助けたはずが助けられる
木々の隙間をぬって辿りつくと、強い力で乱暴におられた木々、その先には三頭の金毛の巨猿に追い詰められている女性。
見事な体躯と革で来ている鎧、それから巨木を背に構えた大剣。魔物狩りの者だろう。
「オオオオオッ!!」
吼えながら大剣を振り回して応戦しているが巨猿は素早く、さらに女性が一頭を狙うと別の二頭が攻撃をしてくる。
女性は体格がよく遠目にも俺より身長がありそうだが、巨猿は彼女を遙かにしのぐ。
俺は魔力を練り手足を強化すると地面を蹴った。瞬時に巨猿の懐に飛び込むとまずは一頭、正拳突きで胴を吹っ飛ばす。
「せいっ!」
あまり加減しなかったため、突いた腹が衝撃でへこむとかではなく、腹がなくなり胸から上と腰から下に割れて血や臓物が飛び散る。
左の踵に重心を置いて右足を左上に振り上げて空を割くように蹴る。さらに右のつま先を右に動かして右上から左下に向けて蹴り下ろす。
「閃武流、覇脚十文字」
地球でならただの蹴り上げからの蹴り下ろしであるが、ここでの俺は魔力を膨大に乗せて放てる。
結果、巨大な魔力が十字に巨猿を二頭まとめて後ろの木々を巻き込み四つ切りにした。
「大丈夫ですか?」
俺はなるべく普通にして女性に声をかけた。
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女性は鬼人族でヤルナ・ラトゥールと名乗った。森を抜けた山の近くに住んでいるらしい。
そしてやはり魔物狩りで生計を立てていて、今日は運悪く巨猿に囲まれて困っていたところらしい。
「いや、助かっタ。感謝するヨ」
明るい性格なのか、ニコニコとしている。身長はやはり俺より少し高く、健康そうな褐色の肌で180前後と言ったところか?そして硬そうな藍色の髪は短くしていて鬼人族らしく額には角が一本ある。
武器が大剣だからか、体格がいいから大剣なのか。よく使い込まれたその剣は渋い気配を持っている。
「シュー、お前、強いナ」
互いに簡単な自己紹介して、森を歩いていく。
「いや、これでも軍人ですから」
俺は身分を詐り、中央から来ている地方査察官と言ってシューと名乗った。
「そうか。シュー、若いが結婚はしてるのカ?」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「お前ほどの強い男、嫁がいても普通ダ」
なぜかヤルナは笑っていたが、目はなぜか笑っていなかった。
森を抜けるとたしかに小屋、いやログハウスといっていい感じの素朴ながらどこか風情のある建物だ。
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ヤルナは俺に礼がしたいと言ってここまで案内してくれた。
ドアを開けると中は整理が行き届いていて綺麗にされている。区切りはなく数本の柱で全体が支えられていて、入って右手には手作りキッチン、左はリビングらしくソファーと机がある。
ただ敷物として敷いてあるのが魔物の毛皮だったり、壁に俺も倒したクマの毛皮が掛かっていたりと野性味が溢れている。
「まぁ適当に座ってヨ」
俺は木の椅子に腰をかける。
「そんなに部屋の物が珍しいカ?」
俺がキョロキョロするのが気になったらしい。机にコップを置くと、
「女の家に上がったことはないのカ?そんなジロジロ見るのはマナーが悪いゾ」
俺はそんなジロジロ見たつもりはないのだが気分を害しても失礼と思い、出された飲み物を口にする。
初めて飲む味だが悪くはない。少し酸味がある渋いお茶のような感じだ。
「地方査察官ネェ……そんなに強いのに、将軍になろうって気概くらいないのカ?」
「分相応、自分の身の丈に合ったもので十分です」
ヤルナはやけに俺のことを気にする。何か狙っているのか?
「……ワタシに子をくれないカ?」
唐突にヤルナは変なことを言い出した。俺は呆気にとられて返事が出来ずにいると、
「シューは強い。ワタシ達鬼人族は強い男が好きダ。だからシューの子が欲シイ」
俺がポカンと口を開いたまま、ヤルナの言葉を聞いて理解すると、
「それは……出来ない相談ですね。申し訳ないですがお断りします」
俺が断りを入れるとヤルナは明らかに機嫌を悪くした。
「……じゃぁ、これはあげられないナ」
意地悪い、ではない。悪意のある笑顔、その手に持っているのは黄色い丸薬のようなもの。
「なん、で、す?……な?」
俺は体調の異変に気がついた。急に手足が痺れ、呂律も回らなくなる。ガクガクと手足が震えだし、椅子から倒れ落ちる。
「……ただの痺れ薬だヨ」
ヤルナは笑顔なのに、うすら冷たい。
魔力を練ろうとしても魔素がうまく集まらない。手足が意思もなく動くのは神経系の毒か?
抵抗を試みるも体が痺れているし、魔法は使えない。
ヤルナは俺に近付いてくると俺をヒョイッと持ち上げる。そのままソファーまで連れ去って寝かせると、
「床というのは情緒もないからナ」
薬盛ってる時点で情緒も風情もないからな!?
言ってやりたいが舌すらろくに動かない。
「まぁ天井の染みでも数えておけばいいサ」
それ男の台詞ですからっ!!
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あれからどのくらい時間がたっだろうか?
ヤルナは出て行って俺は灯りのない薄暗い部屋のソファーで薬の効いたまま転がっていた。
日は完全に落ち、もしかすると捜索隊が組まれているかもしれない。
もし夜は目が利きにくい。ガダルフォン龍爵の兵達も切裂骸骨王の影に震えているかもしれない。
そうだとしたら普通のモンスターにすら苦戦するかもしれない。
聞こえるのは自分の心音と外で風が木々を揺らす音。そして何かの鳴き声。
動けず、魔法も使えず、どうしようもない。口の中の薬を仕込まれた布を吐き出すことも出来ない。
そして外で物音がした。俺は不安に顔を引き攣らせるがゆっくりと息を吸い、三秒止める。そして吐く。
こうすると緊張や不安を抑える事が出来るらしい。
ドアがゆっくりと開いて灯りを持った誰かが入ってきた。
「うん。いるナ」
ヤルナは俺を見て満足そうな顔を浮かべる。外から大量の食べ物を運び込んでくる。
それが終わると部屋の灯り、あちこちの燭台に火を灯すと俺の側まで来て腰を下ろす。
「ご飯を作る。何が好きダ?肉は好きカ?」
肉を食わせるつもりらしい。残念だが薬のせいで返事も出来んよ。
ヤルナは手に持っていた燭台を机において俺から離れると食材を運び込んだキッチンに向かった。
その直後、ドアが破壊されて何者かが建物に侵入する。
「なっ?誰ダ?」
黒い外套に身を包んだ何者かは三叉槍を持っていてヤルナには目もくれず俺の側に来た。
そして外套の下から細い腕が現れて顔を見せた。
「勝手ながらお助けに参りました。すぐにここから安全な場所にお連れいたします」
村で待っているはずのアゼリアがどうしてここに?
どうやってここを知った?
とにかく助けに来てくれてありがとう。
色々言いたいことはあるが痺れて返事も出来ない。
俺と目が合ったアゼリアは一瞬だけデレッとした顔になって俺の口から薬のついた布を取り出す。
そして足元に落ちている俺の服を見て顔色が変わった。
怒りではない、そんな生優しい言葉では表現できないほどの怒り。とてもつもない殺意を放ち、髪が浮き上がり、さらに瞳孔が開き眼がキレた爬虫類の目になる。
「陛下、見苦しい姿をお見せしますがご容赦ください」
アゼリアは俺に背を向けると全身から眩い光を放つ。
そして次に俺の目の前にいたのは体長三メートルほどの半人半蛇のモンスター、ラミアー。
そのラミアーは髪とスカートから出ている蛇の下半身の鱗がピンク色で片手に三叉槍を持ち、その腕にも鱗がある。そして上半身はメイド服を着ていた。
「我が命に代えてもお助けいたします」
半分だけ振り返ったアゼリアはいつもの優しい顔で、そして目には悲しみを湛えていた。
アゼリアは上半身を大きく横に倒して槍を斜め下からいっきり振り上げた。その威力は細身で可愛らしいアゼリアからは想像できないほどでヤルナが躱すと発生した衝撃波で建物の四分の一ほどが吹き飛んだ。
「あーワタシの家ガっ!何をするんダ!?」
ヤルナは急に攻撃されて家を破壊されたことに怒って傍の机を持ち上げるとアゼリア目掛けて投げてきた。
アゼリアはそれを軽々と槍で凪ぎ弾く。その間にヤルナは大剣を手にしてアゼリアに向かい振り下ろす。
「ラミアーが鬼人に勝てる、と思うな、ヨ?」
ヤルナはアゼリアを甘く見ていたらしい。怒鳴りながら大剣で斬りかかったヤルナにアゼリアは槍を突き出して剣を絡めると空いている方の手でヤルナの腹に拳を打ち込む。
飛んでいったヤルナはキッチンに突っ込んでいき派手に壊して止まる。拳を振り抜いた姿勢からゆっくりと体を起こして、
「貴様は許されぬ事をした。この方は貴様が触れていいような方ではない。万死にしてもその罪は雪げない」
ヤルナは俺を一般軍人と思っているのでアゼリアがブチギレている理由はわかっていない。そしてアゼリアも俺が王だと言うことは口に出来ない。
木の破片、家の残骸、沸き立つ埃の中から声がした。
「何をスル!?」
ヤルナは頑丈なようでアゼリアのボディブローをまともに受けたというのに立ちあがる。
「強い男の精は女なら誰しも欲しいダロ?」
その言葉でアゼリアの理性のブレーキは飛んでいったらしい。
「キサマァ、ヤハリコノ方ノ精ヲ貪ッタノカァ!!」
聞いたことのない高音域の声が響き渡り、そして周囲の鳥や虫、モンスターまでが逃げ出すほどの殺意。
アゼリアの体から魔力のオーラが沸き立つ。持っていた槍の持ち手が握る手に壊されて、蛇のような動きで間を詰めると、アゼリアはヤルナの顔面を殴り床に叩き付けるとマウントポジションになると両の拳で殴り散らす。
「ガァァァァァァァ!!」
破壊音とアゼリアの怒号に近い声がしばらく響いて音が治まったときには建物の半分は衝撃に巻き込まれて崩壊していた。
「ハァハァ……」
またアゼリアの体から淡い光がしてアゼリアの姿はいつものアゼリアになる。戦闘の影響でメイド服はあちこちが破れているが怪我をしているような雰囲気はない。
アゼリアは急いで俺の方に来るとポロポロ涙を流しながら、
「申し訳ありません、見苦しい姿で戦い、陛下をお助けするのが遅くなりました」
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