こんな案でどうでしょう?
次の日、俺がスティルに案が出来たことを伝えた。すると意外だったのだろう。
「早いですね……本当に大丈夫な案なのですか?」
激しい疑いをもたれる。まぁそうだろう。
「たぶん、大丈夫ですね。ここの人達で出来ることでここにあるものを使うだけです」
俺は笑いかけたがスティルにはいい顔をされなかった。おそらくスティルは今まで色々してきたがあまり費用対効果が上がらなかったのだろう。
「すぐにでも始められますから代官以外に……ドラキライト鋼鉄の加工職人、農畜、大工、それぞれの代表か管理者を集めてください。街一体となってやらなければダメです」
俺の笑みはスティルには不敵な笑みに見えたのかもしれない。少し首をかしげながらも一礼し去って行った。
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代官屋敷の隣にある政務館で会議は行われた。集められたのは代官と秘書、あとは商会のとりまとめ役である商業協会の会長と各部門長達。
飾りっ気の一つもない淡白な部屋なわりには上等な机と椅子。それらはおそらく山の木から作り出した品だろう。なかなかいい品質で都市部に売り込むのもありだろう。
まぁそれはともかく俺に対する視線は奇異、もしくは呆気。まぁ王都から来た国政調査員に対して期待はしないだろう。
「お時間をくださりありがとうございます。国政調査員のシュー・ナゥリバーと申します。目的はスティル様からお話しいただいているはずで割愛させていただき、ではまずはこちらの資料が皆様の手元にありますでしょうか?六枚あるはずなのでなければおっしゃってくだい」
昨日の夜に書き上げた俺の案についてまとめた資料だ。細かいところは現場に任せるつもりなので大まかな内容にしてある。
「では、まずは一枚目にこの街にある資源について上げさせていただいてます。……さて、私が目を付けたのは根菜、山菜、川魚、一般馬、食用家畜、建築用木材、ドラキライト鉱石、それと、山で採れたこちらの物です」
俺は机の上に黄色い石を置く。皆はやや不思議そうな目でこれを見ている。ドワーフの中年がつまらなさそうな顔をして石、硫黄の結晶を指さすと、
「腐臭泉のところにある石ころじゃないか」
「はは……これは加工しても使えないし、飾り程度ですよ。私が注目するのは腐臭泉の方です。あの空気が溶けた水は打ち身や擦り傷、皮膚疾患に効果があり、ミルドラカ領にある温泉地帯でこれは確認されています」
科学的な話をしても伝わらないだろうから言わないが腐臭泉の正体は硫黄だ。独特の匂いと硫黄の結晶には覚えがある。そして皆の反応が少しあるのは興味で首をもたげてこちらを見てくる。
「街に一番近い腐臭泉がおよそ八百メートル、そこには地下水もしくは地下温水があります。昨日調べておきました。そこを源泉として街に湯を運び街を温泉で盛り上げる、というのはどうでしょうか?」
俺はニコリと笑い小さく首を傾けた。しかしエルフの女性が手を挙げて、
「よろしいでしょうか?街に湯を運ぶ方法については?」
「腐臭泉の空気が溶けた水は普通の金属では錆びてしまいますが、ここにはドラキライト鉱があります。三枚目の紙に書いてあるようなパイプを造り配湯管にします。完全な管ではなく上半分が蓋になっているので定期検査や詰まりに対して対応できるでしょう」
次は獣人の男性が手を挙げる。
「温泉のみで人は集まるのか?また街全体の活性化にはほど遠いのでは?」
「四枚目の紙をご覧ください。一番近い中都市ラマンハまでの定期馬車を出します。途中一泊するための宿も作り、そこで食事も行えるようにします。宿の経営や調理の人員もこの街から、また宿と道中や街周囲設備のために街の若手で戦闘技能がある者に警備の仕事を。もちろん馬車の仕事も街の皆さんでしていただきます」
五枚目には一時雇用だけでなく継続的な雇用に必要とされる人員が書かれている。
「それとここでしか食べられない物でも作りましょうか。君、あれを」
俺はグレナルドに指示を出した。彼女が一度退室してから何かをお盆にのせて戻ってくる。持ってこられたのは木製椀に入った白い団子。そして横には薄茶色い粉。
「まぁまずは食べてください。添えてある粉を掛けていただいてどうぞ」
グレナルドはやや困り顔をしながらも皆にそれを配ってくれた。そして皆がそれを口にする。
「これは……砂糖ですか?」
「この団子はずいぶんとモチモチとした食感だ」
「何だこれは?」
口々に感想が聞こえてくる。
「一度、陛下から下賜されたことがありましてね。きな粉餅、というそうです。餅は小麦粉と芋を擦って絞った水分から、きな粉の原料になるは乾燥豆はこの土地でもありますし、砂糖は山で見つけたこの植物から採れました」
あの茎はサトウキビに似ていると感じたがまさにサトウキビだった。砕いて絞って煮て蒸発させたら糖分が残った。
「おお!それから砂糖が採れるのですか?」
そう、実は砂糖は結構貴重だ。この国に多く流通している糖分は蜂蜜が多く、粉砂糖は比較的少なくてやや高い。
「街全体で温泉ときな粉餅、砂糖の輸出、これで経済活性化はなるとは思いますがどうでしょう?」
俺はここまでは自信がある。ここから先の方が難儀なことだ。議長でもある代官が手を挙げた。
「源泉の採掘はかなり時間が必要かと思いますが?人手は多く作れますが金銭的な面では補助が出にくい、いやすでに領主様から多額の助成金をいただいているのにこれ以上はお願いできません」
「温泉宿の建築や馬車の製造などはこの街の皆さんの力でなんとかしてもらうしかありません。ただ、湯の採掘は私がやりましょう。と言うよりも湯が出なければこの計画は頓挫しますから私が責任を持って湯を掘り当てます」
そう、温泉が作れるほどの源泉湯量かはわからない。でも掘れば出るだろう、おそらく!
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と言うわけで代官とスティル、グレナルドを連れて山に来ていた。それと配湯管を作ってくれる予定のドワーフの工人もだ。
「この辺りから街まで山の斜面を伝うように配管してもらえれば流れていきますね。と言うわけで、掘るか」
皆からは少し離れて魔法を使う。ちゃんとした仕掛けは知らないがボーリング装置を作り出す。
「『創造・金属形成』」
ドリルの直径はだいたい五メートル、三角ではなく穴を開けるようならせん状のドリルを地面に突き立てて、
「『動け』」
岩を砕きながら地面をえぐる。小石が飛んでくるし土も跳ねる。ドリルが地面に潜りきってからも土や石が吐き出されてきてしばらくすると腐った木の根もあるのか、ドロッとした臭うものも出てくる。
数十分、一時間、二時間と過ぎていく。感知魔法では現在地下二百メートルほどだろう。土が濡れていたのが数十メートル。更に掘り進めれば山に蓄積されている水に当たるだろう。
「……んー、面倒になってきたな……」
出てくる土に水気が含まれてきていて泥になっては来ているがドバーッと湯水が出てこない。一度魔法を解除して穴を覗き見る。当然ながら見えず音もよくわからない。
俺は軽く跳ねて飛び込んだ。すぐに日の光が届かなくなり、暗闇の中をまっすぐに落ちていく。
「……『制御・照明。制御・反重力』」
掌に光球が現れて周りを照らす。硫黄の匂いがする中、何の飾りも色気もない岩が続く。どれ程落ちたかはわからないが徐々に落下速度が下がっていく。上を見上げれば鉛筆ほどの太さにしか見えない穴の入り口。
そして、
ドボン!!
水、いや湯の中に落ちた。
「ブエッボォッ!あっづいっわ!」
水面に出ると口に入った湯を吐き出してから叫ぶ。たぶん五十度ほどはある。急いで湯から体を浮かせて空中に浮く。慌てたせいで消えてしまった光球を再度出して確認すると湯気で周りは見えにくいが、壁からしたたり落ちる水滴の音が多数する。
そして目に見えて水面は上昇してきていて豊富な湯量なのがうかがえる。
「よーし、これなら大丈夫だな。『創造・鉄線、創造・羽』」
印のワイヤーを伸ばしながら飛翔魔法で飛んでいく。そして穴の出口が近付いてくるとスティルや代官が覗いているのがわかった。
「源泉はあったぞ。そのまま入るには熱いが街に届くまでには冷めてしまうほどだから再加熱か保温したままので輸送が必要だろう」
「な、なんでビショビショなんですか!?」
グレナルドが駆け寄ってきて俺を咎めるような顔を見せた。俺はヘラッと笑って、
「思ったより湯があってな。落ちた」
するとグレナルドは叱っているかのような顔と困ったような顔を混ぜて、
「とりあえずこちらのタオルで」
鞄から取り出した複数のタオルのうち一枚を俺に渡して残りを手元に俺の腕や足を拭いていく。俺は顔を拭いてからワイヤーを巻き取り、
「たぶん……四百メートルほど、ですね。この辺りの地面を削り取ります。源泉をモンスターや風雨から守るために小屋を建てて、それから配管してもらうような流れでいいかと思います」
頭を拭きながら代官らの顔を見ると喜びを見せていて、それを見ているスティルも微笑を浮かべていた。
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街に戻ると早速に報告会が始まり、さらに俺の書いたレシピで作られた料理が並んでいた。
他にも料理が並んでおり今から宴会でも始めるのかと思えるほどだ。
「こちらはシュウ殿のレシピ、こちらがスティル様のレシピの料理です」
なるほど、スティルも料理での人寄せを考えていたらしい。見た目にやや派手さがあり、旅館のご飯というよりもホテルコースディナーのような華やかさがある。
「シュウ殿の案にもございましたがスティル様も同じように料理での人寄せの案ががございました。地元で採れる者を使っての宮廷風料理をお出しする別荘を作ってはどうかと」
料理の中には王宮での晩餐会などで食べるような料理もあるが紛れて天麩羅のようなものとハンバーグみたいなものがあった。俺は手を伸ばして摘まみ取ると口にした。
なんというか衣はやや硬くサクサクというよりバリバリ、ハンバーグは肉のみなのか特大ミートボールのような感じだ。ただ基礎的な味付けはいい。おそらく父と兄から聞いて作ったのだろう。
「もう少し手を加えた方がいいでしょう。レシピを見せてください」
俺はレシピを見て少しメモ書きを足していく。
ただ聞きかじった程度でこの料理を作れるのならば、そして別荘地を作るリゾート計画。彼女は当たりだ。魔力だけでなく他の才もある。
このような才はレイラやミックにはないものと感じられて是が非でも手元に欲しくなった。
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そして夜になってから俺は源泉の枠場所に立っていた。魔力を練り上げて巨大なスプーンのような物で山の一部を切り取る。クレーター状に削り取った地面の岩と土は亜空間倉庫に収めて処理する。
さらに源泉の穴は井戸状に地面を変形させてあとで配管するときに楽なようにもしておく。
「さすが、陛下ですわ」
宿からずっと着けていたスティルがここで声を掛けてきた。
「私の案がよければ採案して、失敗に転んでも自分の案で補填できる。結果的にこの街の活性化の材料にはなると言うことが狙いだった、と貴女は考えていたのでは?」
俺が振り向く。月が雲に隠れて星明かりだけで照らされた彼女の表情は見えない。
「王は一人で王を名乗るのではなく皆に認められてこそ王。領を預かる貴族もまた領民に認められてこそ領主であり、民がいなくては領地の発展は成りません」
月が少しだけ照らす彼女の口元は自信ありげに笑っている。
「ほぉ、私の考えと似ている」
「貴族は何を以て貴族となり得るか、私は民の信頼を得てこそ貴族と思う故です」
たぶん、彼女を貴族として誇るものは民からの信頼なのだろう。言葉にもしたが俺の考えと似ている分、見える未来、見たい未来は似ているはず。
「どうだろうか?」
「何が、でしょうか?」
「私の臣としてきてもらえるかな?」
「そう、ですね……お断りさせていただきますわ、今は」
何か含みのある笑い。俺は何となく意図を読み取って口元を緩める。だから、今なら彼女の意表を突けるだろう。
「……ところで、だが。暴紅龍、ヤンヴァッカル領ではなく隣のクエンシエル領のはずだが?」
俺はしてやったりと笑う。なぜ隣の領地であるクエンシエル領まで出向いたのか、彼女は理由のない行動は取らない人だろう。
「……」
「黙秘、か。ならば、あの時にメイドに預けた物は何だろうな?聞いてみるか」
俺がすっとぼけた振りを見せると観念したらしく口を割った。
「……先週、父様が誕生日でしたので…、その、お気に入りの灰皿が割れたとかなんとか……」
ぶつぶつ聞こえる声は先程までの自信ありげな態度や昼間に見せていた威勢はない。恥ずかしそうで、思春期の少女のような、
「父様が昔アンリ先王の剣だった頃に初めて手柄を立てたのが……その、暴紅龍の討伐だったと。……それでですの」
父親の誕生日プレゼントに思い出のある暴紅龍の素材で出来た灰皿、か。
「良き娘よ。私の口からは何も知らない体でディグドラ男の話を聞くとしよう。アンリ先王の話も聞きたいところだ」
俺は年齢よりもちょっとだけ幼いところがあるスティルを益々気に入った。
王都への帰り際、スティルはあの街が温泉街として立ちゆきそうになってから王都に来ることを約束し、俺達は王都に帰ったのだった。
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