大事にしたいもの
ストリーの可愛らしさを愛でながら数分、
「ストリー、陛下にチョコの味についてご報告なさい」
箱の中のチョコを食べきったストリーはクレアに言われて悩み出す。指に付いたチョコを一舐めして、首をかしげてから、
「え、えっと、あの、甘くてとてもおいしかったです」
十歳なりの精一杯だろう。これでコクがどうだとか甘味の方向性を語られては大人として立つ瀬がない。俺はニコリと笑いかけて、
「ストリー嬢、ありがとう。ならばその味で売り出すか。褒美をあげねばな……これが良さそうか」
俺は更に小箱を出してメイドに渡すとストリーの前に送らせた。中にはハートや木の葉、動物などを象ったチョコレートの詰め合わせが入っている。金型を作ってみた(もちろん魔法で)が殊の外うまく出来上がった富裕層子女向けの最新作だ。
ストリーは中を覗いて食べるのではなく、キラキラした目でずっと見ていた。
そんなストリーを見ながら俺達が談笑しているところにノックの音が響き、ジルノイヤー聖が奥方達に引っ立てられているかのように現れたのだった。
ジルノイヤー聖は精神的にやつれたような顔をしていて、クレアより控えめなアフタヌーンドレスの正妻のエリーゼは静々とジルノイヤー聖の半歩後ろを歩き淑女の佇まいを見せる。
後ろにいるイクシルとセーラもアフタヌーンドレスだがニースだけは内政官吏の衣で来ていた。
「国王陛下、お待たせして申し訳ございません」
開口一番は家長のジルノイヤー聖ではなく正妻のエリーゼだった。側室共々深々と頭を下げて陳謝する。俺は立ち上がって椅子を勧めるように手を出すと、
「いえ、今日は公務で来たわけではありませんから」
ジルノイヤー聖らは椅子に座ると笑顔になり嬉しさがにじみに出てくる。クレアのことだとわかっていたが王と臣として私情は隠していたのだろう。しかし側室とはいえ娘が王の妻なるとなれば隠しきれないのだろう。
「本日はシュウイチ・イマガワ個人としてジルノイヤー聖とエリーゼ夫人にお願いがあって参りました。ご息女のクレアさんを私の妻にいただく許可を頂に参りました」
俺は机に手をついて頭を下げてジルノイヤー聖の返事を待つ。ジルノイヤー聖からは悩んだような雰囲気が漂うが、
「許可も何も……シュウイチ・イマガワ様が娘クレアを妻にされるお話、ギルバート・フリアナ・ジルノイヤー、慎みお受け申し上げます。クレア、よいな?」
「は、はい!もちろんです!」
俺のことを陛下と呼ばなかったのはジルノイヤー聖が今の俺は陛下ではなく個人だと言うことを理解してくれたからだろう。そして最後の確認にクレアは破顔一笑で元気な返事をした。
俺は頭を上げるとにこやかに、
「ありがとうございます。こちらを先に出すとまるで物で釣ろうとしているように見られるかもと思って出さないでいたが……」
俺は亜空間倉庫から木箱を出す。それに入っているのはわざわざ取り寄せた一級品で個人的に必要なことをミックに説明したところ、ため息交じりに用意してくれた物だ。きっとフリアナ領であればこの価値は理解してもらえるだろう。
「こちらは?」
「私の心ばかりのお礼です。大事に手がけて育てた娘を奪うのですから、せめて何かお慰みできる物を、と」
ジルノイヤー聖は木箱の蓋に手をかけて開けると驚いた顔になる。横にいるエリーゼ夫人も覗き込み、側室達を呼ぶ。そして感嘆の息を漏らすのだった。
「それはエルフ公国から取り寄せた一級品のカップとソーサーです。王国一の茶葉の生産地フリアナ領に相応しいかと贈らせていただきます」
取り出されたカップは外から見ると水色をしているが内側から見ると真っ白なのだ。そしてソーサーのほうは白なのだがカップを置くとカップの外側の色と同じ色なる。
エルフ公国の超一流魔導細工師の作でカップとソーサー一対で小金貨一枚、日本円にして百万だ。それを二対、ジルノイヤー聖と正妻エリーゼ夫人のために用意した。
ちなみにレイラの両親にも挨拶に行った別日に特性のオルゴールを贈らせてもらっている。
「なんと……素晴らしい物か……王国では見られない焼き方だ……。アゼリアン重ねでもなければ、チュリドリス焼きガラスとも違う……どうすれば……あ、いや、陛下、関心が沸いてしまい、いやはや……」
カップの作りに興味を引かれたジルノイヤー聖がエリーゼにこっそり肘打ちされて一人の世界から帰ってくる。
「しかし陛下。娘を妻に召されるのであれば私達を王都に呼び出してくださればよろしかったのですが……」
申し訳なさそうな顔をするジルノイヤー聖に俺は笑って、
「私のいた国では妻となる女性の家に御挨拶に行き許可をいただくのが通例でして。私のいた国は仁義礼信忠といったものを美徳とする国でもあります。物を食べるときですら料理した者に、材料を作った者に、そして材料となった動植物に感謝の意を込めて、いただきます、とまで言うのですよ?」
さすがに驚かれたのは言うまでもないだろう。そしてしばらくは日本についてジルノイヤー聖や奥方達、ザクスからまで質問され、俺はわかる範囲を答えていった。
そのまま談笑して昼食を馳走になることになった。料理が運ばれてくる中、クレアが中皿を手にして俺の隣に座る。そして皿にある魚料理にナイフを入れて俺に取り分けてくれる。
「陛下、これは私が作った料理でお口に合うとよろしいのですが……」
少し恥ずかしそうにしながら焼き魚の餡掛けを皿に置いて俺の前に置く。
俺はこれが昨日の爆発音の原因かと内心驚きと戸惑いを持ちながら白身魚にフォークを刺す。柔らから目の感触に俺はゆっくりと持ち上げて口にする。
淡白な魚の味と餡の甘辛さがマッチして箸が進む、いやここに箸はないからフォークが進む。
そんな俺を見てクレアやエリーゼ夫人は胸をなで下ろすかのような表情になり、
「よ、よかったです。陛下のお口に合ったようで……」
「おいしいよ?ところで、クレア、後日馬車で迎えに来るほうが貴族の嫁入りには相応しいだろう。日取りを決めて領民の前で出立するのが正しい手順であったな」
俺は考えをまとめながら喋っていたがクレアの方が少し迷って返事をする。
「陛下、実は、その、陛下がいらっしゃると聞いた日から準備はしておりましていつでも王都に向かうことは出来ます」
ジルノイヤー聖とエリーゼ夫人が唖然とした表情から察するに黙って準備していたと言うことらしい。
「お父様、お母様。チュカスとセリンは連れていきますからね」
嬉しそうな様子で立ちあがったクレアをエリーゼ夫人は厳しい口調で呼び止めた。
「クレア、座りなさい!」
その様子にクレアは立ったまま止まり、エリーゼ夫人の方を見て、ゆっくりと座る。
「いいですか?貴女はジルノイヤー聖令嬢、その輿入れがそのような形で行われてはなりません。それがわからないのですか?」
どうやらかなりお怒りモードらしくクレアの耳がピンと立ち、尻尾が垂れ下がっていくのがわかる。
「陛下の御前、今は細かく言いませんが陛下のおっしゃられるように貴族の輿入れとは正しい手順で行わなければ勘当による放逐や輿入れ先との裏取引などを多方から疑われます。ましてや陛下の側室になるのに、そのようなことをしては陛下の御令聞に傷を付けるつもりですか?だいたい貴女は小さい頃から……」
細かいところを言わないと言ったはずがエリーゼ夫人は治まらずお説教モードに突入したらしいがそれのエリーゼの頬を突き刺した人物がいた。
「エリーゼ様、そこまでで。陛下の御前でみっともない」
困ったように笑いながら人差し指をぐりぐりとエリーゼの頬にめり込ませていく。ジルノイヤー聖の婦人の中で最若年、初めて見たときはクレアの姉だと思った相手、
「……セーラ」
セーラはエリーゼの頬から指を離すと俺に向いて一度身なりを確認してから、
「陛下の御前で身内の粗相、見苦しいところをお目にかけてしまい大変失礼致しました」
深々と頭を下げてから、
「クレアの輿入れについては陛下が王都に帰られてから夫ジルノイヤー聖と書簡でお取り決めくださいますようお願い申し上げます」
一番若いはずのセーラがしっかりした対応をしたためか静まりかえった。しばらく全員が固まっていたが俺はハッとなって、
「……それでかまわない。先ほどのことは見なかったことにしておく。クレア」
クレアはションボリした顔でこちらを見る。後のお説教が怖いのか、それともすでに手遅れか。
「……はい」
「ジルノイヤー聖と日取りを決めて盛大に迎えに来るとするのでその日を楽しみにしておいてくれ」
「……はい」
クレアはションボリしたままだがちゃんと返事をしてくれた。そして俺は声を明るく変えて、
「ああ、そうだ、ザクス殿。ザクス殿はまだご成婚なさってありませんでしたな?」
俺のやや強引な雰囲気の変化に反応が遅れたがザクスは、
「は、はい。父の手伝いが楽しくて……」
やや困ったような顔になったが俺はこれ幸いとある書類を出す。
「こういうことを考えていて、よろしければご参加願いたい」
俺の渡した書類を見てザクスの表情は困惑に変わり、それを覗いたジルノイヤー聖も困惑の表情を浮かべた。
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ジルノイヤー聖邸を出てから首に手を当てて何度か曲げる。ゴキゴキと小気味よい音がして肩の力が抜ける。
「どうも堅い場所は苦手だな。まぁ……カフェで喋りながら、というわけにもいかないから仕方ないか」
俺はそうぼやいてこれからの予定を頭に呼び戻す。グレナルド推薦のダルハッドの面談だが、まずはグレナルドとシャルナックが大筋を話してからと言うことになった。
馬でのんびりと歩きながらダルハッドのいるであろうところに向かう中、ジグレイシアから問われた。
「陛下、先ほどザクス様にお渡ししたものは何でしょうか?ジルノイヤー聖らの反応が少し気になりまして……」
「ん?ああ」
俺はグレナルドとシャルナックには聞こえないように少しジグレイシアの方に馬を寄せて小さめの声で、
「獣人国との同盟に関して双方から嫁を出すことを提案して貴族やら重臣の子を中心に書簡問い合わせをしているのだが、それについての説明と向こうから来る女性の夫の候補に立候補しないかという打診書だ。王の側室の兄であれば十分に国の大人であろう?」
俺がニヤリと笑うとジグレイシアは少しポカンとしてから笑みを浮かべた。
「陛下はグレナルドから聞いたとおり変わったお方ですね。改革的な案だけでなく、下からの声も聞く。その同盟締結の婚姻も命令ではなく打診して候補を募られる」
「王であろうと横暴や専横はいけない。周りからの声に耳を傾け、より正しきを選択する。私が求める最大の人物は私が間違えようとしたときに私を止められる人なのだよ」
俺はそう言いながら心の中にレイラを想い浮かべる。馬の配置を元に戻してから小さくだが深く息を吸う。頭の中からレイラが離れない。馬上で頭をかきむしり始める。
「へ、陛下?」
「何でもない、気にするな」
俺はそう言いながらも、心の中ではけっこうに慌てふためいていた。
たった二日会ってないだけで寂しいなんて、俺はいつから甘えん坊になったんだ!?