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苛む心に注ぐ光

 城下町の視察を終えた日から俺の心は少し前向きに歩み始めていた。

 カトレアの言葉に俺は少しばかりだが救われた。家族を失ったあの日のことは俺の中に傷として残っている。それに囚われて前に進まずに、レイラと結婚しながらも距離を持っていた。

 だからレイラも何か感じ取って俺と距離を取っているのかもしれない。

 でも、俺は囚われないように、迷いながらでも少しずつレイラと家族になろうと決めた。だから、話さなければならないこともある。


 俺はその日の執務を終えて自室で六花を膝にソファーに腰掛けていた。

 この世界に来てそれなりに時を過ごして六花も成長している。大きさだけは一人前に近いが何かとかまって欲しがりで執務中も膝に来たりもする。まだまだ子供なのだろう。


 ノックの音がしてレイラが入ってくる。上質の絹の夜着、淡い黄色に染められていてレイラの肌とのコントラストが目に映える。

「あなた様、お待たせしました」

 レイラの姿を見た六花は俺の膝から離れるとベッドの方に行ってしまった。

 レイラはソファーまで歩いてくると俺の隣に寄り添って座る。湯上がりなのかレイラの体からは石鹸の香りもする。


「レイラ、少しばかり話を聞いて欲しい」

 レイラは俺の顔を見つめてくる。俺の視線がいつもと違うのを察したのかレイラの目も真剣味が宿る。

「どうか、しましたか?」

「少し、昔の話をしていいか?」

 俺と目を合わせたレイラは小さく息を飲んで頷く。俺も小さく息を吸ってから、

「まずは……俺がいた世界を説明しながら、かな?」

 俺は記憶をさかのぼりながら昔語りを始めた。


-----


 実家は古式空手武術閃武流こしきくうしゅぶじゅつせんぶりゅうの道場、戦国末期からある小さいながら長く続いている古式体術道場だ。

 家族は両親と祖父。祖母は早くに亡くなっていて顔を見たことはない。兄弟はいない。


 小さい頃から師範である祖父と師範代の父に閃武流を叩き込まれていた。

 俺自身、祖父や父の背中を見て強い男に憧れた。たしか稽古を始めたのは……五歳くらいからだったかな。友達と遊ぶよりも憧れた背中に追いつきたくて辛いとも思わず毎日稽古に励んでいた。


 でも、俺が十三歳の時だ。家が火事になった。真夜中に火がつけられて、古い家だったせいで火の周りも早くて……小さい街で道も狭くてね。消防が来るのも遅れていたこともあって気付いたときには手遅れ状態だった。

 俺の部屋は二階だった。家が燃える中、父が俺を助けに来てくれたんだ。

 父に手を引かれて火の少ないところを通って逃げている途中に、屋根が崩れた。父は俺を突き飛ばして身を挺して俺を逃がした。


 俺が早く気付いていれば、速く逃げていれば、自分で逃げる力があれば……。


 父は焼け落ちる家に潰され、母は家事の煙を吸って数日後に、亡くなった。

 離れにいた祖父と父に助けられた俺だけが残った。


 それからはあまり憶えていない。学校に行くことをやめて、離れの部屋の隅で一日中座っていた、らしい。食事も取らず、何もすることなく……。心配した友人達も来てくれたのだが、わからない。

 ただ、その頃の俺は相当ひどい目をしていたらしい。澱み濁りきった、そうだな、死んだ魚の目ってヤツだな。


 一月ほど経って、俺は犯人捜しを始めた。真夜中に彷徨うろついて、彷徨さまよって、眼がやけに血走っているのが鏡を見なくてもわかった。

 そして、別の家に放火しようとしてるヤツを見つけて、我を失った。火種を消すこともなく、ただ犯人を無言で殴り続けた。周りの人の制止も効かず、警察に無理矢理止められるまでね。

 調べによるとやはりうちに放火したのもそいつだった。憎悪が、後悔が、懺悔が残った。いくらこいつを殴っても両親が還ることはないのに、どうしようもない怒りと後悔が今も俺の中で燻っている。

 警察には真夜中に彷徨いていたことと犯人を殴りすぎたことをかなり厳しく怒られたが、情状酌量もあって厳重注意で済んだよ……。


 それからだ。俺が守ることと強さにこだわるようになったのは。

 祖父が亡くなるまで、教えを請い、亡くなってからも自身で毎日稽古をした。

 父のように人を、家族を守れるような強さが欲しかった。強くなって自分を、自分だけでなく周りも守る。


-----


「でも、怖いんだ。また、大事な人を、家族を、失うのが……もし、守れなかったら、力が足りなければ……」

 俺の震える声にレイラは黙って聞いてくれていた。いつしか膝に肘をついて頭を抱えたいた俺の手に温かい手が触れる。そして、優しく抱きしめられる。

 レイラの心音が耳に届く。ゆっくりと一定に刻まれる音。俺は……どうしていいのかわからずにただレイラに抱きしめられるままになる。


「……私の手がわかりますか?私の心音は届いていますか?」

 レイラの声はゆっくりと優しい。

「あぁ」

「だから、安心してください。あなた様の不安を私に預けてください。私は必ずあなた様の傍にいます。あなた様が辛く苦しいのなら、私を頼ってください。私はあなた様の……妻なのですから」

 レイラの手はいつも差し伸べられていたのかもしれない。ただそれを俺が見ようとせず、気付こうとせず、だから一線があったのかもしれない。


 俺は自分の情けなさを感じながらも、

「本当の俺はこんなにも弱い。優しくもない、強くもない、ただの独り善がりで、上辺だけだ」

 本当の自分をさらけ出す。見捨てられても仕方ない。本当の俺は強くなくて、みっともないのだから。


「……ある国のお話です。その国は小さいながらも割と裕福でしたが隣の大きな国から攻め込まれていました。何十年も何百年も長い間、王様が軍を率いて戦ってきました。でも、大きな国の兵士はとても多くて、小さな国の王様はお年寄りで困り始めていました」

 レイラは俺を抱きしめられるまま話を始めた。

「ある日、王様は言いました。『異世界から勇者を呼び救国の士となそう』王様の提案で異世界から勇者が呼び出されました。勇者は大人になるかならないかの年齢で少し頼りなさげでしたが事情を話すと剣を手にしてくれました」

 レイラの声は淡々としていて感情が読み取れない。そして俺を抱く腕には力が少しこもっている。


「王様も将軍達もこれで大きな国と戦える。そう思いました。…しかし、ある日、突然勇者はいなくなりました。国から姿を消して……次に姿を見せたとき、勇者は大きな国の軍隊と一緒でした」

 レイラの声が微かに震えて腕にも一層力が入る。俺の頭を胸に抱きしめて、大きく深呼吸をするのがわかる。

「小さな国の王様は悲しみました。民達に勇者が裏切ったことを言えず、悲しみに暮れました。将軍達は怒りに震え戦いましたが勇者は強く何人かの将軍は犠牲となりました。そうしている間にも王様の命はあと少しになってしまいました。王様は再び異世界から勇者を呼び出しました。希望になるはずだった勇者に裏切られて、絶望する王様達の前に現れたのは一人の青年でした」


 すぐにわかっていた。王国と帝国の話だと。俺はレイラの話に耳を傾けて、続きを待つ。

「現れた青年には大きな希望と不安がありました。また裏切られるのではないか?そんな気持ちを出せるわけもなく、王様や周りの人は青年を見つめ、見守り、切望しました。『この国を助けて欲しい』と。……青年は民を安んじ、国を思い、守ってくれました。前に召喚した勇者と同じ世界の、国の者だと言うのに……裏切った勇者を許せないと、この国の皆が思っていることを同じように心に持ち、戦ってくれました」

 レイラの声は完全に震えていた。頭に落ちる涙は哀しみか、怒りか、喜びか。

「……あなた様は、十分にこの国の皆を守ってくれています、軍臣民皆の身も心も。……それを信じて、守り続けてください。もし、私の身に危険が迫たても、あなた様なら必ず私を助けられます。私はそう信じています」


 ああ、レイラは俺を信じてくれているんだ。この国の皆はリューに裏切られて、俺を信じたくて、信じているから今こうしているんだ……。

「……ありがとう……レイラ。もし、レイラに何かあれば必ず俺は駆けつける。そして助けて、守ってみせる。……」

誤字脱字がありましたらご指摘の程お願いいたします

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