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探せばある物

 俺は手始めに街の統治をする代官の屋敷に行った。スティルからの書状と俺の持つ国政調査員の銀輪で書類は見放題だ。当然ながら王の身分は隠してある。王の意見だといえば俺の意見が通ってしまうから勝負以前の問題になる。

 速読術で書類に目を通していき過去の採掘量と現在の採掘量の比較をする。さらに街の人工や景気、気候や周囲にある自然環境と農耕牧畜に関するデータ、近隣都市へのアクセスなど。


 この辺りの気候は夏はとても暑く冬はそれなりに涼しい。降雨に関しては半年は雨季、半年は乾季とヤンヴァッカル領らしい雨の降り方をしている。山は登っても年中雪はなく大型の魔物の発生は数十年に一回、小型のモンスターはウロウロいるが人里には下りてこない。


 農耕牧畜は自給自足程度で他都市から輸入するものはあるが輸出できるものは数少ない。ドラキライト鉱以外には山から採れる大樹が建材として輸出できるが常時必要とされておらず他の都市でも採れるため、大した歳入にはなっていない。


「ふむ、さっぱりな田舎だな」

 俺は書類を棚にしまうと共にため息と言葉をこぼす。すると、

「ええ、田舎でございます」

 四十代と思わしきクマ耳の女性は鋭い目つきで俺を見ている。いつの間にか代官秘書の女性が書庫に来ていた。

「いや、申し訳ない」

「いえ、事実ですから。代官や周りの者で何とかしようと案を出し会議を重ねていますがなんとも……領主様も支援金を当ててくださっていますがいつまでもそれに頼るわけにもいきません」

 怒っているわけではないようだが何とも悩ましげに胸の下で腕を組む。腕の上に乗る胸がやけに主張している。

「自立心の高い者がいて、よい案があれば街は蘇る。どちらが欠けてもならない。いい案があろうとも街の皆が動かなければ何も起きない。スティル嬢がよい案を見いだしてくださるでしょう」


 スティルは何らかの意図があってこの街を復興させようとしている。そして屋敷でした問答は俺がこの街の復興案を出せるかどうか試したのだと思う。

 彼女は俺が思っている以上に思慮深く二重三重に考えを持っているようだ。

「……私の見たい資料は見せていただきましたので。ありがとうございます」

 俺は思案を巡らせながら代官屋敷を後にし、スティルのとってくれた宿に向かった。


-----


 人口に関しては中高年が多く、平均はおそらく三十代後半。最盛期は二万人ほどが生活していた街だったそうだが今は二千五百程度。

 ドラキライト鉱の採掘量は二十年前からだんだん減ってきていて今はなんとか街を維持するだけの収入しかない。


 領都からの助成金もあるがそれの多くが税率の低さをカバーするために公共事業と代官や各行政機関の職員の給与に充てられている。三ツ者の報告でも脱税や横領の様子はない。むしろ他の都市よりも少ない給与で我慢し街に資金を回そうとしている形跡が書類のあちこちに見て取れた。


「ふむ……どーしたものか」

 俺は街の地図と街周辺の地図を見る。一番近い中都市に行くにも乗合馬車で一日半、普通の軍馬で走っても半日はかかる。ラセアンなどのような特殊軍馬であれば数時間でいけるがそんなものはない。

 代官屋敷から帰るときに見た街の商店街も閉店や借り主募集の看板が目立ち、日本でいえばシャッター商店街というヤツだ。

「こいつは骨が折れるな」

 椅子に座り机を指先でコツコツ叩く。どうしたものか、何がここの復興材料になり得るか。俺が思案を巡らしていると少し悩んでから声を掛けてくる者がいた。


「陛下、ご報告申し上げてもよろしいでしょうか?」

「ん、え?ああ」

 考えすぎて返事が間抜けになり少し恥ずかしい思いをする。

「ジグレイシア、シャルナック、ダルハッドは領都に待機させております。さすがに四人引き連れて彷徨くと目立つと判断しました」

「あ、うん。それでいいよ」

 グレナルドが小さくホッと息をつく。おそらく先に判断したことで咎められる恐れがあると思っていたのだろうけど俺からすれば護衛がたくさんいる方が落ち着かない。

「……明日は外を回るか……」

 俺は窓から夜の空を見ながら呟く。星々が輝き明日もおそらく晴れるだろう。


「グレナルド、そろそろ寝るから部屋に戻っていいよ」

「はっ……あの、陛下」

 グレナルドに退室を促すが彼女は困ったような、照れたような表情を浮かべて、

「ディグドラ男令嬢より護衛は陛下と同じ部屋ですから、とのことで……」

 俺は危うく椅子から転げ落ちそうになり立ちあがると足早に部屋を出る。開け放たれたままの扉から慌ててグレナルドが走って付いてくるのが足音でわかる。


 廊下の先にある階段も下りてホールにある受け付けの人を捕まえる。

「すまない、四階の者だが今取っている部屋の隣にもう一部屋お願いしたい」

 やや口早になってしまった俺に驚いて鰐人属のおっさんが慌てて、

「な、何か不備がございましたか?」

 領主の娘が連れてきた客に何かあったとなれば代官だけでなくスティルやディグドラ男にどうされるか不安があるのだろうか?

「いや、スティル様が我々を夫婦と間違えて同じ部屋にしてしまったらしい。金は払うので至急お願いしたい」


 俺の話に胸をなで下ろすかのように安心した顔を浮かべて、

「かしこまりました。すぐにご用意させていただきますが……お部屋代として銅貨六枚をお願い致します」

 それで済むなら安いと俺は銅貨を出してから翻す。

「では、ご準備ができ次第、シュウ様のお部屋にお声かけさせていただきます」

 とりあえずレイラに怒られずに済む。俺は下りたときとは逆にゆっくりと歩いて心も落ち着き安心していた。


『異性の護衛は貴族などからすれば護衛兼妾と言った眼もございますのでくれぐれも外で()()()()()が疑われることがなきようにご注意ください』

 王であってもレイラには敵わない。俺に対して苦言忠言をくれるのはとても頼りになり嬉しいのだが、夫となってからは嫉妬心が凄く感じる。

 側室や妾をいくらでも、と言われててもやったーハーレム作っちゃうぞ♪なんて積極的になれないのは俺の気質よりもレイラの嫉妬心が怖いからかもしれない。

 こうして俺は安心して明日を迎えたのだった。


-----


 朝から街を出ると周囲の環境を調べていく。書類でも見たことだが山しかない。獣道を分け入って歩いていると木の実やキノコが目に付く。

「グレナルド、あれは食べられる物か?」

「はっ。あの傘の赤いキノコはウクシラタケと言ってなかなかに美味しいキノコです。軍の野営訓練ではご馳走でした」

「ふむ。けっこう数もあるし少し採って帰るか」

 頬を緩めているグレナルドを微笑ましく思いながら大きい物をいくつか採り小さい物は残しておく。さらに抜いた場所には石突きに残る菌糸を落として土をかぶせた。こうすればまた成長し採取できるとテレビで言ってた気がする。

 さらに山の中を歩き可食の山菜や木の実などを採取していく。


「目立ったものはないか……比較的どこでも採れる食材が多いな……。食では人を呼びにくいか」

 渓流の岩の上で採ってきた物を並べてみるが普通に食事は出来るが地元産なんたらかんたら的な物がなさそうだ。グレナルドに聞いても半数は国のどこでも、残り半数も北部なら珍しくないものばかりだそうだ。

「では……次は川を調査するか。グレナルド、釣りを手伝ってくれ」


 俺は街で買っておいた釣り竿を二本出して片方をグレナルドに渡す。そして岩を下りると川岸の岩をひっくり返す。ゴカイのような多足虫を釣り針で串刺しにして釣りを始めようとしたがグレナルドに動きがない。

「グレナルド、どうした?」

「あ、あ、あの、む、虫苦手、で……」

 虫がダメって可愛い系女の子らしい反応なのだが、一国で将軍にまで上り詰めた者が一センチにも満たない虫がダメって……。しかも貴女、昆虫系のモンスター山ほど退治してきたよね?


 数時間後、釣れた魚は桶に入れて生かしてあるが山にあるどこの川でも捕れる魚。本当に何もない……。この街を活性化させるには何か継続的に金になる物がなければならない。

 手元にある食材で作った食事を口にしながら考えるがこれを目玉に人を呼べるとは思えない。


 食休みをしてまた山に入っていく。

 山頂に向かって獣道を行くが徐々に植物が減っていく。そして出た場所はポッカリと空いた岩の広場。大きくすり鉢状になっていて植物が生えておらず地面のほとんどはごつごつとした岩が並ぶ。

「なんだ?戦闘痕……にしてはおかしないな」

「……おそらくではありますが気泉かと」

 俺の聞いたことのない言葉が出てきた。それが表情に出たのかグレナルドが説明をしてくれる。


「気泉とは地面から何らかの空気が発せられている場所です。ただの空気ならよいのですが毒気泉や臭気泉など人体に害をなす物もあります。ここは……植物が枯れているので毒気泉の一種かと思います」

 俺は頷き手近な木の枝を一本折って手に取ってから、自身とグレナルドを覆う障壁を作ると歩き出す。足場が悪く歩きにくい。安全靴や登山靴があれば楽だっただろう。


 すり鉢状ではあるが山頂に近い側に泉口があると思い歩いて行く。障壁の外に出した先ほどの木の枝は青々とした葉が揺れている。今のところ目に見えない即毒性はなさそうだ。


 もう少しで目星を付けた辺りに辿り着こうとしたときに空気の吹き出す音がした。シューフシューといった隙間から強い風が吹く音。それに警戒して俺とグレナルドは左右を見渡す。が、色の付いた空気は見えないし枝の葉は活き活きしている。

「毒性は弱い、のでしょうか?」


 グレナルドが少し不安そうに言っているときに俺は足下を見ていた。岩に紛れてある黄色い結晶。どこかで見たことがあるような、そうでもないような……。俺は手を伸ばして地面から剥がそうとする。

 思いのほか脆く岩との接面が割れながら採れた。爪で軽く引っ掻くと表面に傷が入る。たぶん金属ではない。


「グレナルド、自身に障壁を張ってくれ。もし俺が倒れたらすぐに助けてくれ。……俺の予想が合っていれば大丈夫だから」

 グレナルドが障壁を展開するのを見てから俺の障壁を解除する。そして予想通り、

「……臭っ!」

 思わず声が出た。グレナルドに笑いかけて、

「少し臭うけど高濃度でなければ害はない。大丈夫だよ」


 俺の言葉に警戒を薄めてから障壁を解除したグレナルドの顔がゆがむ。

「腐臭泉……ですか」

「この山は火山、だったな……ってことは穴を掘ってあーして…パイプは錆びるから……」

 頭の中で必要な物を組み立て始める。うまくいきそうな気がしてきた。

「街に一番近いこれと似た場所を探すよ」

 グレナルドには俺が何を考えているか伝えていないのでやや不思議そうな顔をして歩き出した俺の後ろを付いてきた。


-----


 飛んでいけば簡単だが山の調査もまだ足りないので徒歩で移動していく。

「陛下、何かいい案が浮かんだようですね。先ほどより笑みがこぼれております」

 後ろを付いてくるグレナルドの声は明るく、かれこれ半日以上山を歩いているというのに動きも表情も疲労を感じさせない。

「ああ。いくつか材料は見つけた。それを整えれば一つはある。ただ街全部を活かすには足りない。もう一つ二つあればよいのだが……。しかし、グレナルド。疲れないのか?」


 俺が振り返り確認するとすました顔のグレナルドは笑った。

「北部は山間部でも雪はなくここは険しい山岳でもありません。軍学校での砂原行軍や南部の山で夜間雪中戦闘訓練、東海の離島で生存訓練に比べれば今日は軽い山登りです」

 俺の思っている以上に軍学校での訓練は激しいようだ。そして今の言葉で気付いたのはこの国は南部が寒くて北部が暖かいことだった。


 低木が増えてきてそろそろ臭気泉のある岩場なのかと思っていたが人の背ほどある草が生い茂る場所に出てきた。獣道が途絶えてここから先は草を刈りながら行くしかなさそうだ。さらに小型のモンスターへの警戒を高めた方が良さそうだ。

「陛下、私が前に出て草を刈りますので……」


 グレナルドが俺の前に立ち草を刈り道を作る。たまに虫や虫型のモンスターが逃げていく羽音がする。

「私も剣を持ってくればよかったか」

「草刈りなど陛下のお手を煩わすことではありません。陛下の道を作ることが臣の役目、今は本当に道を作っておりますが陛下の望む世のために陛下が示す道を我々が作ります」


 グレナルドは機嫌良さそうにバッサバッサと草を刈っていく。けっこう太めの茎を持った大きな植物なのだがグレナルドの剣は切れ味がいいらしく、力を込めてもない一振りで狩られていく。

 その草の茎を俺は何となく手に取る。どこの世界も似たような真価を辿ってきたのか、動植物の多くは多少形状や大きさの差はあれ似たものが多い。

「茎というか幹というか、……何か匂いがするな……」

 俺は手に取った茎の断面に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。青臭い草の匂いに混じって、何か知っている匂いがする。

「……あ、これ」

「陛下、どうされましたか?」

 俺の足が止まっているのに気付いたグレナルドは俺が茎を持って匂いを嗅いでいるのを不思議そうに見ていた。

「グレナルド、この草の茎を少し持って帰る」

 俺はグレナルドが苅った草の茎を広井ながらついていき、片っ端から亜空間倉庫に放り込んでいった。


 生い茂った草原を超えるとまた低木が続く森に戻る。そしてそれを超えたとき、やっと岩場に辿り着いた。街にはかなり近くおそらく一キロ前後だろう。

 俺は岩場と森の境目辺りに行くと地面を調べる。

「『制御コントロール鉄線ワイヤー』」

 俺は魔力で作ったワイヤーを地面に突き刺す。真下に数百メートル伸ばしてから地面から抜く。

「陛下、何を調べているのですか?」

「あとはこのワイヤーが濡れていれば材料は揃う。……予算立てが大変だがやるしかないか」

 俺はワイヤーを見ながら笑う。この辺りは地面を三百メートルほど掘れば水は出る。

 手札は揃った。後は組み立てて作るだけだ。

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