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家族の定義

 驚く彼女を尻目に俺は教会の門を潜る。玄関までの土の道の左右は足首程から腰程までの高低様々な雑草が伸びていて所々で道幅を狭めている。

 俺の後ろからは彼女の足音が聞こえて俺に追いついたのを音で確認すると、

「あ、申し遅れました。国勢調査員のシュー・ナゥリバーです。お嬢さんのお名前は?」


 雑な偽名だがレイラとミックに怒られて外では偽名を使うように言われている。

 暗に、これ以上トラブルを持ち込まないでください、と釘を刺されているようだがそんなことで怯む俺ではない。

 なお、反省はしている、後悔はしていない。そして繰り返さない保証はない。


「わ、私はカトレアです」

 カトレアの身なりは薄汚れたつぎはぎだらけのワンピースに安物の革サンダル、赤茶色の髪に艶はなく疲れ果てたような髪をしている。

 琥珀色に近い肌から石人族と見受けるが明らかに痩けている。長いまつげのある紅の瞳も活き活きしたところはなく沈んで輝きを失っている。


「カトレアさんは成人されてますか?それと預かっている子供の数は?」

 俺は教会の扉の前で足を止めて壊れそうな扉の取っ手を手に取る。

「私は十六になったばかりです。私以外には子供が五人います」

「そうですか」

 扉をゆっくりと引くとギシギシと軋む音を立てながら開き、中は外からの光と中にはある二本の蝋燭の明かりで薄暗い。

 まぁまだ夕刻で射し込む光の少しは残っているので中の様子は見られる。


 入ってすぐの部屋は広く天井も高い。キリスト教教会のように神や人の像と言ったものはないが長椅子が並んでいるところは同じだ。そして奥の机には少し大きい水晶珠が置かれていた。

 そして左奥にある扉は角にある面談や相談をするための個室につながっているようだった。

 壁も薄い板にも穴が見えて、大きな穴には薄い板でとりあえず塞がれていた。

 右奥にも扉があり、そこからは子供らがこちらをのぞき込んでいる。見える三人はどの子もまだ十歳に満たないほどだ。

「お姉ちゃん、その人は?」

 一人が不安そうに聞いてきた。するとカトレアは笑顔になり子供たちに、

「悪い人を追い払ってくれた人よ。教会の中を見たいっておっしゃったのよ」

 子供たちは俺の方に視線を向けてくるが俺と視線が合うと逃げるように逸らして子供同士で顔を合わせた。


 俺は調書を取るためにカトレアからいくつか聞き取りをしていく。

 前責任者であった法師についてや現在の運営状態など、それにどういった支援があればよいか。

 俺からは子供達が望めば学校に行けることを伝えて、さらにこの教会の現状から学費全額免除にもできることを口にする。おまけに学校では給食もつくことも伝えた。


「え、そんなことが……ありがとうございます。子供達もきっと給食が出るなら頑張ると思いますので」

 生活はかなり切り詰め状態なのだろう。子供達もそうだがカトレア自身もかなり線が細くて明らかに栄養が足りていない。俺は亜空間倉庫にある食料を考える。食材も調味料も少しだが入っている。

 地方視察の時に野営をせざる得ないこともあろうかと必要なもの一式くらいは持ってある。その道具と食材を使えばある程度の食事は作れる。

 俺はため息をつくと上着を脱いで近くの椅子に放り投げる。そして、

「この教会のキッチン、どこにありますか?」

「え、あ、奥にはありますが……」

 俺は袖をまくり上げて、

「案内してもらえます?」

 カトレアは少し困った顔を浮かべたが俺を案内してくれた。


-----


 人のために料理をするのはいつぶりだろうか?少なくとも半年以上はしていない。

 王城の厨房で料理を作ることはあったが、主目的は現代日本食の作り方を教えるためだった。


 キッチンはひどく痛んでいて傾いた狭い調理台と崩れそうな竈、どちらもあちこち素人修繕がされている。

 隅にはおそらく市民共用の井戸からくんできた水の入った桶が一つとカゴに入ったくず野菜寸前のもの。

 俺は予想以上の状態に閉口し横ではカトレアが明らかにシュンとしている。

「使わせてもらいますね。とりあえず……洗ってからだな……」

 そう言って俺は魔法で出した水で調理台を洗ってから調理を始めた。

 俺の背中にはカトレアの視線が刺さっているのがわかる。困っているけど、止めていいのか、止めない方がいいのか。きっと迷っているのだろう。


 くず野菜寸前のものの中から白菜に似た葉野菜を出して半口大に切っていく。さらに亜空間倉庫のオーク肉を出すと同じほどの大きさに切る。他にも野菜や肉、豆などをカゴの中や亜空間倉庫から出して下処理していく。

 そして竈の上に重ねて置いてあった鍋の一つに入れていく。水と調味料を適度に入れると鍋に蓋をして調理用魔道具の一つ、魔導コンロも取り出し火にかけて温めていく。

 それと別の鍋では卵のスープも作り始めた。


 そして俺は次にボールと菜箸を出すとカトレアに渡す。

「え、あ、あの?」

 俺はカトレアが困った顔をしているのを気にせず、卵、小麦粉、ミルク、砂糖、蜂蜜を入れてから、

「小麦粉の塊がなくなるまで均等に混ぜてください」

 そう言ってから鍋の方が温まるまでに俺は竈の上になるべく水平になるよう鉄板を置いてから左右を見る。近くに薪があって手に取ると竈の中に二本並べる。そして炎魔法で小さな火を起こす。


 バターを鉄板に落として溶ける様を見ながらコトコトと鍋の音が聞こえてく。その音とは別にトタトタと足音が聞こえてきた。

 バターか鍋の匂いか、それともカトレアと俺が何をしているのか気になったのか、子供達がキッチンを覗いている。

 小さな声で喋っているが俺の耳には届かない。しかしその目は鍋に向いているのが丸わかりだ。

「あ、あの、出来ました」

 カトレアからホットケーキもどきのタネを受け取ってお玉で鉄板の上に落としていく。


 甘い匂いをさせながらホットケーキが焼けていく。俺はホットケーキをひっくり返してクルリと振り返ると子供の方に手招きをする。子供達は顔を見合わせて、おそらく一番年上の子なのだろう、十歳くらいの男の子が俺の顔を見ながら近付いてくる。

 俺は笑顔を見せて、

「お皿、持ってきてもらえるかな?」

 男の子は頷くと棚の方に行き皿を取りに行った。他の子供達は男の子と俺を交互に見ながら様子を窺っている。

「よし、いい具合だな」

 その間に俺は焼け具合を見て男の子が皿を持ってくるのを待つ。そして、

「ほら、出来上がりだ」

 皿の上に出来上がったホットケーキを置く。甘いバターの匂いとほかほかの湯気、男の子は鼻孔を大きく膨らませて匂いを嗅ぐと俺とホットケーキを交互に見る。


「他の子も食べたいならお皿持ってきて」

 男の子はホットケーキを指先で摘まむと、一度目は熱かったようですぐに離して指を振る。

「焼きたてだから熱いよ。フォークか何かで食べるといいよ」

 それを皮切りに子供達は先争うように皿を持ってくる。そして俺を囲むようにして鉄板の上のホットケーキに目を向けている。

 俺は順番にホットケーキを子供達の持つ皿に置いていく。そして最後に、

「カトレアさん、あなたも」

 俺はカトレアに呼びかけて皿を持ってこさせると彼女の分もホットケーキを焼くのだった。


-----


 俺が用意した鍋もホットケーキもスープもカトレアと子供五人には多いかと思うほどではあったが子供達の食欲は旺盛で全て食べきってしまった。

 俺とカトレアが後片付けのために皿を洗っている最中、

「シューさんは……どうしてこんな施しを?」

 カトレアは綺麗に拭いた皿を重ねて手を止める。そしてやや潤んだ瞳で俺を見つめる。泣きそうな声、震えている手。俺はそんな彼女を視界の隅に捉えている。

「たぶん、国勢調査員としては業務以外になるんでしょう。ただ、あなたがここをどうにかして守ろうとしていた、それが見過ごさなかっただけです。自分の手の届く範囲に、出来る範囲に困っている人がいるなら……助けたい」


「ありがとうございます。本当にどうお礼を申し上げればいいのか……私だけじゃなくあの子達もシューさんには感謝しています。ここを、教会を守ってくれて、ご飯まで作っていただいて……」

 俺は鍋を洗う手元を見たまま、彼女の声を聞いていた。

「法師様が亡くなって、何人かは出て行ってしまって、小さい子と私だけになってしまって……。あの子達の世話をしながら仕事してもお給金はあまりなくて……私、回復魔法が苦手で教会の仕事ができなくてすごく困ってました。でも、私はお姉ちゃんなんです。だから、あの子達だけは私が守らないといけない。それだけの想いで頑張ってきました。……だから、この場所を、私達の家を守ってくださって、本当にありがとうございます」

 カトレアの目から涙が零れる。俺は鍋を置いてタオルで手を拭くとカトレアの頭に手を置く。そして優しく撫でながら、

「助けて欲しいなら、助けてって声を出さないと気付いてもらえません。でもね、よく頑張りましたね」


 俺の言葉で堰を切ったかのようにカトレアは泣き出した。俺の胸に倒れ込むようにして、俺の服を軽く握りしめて、服越しに熱を感じるほどに彼女の顔は熱かった。


-----


 数分後、カトレアは落ち着きを取り戻して俺から離れると、

「ずびっ、ずみまぜん、ずごじどりみだじまじだ」

 磨けば光りそうなそこそこ可愛らしい顔つきなのだが涙と鼻水で台無しだ。俺はタオルをカトレアの顔に軽く押しつけながら、

「色々とひどいですから、まず拭いてください」

「ずびー、ぶみまぜん……」

 タオルで目元や鼻を拭いたカトレアだが目も鼻もまだ赤い。俺は少し気にしながらも、

「まぁ……落ち着いたならかまいませんよ」


 カタンと音が聞こえて俺とカトレアが同時に音の方向を見た。そこには二人の子供が覗いていて、五人の中では年長の男の子と女の子だ。

 二人は俺達と目が合うと顔を見合わせて苦い汁でも飲まされたかのような表情になる。カトレアはどこから見られていたかわからないが顔を赤くして、

「トーマス!リラ!なんで覗いているのよ!?」

 恥ずかしさのあまりか、怒鳴り立てる。しかし子供二人は悪戯っ子の笑顔を浮かべて、

「いや、俺はリラにやめろって言ったんだよ!?」

「トーマスのせいでバレちゃったじゃない。お姉ちゃん、いい感じだったのに。お姉ちゃん、私達のことは気にしないでお兄ちゃんにチューくらいしないと」


 俺は苦笑いを浮かべながらカトレアの方を見ると動揺しまくっていた。

 半歩引き下がり両頬をパシパシと叩いて何事かぶつぶつ呟いている。

「お兄ちゃん、お姉ちゃんは私達のことを気にしすぎだからお兄ちゃんの方からチューしてあげてくれない?」

 リラは唇をアヒルのようにして笑っている。トーマスはそんなリラを呆れた顔で見てから俺に何か求めるような視線を向けてくる。

 と、そこでカトレアが通常状態に戻ったのか足早に二人に近付くと軽く拳を握り、

「あんた達は着替えてさっさと寝なさい!蝋燭がもったいないでしょ!」

 拳骨が振り落とされて二人は悲鳴を上げて逃げていった。


 俺はそんな様子を見て呟くように、

「賑やかなんだな」

 カトレアはかなり顔が赤いままだったが俺の方に振り返って、

「すみません……あの子達が適当なことを……。でも、最初はあの子達も大人しい、ううん、笑いもしない子達だったんです。親に捨てられたり、道ばたで育ったり、家族を知らないで育ってて。でも、ここに来て少しずつ明るくなっていったんです。ここで、法師様がお父さん、お母さん代わりだった方は数年前に亡くなりましたが、私や年上の子達がお兄さんお姉さんになって、少しずつ家族になっていったんです」

「……でも、血のつながりもないんだろ?それでも、家族なのか?」

 俺の声はとても小さかった。でもカトレアには届いたのだろう。彼女は自信満々に笑顔で、

「血がつながってなくても家族ですよ。同じ家に住んで、笑ったり、喧嘩したり、泣いたり、家出してすぐ戻ってきたり。他人でも長く一緒にいれば家族になれちゃいますよ。すぐに家族になるんじゃなくて、ゆっくりと少しずつ家族になっていけばいいんです。結婚だって他人が二人で家族になるための最初の行動だと思います。そうやって人は他人から家族になって……ってシューさん!?」


 彼女は言葉の途中で俺の顔を見て驚きの声を上げた。カトレアが駆け寄って見上げると目を覗かれる。

 近い、近いって!

「な、え、何?」

「目に埃でも入っちゃいました?ここ埃っぽいですし」

 俺は自分の頬に手を当てる。流れている涙、その理由はおそらく……わかっている。

「大丈夫です。ちょっと近いです」

 お互いの顔が数センチ、少し動けば届く距離。カトレアの顔がさっきまでと違う恥ずかしさで赤くなるのわかる。

「はわわ、ご、ご、ごめんなさぁい」

 残像が残るかと思える勢いでカトレアが俺から離れる。そして頬に手を当てて直立不動になる。その目は渦巻いていて興奮と混乱の最中にいるようだった。


 そして聞こえた声は、

「チャンスだったのに……」

「チューは?しないの?」

「おねえちゃん……」

「チューしろって……」

「……オシッコ、行きたい……」

 ふたたび現れた子供達は増えて全員が覗いていた。それに気付いたカトレアの叫び声が木霊した。


-----


 俺は教会のホールに戻ると放りっぱなしだった上着に袖を通す。そして書類一式をカトレアに渡して役所と学校に持って行くように伝えた。

「補助金については役所に、子供達の学校についてはこちらの書類を学校の窓口に。この書類があれば学費全額免除ですからなくさないようにお願いしますね」

「何から何まで……それに弟妹が茶化してすみません」

 書類を受け取るカトレアの顔はまだ紅潮したままで触れた手も熱く感じた。

「あ、それとこれを王城の窓口に出してください」

 俺は報奨金がもらえる書類も彼女に手渡す。

「え、あの、これは?」

「私個人からのお礼です」

 俺は翻して歩き出す。足取りは軽いのは気持ちに整理がついた、答えが見つかったからだろう。

「お礼って……私達の方がお礼をしなきゃいけないのに!あの、また来てもらえますか?」

「さぁ、わかりません。もしかしたら次があるかもしれませんね」

 背中に聞こえた声に振り向かずに答えた。


 外は月が昇っていて気温は昼に比べて下がっていた。それでも、俺の足は機嫌よく心は軽い。

 父さんや母さんはもういないけど、俺にはレイラがいる。ゆっくりと家族になっていけばいいんだ。

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