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ヒルデブランカ・ダルハッド

 グレナルドの案内できた場所は貴賓街にある全席個室の店。大小様々な部屋があり会議や密談には持って来いの店だそうだ。

 店には先にグレナルドとシャルナックが入り、ダルハッドが来ているか確認、そしてグレナルドが大筋を説明している間にシャルナックが俺を呼びに来ると言う手はずになる。


 店の近くで馬に寄りかかりながら街並みを眺める。王都の貴族街にも似た風景。だが言い換えればこの街にも貧困にあえぐスラム街が存在するはずだ。諜報員が孤児の数を把握するのが待ち遠しい。

 王都での国立孤児院は旧兵舎の解体が進んでいて俺が戻る頃には更地になっているはずだ。

「陛……主様。本当によろしいのでしょうか?」

 隣に立っているジグレイシアがこぼすかのように俺に尋ねてくる。

「ん?なにがだ?」

 俺の問い返しにジグレイシアは顔を曇らせて、

「私のような者が主様の護衛であることです。魔物狩りは実力があれば誰にでもなれる仕事。グレナルドから急に抜擢されたことにも驚きましたが、仕事の内容を聞いて更に驚きました」


 そういえばグレナルドの説明の中にジグレイシアのみ出自を口にしていなかった。もしかするとジグレイシアの中では出自に関して何かあるのかもしれない。

「……俺は思うのだよ。人とは誰として産まれたではない。何のために生き、何のために死ぬのか。そして生きている間に何を残すのか」

 ジグレイシアは少し不思議そうな顔をする。俺はジグレイシアが黙っているので、

「私がいた国には……そうだなぁ、ろくに学校も出ていないのにこの国で言う三大臣をまとめる総理大臣にまで上り詰めた人物もいるし、隣国ではただの町役人だった者が大国を成したこともある。逆に大国を継いだがあっという間に自滅した者もいる。所詮出自や血筋などは上に立つ者が自分や子孫に楽をさせたいから生まれが高貴だとか血筋がどうとか言うのだろう」

 俺はそこまで言ってジグレイシアを見るがあまり冴えない顔をしている。どうも血に対するコンプレックスは根強いようだ。この程度の言葉で払拭は出来ないのだろうが、少しずつ変わっていけばいいだろう。

 そうしているうちにシャルナックが俺達の方に駆け寄ってきて、

「陛下、お待たせしました。ダルハッドも到着し、グレナルドが説明を始めましたのでご案内致します」

「ああ、わかった。頼むよ。……それと、外で陛下と呼ばないように、な?」

 俺はイタズラッ子のように笑いシャルナックはかなり驚きの形相を浮かべたが俺が笑っていることに気付いて胸をなで下ろした。 


-----


 店の中はゴテゴテした飾り付けはないが要所要所に調度品や絵画があり嫌みのない上品さを醸し出す。

 案内され入った部屋も清潔感があって会議に向いているだろう。

 その部屋の中、中央の大きなテーブルについていたのがグレナルドと向かいに座る少女、この子がヒルデブランカ・ダルハッドなのだろう。

 俺はグレナルドの隣に腰掛けてダルハッドを見る。


 翡翠色の髪は軽くウェーブがかかっていてすき間から先端が丸い二本の触覚が見える。少し赤みのある肌、細いつり目で奥に見える瞳は金色こんじきの輝きを見せる。

 その目が俺を捉えて、形のよい細い顎にこれまた細い指が当てられて、少し考えてから、

「……陛下でございますね?わたくしはヒルデブランカ・ダルハッドと申します。家はフリアナ領下で主に茶葉の仕入れ運輸取引をしております商会『白銀の羽(プラタ・プルマス)』でございます」

 上流階級育ちの良さか、貴族のような仕草で挨拶をする。

 そして『白銀の羽』はフリアナ領から王都に茶葉を届ける商会として王城でも利用している。

「ふむ『白銀の羽』は王都にも茶葉を届けてくれていることで私も良く耳にする。王城に入る茶葉も貴商会が仕入れてくれているがよい物を選んでくれていること、感謝する」

 俺はシャルナックが持ってきた紅茶を口にする。これはいつも王城で飲んでいる味でおそらくグレナルドの指示だろう。


「グレナルド、彼女の返事はどうなのだ?」

 俺が横を見ずに問いかけるとダルハッドの方も少し顔をしかめる。おそらく俺が来ることは伝えられていなかったのだろう、何か聞かれてマズいことでも言ったのか?

「……はっ。ご報告申し上げますと陛下直下の衛士隊に入ることには大きな不満はないそうですが、その、私の下につくことが……」

 おぅ、予想範囲内。俺は少し呆れた心地でそれは顔に出さず、

「ふむ。ダルハッド、どういう理由でグレナルドの指揮下に入るのを拒むのか。たま大きな不満はないと言うことは小さな不満もあると言うことだな?聞かせてもらおう」

 ダルハッドは俺の視線を受けて汗を垂らし出す。顔は引き攣った笑顔で口は真一文字、目線が激しく動き逃げ回り、ものすごく動揺しているのがわかる。

「……」

 ダルハッドは凍り付いて黙秘しているが顔には『どうしよう?』とか『まずいまずいまずい』とか書いてありわかりやすすぎる。

「……多少の暴言は聞き流し不問にする」

 それでもダルハッドは沈黙を保つ。というか動揺でそれどころではないと言ったところだろう。呆れているのか小さなため息の後に、

「陛下、私から説明させていただきます」

 グレナルドは肩を落としてから俺に説明を始めた。


「ダルハッドにはある方の護衛として私の部隊の指揮下に入って欲しいことを伝えて、給与面に関しては私より少し下の額になりますが小銀貨三枚を提示しました」

 俺はウンウンと頷き、グレナルドに先を促す。

「それがその、ダルハッドは護衛対象が陛下である事を知らないのでまずは断り『わたくしが護衛するに相応しい方でなければお断り申し上げますわ』との事です。また私も懸念していたのですが『私の下』と言うのが最大の不満のようです」

 あまり感情的な様子を見せないグレナルドの声と雰囲気からしてやったりといった感じがして俺は思わず吹き出す。

「あはははは、おもしろすぎるぞ。では問おう。ダルハッド、君が護衛するに相応しい人物かどうかはしばらく私のそばで働き観察し評価してくれたまえ。それとグレナルドの下が気に入らなければ働きを示し、グレナルドより自身が優れた能力があることを私に示してくれれば交代も認める。……ああ、隊長交代の権利に関してはジグレイシア、シャルナック、君たちにもある。私は優秀な人材であれば起用すると言ったとおりなのでな」

 俺は笑いながら目尻に涙をぬぐう。そしてジグレイシアとシャルナックに視線を向けると以外そうな顔をして驚いていた。思った以上に予想通りでダルハッドが面白い人材とわかった。

「さて、答えは如何に?」

 俺の問いかけてにダルハッドは汗を見せたまま、頭を下げて、

「護衛する方が陛下と知らず、また陛下のお決めになったことに不平不満をこぼした不遜な態度、申し訳ありません」

「ん?そんなこと気にしてないわけだ。グレナルド麾下で私の護衛として働くか否か。ああ、断っても何か家に圧力をかける気はないから安心してくれ」


 ダルハッドは護衛対象が俺であることだとわかるとしばらく思案して|一点だけ不満を残して《グレナルドの指揮下になることを》納得すると衛士隊への入隊を希望した。俺からも詳細を聞かされるが俺への不満はないらしい。そして一度家に帰り道具や家財などを揃えてくると言って歩いて帰っていった。

 その背中を見ながらグレナルドが肩の荷が下りたという風に脱力したように感じた。

「ローザ、疲れたでしょ?あの子の相手」

 シャルナックが鞄から水筒を出してグレナルドに差し出す。グレナルドは兜の下半分だけ下ろして水分を口にするとため息をついていた。

「ヒルデはローザのこと、目の敵にしてたもんね。『わたくしが何においても一番』だったもんね」

 シャルナックはケラケラ笑いながらくたびれているグレナルドを慰めているのか、笑っているだけなのか。ただわかるのはグレナルドはダルハッドを嫌ってない、ダルハッドはグレナルドをライバル視している、シャルナックは両方と仲が良さそうだ、と言うのだけがわかった。


「在学中、この四人の関係はどんな者だったのだ?私見を混ぜて聞かせて欲しい。仲がよかった、悪かった。友人としてみてどんな人物だったか、好評悪評ともにな」

 暇つぶしに聞いてみるとシャルナックの反応が一番に返事をした。少し懐かしむかのように笑って、

「ローザ、あ、グレナルドは入学当時から注目の的でした。入校など式から座学まで全て鎧で出て実技も魔法も並外れた成績出しっ放しでありました。鎧の中を知りたい者が数多く、とくに同年代の男性はよく近づいては木剣で……モゴモゴゴ……」

 ここまで言ったところでグレナルドが素早くシャルナックの口を手で塞ぐ。

「そ、それはダメなんだから」

 照れて焦っているのかポカポカ叩くグレナルドと頭を抱えて防御するかのようにしているシャルナック、二人はじゃれ合うようにしている。

「あの二人は仲がよいのだな」

「……のようです。私は四ヶ月目の実技訓練で初めてグレナルドに会いましたが……同じ歳に負けたのも、女子に負けたのも初めてでした。そのころにはシャルナックとグレナルドは仲がよかったようです。ご覧の通りシャルナックは明け透けで裏表なく明るいので教室ではいつも騒がしい輪の中心にいました」

 ジグレイシアは真面目な顔をしているが目元が少しだけ緩んでいる。俺はジグレイシアに少し違和を感じて、

「ジグレイシア、少し無理をしているだろう?私も少し役職の皮を剥いで話そうか。……俺は皆が羨ましい。立場が立場だけに同等の者がおらず、友達がいないのだ。王である私と、個人である俺、できれば使い分けたいものだな」

 少し愚痴をこぼしたことでジグレイシアは察したのだろう。少し表情を緩めて、

「俺はグレナルドを尊敬しています。同じ歳で俺より技があって、魔力があって、頭もいい。あいつは軍に行ったけど、俺は事情があって軍は選べませんでした。ビシタヴを拠点に魔物狩りをして実戦経験を積んで強くなったと思ったら、アイツは軍の将軍になってて……。悔しいけど天才が努力するとああなるのかなとは思ってます」

 口調も少し砕けて目の中に羨望と嫉妬の混じったような複雑な色が見える。ジグレイシアが少しの間目を閉じ、次に開くとそれは消えていた。


「ふむ、ジグレイシアは個人的にグレナルドに懸想しているのか?」

 俺は角度を変えてジグレイシアに笑い見やると少し困ったように苦笑いを浮かべる。グレナルドの方を見て、

「あ、いや、グレナルドにはないですね」

 グレナルド()()、ね。と言うことは……。

 俺は含み笑いを浮かべておそらくの答えの方を見る。まだじゃれ合っていた二人が俺と目が合うと慌てて佇まいを直す。

「で、二人はダルハッドとはどのような関係だった?」

「私はその、目の敵にされていました。座学、武術実技、魔法実技、すべてで私が勝っていたのが彼女は気に入らなかったのでしょう。何かにつけて勝負を挑んできて、僅差ではありましたがほぼ勝ちました」

 グレナルドの返事はとても淡々としているがもしかしたら凄く仲が悪いのかもしれない。いや、だがそれならば仲間に誘わないはずだろう。

「私はそれなりに仲良かったですね~。あ、でもよく『グレナルドさんの弱点を見つけたらこっそり教えてくださいます?』ってローザのいないところで聞かれたよ」

 ケラケラと無邪気に笑うシャルナックは本当に明け透けだ。俺が気を張りすぎず、俺に気を使いすぎるなと言ってからは王だと思ってないだろ!と突っ込みかけるほどにゆるゆるだ。

 まぁこれくらいのほうがいいのかもしれない。

「ルイーゼ、そんなことあったの?まったく、ダルハッドは……」

 そんなことを思っている俺の視界の片隅で鎧がカションと音を立てて肩を落としていた。


-----


 夕刻前には俺達のいる宿にダルハッドが姿を見せた。思っていたほど荷物はなく聞くと荷物のほとんどは

王城の衛士隊宛てで馬車輸送を頼んだそうだ。

 ぼんやりと夕日に照らされている部屋の中、のんびりと椅子に座る俺の前で膝をつくと、

「陛下、改めて御挨拶申し上げます。ヒルデブランカ・ダルハッド、父『白銀の羽』商会会長クロフォス・ダルハッド、母正室ミレニア・ダルハッドの第二子にして長女でございます。陛下の衛士として忠誠を以てお仕え申し上げます。以後、ヒルデとお呼びください」

 まるで中世の騎士のような仰々しいほどの挨拶に若干引きながら、

「うん、よろしく。さっきに言ったとおり外で陛下と呼ぶのは禁止、命を軽々しく捨てるのも禁止、あまり私に気を使いすぎないようにすること。俺に気を使いすぎると周りが警戒したり注目を浴びてしまうからね」

 そして俺は亜空間倉庫に手を突っ込むと中の物をイメージする。


 実はよく使う亜空間倉庫だが理屈がよくわからない。亜空間倉庫を使おうとすると入れた物のリストが俺だけに見える。そしてどこぞの青ダヌキロボットのポケットのごとく、イメージするとリストの中のそれが手に触れて取り出せる。作っておきながら一体どんな理屈なのかわからない。わからないけど出来たから便利だし使っている。

「これ、三人とも記入して返してくれ。私のそばで働く者には書いてもらっている簡単なプロフィールシートだ。全ての民を知ることは出来ないが攻めて自分の周りにいる者だけでも知っておきたくてな」

 俺はとりだした紙を三人に配る。一枚は書き方を示すサンプル、もう一枚が彼らに書いてもらう方だ。

「今日でなくともかまわんから王都に帰ってから数日以内にでも出してくれたらいい」

「かしこまりました」

 三人の返事が重なり俺は満足に頷いた。

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