3か月後
アンハイルトンに来て3か月後が経った。
俺は召喚された当日から城中の一部屋、それもかなり豪華な広い部屋を与えられた
20畳ほどの部屋には天蓋付きのベッドに高級そうな服がいくつも掛けられた広いクローゼット、出入り用ではない二つの扉もあり、浴室とトイレにつながっている。
さらに魔力を放つ石、魔石があちこちに使われている。たとえ壁にある窪みに丸く錬成された魔石をはめ込むと光を放つシャンデリア。同じくように魔石をスイッチとする冷風温風の出る空調。浴室もトイレも魔石から出る水道がついており、これらはかなりの費用を必要とする設備だらけだそうだ。
当然ながら城下町にはそんな設備のあるところはなく、あるとすれば貴族街やごく一部の豪商など潤沢な財産を持つ者の家にあるくらいだ。
一般的なトイレは下水へと直行されるものか、くみ取り式、風呂はない家庭が多く公衆浴場に行くのが一般的な生活水準になっている。
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毎日の勉強により、魔法を扱うに必要な魔力操作や一般知識、国内外の情勢など必要になりそうなことは多少なりとも身につけられた。
これもカルトバウスを始め、シュレリアなど他の者たちの協力があって、だが。
カルトバウス・リケルトラ、聖魔光王国の三大臣の一人で内政に関して王を補佐し、相談などを引き受ける内務卿を務める。
見た目は白髪の初老であったが白髪は元からで51歳と見た目より若く、シュレリアの父でもある。
ジェラルド・ダルゲトル、彼も三大臣の一人で軍務卿を務める。国軍をまとめ上げ、各部隊の状態を全て把握し、軍事に関する奏上なども行う。
48と三大臣の中では一番若い。十年ほど前までは現役の指揮官だったらしいが、前任者の引退により今の地位にいる。
俺から見ると高身長に筋骨隆々、金髪のダンディなおっさんだ。
ノゼリック・カンパトーレ、三大臣の一人で外交、他国の情報収集など国外に関することを仕切る外務卿で54歳。
やや小太りだが笑顔を絶やさず、人当たりの良さそうな印象を受ける。身長は俺より少し小さい165あたりだろう。蒼銀色の髪に狐の耳、足が少し悪いそうで杖を手放せない。
風貌とは反して外交戦略についてはかなりの知識と実践があり、並々ならぬ参謀だ。
シュレリア・ファン・グリエス、俺を補佐する世話係ですと言っているが、俺が何か動くたびに「どうされましたか?」と聞いてくる。まるで監視されているようだ。
たまに姿を見せなくなるが数時間もせずに戻ってくる。
雪を意味する六花と名前を付けた俺についてきちゃった子猫だ。城のメイドたちにはとても人気がある。しかし俺にしか懐いてなく、俺のそばから離れない。ちなみにメスだ。
あと俺の周りによくいる者はメイドのアゼリアとイゾルデ。二人とも小柄でよく働き、俺の食事の世話に部屋の掃除など俺専属らしい。
着替えや風呂まで手伝おうとしたがこれはやめさせた。
アゼリアはピンク色の瞳がやや爬虫類っぽく、ルビーのような紅い輝く髪は美しい。肌は肌理細やかで染み一つなく、メイドでありながら荒れてもない手がとても綺麗で印象的だ。
メイド服の上からでもわかるほどにスタイルがよく、走るとたゆんたゆんと揺れている。
世話を受けていると時折胸が当たったり、押しつけられたりする姿勢になってしまうが、本人は至って気にしておらず、こちらとしては顔が紅くなる心境だ。
イゾルデは軟らかそうな緑のショートヘアーの上には微かに輝く黄色い花が咲いていて、肌も極薄い黄緑色がかっている。最初こそ驚いたが、この世界では肌が地球の感覚にある肌色じゃない人の方が多いそうだ。
気になって聞いてしまったが「アルラウネ族は頭の花が咲いて大人とされ、花に輝きがあるものが美男美女と言われます」とのことだ。
顔付きも整っており、穏やかな雰囲気を持ち、優しそうで育ちの良さを感じる落ち着きもある。だからアルラウネ族であってもなくてもイゾルデは美人だ。
二人とも俺の二つ年下の16だと知って少し驚かされた。
この国では16歳で成人、寿命はどの人属も70歳ほどで80を越えれば長寿だそうだ。
まぁ今俺が把握できている周りの主たる者は彼らだ。
あまり話したりしない者なら警備の軍人や城中のメイド、それに三大臣の部下たちをあちこちで見かけるが話すことはほとんどない。
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そんなある日、三大臣が揃って俺の部屋に来た。
「シュウイチ様、こちらの生活にはお慣れになれましたでしょうか?」
カルトバウスを筆頭に何か真剣な面持ちをしているところがあり、やや緊張した空気が部屋を漂う。
俺は悠然と構えて、
「ええ。みなさんのおかげでなんとか。それより三人が来ると言うことは重要なことだね?」
ノゼリックが微笑みながら、
「本日はシュウイチ様に王に会っていただき、聖魔光王国の王位を継いでいただきとうございます」
「こちらへ」
ジェラルドを先頭に城の地下の方へと案内される。
石造りの階段を大臣達が持つ燭台のみが灯りで薄暗い。足音だけが甲高く響き、闇に飲まれて消えていく。
長い石造りの廊下の先、行き着いた場所はかなり地下深くにある一室。飾り気はないが上質な木製の扉のまえだった。
ジェラルドがノックをすると中から何者かが扉を開けた。
「ダルゲトル様、カンパトーレ様、リケルトラ様、シュウイチ様がいらっしゃいました」
扉を開けた女性は奥へと声をかけてから中へと俺たちを通した。
中は少し薄暗いがあちこちに魔石の灯りがあり、部屋の中央と奥は見えている。ただ左右は闇に包まれていて広さはわからない。
そして奥には数段の低い階段、肘掛けのある大きな椅子に座る影が見える。
近付くとわかったのは、顔は精悍な顔立ちをしているまだ若い男だった。
赤い炎のような髪をしていてオレンジ色の瞳はシュウイチを捉え見据えている。
その横には赤褐色の肌をした額に角のある黒髪の男が立っていた。
そして案内した女性は男とは反対側に玉座の隣に立つ。
皆は玉座の男の前に跪き頭を下げて、俺も見よう見まねで膝をつく。
「よい、楽にしてくれ。シュウイチ殿、初めて会う。余はシュルシュトフロストアンリ・ダレンノア・ギアス、聖魔光王国の国王だ」
かなり長い名前を言われて困った俺だったが、
「アンリでよい。シュウイチ殿も気を楽にしてくれ。それに、私もこの口調は疲れるのだ」
どこかおどけたように言うアンリに俺は、
「それは助かります。どうにも慣れなくても困っていました。今川秀壱です」
俺が立ち上がって名乗ると固い表情を崩して笑みを見せた。
「カルトバウス、ノゼリック、ジェラルドもそのように畏まらなくていい。私も苦手だ」
まだ傅いて膝をついていた三人は、
「はっ」
ようやく立ち上がり、一度頭を垂れてからアンリを見た。
「シュウイチ殿、このような地下まで来てもらい申し訳ない。私の身も動けばよいのだが、もう首から下が動かなくてね」
「王の命が危ないとは聞いていましたが見たところ、かなり若いですが…?」
俺が怪訝な顔を見せたのを見て三人は少し焦った顔をするがアンリは笑い出した。
「私も君と同じ、異界から来た者でね。私はギアス族と言って成人してからは見た目がほとんど歳をとらない種属なのだよ。ただもう部品のほとんどが動かなくなってきた。部品の寿命が私の終わりなのだ」
目線を横に送る。先ほど扉を開けた女性はアンリの服の前を開けた。そこには人の体ではなく、歯車やベルト、チェーンなどで構成されたロボットのような胴があった。
女性が閉めるとアンリは話を続ける。
「私がこの世界に来て90年。二代前の王に請われて戦い、先王がなくなって王位を継いだ。
それからはこの国の民が傷つかないように和平交渉と防衛、臣民の安寧のための為政に専念してきた。それでも講和を結ぶことはできなかった。
シュレリアからの報告では君は勤勉にこの国の内外の情勢を知ろうと学び、魔妖人や他の人属について聞き調べ、街の視察まで行ったそうだね。
この国を知ろうとし、この世界を知ろうとし、魔妖人であっても差別することなく接してくれている」
シュレリアがたまに姿を消していたのはここに報告していたからのようだ。
俺の表情に気づいたのかアンリは笑顔を浮かべる。
「君には私と似たところがある。今ひとたび願いたい。この国のために、臣民のために、私の後を継いでもらえないだろうか?」
俺は少しだけ迷った。
地球にはあまり未練はない。家族は叔父夫婦以外は他界し、ただの名義上の保護者でしかない。俺の面倒を見ている理由は両親が残した遺産と保険金、それも億を超える金額で転がり込む金であれば喜んで受け取るだろう。
親しい友人達はいるが恋人は以前別れてからいない。
俺を必要としている人は多くいないことを知っている。そしてこの世界は、この国の人は俺を必要としてくれていて、俺にやれそうなことはたくさんある。
それに帰る方法もわからないからな。
「かまいません。地球、前の世界に未練はほぼないですから。……それに、いえ、なんでもありません」
アンリは俺の置いた間を少し気にした様子も見せたが、
「君がこの国の臣民のために私も意志を継いでくれるというなら」
アンリの正面に白い炎が浮かび上がった。
「これを受け取ってくれ。臣民のために私の意志を継ぐと、意思しながら」
俺が近付き、それに触れる。するとアンリが笑った。
「よかった。それは断罪の炎。嘘をつく者はその炎に灼かれるが、本当に思っていれば灼かれるどころか熱も感じない。それを受け取れたと言うことは君が臣民を思う気持ちに偽りがない」
白い炎は俺の手の上で燃え続けていた。
その形が∞を形取り揺れる。
「それは『インフィニスト』。先王よりお預かりした私の最後の力だ。基礎的な魔力と放てる魔法の威力を跳ね上げる。……王を継ぎ、この国を守ってくれるのならば君に渡したい」
アンリは俺に笑いかけてから周りに目を向けた。
「もう一つ、シュウイチ殿には伝えねばならないことがある」
インフィニストを消したアンリは真剣な目を俺に向けて語り出した。
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アンリから伝えられたことを頭の中で反芻しながら俺は答えを探していた。
その間にアンリは玉座の左右に立つ二人を見やった。
「…アドウェネド、フロミラ」
「はっ」
「はい」
玉座の横にいた男、アドウェネドと俺たちを案内した女性、フロミラが返事をした。
「体が動かなくなった私を今日まで支えてくれたこと、大義であった。思えばそなたらの親にも世話になり、その子であるそなたらにも世話になり、二人が一族には世話になり通してあった」
「お言葉、もったいのうございます」
「私もアドウェネドも陛下のおそばでお仕えできたこと、子々孫々までの誉れでございます」
アドウェネドはまなじりに涙をこぼしながらも気丈に振る舞う。フロミラは両手で顔を覆い涙を隠す。
「二人には子があったな。その者をシュウイチ殿のそばに置き、助けとさせよ」
アンリの言葉に二人は頭を下げ、それを見たアンリは次に大臣達に視線を向けた。
「今まで使えてくれて感謝している。先王より預かりし我が代で和を作れず、そなたらにもまだ負担をかける。シュウイチ殿を王とし支え新たな世を平和に導いてくれ」
「陛下、お言葉通りに」
「へ、陛下……」
「我々は陛下に導かれここまで参りました。陛下こそが我々の光でございます」
カルトバウスとノゼリックは涙することはなく我慢をしていたが、ジェラルドは禁じ得ず涙を浮かべていた。
「バウス、リック、ジェラール……今だけでよい、陛下と呼ばないでくれないか。昔のように呼んで欲しい」
「アンリ様……」
「アンリ様」
「ア、アンリ殿……」
アンリは三人に名を呼ばれ黙って笑顔を浮かべる。その目からは涙が溢れていて、自らの最後を受け入れているように見えた。
その様子を見ていてアンリが周りの者に慕われていたか、少しだけわかった俺は決する。
「王位を継ぐに当たって一つだけ条件がある。これを受け入れてもらえるなら、アンリ陛下の意志を継ぎ、この国のために最後まで尽くそう」
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