優等生
呼ばれた学生には初手を譲りしばらく攻撃させて攻めを見る。そして次にこちらが攻勢に出て守りを見る。そしてねじ伏せる。
呼ばれる順番は総合成績が下位の者からのようでどの子も軽くいなせるが、上位に近付くにつれて魔法を織り交ぜたり鋭い攻撃を見せたりする者も現れる。しかしながら俺が背中を任せて安心できそうな腕前はいない。
俺はまだ1メートル以上動いていないからだ。せめて俺を動かすくらいでないと任せていられない。
そして最後に呼ばれたのは、
「次、ナターシャ・ハイゼランス!」
「はっ!」
翡翠色の全身鎧、背中には十近い長物を背負う。他にも全身鎧を着た者もいたが武器がここまで多い者はいない。
俺の前に立つとハイゼランスは、
「ナターシャ・ハイゼランス!15歳、ゴールドプレートで座学1位、実技2位です」
元気のあるハキハキした声を俺に向けた。
そして背中の槍を一本取ると構えた。腰を少し落として右膝だけを曲げて、左足は前に擦りだす。
そして腕は矢を穿つような構え。槍の石突きのほうを右手で引いて持ち、左手は握らず親指と人差し指の間の谷に乗せるだけ。
「参ります!」
彼女はかけ声と共に俺に向けて左手で照準を合わせて右手の力で槍を投げ放った。身体強化もしているのか、かなりの速さで飛んでくる。
紙一重で交わてハイゼランスを見やると次の槍が装填されていた。そして間髪入れずに脚を狙うように放つ。
それを避けたまではよかった。視界の端に妙なものが映り、俺は反射だけでそれを避けた。
地面から生える黒い手が槍を投げていた。黒い手は俺を包囲するように現れて俺が避けた槍を掴むと投げてくる。さらにハイゼランスが槍を投げて追加されていく。
十近い槍はこのためかと俺は納得しながら飛来する槍を躱し続ける。
穂先が空を切り風が鳴る。一瞬でも油断すれば怪我はなくとも当たるだろう。もし実力差がなければ死が見える。
飛ぶ槍が減ったかと思えば黒い手が槍を振るい俺目掛けて襲い掛かる。さらにそこにハイゼランス自身も最後の一本を持って突撃してくる。
「よっ……と!」
少し魔力を上げて飛んでくる槍を叩き落とし、黒い手の持つ槍を蹴り飛ばす。そして全ての槍を遠くに投げるか蹴るかして遠ざけた。
その隙を突かれてハイゼランスの槍が俺の頭をかすめた。耳の側を刃先が通り抜けて髪が数本、ふわりと飛んでいく。
俺はその槍を掴むと力任せに奪い取り投げ捨てる。手持ちの武器を失ったハイゼランスは地面から生える黒い手を引っ込める。
この子は弱くない。まだ経験の浅いだけで未研磨の宝石といったところだ。実技3位と比べても戦闘能力はかけ離れている。たぶんプレートが同じでもピンキリがあってゴールドでも上位の才に努力を重ねたのだろう。
ハイゼランスは脱力したような立ち方をして魔力が小さくなっていく。俺は様子を見てこの後の展開を待つ。
諦めか、裏技か。これまでも戦闘形態を使ってきた生徒はいたがハイゼランスはまだ見せていない。
ハイゼランスの魔力が急激に高まると右手に光球が現れる。そしてそれは一本の片鎌槍となった。魔力を物質化した物か、それともあの槍が戦闘形態の一種なのか。
俺が考察をしていると爆発的な速度で間を詰めてきた。さっきまでいた場所には深く足跡がついており、思いっきり踏み込んできたということだ。
ブォンと揺るような音で風が吼える。回転させながらの突きでありながら先ほどよりも速く、今の強化量では心許ないほどの脅威を感じ、俺は思わず身体強化に使う魔力を増やす。
およそ学生とは思えない重い一撃を回避、防御する。個人戦闘なら小隊長クラスと比べても遜色はなさそうだ。
「はぁっ!」
俺の左肩を狙い激しい突きを放つハイゼランスの前に踏み込むと強引に槍を掴む。魔力で強化していなければ火傷どころか指を持っていかれそうだ。
が、掴んだ槍がグニャリと曲がった。予期せぬ事に俺はバランスを崩す。ハイゼランスに背中を見せないように反転しながらバランスを取ると槍の穂先が伸びて曲がる。
一直線に俺に向かってくる。仕方なく、その場で踏みとどまり重心を下げる。槍の尖端目掛けて正拳を放った。
魔力で強化した俺の正拳は風を呻らせるどころではない。正拳が槍と衝突してから風の爆ぜる音がする。
槍の切っ先と俺の拳が当たったところで、
「うん。終わろうか」
その言葉でハイゼランスはその場に座り込み、手元の槍が消えてしまう。
俺を1メートル以上動かしたのは彼女のみ。
「ハイゼランスで最後です」
俺が頭の中で決めているとグレナルドが最後だと告げた。俺は首をかしげて、
「実技の1位は?」
俺がソルベェグ学長の方を見ると何か都合が悪そうな顔をする。視線を担任のウィーリスに移すと、
「実技1位は今期卒業を見込めなくここには連れてきておりません」
「そうか……では、実力だけ見たいから連れてきてもらえますか?」
俺が頼むと二人は顔を見合わせてから何事か話すとソルベェグが頷きウィーリスが走って行った。
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