天秤にかかる命
あれから王都に戻ると事情を聞いたカルトバウスが早々に裁判の準備をした。そして王城の密室にてそれは行われた。
地下牢につながれていたヤルナが厳重な拘束をされたまま部屋に連れてこられ、そして石の床に座らされる。
彼女は放心しているようなずいぶん力のない様子を見せている。
ヤルナとヤルナを取り押さえている兵士以外は椅子に座り、奥の壇上にある机付きの椅子にはカルトバウスの姿かある。
「それでは、罪人ヤルナ・ラトゥールの裁判を始める」
裁判長を務めるのはカルトバウス、原告は俺らしいのだが訴えた覚えはない。
原告、罪人の双方には上言人と呼ばれる擁護人がついていて論戦する形になる。
「まずは、罪人ヤルナ・ラトゥールはジハーク領内のサーヴレクト山麓にある建物の中でシュウイチ・イマガワ陛下に薬を盛り強姦した。これを認めるか?」
ヤルナは首を横に向けて黙秘をする。
「シュウイチ・イマガワ陛下、強姦の事実はありましたか?」
カルトバウスの言葉に、
「確かにあった。ただ私はあのときにヤルナには俺が王だという事実を言わず、地方視察感のシューと名乗った」
俺はありのままに言う。
「では、ヤルナ・ラトゥールの罪科は誘拐監禁、強姦、王族への狼藉、の三点とし、今より論戈を交わす」
早速にヤルナの上言人から手があがる。
「シュラー上言人」
「ヤルナは陛下を陛下と知らずに御身に手を出しました。これが陛下が御身を詐らねば強姦することを躊躇ったかと思いますが陛下は如何様にお考えでしょうか?」
この場は裁判であり、失点は失点として責められることが許されており、被害者や罪人が王侯貴族に関係ない。
「その点についてはまさか薬を盛られ強姦されるとは思っておらず、不用意に王を名乗って危険を呼ばない方がいいと判断した。また王と名乗ったところで王都近郊でもない森に王が一人でいるとは信じられないだろう」
俺は素直に思っていることを口にする。
「だが、その失点については私も深く受け止めよう」
俺が自身を戒める言葉を口にすると周りは少し驚いたような反応を見せた。さらに、
「それと誘拐監禁ではなく監禁のみかと。陛下を何らかの方法で無理矢理その建物まで連れていったわけではなく、命を助けられた礼のために案内したはずでは?」
このシュラー上言人は事前のヤルナからの聴取をしっかりとやってきたのだろう。
「たしかに。私には礼をすると言ってヤルナの住む家まで案内された。何か強制力が働いたわけではない」
すると俺の上言人が手を上げて、
「ドゥトラーマン上言人」
「誘拐監禁か流れからの監禁か、相手が陛下であろうとなかろうと、毒物を盛って強姦をするつもりであったのでは?これを国法に当てると極刑以外はない。王族への狼藉を含めれば三族極刑でよいのではないだろうか?」
……三族極刑?
「ちょっと待ってくれるか。私は国法の裁判法まで暗記はしていないのだが、毒物を盛って強姦で極刑は確定なのか?」
「陛下、この国において強姦は長期の強制労働を架す重罪であり、さらに毒物まで使ったとなれば悪質きわまりないものになります」
このヤルナがどこまで法をわかっているかわからないが、何で黙っている?
抗弁の一つでも入れるか、詫びでも入れたら少しは減刑も考えられるかもしれないぞ?
「では、罪科は決まり、罰は三族極刑。異論はなかろうか?」
カルトバウスが早々に判決を下す。そもそも聴取の時点でほぼ確定していたのだろうか?
「待って欲しい。ヤルナがなぜ私を襲ったかについて明確な説明が欲しい」
「罪人ヤルナ、もしくはシュラー上言人、説明を」
カルトバウスの言葉にシュラーはヤルナの方を見やる。
長い沈黙の後、どうにか部屋にいる者に聞こえる程度の音量で、
「陛下とは知らなかっタ。若くて見た目もヨク、強かったシ、これほどの男なら子供を受けタイ。結婚してると言ったし、受け入れてもらえなかったカラ私児でいいし欲しかっタ」
純粋に呆れた。それは俺だけでなく部屋の皆もだ。
「……その理由はあまりにも身勝手。如何にしようと極刑は免れぬ。三族極刑が妥当」
カルトバウスが厳格に言い切った。これではこの女は斬られる。俺はガダルフォン聖が首を切ると言ったので、命だけでも助けるつもりで王都に連行したが変わらないどころか罪科のない三族まで巻き添えにする結果を呼んでしまった。
俺は頭を回転させる。なんとか別の罰にして命を救う方法はないか?
命を奪うよりも厳しい罰は……。
俺はそっと手をあげてカルトバウスから指名されるのを待ってから、
「如何にしようと三族極刑なのか?それよりも厳しい罰より思いついたのだがよいだろうか?」
カルトバウスだけでなく双方の上言人や記録官までが妙な顔をする。
「たしか刑罰の軽重の中に永続奴隷処置があったな?奴隷には最低限度の生活保障と奴隷権の行使も認められている。だがそれを取り上げたらどうだ?人としての尊厳を奪い、生殺与奪すら他人に握られる。生活保障もないう上に訴えることすら禁ずる」
俺は優しくない笑顔を浮かべてヤルナに向ける。
「……たとえば今回ならば……食事も与えず投獄して死ぬまで眺めてやるもよし、私の気が向いたときにその者をどれ程殴ろうが剣で刺そうが私の自由であり、飽きれば切り捨てる。極刑を架して一瞬で死ぬよりもいつ殺されてももんくもいえない生き地獄を与える方が余程厳しくなかろうか?」
言いながら自身の腐り加減を知る。どこまでも悪に染まってもかまわない。
「陛下、そのようなことをすれば王としての尊厳に傷が……」
「何を言っている?その女は三族極刑でも足りぬほどの罪科なのだろう?王だから、民だからではない。己の罪の深さを理解させるには生き地獄で生きて反省でもしてもらわねば私の腹が治まらんのだよ」
カルトバウスに王らしからぬ目で返す。
「……新刑罰について、異議があるものは挙手を」
誰も手をあげない。俺の冷たい声に俺の怒りを理解したのか、それとも怯えか。
「では、陛下の提案された処罰をヤルナ・ラトゥールに架す。そなたの生殺与奪は陛下が握り、そなたは全て陛下のお言葉に従い、生きるも死ぬも陛下のお言葉に従うことを命じ、それを罰とする」
しーんと静まりかえった部屋でヤルナは小さく頷いた。
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ヤルナが一度手続きのために部屋から連れ出されると俺は椅子にふんぞり返るように座り、大きなため息をつく。
「……やれやれ、もしかして皆は私が先ほど言ったことをすると思っているのか?」
呆れ笑い顔を浮かべ見せると俺の真意を理解していたカルトバウスが少し気を抜いた顔をする。
「陛下もお人が悪うございます。アレは脅しでございましょう?」
「さすがカルトバウス内務大臣。私が無駄に人の命を取る気もないのを理解してくれたか。そもそも元は自身の失態。それに事を知っている者がヤルナをどうするかわからん。私の自由にしていい玩具とすれば誰も壊そうとはせんだろう」
この言葉で皆には俺の真意をわかるはずだ。
「陛下は刑罰を与えながらあの者の命をとらずにすむ方法を強引ながら作られましたな。陛下らしからぬ言葉はあの者への警告であり、弄ぶ気はまったくありませんな?」
「……殴って遊ぶおもちゃなら当てがある。それに命も躰を弄ぶのは好かぬ。使える者はどのような者でも使う、ただそれだけだがな」
俺は腰を上げると体を伸ばしてから、
「あの者は身なりを整えさせた後に執務室に連れてきてくれ。それとカルトバウス。後で新法と新施設の相談がしたい。ミックと一緒に私の執務室に来てくれ」
俺はそれだけ伝えて執務室に向かった。
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