衛士長と来訪する狐
数日以内にグレナルド将軍の後任が決まり、ジェラルドから書類が来ていた。後任はガルタス・キトウェイ、南部のモンスターの討伐を任せている護国隊の左将軍からの異動と書いてある。
グレナルドが下将軍だったので部下に将軍位の者がいないために他からの異動とはなったが補佐官達は残っているので安心できる。
「では、これが辞令だ。よろしく頼むよ、グレナルド将ぐ……将軍ではないな。グレナルド衛士長。ああ、あと言葉遣いだがあまり気張らずにある程度気を抜いてもかまわない。私も堅苦しいのは苦手でね」
俺は王の顔から少しだけ俺の顔を見せる。そして笑って見せて辞令書を差し出す。恭しく受け取ったグレナルドの表情は見えない。
「ところでだが、グレナルドはその鎧を脱がないのか?いつ見てもその格好で顔を見たことがない」
前々から気になっていたことをちょっと聞いてみると、
「え、いや、あの、わた、私、その、顔を見られるのが苦手と言いますか、その、恥ずかしくて……」
「そうか……」
カチャカチャと金属のかすれる音を立てながら顔の前で両手を振る姿は可愛らしいがなんだろう、鎧姿なのでシュールな笑いがある。
「イゾルデ、チョコレートをグレナルド衛士長に。女の子なら甘いものは好きだろう?」
イゾルデは何か思うことがあるのか、一瞬だけ何かを求めるような目を俺に向けてから菓子棚からチョコレートを出して皿に並べると盛ってきた。
「こちらに……」
イゾルデがグレナルドの前に皿を差し出すが、グレナルドは俺とチョコレートを交互に見ている。
「君の仕事は私の護衛。傍で警戒さえしてくれていれば茶を飲もうが菓子を食べようが座ってよいが自由だ。なんなら寝転がっててもいい」
俺が適当に椅子を置いてグレナルドの方を向いて座れと指を指す。
チョコレートの乗った皿を受け取ったグレナルドはやや迷いながらも椅子に座った。そして、片手で兜の下半分に手をかけて上にずらした。
スライドして鼻から下、口元と顎が露わになる。微かに覗く鼻は小さく形がいい。そして口は小さく、唇はプリプリとしていて少し肉厚な感じがする。顎はスマートで細い。見た感じ、年相応の可愛らしい感じが出ている。
その口にチョコレートが入っていく。モチョモチョと噛んで味わって、
「ん~」
椅子に座ったまま、脚をパタパタ動かして喜んでいる。脚甲がやかましい。
「……イゾルデ、女の子は美味しいものを食べるとああいう風に足や手を動かすものなのか?」
初めてチョコレートを口にした女性陣がほぼ同じように手や足をパタパタと動かしていた。
「……女の子とはそういう生き物です。甘いものと可愛いは時代が変わっても正義なのです」
まさか地球と同じような思考が異世界にもあるとは思わなかった。
「……グレナルド、チョコレートは食べ過ぎると太るから気をつけてくれよ?それと一人で護衛の全てをするのは大変だろうから自身の知り合いに適した者がいれば推薦してくれ」
ご機嫌にチョコレートを口にしていたグレナルドの手が止まり、それから兜の下から俺を見つめて固まっていた。
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午前中の執務が終わり午後一は少し時間後できた。ミックからあがってきている俺の欲しい人材に該当しそうな人材候補の書類に目を通しているとノックがされてミックが入ってきた。
やけに嬉しそうにしていて足取りがやたら軽い。
「陛下、かなりいい人材が見つかりました。三ツ者が調査ついでに推挙してきたのですがかなり優秀で、こちらがシートになります」
ミックが渡してくれた書類にあるプロフィールに目を通していく。
スティル・ヤンヴァッカル・ディグドラ。夢魔サキュバス族、22歳。北東部第九領ヤンヴァッカル領ディグドラ家令嬢。プレートがなんとトライメタル、国内でも百人に満たない程度とみられている才能だ。
「……たしかディグドラ家は新年会には……当主と嫡子しか来ていなかったな」
「はい」
しかしこの国で貴族令嬢の22歳が独身というのは気になる。
「……なぜ、独身なのだ?」
俺の質問にミックは少し困ったような表情を浮かべてから、一度あらぬ方向を見て、
「……それが……なかなかの女丈夫で……」
「じゃじゃ馬か」
俺がクスリと笑い、ミックは頷いてから、
「器量や能力、才は目を見張るものはあるのですが、父親が連れてくる婚約者候補を突っぱねて追い返すような性格をしているようで……自身を負かすような相手以外には仕えなさそうです」
「才能があれば俺はどんな者でも使うけどね。逆に無能であれば貴族であろうが重臣であろうが丈に合った役職しかやらせない。一度会ってみるか」
ミックと話しているとどうも公私の私が出る。頬を掻いて目の端でグレナルドを見ると緊張した気配の中に少しの驚きが見えた。
「では後日、地方査察も兼ねて行ってみるか」
「呼び出せばすむことなのですが……」
「賢人を求めるには下男のように呼びつけるのではなく、礼を以て迎えに行くのが正しい礼儀。今回はコンフォーデのようにあちらから採用を求めるのではなく、こちらが登用を願い出るのだ。自国領内であれば迎えに行くも当然だろう」
太公望然り、韓信然り、諸葛孔明然り。
まぁ問題は登用を受けるかどうかだけど、難航しそうな気がしてならない。
と、そこにノックの音がして外からアゼリアの声がした。入室させてから聞くと、
「陛下、クレア・フリアナ・ジルノイヤー様がお越しです」
「ん?クレアが?来るとは聞いていないが……。ミック、すまないが査察の時間が取れるよう調整などを頼む。あとレイラが戻ったら俺の部屋に来るように言ってくれ」
俺は首をかしげながらも執務室ではなく自室の方に通した。
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俺がグレナルドを連れて自室に行くとすでにクレアは到着していてソファーに腰掛けていた。そしてアゼリアが供応をしており、チョコレートと紅茶が出されていた。
「クレア、遠いところからどうした?来るとは聞いていなかったが……?」
俺もソファーに座ると俺の前に紅茶を淹れる。グレナルドは俺の座るソファーの後ろに控えて立った。
そして俺が一息つくとクレアは心配でたまらないといった顔を浮かべた。
「……陛下が、ご無事でよかった、です。地方査察の時に暴漢に遭ったと伺いまして、居ても立ってもいられなくなり父に断りを入れてから参りました」
俺はため息をついた。箝口令をかけていたにも関わらず、どこからか情報が漏れたらしい。
「……たいしたことはない。怪我も何もしていない。それよりも誰から聞いた?箝口令を強いたはずだ」
「……それは……」
クレアが言いよどむところ、箝口令とは別に都合が悪いところもあるように感じた。
「……レイラか?」
あの件の詳細を知っているのは裁判に立ち会った者、ミック、レイラ、アゼリア、イゾルデになるが、裁判に立ち会った者は職務上喋るとは考えにくい。
ミックに関しては論外、こういう事態の漏洩は俺の威信に関わるため、話すわけがない。そしてアゼリアとイゾルデが俺の側室候補のクレアに話すとは思えない。
レイラは過度に俺を心配するところがあり、クレアの立場を考えて話す可能性はゼロではない。
「…いいえ。ですが陛下が不審な女に襲われた、と。そしてその後の断罪についてはレイラさんから伺いました」
俺の視線に負けたのか、素直に白状した。
「知ったのなら仕方ない。まぁ俺の無警戒が招いた惨事だ。あぁ、対策に護衛をつけることにした」
俺は紅茶を置いてチラリとグレナルドを目で示す。
「……こちらの方は?」
「今日付で陛下の衛士となりました、ロザリア・グレナルドでございます」
グレナルドが一礼するとクレアはわかったようで、
「そのお名前なら知っていますわ。グレナルド将軍ですよね?将軍の中でも若いのに大きな期待をされているって。でも、陛下の護衛?」
クレアは少し考えての顔をなぜかジーッと見ている。青い瞳が俺を捉えている。そして、
「まさかですが、その子も側室に?」
「そのつもりはないが?」
あれ?クレア、凄く怒ってる?
「アゼリアさん、グレナルドさん、二、いえ三時間ほど二人にしていただけますか?」
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