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衛士の実力

 次の朝にはフリアナ領を出発したのだが馬には乗っているだけで特に指示はいらない。前のグレナルドが先導するので馬たちはそれに付いていく。たまに走りながら振り返り俺の顔を見るラセアンが可愛く見えてくる。

 そして俺は暇に任せてヒルデから索敵魔法の基盤となる感知魔法について聞いていた。が教わりながらヒルデの格好と騎乗の仕方に疑問は浮かぶ。

 なぜ横座りで乗っているなのか。鎧と言うにはかなり軽装で胸と腹と関節くらいしか守りがない。それに腰から下のミニスカートは布に見えて金属っぽい。さらにスカートと黒のロングタイツが作る絶対領域とか言うのは萌えポイントと言うのか?

 まるで制服の上に軽装鎧、そして背中にあるのは華奢なヒルデに見合わない柄が三節の大鎌。柄も刃も黒をベースに銀の線が入っている。その線が柄に描くのは蝶々と花。無駄な飾りのない造りだが逆に言えば機能性を重要視した戦うための物として完成している。


「……ふむ、魔力は障壁内に確かに感じることが出来るし、障壁に当たった感じもわかる。目ではなく自分の放った魔力波の中に当たった物の魔力を捉える感じか。剣域に入った者を選別する感じに似たものかな?」

 俺は試しにと周囲に魔力を放ち、感じ取れるように集中する。

 草原にいる動物と思われる物どころかほんの小さな虫のような物まで捉えてしまい、あげく目に見える森の中からそれなりの魔力をかなりの数を感知し、小山にさえぎられた見えない場所にもそれなりの数を感知する。

「ああ、なんか虫とかまで感知しちゃったのか、数が多すぎる。それと森の中にやたら感じるがこれはいいのか?」

「さすが陛下でございます。おそらくですがこの森の中はウルフ系統の魔物かそれなりに潜んでいるのでしょう。魔物狩りの者たちが処理することになるでしょう」

 ヒルデは俺が一発で感知魔法を喜ぶが俺はそれどころじゃない。イメージで言うとゲームのレーダーいっぱいに点があり何が何だがわからない。

「おそらく陛下は小さな虫まで感知したとおっしゃったので次はもっと弱い魔力波を放つようにしてください。強めに放つと小さすぎる魔力まで感知するほか、感知した相手側にも魔力に感づかれてしまいますわ」

 

 ヒルデの言うように弱めに放つと反応の数が減る。おそらく小さい魔力は感知しても反応を返すほどの力がないからだろう。

「陛下は飲み込みが早くお上手です」

 パンと手を合わせてまるで自分のことのように喜ぶ、形だけの仕草だけを見せる。その目の奥はまるで俺を値踏みするかのような黒さが見え隠れしている。

「ふむ……この感知魔法と索敵魔法はどう違うのだ?」

「はい。感知魔法はあくまでも何か魔力を放つ物を捉えるだけですわ。索敵魔法では反応した魔力一つ一つの波形や波長から相手がどのような状態であるか知ることが出来ますの。油断、警戒、敵意、慢心、害意、そう言った物を捉えるのはひたすら訓練でございますわ。敵意ある魔力波はどんな物か、魔物と戦いながら相手の魔力波形を知ることで……陛下、失礼致します」

 そこまで言ったヒルデの様子が一転する。馬のスピードを上げてグレナルドの横に付けるとなにやら言葉を交わし、グレナルドは馬の速度を下げた。そして、

「陛下、あちらの丘向こうにダルハッドが魔物の群れを感知致しました。どういたしましょうか?安全に迂回することも出来ますが?」

「うーん、近くの村を襲う可能性があるなら討伐してもいいか?ついでに三人の力も私に披露してもらいたいところだ」

 俺が笑うとグレナルドは小さく息をついて、

「陛下であればそうおっしゃるだろうと思いました。私達の力、存分にご覧ください」

 馬は道を外れて馬の足半分ほどの草のある丘陵を越えていく。するとすぐに魔物の群れが見えた。魔物の群れが追っているのは数台の馬車。

 ズングリとした体つき、ほぼ無毛の赤黒い肌、人型はしているが明らかに人ではない。

暴食巨醜精(ヴァリアントロル)です!数は三十七、個体でレッド級、凶暴な性格で雑食性のため家畜や農作物を荒らす繁殖力もそこそこ高いモンスターです!頭が悪く単体なら雑魚ですが数と巨体からの一撃、しつこいほどの生命力は侮れません!」

 ジグレイシアは遠目だというのに魔物の数や種類、注意点まで短く的確に伝える。

「そんなことわかってますわ!」

「ヒルデ~、今のは陛下への説明だよ~」

「あーもう!私とダルハッドが前、ルイーゼは陛下のそばで障壁展開、ジグは馬車の安全確保!いい!?」

 暴食巨醜精の群れに近付いていき向こうもこちらに気付く。その時にはジグレイシア以外下馬してグレナルドの指示した配置となった。

「久しぶりに組むことになったわね……大丈夫?」

「貴女が心配すべきは私の足を引っ張らないことですわ!」

 グレナルドが剣を抜いて構え、ヒルデが大鎌を振り抜けるように肩に背負う。シャルナックは俺の横に立ち詠唱して障壁展開の準備をしている。


「ドゥガァァァ!!」

 四メートルはあろう暴食巨醜精が拳を振り下ろしてグレナルドとヒルデを叩きつぶそうとした。しかし振り下ろされた腕は地面に当たること無く、……消えた。

 腕の感触に違和感を覚えた暴食巨醜精が左右と腕を見る。すでに目の前からグレナルドとヒルデの姿はなく、木の幹ほどの太さがある腕は肘当たりから先は今音を立てて地面に転がった。

「グゥヴァァァァァ!!」

 悲鳴を上げて、そして縦に割れて崩れる。


「えげつなく速いな」

 暴食巨醜精が腕を振り上げた時点でグレナルドが一太刀の元に腕を切り飛ばしてそれから跳躍し頭上半分を斬り飛ばした。さらにそれを見たヒルデは鎌を下から切り上げるように振り回し股下から縦半分に切断。グレナルドの後を追うように跳躍して暴食巨醜精の群れの中に飛び込んでいった。


 そしてジグレイシアのほうは馬車の後方に回ると近付いてくる暴食巨醜精を効率よく四肢と頭を刎ねていく。

 遠目だからわかりやすいのはおそらくほとんど立ち位置が変わっていない。その場から動かずに斬り刎ねていくのが見て取れる。


 俺はというとシャルナックの張ったドーム状の障壁の中でぼんやりと立っている。残念ながらシャルナックの障壁は意味をなしていない。なぜなら暴食巨醜精が一体たりともこちらに来ていない。

 すべての暴食巨醜精がグレナルドとヒルデの手によってもの言わぬ肉塊へと変えられているからである。

 そして少し離れた場所でも肉の山は出来上がっていた。

 下馬してから時間にして二分足らず。すべての暴食巨醜精は討伐された。


-----


「ねぇ、私何もしてないんだけど?」

「グレナルドさん、貴女何体倒しましたの?私は十三体ですわ」

「解体したいところだが時間もないし集めて燃やすか」

 好き勝手に動こうとする三人にグレナルドが怒りのこもった声で呼び集める。

「あなたたち、主様の元に集まりなさい」

 俺はというと暴食巨醜精の死体の山の間を通り馬車の方に歩いて行く。追われていた馬車はジグレイシアによって保護されて戦っていた場所から少し離れた場所からこちらに戻ってきていた。

「えーと、馬車の人、大丈夫ですか?」

 俺が問いかけると三台の馬車のうち、幌の付いた荷台から下りてきたのは二十代前半と思われる女性だった。身なりはそこそこよく整えられた衣服を着ているが目に付いたのはあまり生気が強くない目と青い石の付いた首輪だった。

 それが示すことは彼女の身分が従奴隷であることだった。


「どこの方とはわかりませんが助けていただきありがとうございます。私はキリア・シュトルムと申します」

「国政調査員、シュー・ナゥリバと申します」

 俺は前にも使った国政調査員身分証の銀輪を見せる。

「見たところ、どこかの貴族の方か富貴の方とお見受けしますが?」

 馬車の三台のうち、二台は一般的な幌付きの荷物や人をまとめて運べる交通流通の馬車なのだが、一台だけ深青に塗られた少し高価な物だった。

「少々お待ちください」

 キリアがその馬車の方に近付いていき扉を少しだけ開けて中の誰かと言葉を壊している。

 俺がその様子を見ているとヒルデが俺の隣に来て小さく耳打ちする。

「陛下、あの馬車は奴隷商のマハトラム商人会のものです。近くにある陛下直轄都市フィアドルを拠点にしていますがよい噂がありません」

 どこからの情報かは知らないが商人同士のネットワークなのだろう。ヒルデは俺に警鐘を促す。

「グレナルド、これを提示しろ」

 俺は身分証の一つを指で弾いてグレナルドに飛ばし、彼女はそれを受け取り頷いた。


 青い客車から出てきたのは浅黒い肌の男、顔付きから年齢は四十代といったところか。身長はさほどなく平均かやや低い、そして幅は広い。

 ドアを開けて跪くキリアの頭を手すりにして下りるとこちらを見て、少し不満げな様子を見せて歩いてきた。しかし俺達の前に来る頃には和やかになり、

「マハトラム商人会のデヴァン・マハトラムです。護衛もやられてしまって危ういところを助けていただき何より感謝する」

 やや横柄にも感じる言葉じり、頭一つ下げることなく翻そうとした。

 商人からすれば国政調査員は疎ましい。何かにつけて税を取ろうとする官権の手先とでも思っているのだろう。だが何事か些事にでも目を付けられては困るから表面上だけは仲良くしている。

「すみません、荷検にあらための方をさせていただいてもよろしいですか?」

 俺が背中に声をかけてマハトラムは振り返り、グレナルドは俺の渡した身分証を見せた。

「……国政調査員さんに検捜官さん、ですか」


 検捜官とは運んでいる荷駄と身体の検めをする事が出来る内政官の一つだ。

 各都市の入り口にいる番兵も荷検めをすることが出来るが、明らかに怪しい身分証の提示ができない者や荷馬車の中をちらっと見る程度しか出来ない。

 比べて検捜官は強制力を持ち、拒否や妨害すれば逮捕される。任官書の任務権限の中では貴族はおろか王族の馬車検めもできるともある。が、それをやれば報復の恐れがありやった者は過去には数えるほどしかいない。


 マハトラムは馬車を呼び寄せると幌を開けて中を見せる。檻が入っていて中には人種様々な者が手錠と鎖で連環されていた。馬車が二台に分けられていたのは男と女で別けてるためであった。

 グレナルドがジグレイシアに指示を出し、男性の檻がある方の馬車の中を検め、女性の方はグレナルドが検める。

「商品標記簿は?」

 グレナルドがマハトラムに手を差し出す。マハトラムは自身が乗っていた馬車にキリアを走らせて持ってこさせようとした。しかし、

「馬車の中ですか。では、そちらも検分させていただきます」

 グレナルドが馬車に向かおうとするとマハトラムは焦って走り出す。グレナルドはマハトラムより早く動いて馬車の扉を開け放った。

 そしてグレナルドは中を見て、ドン引きの雰囲気を醸しだし、俺とシャルナックはグレナルドの方に向かった。


 近付いただけでわかった、淫臭と酒臭。扉から二、三歩下がっていたグレナルドの横まで来ると中にいる裸体の女性が数人倒れている。

 シャルナックは真っ赤になって顔を覆い、グレナルドはそっぽを向いている。俺もなんと言っていいかわからない顔を浮かべていた。

 要はこのおっさん、逃げる馬車の中でもハッスルしてたと言うことのようだ。そりゃ、まぁ、うん……見られたくないわな……。

 俺がマハトラムに顔を向けるとものすごく気まずい顔をするマハトラム、そしてその馬車の中に手を伸ばして箱を開けると書類の束を持ってくるキリア。


「一覧に過不足がないか点呼を取ってきてくれ」

 俺は顔を覆ったままのシャルナックの頭に書類の束を乗せるとジグレイシアの方に向かわせ、俺はグレナルドの方を軽くノックする。

「……中の検分はどうするのだ?君が慣れていないなら私がやるが?」

 グレナルドは俺の言葉に首を振ると中の検分のために馬車の中に入っていくのだった。


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 ものすごく気まずい検分の後にマハトラムは馬車を走らせていった。明確な不審はないもののジグレイシアとヒルデから俺に報告があった。

「……奴隷の数は正しかったのですがやや気になるところが数点ございます」

「罪科の軽い者が多い割には犯罪奴隷ではなく全奴隷の数が多いこと。罪科の重い者には学がなく読み書きすら出来ない子供や若者が多いこと。それと全奴隷に女性の若い世代が多すぎます」


 奴隷にも種類がある。奴隷には首輪が付いており、付いている石で種類が示されている。

 また主人や奴隷商など奴隷を扱う者には奴隷保障令があり、衣食住の保証や過度の懲罰の禁止、生殺与奪の禁止など奴隷に対して最低限の保障をすることが命ぜられている。

 これが犯されたときには奴隷権の行使が認められ主人や奴隷商を合法的に訴えることが認められている。


 奴隷の子供だとか、犯罪を犯したが酌量の余地があるなど理由で身分は奴隷だがそれなりに自由権が与えられ主人の仕事の従僕として働く従奴隷は石が青い。言わば無給の使用人の立場にある者だ。主人の任意で奴隷から解放することも出来る。

 石の色が黄色い者は借金などで金銭がなく奴隷身分に落ちて金銭を稼げば一般人に戻れる金罪奴隷。

 軽微な違反を繰り返した者や犯罪行為に手を染めた者は犯罪奴隷として灰色の石の首輪を付けられる。奴隷刑期を終えれば一般人に戻れる。

 殺人や強姦、その他重罪を犯した者、中軽度の犯罪でも多くの数を犯した者は全奴隷と言われいて最低限の保障しかなく死ぬまで奴隷である。この身分を示す黒い石の首輪を付けられた者はだいたい目が死んでいる。


 俺は二人からの報告に頷いて三ツ者を使う事を決めてから、

「よし、わかった。ところで、だ」

 俺は周りを見る。暴食巨醜精の死体は山ほどあり、周囲には肉食性の獣が寄ってきている気配がある。血の臭いに誘われてきたのだろう。

暴食巨醜精コレの素材は皮以外はどこが使える?」

 詳しそうなジグレイシアに言葉を向けると彼は暴食巨醜精の生頭を持ち上げて、

「どの部分も安いながら、目は魔道具の魔石の代用品に、爪と牙が金属に溶かしたり、骨は切り出して家具材や建材に使えます。……が、今から解体するのでしょうか?」

 ジグレイシアに聞かれて俺は、

「王都に持ち帰る。解体後に街で安く卸せば少しばかりだが民に還元できるだろう」

 俺が亜空間倉庫に暴食巨醜精の死体を吸い込ませて消すとジグレイシアとシャルナック、ヒルデは驚いた顔になり固まった。

「……ああ、三人には説明してなかったか。私の亜空間倉庫は生物以外なら際限なく入るし、重みも感じないからな」

 笑う俺の横でグレナルドは馬を呼び戻していた。

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