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集められた好成績者

 馬たちの速度は下がることなく普通の馬車ならずっと走りっぱなしで二日かかる距離を食事休憩を挟んで半日しかかからずに駆けていく。

 そして移動初日の夕刻にはフリアナ領の玄関とも呼ばれる中都市の上級宿に宿泊し、二日目の日暮れにはフリアナ領都に到着した。

 この時間からジルノイヤー家に邪魔するのも悪いので領都の宿屋に泊まっていた。


 その夜に宿の裏庭に出ると俺は型の動きから入る。毎晩していることでやらないと寝付けない。

 足運び、腕や足の動き、重心の位置、技から技へのつなぐ流れ、体はしっかりと覚えている。徐々に速度を上げて空を切る。型の後に仮想自由組み手、約二時間かけて終えると深く息を吐く。

「……ふぅぅ……」

 額の汗を片手で払う。少し離れて見ていたジグレイシアが、

「陛下は毎日これをされているのですか?」

「ああ、腕がなまるのも嫌だし、適度に体を動かさないとね」

 肩を回してジグレイシアに返事をしているとカシャンカシャンと鎧の歩く音がする。グレナルドだろう。


 宿の灯りが照らせていない暗闇から黒色の鎧が現れて、

「これは陛下」

 手に持っていたマイクスタンドのような物を置いて俺に一礼する。

「グレナルドも訓練か?」

「はっ、陛下の護衛として恥じないよう日々修練しております」

「じゃぁ、見させてもっていいかな?」

「は、はいっ!」

 威勢のいい返事をして踵を揃えてまっすぐに立ち敬礼する。


 数種の型のような動きと相手を仮想しての鋭い素振りと体捌き。一つ一つの動きにキレがあり、次の一振りへの動きも水が高きから低きに落ちていくように当たり前のように見える。だが紛れもなく超一流の剣舞、体幹と四肢の動きを全て把握して重心の位置を巧みに動かしている。

 グレナルドはマイクスタンドのような台を立て始める。木製で高さは一メートルほどで手の平ほどの板が上に付いている。グレナルドはその板に蝋燭を立てて火を付けると台から三歩離れた。

 そして腰にある剣を抜いて中段に構えた。次の瞬間、風切り音だけがした。正確にはグレナルドは剣を振ったのだが魔力強化していない俺では目で追えなかった。腕がぶれたかと思うと細い蝋燭の火が揺れただけに見えた。

 俺が近付いて確認すると驚くべきは火が消えず、縦に割れた蝋燭は両方に軸が残っていて正確に縦に斬ったことがわかる。さらに三分割した長さも均等、おまけに蝋燭は倒れてもいないし台に傷一つもない。

 グレナルドの剣技の高さがよくわかる。


「さすが最年少で十六将に選ばれる腕前だ」

 俺が褒めるとグレナルドは剣を鞘に戻し、

「いえ、私はまだまだです。訓練は絶やさずにやっておりますが、剣技だけならジグレイシアのほうが上かと思います」

 グレナルドの視線を追ってジグレイシアを見ると少し困った顔で、

「陛下が誤解される。俺はグレナルドに勝ったこともないし、卒業後もグレナルドは軍にいただろう」

 謙遜ではない表情だがグレナルドが詰め寄ってきて、

「学校での成績は魔法も含めた総合的な戦闘力、プレートの差がなければ私は君に勝てないと思っているのよ。おまけに魔物狩りとして一年目のルーキーのくせに〝百斬びゃくざん〟ができたのだから私より苛酷な実戦環境のはず」

 グレナルドにしては珍しく厳しい口調だった。それだけジグレイシアを認めているのだろう。しかし、

「〝百斬〟とはなんだ?」

「魔物狩りで一日に一人でシルバー級モンスターを百頭以上狩れる実力を持つ者に与えられる称号です」


 グレナルドの説明にジグレイシアの体つきを改めて見る。鍛え上げられた四肢と体幹、重心は左右にぶれずに正中線にあるのが見て取れる。自然とその立ち方が出来るのは高い水準の戦闘力を有しているからだろう。

「学校での成績はどうだったのだ?グレナルドが一位なのは知っているが?」

 俺は一度グレナルドを見てからジグレイシアに聞いてみると、

「はっ。私の成績は武術実技二位、魔法実技四位、座学五位、総合三位です」

「凄いものだな。私は元いた世界では学年一位どころか三位すら届いたことはないぞ」

 俺は笑いながら答える。学校の成績なんてクラスでなら上位だったが学年になると上位三分の一に入れたかどうかだ。

「私がもしゴールドプレートならジグレイシアにもシャルナックにもかないません。私が二人に勝てていたのは魔力が勝っていたからです」

 グレナルドは残念そうな雰囲気を出しながら首を左右に振る。

「ということはシャルナックも好成績者なのか」

「はい。彼女は武術実技六位、魔法実技三位、座学同率一位、総合四位です」


 俺は頷きながらもシャルナックの姿を思い出して…、

「あの体格で武術の六位なのか?」

 小柄でリーチが短くほわほわっとした緩やかな印象、それがどうにも力強く戦う想像が出来ない。

「はい。武術実技は魔法を使った身体強化による白兵戦の能力を測ります。彼女は小柄で軽量なのでフットワークを活かした回避力が高く、避けきれない攻撃は素早い障壁展開で防御できます」

「なるほど、障壁は使っていいのか」

 回避特化でヒットアンドアウェイされたらたまらんな。当たれば倒せるかもしれないが守りが堅固ならば早々には崩せない。だから防御魔法に特化しているわけか。

 俺はしきりに頷きながら遅れながらに一つ気付く。

「グレナルド、総合二位には声をかけていないのか?君の次に強いのであれば是非召し抱えたいものなのだが?」

 俺がグレナルドにそう言うとグレナルドは視線をジグレイシアに向ける。釣られて俺もジグレイシアを見るが彼は苦虫を口いっぱい詰め込まれたような顔をしてグレナルドに向いている。


「もしかして……あいつを誘ったのか?」

 絞り出しような声で渋い表情のままのジグレイシアにグレナルドは、

「……一応……ちょうどフリアナ領都(こっち)に住んでるし、陛下がジルノイヤー聖爵と会われている間に話そうかと思ってるんだけど……」

 俺が置いてけぼりで二人は話を続けようとしたらシャルナックも姿を見せた。

「ローザ、トレーニングはいいの?」

 と言いながら俺に気付き、

「陛下がおられるとは思わず、申し訳ありません。気が緩んでおりました」

「いや、常に張り詰めると事が起きてからの方が大変だ。何もないときは周囲警戒だけでかまわないし、私に気を使いすぎなくてもよい。それで、グレナルド、ジグレイシア、総合二位はどのような人物なのだ?」


 グレナルドの表情はわからないがジグレイシアの顔から察するに相当な偏屈なのかもしれない。

「名はヒルデブランカ・ダルハッドと申します。武術実技三位、魔法実技二位、座学三位で不得手がなく総合力に優れた人材です。さらに索敵魔法に非常に優れており、ジグレイシアやシャルナックで500メートルほど、私は900メートルほどですが彼女なら少なくとも1キロと500メートルはあります」

 外で護衛するときには索敵は重要なこと、それに秀でた者ならと俺はグレナルド、ジグレイシア、シャルナックと見て、

「なるほど、グレナルドは衛士隊に必要な分野に特化した者を集めたのか。武技に秀でたジグレイシア、防御に優れたシャルナック、高い索敵能力のダルハッド。ダルハッドで敵を見つけ、ジグレイシアで迎撃、シャルナックが俺を守る」

 俺が個々を順番に指さして、いないダルハッドは指を立てて名前を口にする。

「はい。陛下をお護りするに相応しい能力を持つ者を選んだつもりです。ただ……陛下がどう思われるかが不安です」

「ん、何がだ?」

 俺が問うとグレナルドは黙り込んでしまう。シャルナックとジグレイシアはグレナルドの方を見て言葉を待っているようだった。


「私は軍人ではありますが出自は鍛冶屋の娘です。シャルナックは父は魔物狩りと母は花屋です。ダルハッドも商家の娘で、ジグレイシアは魔物狩りです。陛下の傍仕えとしては出自が低く陛下の御名望に傷を付けかねません。陛下を快く思わない者がいれば吹聴して浮評を作るかもしれません。そのような際には陛下の御名望のため、我々を……」

「かまわん」

 俺はグレナルドの言葉の先を予見して遮った。自らを切り捨てろと言うのだろう。

 それが王として正しい道か?アンリ先王が俺にそれを望むか?切り捨てた俺をレイラは誇りと思ってくれるか?

「俺は部下の切り捨てなどはしない。言いたいヤツには言わせておけばいい。そういう輩は直接言う度胸がないから裏で吹聴するのだろう。そんなことを言わせない程に君たちが結果を示せばいい。俺は血筋よりも、出自よりも、育ちよりも、能力を採る。無能ならば切り捨てるが有能ならば使う、例えそれが咎人であろうと、罪人であろうと……」

 俺はここで言葉をわざと句切ってニヤリと笑う。その笑みの意味を解していない三人は真面目ながら不思議そうな顔をしていたが、

「……軍を辞めたがる将軍であろうと有能な者は手放さない主義でな。あはははは」

 これがわかるのはグレナルドだけだが恥ずかしいのか頭を抱えてしゃがみ込み、後の二人は不思議そうな顔でグレナルドを見ていた。


 グレナルドが立ち直ってから改めて、

「そのヒルデブランカ・ダルハッドはどのような人物でどんな性格だ?」

 三人は顔を見合わせて言葉を選んでから、

「家もなかなかの商家で育ちがよく、気位が高いところはあります」

「自身の能力や成績に自信があり、努力を惜しまない勤勉な性格をしています」

 グレナルドとシャルナックの言葉に俺は頷き期待を膨らませる。

「甲虫人族ヴォルティスで歳は十八、やや気が強く自尊心が強いのが男には辟易されていました」

 ジグレイシアの言葉で俺の期待は少し崩れた。嫌な予感がして眉間にしわを寄せてしまいながらも、

「待て、平たく言うとそれなりにいいところのお嬢様のせいか高慢で気が強くて負けず嫌いな自信過剰者ではないだろうな!?」

 俺がそう言うと同時にどこか少し離れた場所で爆発音のようなものがした。


 俺達は周囲を見回してからおそらくの方角に見当をつけると宿の裏口から飛び込んで廊下を駆けていく。が、

「お客様、どうかされましたか?」

 宿のクローク係のおばちゃんから走っているのを止められた。

「先ほど、外で爆発音がした。私達は軍の……」

 というがおばちゃんは慌てるそぶりも驚いたそぶりもなく笑って、

「お客様、ご安心ください。警鐘もなく領主様のお屋敷からでしたのでいつものことです」

 俺は意味がわからず、おそらく後ろにいる三人もわからないだろう。

「おそらくではありますが明日領主様にお客様がいらっしゃるのだと思います。クレア様が料理をされるとあんな爆発がよくあるんですよ」

 そして楽しそうな口ぶりからちょっと真剣ながらも嬉しそうに笑い、

「ここだけの話ですがクレア様の想い人が来られるんじゃないかって街では噂なのですよ。クレア様もそろそろお嫁に行く年だし、爆発が数日続いているからクレア様にとって大事なお客様なんじゃないかって領民は……」

 俺は首筋の汗を感じながらおばちゃんの声が頭に入らない。

 ジルノイヤー家が領民に慕われているようなのは良しとしよう。どう料理をすれば街中に響く爆発音が鳴るのか、俺の心は戦々恐々としていた。

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