シュウイチのライフはゼロです
翌日、サラス将軍の砦から王城に帰る馬車の帰路、俺と同じ馬車に乗るのはミックとレイラ、グレナルドの三人のみ。
ミックは少し思案顔で俺を見ている。
「陛下、何かお飲みになりますか?」
レイラは甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれるが馬車に乗ってから数十分、ミックの目が気になっていた。
「……ミック、あの場では言い出しにくかったことでもあるのか?」
俺は向かい側に座るミックの目を見ながら問いかける。ミックは俺の視線を受けると一度グレナルドに、レイラに、それぞれ視線を向けてから小さく息を吐く。
「……陛下、本当のところはどうなのですか?」
「……何がどうなのかな?」
ミックの問うものが見えない。何についての真意を問うのか、行動か、思考か。
「……一つ目、将兵を連れず陛下が前線に立たれる理由。二つ目、誰も殺さずに戦いを終える理由。この二点については将の何人か、ギーデウス将軍やイディルスキー将軍は確実に疑問視しているでしょう。陛下が真意を語らないのであれば真に服したとは思えないのです。聞いている者だけの秘密に致します」
ミックの指摘は誰しも思うことだろう。ミックの目を見ればわかる、俺にまだ言っていないことがあると察されている。互いに近くで見てきた分、素直に言わない自身を悟られても仕方ない。
「他には黙っていてくれよ……。帝国の将軍格の中にはゴールドもいるだろう。過去の情報でも、昨日直接戦って見た印象でも、確かにゴールドが複数いた。基本的に魔力が高くない人族だというのに、だ」
そう、この世界の人族はドルイド族やエルフなど魔法を多用する種属に比べて魔力が高くない。それだけでなく、身体能力は獣人や鳥人に、生産技術や製作技巧はホビットやドワーフ、エルフなどに劣る。
何の特化もない、それが人族なのだ。
だが人族には一つ、特徴がある。種属固有のものや先天性のものでない限り、どの属性でもどの種類でもどれだけの数でも魔法やスキルを習得できる。
ある程度の個体差はあるがほぼ全ての種属が得意不得意な魔法やスキルが存在し習得できないものがある。しかしそのほぼ全ての枠から外れて人族だけが努力次第ではどのような魔法でもスキルでも身につけられるのだ。
ゲーム的な言い方で言えば、努力次第でカスタマイズが自由にできる種属、それが人族なのだ。
神蒼帝国は人族至上主義であり、多種族の多くは上に付くことができず、公務や政務の仕事に就くのもほぼ人族のみ。神兵が軍のエリートならば人族のみで構成されているはずだ。
そうだというのにアンバープレートより上が十人近く。
もし、多種族が将軍格に起用されることがあれば人口差でこちらが不利になる。そうなれば……。
「こちらにもゴールドプレートはいるがゴールド同士がやり合えばどちらかが負傷、まかり間違えば死亡するかもしれん。帝国との無駄な諍いに将を怪我させたくはない。国内の統治をしてもらう方がよほど有効だ。負傷の可能性があるなら私一人で蹂躙する方が余程安全だ」
俺は観念したと言ったように、苦笑いを浮かべて両腕を軽く広げて肩をすくめる。
「……要は陛下は臣下の怪我を心配して自ら前に出た、と言うことですか……。たしかに陛下であればゴールドやシルバーどころか、トライメタルですら数十人掛かりでなければ怪我一つ負わせられないでしょう。そちらに関しましては少しは納得のいくお答えをいただけました」
ミックは小さく頷いて、それから体を前傾させて膝に肘をつけて、手を組む。俺は視線に答えを惑わせる。口にすべきか否か。
「二つ目の答えに関してか……」
俺は馬車の窓の外に一度視線を送る。緑の芝がどこまでも広がり、牛っぽい生き物がたくさんいる。
ただ牛にしては大きい。傍にいる人影と対比しても頭のてっぺんが三メールほどある。それに山羊の角を巨大化したような角をしている。
……牛……と言うことにしておくか……。
俺は牛の考察を取りやめてからミックの方にむき直して、
「一つは政治的な理由だな。殺しては向こうがこちらを暴虐な生き物としてしか見なくなる。今ですから残虐な生き物が暴で統治してると思っているらしいからな。殺すことは無益どころか不利材料だ。もう一つは、俺個人で圧倒できる力を見せつければ、相手の中には諦めて講和の道を進言する者も現れるかもしれんしな」
しかし俺は勇者に対する感情があった。
「……これはとくに内密にして欲しいことだが……私ではなく俺が許せない。同じ国から来たものがこの国を見捨てて、あまつさえこの国を滅ぼそうとするのなら俺はそれから守らなくてはならないと思う。それがヤツが裏切ったことに対する俺がしなければならない償いであると思っている」
公私混同と言われても仕方ない。だが俺は助けを求めた人を見捨てたリューが許せない。あのリューにはこの国の皆を裏切って見捨てたことを後悔させる。同じ世界から、同じ国から、来たものとして個人的に許せないからだ。
でも、たぶん、俺は……誰も殺さずに事態を収めたい、自分の手が汚れるのが嫌なだけなのかもしれない。
「陛下……」
「……俺としてはこれは戦争ではなく、シュウイチという男がリューという男が嫌いだから喧嘩をしているだけだということにしたい。戦争は殺し合いだが喧嘩は両方が納得する形になるまで殴り合えばいい。あのガキが納得するまで俺はあいつにつき合ってやる。まぁ俺もまだまだガキだしな」
俺は笑ってみせる。帝国にも話がわかるヤツがいるなら、そこから和解の道が開けるかもしれない。
それまでは……戦争ごっこの喧嘩にならつき合ってみせる。
「……陛下は守ることに執着されていますが……その心底には何がおありなのでしょうか?」
ミックの言葉が俺の心をえぐる。思い出したくない。でも忘れることはできない、許されない。
「……それは……聞くな」
俺の発した拒絶の言葉と冷めた表情にミックはため息をつく。レイラは困惑した表情の中にあきれが混じる。
馬車が揺れながら走る。誰も言葉を口にせず、俺はミックの返事を待っていた。
「……」
ミックは一度何か言おうとして口を開こうとしたが言葉を失い片手で顔を覆う。
そんな中、俺の耳に小さな声が届く。我慢していたが堪えきれなくなって零れた声、そんな感じの。
一瞬グレナルドかと思ったのだが声の主は男性。ここにいる男性は俺とミックのみ。御者も男なのだが馬車はコンパートメントタイプで御者席と客車は壁で仕切られており、零れた声が届くとは思えない。
その答えはすぐ傍にあった。ミックの足元、革鞄の空いた口から見えた水晶。
「お気づきになったようですね……陛下があまりにも素直になられないのでご無礼ながら仕掛けさせていただきました。水晶の向こうには十六将皆が揃っております。処罰は何なりと」
やや引き攣っている笑みを見せるミックに俺は唖然としながらも水晶を手に取る。見ると確かに水晶越しに将らが見える。
俺はどんな顔になっているかもわからず、そんな俺の耳に届くのは、
『陛下のご真意、確かにお聞き致しました。陛下は体面ばかり気にされてお心が見えないかと思っておりましたが……』
『陛下は私達に過保護なだけ、と……若い陛下に心配されるほど歳はくっちいないとは思うだけどねぇ……』
サラス将軍やギーデウス将軍の他にも将軍達の声が聞こえるのだがその言葉が俺の頭には入らない。
先ほどまでに口にした、臣下を守る理由が民を守らせるためだけでなく将らの身を守るためとか、リューと戦う理由とか、全部を聞かれた……。
俺は迷わず走行中にも関わらず馬車の扉を開く。そして魔力で体を強化すると飛び降りて王城に向かって走り出す。
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この日、馬車より三日早く王城に辿り着いた俺は政務すら自室に立て籠もり、レイラとミック、グレナルドにはしばらくの間入室を禁止した。
どんな顔を会わせたらいいのか、小っ恥ずかしいわ!
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