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揺れる心

※グレナルド視点になります

 陛下が王都に戻られてから数日、地方視察も陛下のご公務ではあるが主たるは王都王城内にての執務になるだろう。フリアナから帰ってからは右様、左様に左右から物理的に書類の山を出されて決済や采配に追われておられる。


 私はと言えば護衛の仕事の他に隊員の給与計算や勤務調整などの書類仕事もある。これは将軍位や下士官の頃にやっていたことが功を奏して手早くは片付いていく。

 今日からナターシャが実地訓練という名目で三日に一度登城し護衛任務に当たることになっている。陛下から直臣用に与えられた部屋で事務仕事をしながら待っているとノックの音がする。

 扉をゆっくりと開けて頭だけ覗かせる。銀色の髪がさらりと垂れ下がって、そして中に私がいるのがわかると安心した表情を浮かべて入ってきた。

 今日は実戦闘用のフルアーマーではなく、要所を守る部分を残した動きやすさを重視した物だ。相変わらず背中には複数の槍を背負っていることは変わらない。


「お姉ちゃん……じゃなかった、グレナルド体長、ナターシャ・ハイランゼス、参りました」

 小さいときから変わらない従妹はニコニコとしながら私に挨拶をして私の向かいの椅子に座る。

「うん、ご苦労さま。この部屋が陛下直臣の部屋よ。あっちの扉は男性の荷物置き場、そっちが女性用。中にロッカーがある自分の名前を探してそこに私物は置いてきなさい」

「はーい」

 部屋の入り口の他に三方向にある扉のうち二つを示すと、ナターシャはやや間延びした返事をする。私はナターシャの変わらない明るさに微笑ましくなる。

 扉を開けてガタゴト音を立ててから戻ってきたナターシャを連れて部屋を出る。

「陛下に御挨拶にいって、その後は少し一人で護衛をしてて」

「は、はい!……ええっ!?」

 城の廊下だというのに大きな声を上げて驚くナターシャに周りの視線が集まる。私は大きなため息をこぼしながら陛下の執務室に向かうのだった。


 一つ階をあがって陛下の執務室をノックして許可を得てから入る。

 中には陛下の他に右上様とジグ、それに陛下のお気に入り女中のイゾルデさんがいた。

「護衛の交代の時間かい?」

 陛下は気さくに私達に話しかけられる。私がナターシャを連れて陛下の机の前に行く。のんびりとした口調とは違って手元と目は素早く動いていて書類に目を通しては処理していく。

「はっ。本日よりナターシャ・ハイランゼスが実地訓練により陛下の護衛に就かせていただきます」

「ん?あぁ、そういえば三日に一度来るって言ってたね」

 陛下は手元を止めて顔を上げるとこちらを見られる。私はナターシャに肘で突いて合図を出すとやや緊張し面持ちで、

「な、ナターシャ・ハイランゼスです。本日より陛下直臣衛士隊に訓練生として入りました。よろしくお願い致します」

 緊張しまくりで顔を赤くするナターシャに陛下はいつも通り柔らかい笑顔で、

「兜の下は可愛らしいお嬢さんだったのか。グレナルドの従妹、だったね。学校でも見せてもらったが身体能力や戦闘能力には期待している。大きな問題を起こさなければ来月からは衛士隊に正式に入隊してもらうからそのつもりで頼むよ?」

 最後に小さく首をかしげた陛下は常に優しい眼差しをしている。なのに、戦いになると圧倒的なまでの戦闘力を見せて、トライメタルプレート相手でも傷一つなくねじ伏せる。

 何より、帝国兵相手であろうが命を取ろうとしない慈愛もお持ちで欠点らしい欠点がない。

 強さに惹かれる妖鎧族としては武人として憧れる御方で……心の中ではこの御方のためなら何でもしたくなるほどに、惹かれる。


「……レナルド、どうかしたのか?」

 陛下が私に呼び掛けているのに妄想に浸ってしまっていた。

「は、申し訳ありません。少し考え事をしておりました」

 周りに人がいるというのに恥ずかしい。思考に没頭して陛下を見ていないなんて護衛失格だ。

「いいよ、考え事で頭がいっぱいなることはよくある。いつも働き詰めだしたまには休みを取ってくれよ?」

 陛下にご心配をかけてしまった。不甲斐ない。私は兜の下で笑顔を作り声を明るくして、

「はっ。シャルナックやジグレイシア達が隊員になったことで陛下の周りに慌ただしさを持ち込んでしまっており申し訳ありません。休みはしっかり取れていますので大丈夫です」

 と言っても陛下の目は鋭い。表情だけ見れば困ったように笑っているのに、目は鋭くこちらの心を見取ろうとするような、深い眼差しをしている。


 陛下が目を瞑り、小さく息を吐いて目を開けるとその眼差しに優しさが灯る。

「さて、もう一頑張りするか」

 陛下は書類に向き直り、筆を走らせ印を捺していく。私は少し安心して下がり、

「じゃ、ハイランゼス。後は頼むわ」

「ひゃ、ひゃい!」

 ひっくり返った声で返事をしたナターシャに陛下は吹き出して笑っていた。


-----


 私はジグレイシアを連れて直臣室に入ると奥の扉、先ほどナターシャには説明しなかった部屋に入る。

 中にはすでにそれなりの人数が揃っていた。ここにいる者は陛下が直接選んだ直臣であるが、政務や軍務に直接関わる者たちではない。

 アンリ先王ではなくシュウイチ陛下が集めた、言わば陛下の表裏の傍仕えの言えるメンバーなのだろう。


 大きな円卓にある椅子には二カ所を除いて順位はなく自由に座っていいとは言われている。

 私は適当に二つ並んで空いているところに腰をかけると近くに座る青年が声をかけてきた。

「グレナルド衛士長殿、ですね?」

 知らない男だが銀髪に黒のハーフコート、白の開襟シャツに黒いスラックス。清潔感があり好青年、と言った風貌だが気配には猛者の雰囲気がある。

「……どこかでお目にかかりましたか?」

 こちらが忘れているだけかと思い出そうとしたものの分からずに聞くしかなくなる。すると男は笑顔を見せて、

「初めまして、王直属諜報機関『三ツ者』の王都支部長のフェグリー・ギルドットと申します。以後、よろしく」

 丁寧に挨拶をしてもらえるのはかまわないが、陛下がたまに口にする『三ツ者』とは彼のことなのか?それともこの部屋にいる私の知らない者が三ツ者だというのだろうか?

「衛士長、ロザリア・グレナルドです。よろしくお願いします」


 挨拶を返しながら思考していると入り口の扉が開いて少女たちが団子状にもつれ合いながら入ってくる。

「ちょっと、ノア!下りて、乗ってる!」

「待って、ミア。スカート踏んでる」

 二人ともそこら辺の街娘のような格好をした狼耳の少女、確かフリアナ領のコーヒーカフェにいた。コーヒーを持ってきたのも彼女だし、諜報員だったのかと二人を見直して驚く。同じ顔をしていた。

 二人は立ちあがると服をはたいて埃を払い周りを見る。周りは先ほどの行動に呆れるか笑うかしていて二人はむくれたような顔をする。まるで大人になったばかりか、大人になる前の少女のような反応を見せる。そして私に目が合うとミアと呼ばれた少女が近付いてきて、

「あ、この前の衛士長さん。こんにちは」

「……フリアナ領でお会いしました、よね?」

「そです、そです」

 私が覚えていたことを喜んでいるのか、小さく飛び跳ねながら私の手を取ると勝手に握手をしながら、

「ミア・タルナックです。あっちは双子の姉のノア・タルナック、この中では歳が近いから仲良くしてね?」

 私が呆気にとられるほどに矢継ぎ早に喋り、握手したままの手をブンブン上下に振る。

「ミア、迷惑。困らせないの」


 ミアさんの横に来たノアさんがつながっていた手を解くと私を上から下まで見る。何か値踏みされているかのような視線で射られる。

 二人並ぶとそっくりで銀色の髪に白の狼耳、幼さのある大きな赤い瞳、四肢は細いがしっかりとしなやかな筋肉が付いているがわかる。そして歩き方は軍で習った斥候のように足音がなく、普段からそういう仕事をしているのがわかった。

「そろそろ始まるからどこか座らないと」

「そだね。じゃ、グレナルドさん、またあとでね」

 二人は同時に左右を見て並んで空いている椅子に向かっていった。

 二人の区別を付けるならサイドテールが左で良く喋る方がミアさん、サイドテールが右でちょっとクールなのがノアさん、というくらいだった。


-----


 円卓のうち二つだけが空いた状態で全員が揃ったら しい。私とジグを含めて室内には十三人。

 そして静かになっている部屋にドアの開く音がして入ってきたのは右様、左様の二人。当然、空いている椅子に二人は座ると右上様が小さく咳をしてから、

「んっ。まず始めにそれぞれの職務が忙しい中集まってくれて感謝します。右のミックと……」

「左のレイラです。初めて顔を合わすもの同士もいるでしょうからひとまず説明させてもらいますと、ここにいるのは陛下直々に集められた諜報機関『三ツ者』の中央と国土八方位、西方砦帯の合わせて十の支部長。それと陛下傍仕えの衛士です」

 私は左様の言葉に先ほどの二人に目をやる。明らかに私より年下だというのに支部長を任せられる程の人材らしい。先の騒ぎ方にはそれを感じられなかったが、確かに歩き方や重心の運び、体幹の鍛え方などは優れた気配を感じさせた。


「さて、この場は招集時に伝えたとおり、各方面からの報告だが今後毎月一回定例とし書面報告の内容確認や質疑応答、その他微細な報告などもしてもらう。が、まず始めにこれは伝えておく」

 右様が言葉を一度句切ると目を閉じ息を吐く。そして開かれた眼には鋭く突き刺さるほどの眼力を感じる。

「衛士隊には日頃から陛下の盾となり陛下の身を守ることを頼まれている。そして三ツ者には陛下の目となり耳となり国で起きていることをまとめて報告してもらうことになっているはずだ」

 私は息を飲む。今言われたことは陛下からも命ぜられていることで、おそらく三ツ者達もそうなのだろう。しかしなぜそれを言うのだろうか?そう思っていると、

「だが、それだけではないことを意識してもらいたい。陛下はこの世界の方ではなく、アンリ先王と同じく異世界から来られた方でまだお若い。それゆえ陛下はこの世界の事や政治的手腕についてはまだ未熟だと御自覚もあるもあるほどだ。それに対して魔力と戦闘力については比類なく強く、この世界に来られた時点でブラックプレート、そこに異世界の武術と先王より継いだ魔力強化の秘術がある」

 私は陛下がブラックプレートである事は知っていたが秘術のことは知らない。他の者はブラックプレートと言うことすら始めて聞いたのか目を丸くしている。

 今度は左様が口を開いて、

「……あの方は真に国のことを思い、民を思い、和を尊ぶ方です。だからここにいる者達は陛下の意志を誰よりも理解し、安国のために陛下に尽くしてもらいます。皆は陛下と一対一で話す機会もあるでしょうが……そこで甘言、流言を用い個の利を得ようとする者は右と私が処罰する。よろしいですね?」

 鋭く突き刺さる視線、お二人は陛下を左右から支える重臣であり、さらに左様は陛下の正室でもある。何よりも陛下のことを思う二人なのだろう。

「……陛下は生まれや経歴を問わずに集められたため事情がある者もいよう。だが、それでも陛下は皆を信じて選んだのだ。その信にたがわぬ事を願う。では、各方面からの報告と衛士隊から陛下の外出時の近況報告を頼む」

 右様の言葉につばを飲み込んでから諜報部の報告が始まり、最後に私から衛士隊から見た陛下のご様子などを報告することになった。


 すべての報告が終わり右様が書類をまとめていく。それで解散かと思われたが、

「以上ではありますが、女性陣は全員残っていただけますか?」

 和やかな笑顔だというのに冷気を感じさせる笑みを浮かべた左様を見て私はジグレイシアを引き上げさせて、浮かそうとした腰を下ろすのだった。

 そして男性陣がいなくなった部屋で左様から()()()()を受けた。


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 家に帰るとエレシアが夕食を作ってくれていてフィオンはすでに寝てしまっていた。最近は帰る時間も不定期だというのにエレシアは必ず起きて待っていてくれている。

 一度部屋に戻り荷物を置いてから鎧を脱ぐ。中の湿気が抜けるように窓を少し開けると鎧を窓際におく。

 リビングに戻るとエレシアは夕食を温め直してくれていた。そしてテーブルには夕食が並ぶ。まだ子供だというのに負担をかけてしまっている。それを口にすると、

「ん-、私としてはお姉ちゃんが帰ってきてくれる方が嬉しいよ?」

 可愛いことを言う。私は野菜のスープをスプーンで口に運び、

「それでも心配なのよね。お母さんはどうだった?」

「ん、最近食べる量が少しずつ戻ってきたかな?お姉ちゃんが帰ってきてくれたから、かもね」

 あどけなく笑う。私に似ず可愛らしい妹に私も笑いかける。

「で、お姉ちゃん」

 その妹の目が少し据わり、

「いい加減、あの鎧姿でうろつくのやめない?」

 妹は私にいつも小言のようにいうことを今日も言い始める。私としては人の目線が苦手で昔男の子になにかとからかわれたのが嫌で武術学校に入る時に父があの鎧をくれた。

「だって、からかわれるの嫌だし、恥ずかしいし……」

「お姉ちゃんはもう大人なんだし、周りも大人なんだから、そんな子供じみたことしないって!」

 エリシアの言うことは確かにそうだろうけど、踏ん切りが、きっかけがない。そんな私を諦めた目で見るエリシアは小さくため息をこぼす。

「はぁ……そんなのしてたらいつまでたっても彼氏のひとりもできませんよー」

「う、うるさい」

 私の恋愛経験のなさは自覚もしていることで妹に突かれても苦い顔で唇を尖らせることしか出来なかった。

 でも、今心にある、コレは……恋心と言っていいのだろうか?


-----


 お風呂に入ってから髪を乾かし、自室のベッドに転がる。布団からポフンと柔らかい音とベッドから木の軋む音がする。

 バサッと銀色の髪が扇のように広がる。鎧の中の湿度で傷んでないか、毛先を摘まみ上げてみていく。小さい頃に物語に出てくるお姫様に憧れて髪を伸ばしていた。腰まである銀髪は私の自慢で、両親も良く褒めてくれていた。今でも母は病床の身でありながら私と話すときは髪を褒めながら梳いてくれる。


 毛先を摘まむ手が止まり、左様に言われた言葉が頭によみがえる。

『女性陣に残ってもらったのは他でもありません。陛下について、です』

 そう言って始まったのは陛下の世界での一夫一妻制や陛下の女性観など左様から見ての陛下の女性への対応や考え方だった。

 陛下は悩みながらも一夫多妻制や妾ついて納得してジルノイヤー聖爵令嬢を側室に入れることにしたらしい。

『さて、私が言いたいことは左としても妻としても、もし陛下にご寵愛いただきたいのであれば、陛下にお願いする前に私のところに来るように。無断で何かすれば、わかりますよね?』

 左様が放った殺気は本物で何をされるのかわかったものではない。


 私は自然とため息をこぼしていて、それに気付いてもう一度ため息が出てしまった。そうしてから陛下のことを考える。

 普段は和やかで優しく、戦いになると強いが必要のない殺生はしない慈愛のある方。そして努力家であるのにそれを隠そうとして、バレたときにははにかみ子供のような笑顔を見せる。

 優しくて、強くて、真面目で、すごく魅力的な方。


 いつからだろう?陛下を想い浮かべてこんな行為に耽るのは。

 武に長じ、為政に慈愛を持ち、温厚で平和的な御方。富貴を望まず、下々にも直に接して街人からも話を聞き、民の安寧を図る。

 今触れている手が陛下のものであれば、あの優しい眼差しが私に向けられるものであれば、囁かれる声が耳元にあるならば、どれだけの多幸であろうか?

-----


 手を良く洗ってから濡れたタオルで体を拭き、そしてため息をつく。

 学生の頃には友人らが彼氏ができただの別れただの学内では誰がいいだのくだらないことを言っている、と思っていた。ひたすら武に打ち込み、魔力を高め、修練に励むことこそあるべき姿と思っていた。


 今の自分は何なのだろう。陛下の傍仕えでありながら陛下のことを一人の男性と慕い、あまつさえ陛下のことを想像して自慰に耽る。

 相手は正妻様がおられて貴族の娘を側室に娶られる陛下、私は……所詮ただの鍛冶屋の娘で元将軍の成り上がり、才を惜しまれて衛士隊になったとは言え……陛下に身の丈はつり合わない……。

 それでも私は……。


 私の心は揺れ動く。ゆらゆら、ゆらゆら……答えは自分の中にあるというのに、その答えに手を伸ばす勇気がないから。

誤字脱字がありましたらご指摘の程お願いいたします

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