外伝・シルフィナ・サンターナのとある休日
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読み飛ばしても本編には影響はありません
が、読んで欲しいです
私の朝は比較的ゆっくりしている。七時には起きて身なりを整えると屋敷のダイニングに向かう。
屋敷と言っても他の将軍達と違いかなりこじんまりとしたもので部屋数も七つでリビングやダイニング。贅沢をしたのは風呂場くらいかな。
当然ながらこの広さには使用人は必要なく、家族のみで手入れなどが行き届く。
守将に抜擢されてから十年、ずっと住んでいる屋敷には愛着があり、手すり一つ、柱一つにも思い入れが出てくる。柱にある白い線は子供達が小さい頃からの成長の証だ。
そんなことを思いながら階段を下りてダイニングルームに入ると朝食はほぼできあがり、あとは食べる者を待つのみとなっていた。
肩の高さで後ろを縛った青緑髪の長い髪、少し頼りなさげに笑う口元、メガネのレンズ越しに見える細く優しい目。髪の間から見える青みのある白い兎の耳は先が少し折れている。
エプロン姿で片手にティーポット、もう片方にはティーカップを持つ。大きな窓から入る朝日に照らされながらポットを高く上げてカップに紅茶を注ぐ。
「おはよう」
私の声に目線を少し向けて、
「シルフィナ、おはよう。食事はできているよ。あの子達はまだ起きてこないけどね」
ポットとカップをテーブルに置いた男、キース。私の夫である。
「今日はゆっくりできそうだよ」
「そうかい。じゃぁ久しぶりに二人で買い物に行くというのはどうかな?」
キースはニコニコしながら提案してくる。私は目玉焼きにフォークを突き立ててナイフで一口大に切りながら、
「いいかもね。たまの休みだからキースと外食もいいと思うんだけど?」
在宅とは言え仕事をしながら家事を一手に引き受けている夫を気遣うと共にどこの店に行きたいかも考え始める。
とキースが突然空いているティーカップにも紅茶を淹れ始めた。おそらく子供達が動き出した音が聞こえたのだろう。
そしてまもなく、
「おとーさん、おかーさん、おはようございます」
末子のディラン、夫の血統が強く出て兎獣人で十歳。時間には正確だが気性はのんびり屋でまだ手がかかる。
椅子に座ると食べ出すが窓の外を見てパンを咥えたまま止まる。少し眉間にしわを寄せて悩ましげになり、
「うーん……」
「ディラン、どうしたんだ?」
キースが声をかけるとディランはパンを咀嚼して飲み込んでから、
「先生が今日は外で写生をするって言ってたんだ。暑そうだなぁ……」
先生というのは家庭教師のことで子供達には家庭教師をつけて文武に渡り教育をしている。
そういえば陛下は文字や算用については全ての子供に教育を施したいとおっしゃっていたっけ?軍学校に似た形式で教育学校を作るおつもりらしい……。
「帽子にタオル、水を持って行けばいいでしょ」
そんなことを言いながらダイニングに姿を見せたのは長子のリシュリー。もうすぐ二十になると言うのに男の一人も連れてこない、心配な娘だ。
「おねーちゃん、おはよう」
「リシュリー、おはよう」
「うぅあおー」
リシュリーは伸びをしながら欠伸とも取れるような声でキースとディランに返事をしてから朝食をけだるそうに食べ始めて、
「今日はエリス達と遊びに行くから昼ご飯いらないよ」
「あまり遅くならないようにね」
「うん。お父さんは心配性なんだから……」
そう言ってる間に私は食べ終わると起きてきていない一人を思い浮かべて、
「アルスを起こしてくるわ」
「ああ、せっかくの朝食が冷めてしまうからね」
キースはスープを飲み込んでから私に笑いかける。いや、彼の場合、笑いかけると言うよりも常に微笑んでいるのでいつも通りの表情なのだろう。
私は椅子から腰を上げて寝坊助の長男をお越しに部屋へと向かった。
私が部屋に入ってからドタンバタンと大きな音がしてから私が部屋を出てアルスもすぐに出てきた。
これが私にとっていつもの朝であり、嫌いではない、むしろ好きな時間なのだ。
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アンリ先王より賜った砦に付属されるようにある街、砦の兵やその家族達が生活するに当たり必要な家や店、田畑などが作られている。
そして現王シュウイチ陛下から和平と成った今はこの街の統治を守将に任せてさらなる発展を目指すことを言い渡された。
やることは大きく変わっていないのだが、やはり和平が成ったことで街の活気は賑やかで表情も明るい。
以前ならば帝国の侵攻に合わせて避難があったせいでいつ侵攻があるか、常に気を張っていたようにも思える。実際私は常に周囲警戒と隣の砦と連絡を密に取り合い、高水準の警戒を取っていた。
おかげで休む間もなく働いていたのだが。
そんなことを思いながら街を歩く。二人で並ぶと外見だけなら親子ほど年が離れているように見えて、知らない人には間違われる。
キースは微笑んだまま、たまに私に視線を送りつつ通りの商店を眺めている。
「和平が成って街は平和だねぇ」
「そ、そうね」
まるで思考を読まれたかのようなことを言われて私はどもった返事になってしまう。
ある店の前を通ったときに店主のドワーフがキースに声をかける。なじみの店で店主のリファートとキースは長い付き合いがあるらしい。
「キース、アレが手に入ったぞ」
私やキースと同じほど年齢なのだが無邪気な笑い顔はどことなく若さらしさもある。その声にキースは店に寄っていき何かをリファートから受け取る。
私もキースの後を追うように行くと、
「将軍さん、今日は休みでいいのかい?」
「ええ。部下がしっかり見張っていますし、周囲警戒も怠っていませんから」
私の笑みにリファートは大きく頷く。
「あまり仕事ばっかりだとキースも拗ねてしまうからねぇ」
「おや?リファート、僕がいつ拗ねていたというのだね?」
同じ微笑みだというのに少し冷たさを感じさせるような声室にリファートはキースの肩をバンバンと叩きながらゲラゲラ笑う。これもこの店に来るといつものことだ。
「それにしても、いい品だね。リファートは余計なことさえ言わなければとってもいい男だよ」
「わしは常にいい男だがね?ご希望の黒毒蜘蛛の眼だ。吟味して仕入れたから質はよいよ」
キースの手にある小指の先ほどやそれより小さい黒い球体はモンスターの眼らしい。キースは数枚の銅貨を払い、小さな巾着にそれを入れてポケットに入れた。
店から離れて歩きながら、
「アレはどうするの?」
「ああ、目に使おうと思ってね。今までみたいに木の玉に黒塗りした物より長持ちだからさ」
そう、キースはかなり珍しい職人で人形を作っている。獣人族の伝統では子供が産まれたときに系統族の動物の一部を使った人形を作り、本人が病気や怪我をしないように願をかけるのだ。
もちろんキースも夫婦の寝室に兎の人形を置いているし、アルスやリシュリー、ディランが産まれたときにもそれぞれに人形を作って健康の願掛けをしている。
そしてキースは動物の人形を可愛らしくデフォルメして作り、商店に卸している。最初は貴族相手に頼まれて作っていたのだが、その出来の良さにより噂が噂を呼び、貴族へのオーダーメイド人形製作師として社交界にもデビューした。プレートはイエローだというのに、だ。
まぁそこで若い頃に出会って今に至るのだが……。
そして今も貴族へのオーダーメイドの他に一般流通の多い素材を使った普通の人形を作っている。製品は子供や女性に人気が高く、弟子入りを志願してくる者も少なからずいるがキースは全て断っている。
それに貴族とのつながり目当てか、資産目当てか、側室の座を狙ってくる女もいるがキースは私以外には興味を示さない。別に一夫一妻でなくてもいいのだけど……いや、私一人に愛情を注いでくれる方がありがたいよ?
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夜になってもリシュリーが帰ってこない。
軍学校からアルスも帰ってきていて夕食も済み、ディランはお風呂も済ませているというのに。いつもより遅く不安な気持ちになり、
「キース、私、あの子探してくるから」
「うん、気をつけて。と言っても君を傷つけられそうな相手はこの辺りにはいないけどね」
私の強さを知るキースはいつもの微笑みに不安を交えて私を送り出した。
リシュリーが友人達と食事に行くとしたら繁華街、私に似てお酒が好きだから飲めるところに行っているはず、と私は夜の街を小走りに闊歩する。
日も落ちてかなり経つというのに賑やかなのはいいことだ。
私は目星をつけていた辺りに来ると左右を見渡しながら足を進める。
どこも店の窓から灯りが洩れていて賑やかな声が聞こえてくる。店の前では盛んに呼び込みもしていて人が多い。
市民に紛れて魔物狩りらしき体躯のよい者もまれに通りかかる。そして呼び込みや喧噪の中に声が聞こえた。
「お断りです。今からもう帰るので結構です」
「そんなこと言わずにさぁ。俺達だって君たちみたいな可愛い子とお酒が飲みたいんだよ。ねぇ、一件だけでいいからさ?」
娘の毅然とした声に軽薄そうな声が被さる。私が人を避けながら行くとそこにはリシュリーと娘の友人でホビットのエリスちゃん、犬獣人のメリッサちゃんの姿があった。
声をかけているのは娘達より少し年上と見受けられる魔物狩りらしき風体、金髪の剣士に赤髪の槍使い、茶色いローブの魔導師らしき三人組。
剣士が娘に下心のありそうな顔をして娘の胸元に視線が向いている。
「ちょっといいかしら?」
横から近づいて凍てつく笑顔を向けるとリシュリー達がこちらを向いて、送れて三人組も私の方を向いた。
リシュリーは気を張っていたのか少しほっとしたような顔になって、エリスちゃんとメリッサちゃんは逃げるように私の側に来る。
「ん-、お姉さんはそこの子達の関係者?」
すでに酒が入っているようで息に酒精の臭いが混じっている。そしてまるで値踏みするように私を見てから、
「その夢魔族のこのお姉さんかな?」
私にまで軽薄そうな顔で、更に胸を見た。
「家族だけど何?この子達はもう帰るの。あなたたちの相手は別の子を探してちょうだい」
私が翻して三人を連れていこうとすると肩を掴まれた。
「寂しいこと言わないでさぁ。お姉さんも一緒に飲もうよ?」
私はその腕を掴んで首から上だけ反転させると脅す目つきにして手に力を込める。
「離してもらおうかしら?三下」
周囲で私を知るもの達がジワリジワリと距離を取る。この後にどうなるか、知っているから。
「あ?誰が三下だぁ!俺のプレートはシルバーだぞ?」
私の手をふりほどくと怒りにまかせて剣を抜いた。
「抜剣確認、周囲への危険性あり。……シルバーなら、多少雑に扱っても、壊れないわよね?」
無抵抗の者に振るうほど安い拳ではないが、街中で剣を抜いた者は見過ごすわけにはいかない。酔いに任せてだと余計に、ね。
素早く体を反転させて、まずはビンタ。
「おぶえ゛!?」
そしてボディブロー。鎧もあるし加減はしてあるとは言え、胃の中の物を吐瀉した。男の体が浮いてくの字に曲がる。
「私の顔を見てもわからないのは外の者だからかしら?」
将軍になったことと得意魔法の性質上、前線に立つことも少なく、下士官だった頃に比べて自ら戦うことは減ってしまった。
でも、今なら獰猛に笑える。
後ろにいた槍使いが逃げ腰にジリジリと下がり始め、魔導師のほうは腰が抜けたのかその場に座り込む。
「あわ、ベイゾ、が……はひぃ!?」
魔導師の方は私が近付いただけで悲鳴を上げる。先ほどまでの長子の良さそうな笑みが消えて恐怖に凍り付く。
「さて、酒の勢いとは言え街中で抜剣。お仲間なら罰はないけど聴取はさせてもらうからね?」
私が目の前にしゃがみ込んで聞いただけなのに、威圧されたかのように魔導師は残像が残るかの勢いで首を縦に振る。
そして隙でも突いたつもりか、槍使いは私の視界の隅から走って逃げようとした。
私が追おうと腰を上げたがその必要はなかったらしい。
上空から現れた影が槍使いに襲い掛かり、膝で肩に蹴り込んで男を昏倒させる。
そしてその影は私の方へと一直線に走ってくる。
「せんぱぁい!飲みましょうよぉ!」
すでに赤ら顔、両手の指の間には計八本の特大酒瓶。両腕を広げて抱きつきに来た。
私は腕を伸ばしてティフォルの頭を掴み、指に力を込める。
「あぁん、先輩、照れなくてもいいですよぅ」
かなり力を込めているというのに恍惚の笑みと声を見せるティフォルにいつも以上に呆れながらも一抹の感謝をして、
「それの捕縛の協力に感謝はするけど抱きついていいとは言ってないわよ?」
「やだなぁ、私と先輩の中じゃないですかぁ。先輩のおっぱいもお尻も私のモノですよぉ。ぐへへへへ……」
頭を掴まれているというのに下卑た笑いと舌なめずりをする。これさえなければティフォルはもっと評価してもいい能力なのだが……。
「お母さん、ありがとう……」
「おばさま、すみません。ありがとうございます」
背中に娘とその友人の声がかかり私はティフォルから手を離す。体ごと振り返って両手を腰に当てて少し叱責するように、
「帰りが遅いから心配して見に来たら……。まぁ無事だったしいいわ。帰りなさい。私は屯所に寄ってから帰るわ」
私がチラリと足下の剣士、傍の魔導師、道に転がる槍使いと視線をやるとリシュリーは頷いて友人らと帰ろうとした。
そこに背中からおぞましい気配がした。両脇から手が伸びてくる。その手は確実に私の胸を掴もうと伸びてくる。それを払おうと手を伸ばしたが、
「てい!あれ?」
当たる直前でその手が消えた。そしてリシュリーの方から絹を裂いたような悲鳴が上がった。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「リシュリーちゃんは先輩に似てきましたなぁ、ここも」
私の胸を触ろうとしたのはフェイントで正面から娘の胸をねちっこく揉みしだくティフォルがいた。
そしてティフォルの手がリシュリーのお尻に向かったときにリシュリーの腕が上がり、ティフォルの頬を打った。目視できない速度でティフォルの体が回転する。
「えらっぷえ!?」
奇妙な悲鳴を上げてティフォルが地面に突き刺さる。
そして腕を振り下ろした姿勢のまま、肩で荒い息をしているリシュリーがいた。
「ふー!ふー!」
「リシュリー、帰ろうよぉ!?」
「リシュリー、落ち着いてぇ!?」
友人二人の声が繁華街に響き、誰かが警邏の兵を呼んでいたのか、三人の兵が到着した。
私はどこから説明しようと考えながらも地面に突き刺さったティフォルを見ていた。
アンタの言うようにリシュリーは私に似ているよ。
見た目も、性格も、プレートも、ね?
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