で厚みはこれのせいで増しているだけのようだ。
「……これは読んでいるだけで日が暮れそうですね」
と俺が顔を上げるとミラ姫はやけに真剣の目で書類に目を通している。俺の声に気付いていないのか横にいるジルジオが、
「そのようでございますな」
小さく足が動いているのは姫に足で合図を出しているのだろう。やっと気づいたミラ姫がちょっと乾いた笑顔で、
「え、ええ。ですがしっかりと吟味しないと」
明らかに何か隠しているのが丸わかりだ。何か目的が別にあるのか?
ミラ姫は書類を山に戻すと俺を見て、
「そういえば和議交渉見届け際、我が国に来た大使のグリエス殿は王都にはおられますか?」
「グリエスは西の国境にある砦と街を任せているので今は……いや、王都に戻ってきていたか?」
俺がミックの方に目を向けると、
「もしかするとカルトバウス殿のお屋敷にいるやもしれません」
「グリエスが何がご迷惑をおかけしましたでしょうか?」
レイラが少し鋭い視線でミラ姫を捉えている。その目は心を見透かそうとするような、だが悪意や敵意といった物はない。
「いえ。むしろ我が国の者がご迷惑を……」
「グリエスからは何もなかったのですが……」
俺はレイラとミックに視線を送るかのノーの答えが返ってくる。俺自身も報告は聞いておらず、
「ミック、呼び出してくれ。王都にいない場合は明日中に来るよう、来なかった場合は厳罰に処することも伝えよ」
「はっ」
俺の雰囲気の変化にミックとレイラが心なしか焦ったように俺の目に映る。
「あ、いえ、あの、それほどのことではなく……その、帰り際に何人か女官の者がしつこく閨に誘ったらしく……グリエス殿が国元に帰られてから私にその報告が来まして……」
情けなさや照れで顔を赤にするミラ姫の言葉に俺だけでなくミックとレイラもポカンとして、
「そ、そうでしたか。へ、陛下、それではグリエスは……」
「あ、ああ。うん、特急には呼びなくてもいいが王都にいるなら呼び出してくれ……」
やや素の反応と言葉遣いでミックに指示を出し、ミックは退室していった。
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伝令兵がカルトバウスに確認するとシュレリアを送ってきて明日くらいまでなら屋敷にいると聞いて迎えに行かせた。
ノックの音がしてアゼリアが扉を開ける。
「ロズフォス・ファン・グリエス、お召しにより参りました」
一歩入ってから片膝をつき口上を一つ。銀色の髪が揺れて顔を上げれば翡翠色の瞳がこちらを捉える。こういう構図はイケメンがやると様になる。
「グリエス、待っていたぞ。呼び出されたことに心当たりは?」
机の横にまで来てまた膝をつく。そして、
「はっ。この場に呼ばれたことがまずわかりません」
「……先ほどフォルドゲイタス帝国第一姫のミラ姫様より面白いことを聞いてな」
ロズフォスは伏せていた顔を上げてミラ姫とジルジオの方を見る。
「ロズフォス・ファン・グリエスでございます」
「ミラ・フォルドゲイタスですよ。おぼえていませんか?」
ニコリと微笑むミラにグリエスが視線を向けて、
「お久しぶりでございます。他国の末席の臣を覚えていてくださり光栄です」
どこまでも杓子定規な返答に少し笑いがこみ上げてくる。そして、
「和議交渉の際に帝国にお邪魔した時になにかあった事を報告しておらんではないのか?」
レイラとミックも笑いを堪えていてロズフォス自身は思い当たる節を考えていたようだが、
「向こうでずいぶんと誘われたようだな?先ほどミラ姫様に伺って驚いたぞ」
ビクッと耳が立って尻尾の毛が立つ。
「酒の席での戯れを真に捉えてはいかがなものかと断り申し上げ、また些事と判断し陛下にはご報告申し上げませんでした」
「いや、注意や叱責ではない。ただ事実かどうか確認したまで。ロズフォスは身持ちが堅いな」
俺が笑うとロズフォスは緊張が解けたのか尻尾が落ち着く。
「陛下、もしかして私をからかっておられますか?」
「ロズフォス・ファン・グリエスの忠信を疑っているわけではない。……少し思うことがあって、な」
俺はロズフォスに意味があることを伝えて視線をミラ姫に戻す。
当の本人はレイラに目を向けているが視線は細かく動いて時々にロズフォスを見ている。
「さて、この数をそれぞれ見合わせるとなれば時間がかかりすぎる。ここはいっそのこと、まとめて会わせて集団お見合いのような形を取るのが時間を取らずにすむかと思うのですが、どうでしょうか?」
面倒すぎて婚活パーティのようにしてしまう方が余程楽だ。……俺が。そしておそらく、
「それはよきお考えですね」
「ふ、姫様?何を、この中には貴族や重臣達がおり……」
ジルジオは止めようとするがミラ姫は言葉を発する。
「よいか、我が国と聖魔光王国との同盟締結は国の一大事。そこに貴族や重臣達のプライドを挟み込み形式張れと?それにより締結が遅れ貿易における損失が出ればそれこそもったいない話ぞ?それとそなたは国益より貨幣にもならぬプライドを優先するべきと論じるのか?」
どうもミラ姫は国益優先で貴族や重臣に対しては気を使わないようだ。
「お見苦しいところをお目にかけました。国王陛下のお考えになっているお話で進めましょう。そうなると相応に広いところで施設が入り用になりますがどう致しましょうか?」
「そこにも考えがないわけでもありません」
俺が提案したのは婿入り嫁入り候補者を相手国側に連れていき集団お見合いをする。双方の国で一度ずつ行い、後はカップルが出来れば王または外交部署を通して交際していく。
何より本人意志を尊重することを俺は強調した。
「国王陛下は変わった考えをお持ちのようで」
「ええ。ご存じの通り、私は異界の者。私のいた国では身分に介さず結婚は本人同士の自由意志の元と法で定められており、誰かが決めることではないと私は考えていますので」
俺は一瞬だけミックに視線を送る。ミックは少し口元を緩めて、
「私の妻はエルフ公国の者ですが陛下に強いられてではなく私の意志で決めてよいと言われて会いました。思いの外、気が合い結婚しましたが何も不自由ございません」
「……やはり、エルフ公国とはすでに。ほらジルジオ、早く決断しないから出遅れているではありませんか」
どうやら噂程度には聖魔光王国とエルフ公国の同盟と婚姻は聞こえていたらしい。
「そうですわ、エルフ公国が右様とご結婚されているのでしたら我が国の者と左様が」
とレイラに目が向くがレイラは首を振って、
「私にはすでに夫がおりますのでそれは叶いません」
「その夫の方はどのような御方でしょうか……?」
ジルジオが確認のように聞いてくるとレイラはニコリと笑って、
「陛下、ですが?」
少し部屋の温度が下がった気がした。それはレイラが勘違いしているからだろう。
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話を詰め終わった後にフォルドゲイタス帝国の大使団にはそれぞれを貴賓室に案内して各部屋に専属のメイドを配した。
その後、俺の執務室では若干機嫌の悪いレイラと困り顔のミック、そしてなぜ連れてこられたのかわかっていないロズフォスがいた。
「……」
「あは、はは……」
見事なふくれっ面のレイラを見てミックは乾いた笑いを浮かべる。俺は苦笑して、
「レイラ、勘違いだぞ。向こうの狙いはこっちだ」
俺はロズフォスを指差す。そして、
「ロズフォス、困ったものだな。向こうの姫様に惚れられるとは隅に置けないな」
「はっ?」
大声で顎が外れるほどに口を開けるロズフォス。そして唖然とするレイラ。わかっていたのは俺とミックの二人だった。
「ありゃ完全に恋する乙女だな。レイラも気付いていたが相手違いだ。で、どうする?ロズフォス」
ニヤニヤしながら、まるで修学旅行の夜に恋バナをするときの顔になってしまう。
「わ、私にはシュレリアがいますから」
吹き出した。根から真面目で堅物なのは知っていたが照れながら惚気られては笑うしかない。
「そ、それよりも陛下。お祝いの品、大変ありがとうございます。下賜いただきました哺乳瓶を拝見致しましたが気が早うございます」
ロズフォスも失笑に近い笑いを浮かべて話を変えてきた。
「何人か乳児がいる者にも試作品を使ってもらって完成した物だから大丈夫だとは思うがあれがあればシュレリアが疲れているときでもそなたや他の者でも食事の世話が出来よう。私のいた国ではごく普通の物だからこの国でも市販しようとは思うが……自国内でラーバを生産できるようにならねばな。エルフ公国から常に輸入できるとは限らんしな」
俺は次を先を考える。民の生活基盤を安定させて税収を上げて、税収で最下層の生活水準を上げていく。
「陛下の見ている未来はどのようなものか、私にはまだ見えておりませんがロズフォス・ファン・グリエス、身命と忠義を賭して尽力致します」
「僕もどこまでできるか自信はありませんが陛下に従いこの国を支えていきますよ、臣としても友としても」
俺は照れくさくなり、
「私は果報者だ、臣に恵まれている。私は軍臣民皆が笑ってくらせられる国にしたい。しっかり働いてもらうぞ?」
悪役のような笑い顔を浮かべて照れ隠しをするのだった。
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二人が部屋を出ていき、俺も執務を終えて私室に帰ろうとする。するとレイラが俺の服の裾を後ろから摘まんでいた。背中越しに声が聞こえる。
「……私だっています。陛下の一番傍には私がいて、一番の理解者で、一番の支えになります」
「あの二人に張り合ってるのか?それとも、クレアが側室にあがるから不安か?」
裾を引く力が強くなる。俺は頭を掻いてからレイラの方に振り向き軽く抱きしめる。
「……いいか?俺が一番頼りしてて、信じて背中を預けられて、俺が間違えそうなときに正してくれるのは、レイラだよ。……傍に好きな女の子がいるから、かっこいいところ見せたいから、俺は頑張れるんだよ」
ガラじゃない、普段は照れくさくて言えない。だけど、言わなきゃ伝わらない。
「……知ってます。あなた様が意地っ張りで努力家で照れ屋で優しくて鈍感で……少しだけエッチな人だって」
最後は俺を胸の中から見上げて、イジワルに笑って俺にキスをした。
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