資質と衛士職
数日後、ターキス・コンフォーデが面談のために登城してきた。
俺は執務室のソファーで対応し、向かいに座る彼を見る。
書類には21とあったがそれよりは上に見える。見た目はまさに吸血鬼という風な整ったアッシュグレーの髪に黒のタキシードでクラシカルな印象がある。しかし顔色がよくなくなぜかやたらと震えている。
「ここ、この、たび、はははは、へへへへいかには……」
挨拶もままならないほどに緊張し、目は渦巻いて完全にパニックを起こしている。
「落ち着きたまえ。深く息を吸い、そのまま五を数え吐くのだ」
ターキスは息を吸うと止めて、吐いた。かなり落ち着いた様子に変わると、
「こ、この度は陛下のご尊顔を拝することができ誠に光栄の至り……えーと……」
深々と頭を下げたターキスは袖の辺りを少し見て、
「ターキス・コンフォーデでございます。本日は陛下が私をお召しとのことで登城いたしました。なんなりとご用命ください」
どうも挨拶文のメモを袖の辺りに隠しているようだ。
「うむ。そなたに気があるのであれば私の部下として登用したい。返事は早ければよいが今すぐでなくてもよい」
単刀直入にして簡潔に伝える。するとターキスはポカンとしてすぐに頭を左右に振って、
「い、い、い、今、なんとっ?」
「私の直属の諜報員として働いて欲しいのだが?」
俺はニコニコとしながら首をかしげて続ける。
「最低限の護身術を体得してもらい、帝国に潜り込んで欲しい。そして帝国や勇者の動向に探りを入れて欲しいのだ。そなたの変体魔法であればどこにでも進入でき、情報収集は思いのままに可能だろう?」
たぶん身体能力なぞ必要ないだろう。あくまでも最低限であり、俺は緊急用としか考えていない。
「そ、そのような大役、私に務まるでしょうか……。私には荷が重すぎて……」
自信なさげな返事が返ってきた。
残念だな……いや、もう一押しするか?
「逆だ。会った上で、いや、会ったからこそ、そなたに頼みたいのだ。諜報は無理に探れば露見する。だがそなたは自分ができないかもしれないことは避ける、言わば慎重に慎重を重ねる性質のようだな?その方が諜報には適していると私は思う。再考してもらえぬだろうか?」
ターキスは俺を見て目が合う。最初とは違う、強さを感じる目。
「……そこまで言っていただけて光栄の極みでございます。不肖の身でございますが、陛下のご期待に添えるよう、一命を賭してお仕えいたします」
「ありがとう」
俺は握手の手を差し出す。ターキスは躊躇いながらゆっくりと俺の手を握った。
「さて、では兵舎の部屋の一つを与えよう。ヤルナ、お前にも兵舎の部屋を与える。そしてコンフォーデが最低限自分の身を守れるように武を教えよ。コンフォーデが武を身につけるまでは私の護衛の任を解く」
手で払いヤルナに出るように指示を出す。
そしてターキスには部屋をもらえるように書類を渡して兵舎に向かうように頼んだ。
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また数日後、少し困ったことが起きた。
十六将の一人、ロザリア・グレナルドが将軍職を辞したいと願い出てきてジェラルドと共に小会議室の一つで話をすることになっていた。
俺は辞任について詳細を知らされていないが十六将最若年の彼女は軍内でも次期ホープと期待も大きい。その将が辞されるとかなり手痛い。
俺とジェラルドはため息をつきながら彼女を待っていた。
「いったいどういう理由か、ジェラルド大臣は聞いては?」
「申し訳ありません、陛下。私の耳にも入っておらず、慌てて後任者の選定に入ったばかりでございます」
ジェラルドも寝耳に水レベルのようでかなり困惑した表情を浮かべる。
そこにノックの音がして、
「グレナルド将軍が参りました」
イゾルデの声がして俺が入室を許すとイゾルデに続いてグレナルド将軍が入ってくる。イゾルデはいそいそと紅茶を入れて三人の分を並べた。
「陛下、閣下、失礼いたします」
相変わらず黒い鎧の姿でこもった少女の声がする。
「まぁ座ってくれ」
俺が手で示すと、お辞儀をしてからその椅子に座る。行儀はよく、背筋をピシッと伸ばして手は膝に置かれている。
「私もジェラルドも君には期待していたのだが……将軍職を辞したいと聞いたが……どうした?」
俺も理由を知らないのでまずは話を聞きたい。
「はっ。勝手ながらですが私的な理由でして……」
兜のせいで表情は見えないがカションと音を立てたうなだれる。
「ふむ……話せることであれば話して欲しいのだ。あ、いや、無理に話せとは言わない」
俺は自分の発言が踏み込みすぎたことと気づいて即座に手を前にやってまで訂正した。
ジェラルドも悩んだ表情を浮かべたまま、グレナルド将軍を見ている。
「……その……私の家族は母と弟妹のみなのですが……最近、母の体調が思わしくなく病に伏したままと弟より手紙が届きまして……様子を見に来たらほとんど寝たままで……年明けの頃は元気だったのですが……」
俺は頷いて理解した。将軍達の情報も俺は握っている。
彼女は五年前に父親を亡くし、母と未成年の弟妹のみ。そして母親は少し病弱で生活費のほぼすべてを彼女一人の稼ぎで賄っている。
「……職を辞して母親の傍にいたい、ということか」
俺の言葉に小さく頷いた。するとジェラルドのほうはやや怒り気味に、
「気持ちはわからなくもない。たが家族と国を天秤にかけて、家族をとるの……」
ジェラルドの顔の前に俺は手をやった。そして静かにジェラルドの顔を見る。
「ジェラルド、それは軍人としてのこと。将軍職なら別の者にでもできる。だがな、ロザリア・グレナルドはこの娘以外はいない。母親の傍に寄り添う娘の代わりはどこの誰にもできない」
俺は自分の家族を想う。
両親も祖父さんも俺のために色々としてくれた。
幼いとき夜中に高熱を出した俺を車に乗せて病院に連れていってくれた。道を間違えそうになればしばいてでも正してくれた。
祖父さんも俺に正しさと強さを教えてくれた。本当の強さとは何か、教えの中でも背中でも語ってくれた。
何よりも大事な、大切な、幸せな時間だった。
ダメだ、心を見せるな。おくびにも出すな。声よ、震えるな。
「許可する。後任が決まり次第、グレナルド将軍の将軍職を解く」
俺はいつの間にかうつむき気味になっていたがはっきりと口にした。
「陛下!?」
ジェラルドは俺が引き留めると思ったのだろう。かなり慌てたように声を上げて椅子から立ちあがる。
俺はそれを手で制して、
「生活はどうするのだ?」
「……貯蓄もありますし、退役すれば少しは退役金もいただけますので……」
ジェラルドは困り顔のまま、俺とグレナルド将軍を交互に視線を迷わせて椅子に座った。意思が堅いとみて引き留めが難しいと判断したようだ。
退役するということは軍籍すら外すということか…。だが俺もジェラルドも優秀で先も期待できる彼女を手放したくない。
「たしか、家は王都城下にあったな?」
「はい」
「では、王城勤務ではダメか?」
またカションと音を立ててグレナルド将軍が首をかしげた。静かにならない子だな。
俺は努めて声を明るくすると、
「実はだな、最近私が一人で外をうろついて問題を起こしてしまったのだ。で、優秀な護衛を探そうと思っていたのだが……どうだ?軍籍も残して母君が回復すれば将軍職に戻すことも容易い。ジェラルドも私もそなたを手放したくない人材なのだ」
俺は彼女の返事を待つ。かなりの時間、待ったように感じる。相当迷っているのだろう。
「……」
「勤務は基本昼のみ、役割は私の傍で危険がないか警戒して非常事態には戦ってもらう。私の執務が終われば帰ってよし。それと母君に緊急事態が起きた場合は即時帰宅を命じる。給金は少し下がるかもしれないが不足はさせない。ジェラルド、そなたもこれでどうだ?」
もし彼女が護衛を引き受けてくれたら地方査察のときのようなことは起きないだろう。
「……その条件であれば私からは申し上げることはありません。軍籍に残っていればいずれ将軍職復帰の機会もありましょう」
悩んで答えを出してくれた。あとは彼女の意思のみ。
「陛下、閣下、そこまで私をかっていただけるのでしょうか?」
「……皆が私を厳しい大臣と思っていることは知っている。だがな、私もこの地位に就く前は皆と同じ将軍だった。優秀か凡将か、すぐにわかる。グレナルドが優秀だからこそ手放したくないのだ」
珍しくジェラルドが本音を口にした。
「ギーデウスやイディルスキーとは会えばよく話すのだ。陛下と共に次代を支える将は誰かと。グリエスやそなたには三人とも期待している。あぁ、性格に難もあるがドラストもな」
厳めしいジェラルドが思い出し笑いをし、俺までが笑ってしまった。
「はははは、ジェラルド。その三人で顔をつき合わせて次代の相談か。イディルスキーは分かるがそなたとギーデウスについては想像できんぞ?」
「陛下、そこまで笑わずとも……」
「いやいや、すまぬ。そんな顔をさせてしまってすまぬ。そなたら三人が集まると若い将軍は怯えるしかあるまいぞ」
厳めしい顔が困り顔になり、俺は大笑いが止まらない。
目尻に浮かんだ涙を拭いて、
「で、どうだ。グレナルド将軍?」
「……陛下、閣下。私程度の者に多大なる厚遇の処置、誠にありがとうございます。陛下の護衛の任、謹んでお受けいたします」
顔は見えないけど、彼女は涙声で俺とジェラルドに応えた。
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