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ついてくるもの

 俺が恥ずかしくてレイラやミックの顔を会わせられたのは城に帰ってから五日後……。カルトバウスら三大臣は俺だけが先に帰ってきたことに疑問をいだいたが俺はノーコメントを貫いた。次の日にはグレナルドだけが俺と同じように走って帰ってきたのだが入室は許さず、部屋の前での警備を任じていた。

 そして馬車が帰り着くまでの間、執務の補佐はカルトバウスらが行い、帰ってきてもミックレイラがなぜ同時に外の仕事を任されているのか、大臣らは少し疑問視していたようだった。


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「ミック、新村開拓の公募の方は全直轄地に届くようにしてくれたか?」

「はい。領地を持たない貴族と無職者を優先として、開拓農地は二年間、税を半額にすることと六ヶ月間の衣食住保証は説明会にて行うように手はずを整えてあります」

 ミックの話によると公募して数日の間だというのにすでに王都内で百近い問い合わせが来ているらしく、担当を任されている内政事務員達はてんてこ舞いだそうだ。


 新しく開拓するのは勇者を迎え撃つ拠点として利用する全線砦。まぁ砦と言っても防護壁と高い見張り台があるだけで街とほとんど変わらない。

 戦闘も街から離れた場所で迎え撃つつもりなので大した騒ぎにもならないだろう。


 そういえば思いの外だったことが将軍らが俺を本当に認めた理由が、俺がリューを許せない、そしてリューからこの国を守ろうとしている理由を聞いたからだとミックから聞いている。

 俺にとっては同じ世界から来たリューがこの国を裏切った事への償いでもあるが、それを本音として隠しながらも思っていたこと。それが将軍らの心には嬉しかったらしい。

 まぁ相変わらず三派閥に分かれたままだそうだが……。


 執務の大半を午前中に仕上げて報告書に目を通していく。教育学校は初期入学生が1200人ほどで教員が足りず、生徒の少なかった職業訓練校の教員を臨時で回し、更に臨時教員を雇わざるを得なかった。

 原因は初入学と言うことで王都で教育を受けたい子供全対象だったので七歳から十二、三歳くらいまで一気に来たため多いが次からはグッと減るだろう。

 次の入学は来年以降となり、七歳を迎えた子供が入学してくるだけだから今回のようなことは起きないだろう。


 午後からは何人か、貴族の謁見があるし、それが終われば今日の執務は終わりだ。

「謁見は……四件だったか?」

「はい。ファラガルト令爵、キンガルハート信爵、ダルトアーネ男爵、エイトラ女爵が予定されています」

「……面倒……って言ったら怒る?」

「怒ります」

 ヤダ、ミック、笑ってるのに怖い顔しないでよ……。


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 貴族達の謁見は比較的速やかに終わった。近況報告はともかく長ったらしい挨拶だけは勘弁して欲しい、といっても形式美というヤツは必要か。

 ファラガルト令爵は高齢により嫡子に家督を譲ると言うことで現当主と嫡男が挨拶に来た。

 キンガルハート信爵とエイトラ女爵はキンガルハート信爵長女とエイトラ女爵長男を結婚させたいとのことで俺の許可を取りに、ダルトアーネ男爵は領地開拓の範囲を広げる許可を取りに来た。

 レイラとミックの助言も受けながら許可をしてそれだけで終わった。


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 そして今、俺は城下町を歩いていた。夕方には時間が作れたのでグレナルドではなくヤルナを呼び出して護衛につけて視察に来ている。

 ヤルナがものすごく怯えた様子でついてくるのは今だ俺が処刑以上のことを考えてると思っているのだろうか?


「ヤルナ」

 俺の声に体をびくつかせて震わせる。俺が彼女を見やると怯えた表情を浮かべる。

「は、はい」

 ヤルナを後ろにつれて街を散策しながら

「俺は処罰は考えていない。あの場を収めるのに使った方便だ」

「……し、しかし……私は……陛下に許されないことをいたしました」

「……ならば、許されるように自分でできることで償え。俺や周りを納得させるだけの働きをしろ」

「……はい……」


 ションボリしたヤルナを連れて街を歩いていると俺に視線を向ける者は少なからずいるようだ。多少いいものを着ているとはいえ王族と思えるほどの服ではない。しかし場に似使わないというわけでもないのに常に視線を感じる。

 変わらずに街の活気もよく行き交う人の顔は明るい。飲食店の呼び声も盛んだ。

「ふむ……報告書通り景気はいいみたいだな」


 俺がその場で食べられる串焼きをいくつか買うと半分をヤルナに渡して、

「食え」

 そう言うとヤルナは困った顔を浮かべてからゆっくりと口にする。俺も口にする。豚や牛のような魔物肉でジューシーで柔らかい肉、口の中に旨味は残る。

「うまいな」

「はい」

 ヤルナの声に元気はない。まぁそれも仕方ないだろう。


 道行く人々の顔をそれとなく見ながら歩いて行く。一応の目的地もあるが急いているわけでもないのでゆっくりと散策していく。

 飲食店が並ぶ賑やかな通り、そこを通り過ぎて住宅街も過ぎれば、この区画の端の方まで来る。この辺りはスラムではないがある程度繁華街が近く人通りがそれなりにあるため片隅には子供が座り込み、前には皿やカゴが置いてある。


 当然ながら視線が集まる。この身なりだ、端から見ればどこかの小金持ちの息子が護衛を連れているだけに見えるだろう。

 しばらく歩いて行くと孤児保護施設建築予定地の近くまで来る。数ブロック先の予定地には古い兵舎があるのだが住んでいる兵は数少ない。新しい方の兵舎に引っ越してもらい古い兵舎は取り壊す予定だ。これを更地にして地ならしをしてから新しく孤児保護施設を建設するつもりだ。


 その予定地より手前で小さな騒ぎが目に入った。古ぼけた建物の前でガラの悪そうなおっさん数名がお世辞にも綺麗と言えない服装をした少女を取り囲んで何か言っているようだった。

 近付くにつれて声が聞こえてくる。

「…でだな、これがその借用書だ。ここに法師の名前、ここに貸した金額でこっちが金利だ。そして返済日は先月の末、十日以上待ってて『知りませんので返せません』それが通る分けねぇだろ!」


 どうも金銭トラブルで少女が気丈に言い返す。

「法師様は亡くなる前にそんな借金のことはおっしゃっていません!だいたいこの教会を見てお金を返せると思えるんですか!?」

 少女はやや投げやりなのか自虐的に後ろの建物を指す。

 教会は何か宗教めいたことをするのではなく、市民の軽い相談や愚痴を聞いてくれたり、低価格で治療魔法をかけてくれる施設なのだが高位な治療魔法はできない下位治療魔法師が営む施設だ。


 俺は足を止めて建物を見るが印象的には、日本なら心霊スポットとして紹介されても仕方ないようなボロさ、門を越えて見える建物の周りはけっこう草が生い茂り、窓にガラスはなく屋根は傾いている。

「法師さんが言ってたかどうかはうちは知らないんだよ。二年前に法師さんがうちから銀貨一枚借りて、そんで利子が一年で子銀貨五枚、合わせて銀貨二枚返してもらわないと困るわけだ。返せないなら教会にあるもの売っ払って、それでもダメならお嬢ちゃんに働いてもらおうか?いい店があるんだよ」


 俺は男の言葉の中に引っかかるものがあり、近付いていく。

「へい…主様?」

 ヤルナには外では陛下と呼ばないように言い聞かせてあり、主様と呼んでくる。まぁそれはどうでもいいとして、

「国勢調査員を名乗る。ヤルナ、お前は自分を守ってろ。手は出さなくていい」


 俺が近付くと男のうち、一人が気付いたのか振り向いた。そして身なりを見ての判断か、

「何見てんだ?見世物者ねぇ、失せな」

 おぉドラマやマンガでしか見たことのないような脅し。俺は別の方向にちょっと驚きながら、

「国勢調査員です。先ほどの話、少し聞かせていただけますね?」

 俺は複数持つ身分証の一つ、国勢調査員を示す銀輪に赤い蛇龍の巻き付いた指輪サイズのものを見せる。


 途端に男の様子が変わり、狼狽えた様子で後ろの一人に小さい声で話しかけて、その男が俺の方に来る。どうも彼がリーダー格らしい。

「取り立ての途中なんだがね?何か問題でも?」

 狼の獣人のようで耳と尻尾があり、身なりはそれなりにいいもの、黒の革製のジャケットで中のシャツやズボン、靴に至るまで黒一色にしている。

「ええ。王国における金銭賃貸業の年間金利上限は元金の八分の一までだったはずですよ?」

 これはアンリ先王が立てた法の一つだ。最近に法律を片っ端から憶えさせられているおかげで軍法を筆頭に刑罰法から民法、各商業法までかなり頭をねじ込まれている。

 レイラとミックも英才教育で叩き込まれたそうで俺に教えるときには辞書を見るより聞いた方が早い。まぁ自分で調べてくださいって答えが来るけど……。


「そんなことは知らないねぇ。個人的な貸し借りなんで……」

「では、それならばなぜこの人数で取り囲んでいる?それに明らかに娼婦館か何かに当てがある口ぶりだったが?」

 男は小さく左手の指で腰を何度か叩いた。

 それが合図なのか、周りの男達の雰囲気が変わる。それぞれ棒やナイフなどを出すのがわかる。

 男も腰の後ろにでも隠していたのか、短剣を出して俺に振りかぶった。


「やれやれ……武力闘争は得意ではないのだがな」

 俺はそう言って身体強化をする。ゴールドプレートでもないと貫けない程の強化をしてボーッと立っておく。

 硬質な音や打撃音が聞こえたが俺は何もなかったように立っていた。思ったより音の数が少なかったが、

「金銭賃貸業法違反、不法武器行使、傷害未遂ってとこかな」

 そういったところで俺は素早く当て身一撃で男達を倒していき亜空間倉庫からロープを出すと、最後に背後の人物に問う。

「いつから俺をつけていた?」

「はっ……主上様が出かけたときからです。上官様のご命令です」

「道理で妙な視線を感じていたわけだ」

 三ツ者の一人、フェグリー・ギルドットがいつの間にか俺の背後で両手に一人ずつ男の頭を握りながら立っていた。

 ミックめ、俺が口をふさげるヤルナを連れていくと言ったからつけさせたな。ちなみにグレナルドは衛士隊の隊員に説明会をしている最中で帰れば報告が聞けるだろう。


 捕縛した男達をギルドットとヤルナに任せる。状況報告書と罪科状に国勢調査員証印を捺して連行させた。

「ギルドットは連行が終われば部署に戻ってくれ。ヤルナは連行後ここに戻ってきて私がいなければ定位置に戻るように」

 そう指示してから地面にへたり込んでいる女性に手を貸す。

「大丈夫ですか?」


 女性は数瞬あってから俺の手に気付くとゆっくりと手を伸ばして掴む。

「あ、あの、あ、ありがとう、ございます」

 立ち上がった女性は俺やヤルナ達に頭を下げる。ヤルナとギルドットは会釈をしてから連行を始める。

「いえ、公務なので。怪我などがなくてよかったです」

 女性の身なりは見窄らしい。服の生地は安物のカーテンを再利用したようなもので結構な数のつぎあてがされている。それに髪はパサついていて手足の細さが目立つのは栄養価が足りていないのだろう。


「……ここは、教会なんですよね?」

 俺は確かめるように彼女から建物に視線を移す。

 俺の視線を追って彼女の視線も教会に向かう。そして、

「はい……。法師様が一年前に亡くなって今は私と子供が数人生活しています」

 おう、このボロ教会に彼女以外に数人子供がいるのか。たしかに、教会には孤児院に入れなかった子供が預けられることもあるが……生活はできているのだろうか?

「……ついでです。調査に入ります」

「え?」

誤字脱字がありましたらご指摘の程お願いいたします

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