新年会・後
俺がテラスに出ると夜のとばりが下りてずいぶんと経っていた。
食事会を始めたのがだいたい五時頃、そこから数時間は挨拶回りに費やし、小一時間ほど食事をしていた。
もう城の時計は九時前を指していて通りで暗いわけだ。
「ふぅ……」
吹き抜ける風が火照ったに気持ちよく、俺はテラスの手すりに体を預ける。
十カ月ほど前にこの世界に来た。
ほんの数ヶ月前にここで王位継承した。
先月に結婚した。
雪崩のような怒濤の一年だった。
うん、波瀾万丈だね!
街からは新年を謳い喜ぶ民の声が聞こえる。
俺がしてきたことは少しずつ実りの気配を見せ始めていた。
国営農場は順調で芋や葉野菜の収穫は報告を受けるたびに量が上がっている。次は国営牧場でも始めるか?飼うのは乳牛と馬、あとは鶏だろう。
鶏は卵のために繁殖されているが豚肉や牛肉はあまり売れない。モンスターのタウロスやオーグピッグと呼ばれる牛や豚がモンスター化したものの肉が結構流通して安くてうまい。オーグピッグはとんかつにしてやった。
王都に立てた民学校には学びを求めて予定の三倍以上の人数の応募があり、慌てて校舎の数を増やし、講師を集めた。
召賢館や集明館には連日様々な人材が来て、アイデアが持ち込まれて審査をする文官達は大忙しだ。
最終チェックをして俺に奏上するミックは燃え尽きそうな勢いで働いているが、妻を娶らせてからは無理を避けている。
ちなみに今日はエルフ公国の新年の祝いに土産付きで行かせているので不在だ。往復に嫁といちゃつくがいい。
あぁ、そうだ。俺専用の諜報機関も作らないと……軍にも内政にも貴族にも左右されない公平な耳と目を持ちたい。ミックに頼んで公募しよう。
と考え事をしていると足元に何かが触れた。目を落とすと白い猫、六花がいた。この一年で成猫となって抱えて愛でるにはちょうどいいサイズに育っている。
俺が胸に抱き抱えると、
「なーん?」
可愛い顔で首をかしげる。会話ができるのなら、なんと言っているのだろう。
『むさいおとこがだっこすんな!』
『くち、くさい』
とかだったらヤだなぁ……。
俺はため息をついてから誰にもこぼせない言葉を口にした。
「なぁ、どう思う?俺は王として頼られているだろうか?間違えていないだろうか?皆に応えられているだろうか?」
「にゃー」
当然、六花は言葉を解さない。ただ声をかけられたから鳴いただけだろう。
しかし俺は自身の心の奥にある想いを口にする。
「そうだよな。俺はまだ足りないと思う。貧困、就労、児童、高齢、不正、問題を数えればキリがない」
「なーなー。なーん」
六花は首をかしげた後にそっぽを向いた。
「おいおい、そんな顔をしないで話だけでも聞いてくれよ」
俺は自身の本音に未熟さと歯がゆさ、苛立ちを感じて大きなため息をついていた。
「……陛下」
不意に声が聞こえた。一人だと油断していたが振り向くとそこには、
「これは、ルナールさん。どうされましたか?」
王で在れ。不安をかき消し、笑顔を作る。
俺は不安を表に出してはいけない。俺の不安は軍臣民に伝染する。だから俺は常に堂々とし、威風を保たなければならない。
「あ、あの、陛下がお一人で出て行かれるのが見えたので……」
不安に揺れる瞳が俺を見つめる。俺は少し気を抜いて息を吸うともう一度街の方を向いて、
「風に当たりたくなりまして、ね。ここからは城下が一望できます。民の声がよく聞こえるんですよ」
風に乗って聞こえてくる民の声は楽しげで、この声がアンリ様に聞こえていることを願う。
「私はここが好きなんですよ。民の声が聞こえて、民が傍に感じられる。私は民の声を聞いていたい。そして、共に喜び、共に悲しみ、共に泣き、共に笑いたい。……おっと、酒のせいか、夢想家になってしまいましたか」
口調がおかしくなる。
皆ら誰かが傍にいて、賑やかに楽しいのに、俺は一人を感じる。
レイラも、クレアも、ミックも、目の前のルナールも、家族がいる。
レイラとは結婚し、クレアに家族となるかもと言ったが俺はこの世界に血のつながった家族はいない。いや、地球でも家族は失っている。もう二度と父母の手を握ることはできず、祖父に武の教えを請うこともできない。
「……陛下、涙が……」
ルナールの言葉に頬に触れると片眼だけ泣いていた。涙を拭いて手を下ろす。
「ああ。なんでだろうな」
家族が恋しくて泣くとはガキじゃあるまい。王が泣く姿を臣の娘に見られてしまった。
恥ずかしい限りだ。
そう思っていると手が温かい何かに包まれた。
「え?」
見るとルナールが俺の手を両手で包んでいる。まだ幼いルナールの手は小さく両手でも俺の手を包みきることは出来ていないがその温もりは俺に伝わっている。
「陛下、失礼しました」
俺と目が合うと慌ててルナールは離れて焦りを見せる。なんというかこの子はいつも焦っている。
本能のままに動くタイプなのか?思いつきで、脊髄反射で動くのか?
「いや、気にしなくていい。だが、急にどうした?」
俺はルナールがどうして手を包んできたのか、そもそも人目を避けて出てきたというのに見つかったのか。
「いえ、あの、その……」
かなり言いよどむ。そういえばこの子は父親の立場を異様に気にしていたな。
「叱責も何もしない。ただ、急だったので驚いただけだが、何かあったのか?」
俺は微笑みかけてルナールの緊張を解きほぐそうとする。そして彼女が喋るのをゆっくり待つ。急かさない。
「あ……あ、あの、陛下が……陛下がどこかに消えてしまいそうな、儚くいなくなってしまうような気がして……」
あぁ、まるで心を見透かされているかのようだな。もしかしたらこの子には物事の本質を見る目をしているのかもしれない。
口元が何か呟こうとして、何も言えず、ただ動いただけだった。そう思いたい。
「ははははは、その目は間違っていないな。しかしもう大丈夫であろう?」
笑ってみせる。儚いとか消えてしまいそうとか心配されてはいけない。
しかし彼女の目は俺を力強い視線で捕らえている。
「陛下は……陛下は、陛下としてのお勤めをしっかりとなされております。軍臣民皆が陛下を必要とし、陛下を信じております。だから、ご無理だけはしないでください」
「おや、聞かれてしまっていたのか。みっともないな」
本当に驚いた。どこから聞かれていたのか、最初からなのか?
そう思いながらルナールの目を見つめ返す。その瞳が揺れて、潤み、泣きそうになってきた。
「……陛下……」
「なんだ?」
俺は落ち着かせるように息を吸う。そして俺ではなく私になる。
「陛下。あの、お伝えしたいことがございます」
彼女は大きく息を吸って泣きそうな顔を浮かべたまま、俺を見つめる。
「陛下に初めてお目にかかった日から、私の心に、陛下がおられます。私の中の陛下は、優しく笑いかけてくださり、日に日に思い出すことが増えて、時間も長くなって、今では陛下のことを思わない日はございません」
えっ?
「陛下のことを想うと胸が強く打ち、心が温かくなり、愛おしい気持ちが溢れて参ります。このような想いを持つのは初めてですが、これが恋だというのならば、私は……陛下に……、陛下に恋を、しております……」
「……ほんとに?」
彼女の言葉を、想いを聞いた俺はどうしようか悩む。
告白、それはまぁ受け止めよう。なんで泣きそうな顔で言うんだ?
まるでいじめか、罰ゲームで告白させられている子のようだぞ?
「陛下にご迷惑をおかけして申し訳ありません。先ほどのことは陛下と私だけの内密にしてください。私の一存で勝手に動き、父様には何の関係も……」
「いや、そこはかまわない。私が困っているのはそこではない」
また父親の立場を気にして慌てて、自身の独断という言葉を差し出したのだが、俺は制してから悩む。
俺は六花の前足の腋に手を入れて顔をつき合わせた。そして、
「ふむ……むぅ……六花、よい案はないのか?」
六花は泣いてくれた。
「にゃー、なーん」
会話をしているかのように俺は続ける。
「なーん、ではないのだ。今、私は困っているのだぞ?」
まだルナールは呆気にとられたような雰囲気になるが、目に涙を浮かべたままだ。
「よいか、彼女は私に恋をしているそうで私はどう答えればよい?教えよ」
「にゃにゃー」
「にゃにゃー、ではない。私はお前の主なのだぞ?主が困っているというのに何という態度か」
俺が三文芝居が佳境に入り始めた頃に彼女はやっと笑顔になった。それを見て俺は笑うと六花ではなくルナールに視線を移した。
「やっと、笑ってくれたか」
俺は六花を足元に下ろし、ルナールの顔を見る。
「え?」
何が何だがわからないという風なルナールに俺は真面目な顔になると、
「泣きそうな顔をして恋をしていると言われても困るのだ。その言葉が本当ならば一番魅力ある顔で言わなければ効果的ではない。女性は笑顔でいるのが一番なのだ」
ひとまず落ち着かせる。
「それと恋とはいいものだ。叶う恋、叶わない恋、燃えるような恋、静かな恋、密かな恋、一時の恋、人が十人いれば十の恋がある。それを超えて大人になるものだと私は思うのだ」
俺はまるで自分は大人で彼女は子供だというように言葉を紡いだ。しかし、
「……陛下、お応えはいただけないのでしょうか?」
ルナールは俺に応えを求めた。どうしたものか、一時の憧れや父や兄とは違う男性とふれあう機会がな駆ったための誤解か。
「……それは一時の想いかもしれない。恋というのは熱しやすく、冷めやすい。そして初めての恋であればなおさらだ。しばし時を置こう。そして冷めなければ、その時は……そうだな、私からあなたのお父上にお願いしようか」
俺は困っているが応えなければならない。真剣に想いを伝えてくれたルナールに嘘やごまかしは許されないだろう。
「その、しばしの時、というのは……」
「あなたはまだ13歳、今年に14になるのだったかな。……そうだな、16になる日まで私を想い好いてくれていれば、でいいかな?」
これだけ時間をおけば、彼女も自身でわかるだろう。
「で、ではそれまでは月に二度、陛下にお手紙を送ります。陛下に私を知っていただけるよう、そして陛下からのお返事を心よりお待ちします」
とても嬉しそうな雰囲気と声。そしてお辞儀をして翻した彼女の足取りはとても軽そうだった。
俺は少し間違えたかも、と思い彼女が去った方を見ていた。それとその方向から鈍い音が聞こえたのは気のせいだと思う、ら
【アンハイルトンの一年と年齢】
一日は二十四時間
一ヶ月は三十日
一年は十五ヶ月
十五歳か十六歳くらいから大人として扱われる
一年に日数差はありますが生物的な成長は地球と同じくらいです
平均初婚年齢
男性は二十歳から二十五歳ほど
女性は十代後半から二十歳ほど
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