あのお金は……
国立孤児保護施設の進展具合を見ていた。外装は完全に仕上がり、中の生活必要品がドンドンと運び込まれている。必要になるであろう衣類や生活用品も国立工房工場で作った物がほとんどだ。
働いている過半数は仕事がなく街であぶれていた者たちだ。就労意欲があっても仕事がなくて生活に困窮している者を優先して雇い入れさせた。
まだ新しい木の香りがする中を施設建築管理責任長が案内してくれる。
「ホールでは保護や相談の受付、左奥は個別スペースを取った相談室、右は職員室、その奥は食堂と厨房。陛下のご指示通り、各階に勉強が出来るよう学習室を用意しました。子供達の居室は二階より上に東棟を男児、西棟を女児としました。各階にも勤務当直職員用の部屋があります」
図面と照らし合わせながら長が説明してくれる。予算もレイラとカルトバウスの見直してくれた予算内で納まっている。
「入所予定の子供の数がおよそ二百三十人、職員は交代制で事務と調理を含めて六十人です」
「うん。不足しているものはないか?」
俺が念のために確認すると長は少し悩んでから、
「子供の教育や対応をする職員なのですが、経験不足の者や未経験者が多いので……」
「なるほど。経験者や皆をまとめる者がいる方がよいな。ミックと相談しておく、任せよ」
俺は早速にアテになりそうなことを考えて自信を持って頷いた。それを見た長は深々と頭を下げた。
-----
俺が帰り道に向かったのはアルメト教会。カトレアと子供達が住んでいる教会だ。
やっぱり草が茂ったままの庭の小道を歩いてドアを開いた。立て付けがよくなっていて修理されたのがわかる。
「すみませーん」
ドアの開く音の後に奥から声が聞こえて足音が近付いてくる。
「はいはーい、どちら様です、か?ってシュウさん!」
カトレアは俺を見るとたたんだ洗濯物を持ったまま飛び上がって喜ぶ。
「近くを通ったので」
俺が笑みを見せると彼女は左右を見てから机に洗濯物を置く。そして俺に駆け寄り、両手で俺の手を包み胸の前に当てる。
「シュウさんがくださった書類で報奨金がいただけました。おかげであの子達が学校に行くのに必要な物も、壊れかけていた建物の修繕も出来ました、ありがとうございます」
彼女は祈るかのように俺の手を額に当てる。手は皹があって、額は温かく、そして髪は少しパサついている。
「あー……国政調査員には陛下に上奏文を送ることが出来てその意見が採用されたり国のためになるとされたら報償が出るんです。カトレアさんに話を聞いてもらって、ここを見て、いい案を思いついたんです。私の手柄ではなくカトレアさんに出すべきだと思ってそれを含めて上奏文を提出したんです」
半分は本当だ。国政調査員のみならずあらゆる部署からの意見上奏書をもらっている。そして必要に応じて対応策を練ったりしているが、残念ながら上奏文の一割程度しか役に立つものはない。大半は貴族や特権階級者の既得権益を守ろうとする事案ばかりだ。
ただ俺の悩みと迷いを消し、前を向かせてくれたこの子に何かをしてやりたかった。
「そう、だったんですか……。私、シュウさんのお役に立てたんですね」
レイラやクレアのような大輪を思わせるような笑顔ではない。街の片隅に咲く野花をイメージさせるような微笑み。
「そうですね。カトレアさんのおかげで私の案は採用されました。そのお礼ですから」
「あ、で、でも、あんな大金よかったんですか?」
銀貨一枚、まぁ若者の一般的な月収の三分の二程度で結構な大金。それをぽんと渡されては彼女も不安だったのかもしれない。
しかし俺は普段扱っている金額が国庫で金貨十枚百枚単位、私的な給金は小金貨一枚と高額。金銭感覚が鈍っているのかもしれないと今さらの後悔が押し寄せてくる。
「いいですよ」
そう言って笑ってみせるとカトレアは俯いて、俺の手を握る力が少し強くなって、小さく震える。
「あのお金のおかげで、あの子達が学校に行くための紙とか筆とか鞄とか服とか全部揃えられました。あの子達が教会の子供だからって馬鹿にされないようにちゃんと買いそろえてあげれてよかった。本当に……」
後半は少し涙声になっていた。俺はどうしたものかと様子を見ながら握られるままになっていた。
「……よかったです。弟さん妹さんが学校に行けて大人になったときに仕事に困らなくて済むお手伝いがで来たと思えば私も嬉しいですよ」
カトレアは俺の視線を受けて恥ずかしそうに笑った。そしてまだ手を取っていたことに慌てて離れて机の角に腰をぶつけた。
「っ!……アイタタタ……」
どこからツッコむべきかとりあえず、
「大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
ぶつけたのは腰ではなくお尻だったようで小ぶりなお尻を手でさすって、痛いのを隠すように照れ笑いを浮かべていた。
俺は頭を振ってから真面目な顔をして、
「お願い事があるのですが、いいですか?」
「え、シュウさんが、私に?」
真面目な視線を受けてカトレアも真面目な目で見返し、俺と自身を交互に指さす。俺はゆっくり頷き、
「はい。来月辺りに国立孤児保護施設が開所されます。そこで働く職員が足りないらしく子供の躾や日常の世話の経験のある方を探しています。働いてみませんか?住み込みで子供達も施設に入るという形になりますが」
もちろん他の運営の危うい教会には声を掛けるつもりだ。
カトレアは少し悩むような表情を浮かべる。
「……もし、この場所に思い入れがあるのであれば断ってもらってもかまいませんし、仕事だけ引き受けられていただいてもかまいません」
「いえ、その、私なんかでいいんですか?」
眉をヘニャッと曲げて怒られた犬のような情けない顔をする。おそらく自信がないのだろう。だが俺からすれば未経験者より経験者、それに子供達と歳が近い分、打ち解けやすいかもしれない。
「ここでやってることをやってもらうのと、あとは調理とかを覚えてもらうことになるかもしれませんが……まぁ悪いようにはならないでしょう」
「……シュウさんは私達と教会を助けてくれました」
彼女は目を瞑り胸に手を当てる。少しだけ手を握り、決意したのか目を開く。
「はい。私なんかでよければ」
目を細めてエヘッと笑い首を少し傾けた。俺は紙と筆を出すと早速に推薦書を書き始める。封筒に入れると粘土で口を止めて銀輪で印をする。
「後日、面接の日付がお知らせされるので指定された時間に行ってください。お給料はたぶん月に銀貨一枚と少しは出ると思いますから生活は今より安定するはずです」
「え、そんなにもらっていいんですか?」
驚いてグイッと体を寄せてくる。目がキラキラと輝いて、
「そんなにお給金がもらえるならあの子達にもっと服とか作ってあげられるし、いいご飯も……」
「いやいや、ご飯も服も施設に入れば寄付品や国立工房で作ったものが届くことになると思いますよ」
とそこまで言ってから改めてカトレアの服装を見る。前と同じつぎはぎだらけのワンピースに革のサンダル。
「ところで報奨金全部建物とあの子達に使っちゃったんですか?」
「もしものために貯金はしましたけど、買ったのはあの子達の服とか鞄とか……」
少し俯き気味にそしてへその高さの当たりで指をモジモジと絡めている。その様子では自分の物は何一つ買っていないのだろう。
「はぁ……」
俺は盛大に肩を落としてため息をつく。そして近くの椅子に座り指でカトレアを呼び、寄ってきたカトレアに椅子を示した。
「……えっと……」
困った顔で椅子と俺の指を交互に見てから俺が示した場所より人一人分、離れた場所に座って俺の目が据わった。
「あのですね、弟妹に買ってあげるのはいいですが……。カトレアさん自身は何か買いました?」
「私、ですか?私は……みんなの服とか部屋のカーテンとかに布が欲しかったし、たまにはいいもの食べたくて食材奮発したり……」
嬉しそうにパンッ!と手を合わせて笑顔になるが俺が求めた答えはそうじゃない。
「自分の服とか髪留めの一つくらいは?」
「……?いえ、なんでですか?」
なぜそれを買うのかわからないという風に首をかしげて、逆にかしげて返ってきた返事だった。
そうか、生きていくのに必死だった分、お洒落や女の子らしさという感覚がないのかもしれない。
いや、待て。弟妹には学校で恥をかかさないように気遣いをして服や鞄を買い与えることはする。ということは、自身に対して気に掛けていないのか?
「はぁ……」
俺は盛大に俯きため息をこぼす。
「その格好じゃいくら私の推薦書があっても合格しないかも……面接の時に着ていく服を買いに行きましょう。推薦人として私が見繕いますから」
俺は立ちあがるとカトレアの手を取って半ば引きずるように教会から彼女を連れ出したのだった。
誤字脱字がありましたらご指摘の程お願いいたします
感想、評価、レビューお待ちしております
お気に入りいただけましたらブックマーク登録よろしくお願いいたします