新年会・中
大広間には皆が揃っていた。慣れない立食パーティに少しざわついているところもあるが、俺が大広間の上座にある台に上り、姿を見せると気づいた者から静かになり佇まいを直していく。
「皆、新年の日に遠くからの登城、苦労と手間をかけてすまぬ。前日や何日も前から王都に来てくれていた者もおろう。新たな年を迎えた今日に皆と話し、食事をし、笑いあえる今をとても幸せに思う」
俺は言葉を句切り、一度皆に頭を下げる。そして周りを見渡すと顔を緩めて、
「さて、個人的なことだが左を務めるレイラと結婚し、皆に祝ってもらったことは記憶に新しく、皆には感謝している。毎日が非常に楽しくもあるが夫としての責任も感じる日々だ。これからも王として皆に認められ、信頼され、頼られる王になれるよう、王として夫として努力していこう。これからも未熟な私に皆の力を貸して欲しい」
俺が笑うと皆からは拍手を受けて俺は改めて皆にお辞儀をした。
頭を上げてからは、
「皆、手元には飲み物があるだろうか?その後は少し変わった形式の食事会となる。給仕は食事を運んだり、皿を手配するのみで、各々方はご自分で好きなものを好きなだけ取って食べてくれたらよい。飲み物は飲み物を持った給仕が会場を回っているのでその者に頼んでくれ。私がいた国ではこのような食事形式もあってな。そして私のいた国の料理もいくつか出してある。興味を持たれたら食べてくれ」
合図を出して広間の扉が開かせるとワゴンに乗せられた料理が次々と運び込まれてくる。
皆がその様子を見ていたが俺は声を出す。
「では各々方の領地やお役目で互いに協力できるよう、皆で交流して縁を作ってくれ。祝いの席故、多少の無礼は互いに許し合い、友として大いに楽しんでくれ。乾杯」
「「「「乾杯!」」」」
俺の音頭のあとに皆の声もして食事会が始まった。
様子を見ていると意外と皆は皿を片手に取りに行く。俺は壇上から降りると傍に控えていたレイラを伴って食事を取りに行こうとした。
が、すぐに人が来て、
「陛下、東南第三領ビシタヴのグアンカラでございます。陛下におかれ……」
「北部第五領のミアンデスラでござ……」
「……領を預かって……」
「西南第三軍左将補官の……」
もう誰が誰の声かもわからない、うっとうしほどに囲まれて顔が引き攣り、レイラに目をやるとレイラも似たような顔になっていた。
そこに、
「陛下を困らせんじゃないよ。媚び売って取り入るんじゃなくて結果を示しな!」
まるでモーゼの奇跡のように人混みが割れていく。厳しい声を上げてきたのは見覚えのあるような、ないような、おばちゃん。
派手ではないが一目で上質な素地をした上品なドレス、白い髪に赤い瞳。後ろには軍の礼服を着た者を数名連れており軍部の者とわかる。
俺はおばちゃんの顔を二度見して、目を擦り、
「ギーデウス将軍?」
顔に見覚えがあるものの、新年の挨拶は軍の礼服できていたため、まさかドレスを着てくるとは思っていなかった。
「陛下、驚かせてしまい申し訳ありませんよ。……とにかく、陛下に迷惑かけんじゃないよ、若造共。陛下のおもてなし、ちゃんと味わってきな」
ギーデウス将軍に睨み付けられると俺とレイラにたかっていた貴族達は逃げるように散っていった。
「まったく……。陛下も陛下で厳しく言わないと……あの手の輩は油断してはなりませんよ」
ギーデウス将軍は少し呆れたように笑いながら俺をいさめるように言う。
「お手間をかけさせた。しかし、いつもの軍服姿とは違って将軍の女性らしさを醸し出されていますね」
「陛下。私のようなおばさんをお口説きでしょうか?横のレイラ左が後でお怒りになられますよ」
俺は褒めたつもりだったのだが、ギーデウス将軍は俺をからかうような返事をする。そしてレイラを見ると怒ることはないが照れているような雰囲気を出す。
「後ろの女性は、娘さん達ですか?」
「おや、陛下。私ではなく娘を?」
ギーデウス将軍は明らかに冗談とわかる顔で笑った。
ギーデウス将軍と娘さんとしばらく話してから、
「では、陛下。私もお食事にあずからせていただきます」
ギーデウス将軍は娘さん達と一緒に去って行った。
そのあとは三大臣とも話したがカルトバウスの傍には娘婿のグリエス将軍とその両親もおり、俺は家族の団らんを邪魔することもないと思い、早々に退散した。
そのあとも何度か貴族らに囲まれたがなんとか追っ払っていると、
「陛下」
一声かけられた。振り返るとそこにはクレアとその家族がいた。
父のギルバートに正妻のエリーゼ。その子供のザクスとクレア、弟のヤーキスは中学生ほどの年頃。この五人は狐獣人。
そして第二婦人は四十歳ほどでイクシルという。子供はハンガーと言い歳はザクスの少し下になる。娘のストリーはまだ小さく十歳くらいの少女だ。この三人はエルフの耳をしている。
さらに第三婦人のニースは肌がやや青みがかっていてゴーレム属らしい。息子のアトラスは父親譲りのキツネ耳を持ち、歳はハンガーとクレアの間になる。
おまけに二十歳ほどの女性もいてセーラという。彼女はハンガーやクレアと同じくらいの歳であるが、娘ではなくてくなんと第四婦人になる。
正直に言おう。最初は俺も憶えられなかった。名前も顔も覚えるのも一致させるのも時間がかかったが、これがスイッチとなってか今日来ている軍臣貴族たちのかなりの人数が頭に入れることが出来た。
「これは……ジルノイヤー聖爵と皆様」
「陛下、このような食事もなかなかに面白いですぞ。特にこの天麩羅、聞くに陛下の祖国の料理と……サクサクとした衣の下に肉や野菜、魚まで。これに塩を振るとさらに味が引き立ち止まりません」
そういうギルバートの持つ皿には天麩羅が山ほど盛ってあり、ほかにはサラダが申し訳ない程度にあるだけだ。
「ジルノイヤー聖、天麩羅は油を多く使う料理。そればかり食べられると太るほかにあまり体にはよくない。生野菜をとられるとよいでしょう」
俺は小さくクスクスと笑い口元に手をやる。そして下の方から視線を感じた俺は少し屈む。
「ストリー嬢。ハンバーグはどうかな?私のいた国では子供にも人気が高い料理でな。口に合うといいが」
俺が笑いかけると、緊張と照れか、ストリーは顔を赤らめてカチコチに固まり直立不動となる。
「陛下、妹までお召しになりますか?」
そんな俺に少し拗ねた顔を見せるクレアに俺は笑顔で、
「ははは、そなたの家族はもしかすれば私の家族となるかもしれんのだぞ?そなたの親は私の親、そなたの兄弟は私の兄弟となるやもしれん。……それに、これほどまでに可愛い妹であれば愛でたくもなろう」
俺は腰を伸ばしてストリーの頭を軽く撫でる。その横にいるアトラスは俺の「可愛い妹であれば愛でたくもなろう」に小さくだがはっきりと頷いていた。
ああ、調べ通りシスコンだな。
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ジルノイヤー家と話した後に俺はサラス将軍を探す。軍部の中ではギーデウス将軍と並んで重臣であり、俺自身かなり重宝し頼る臣下となっている。
信頼している臣下の中でも十指か五指に入るだろう。
今日は将軍は妻ではなく子を三人、後ろに連れていた。
「サラス将軍、遠くより来ていただき誠にありがとうございます。昨年は細かい働きをあげればキリなく、和平交渉の護衛に将軍らのとりまとめ、軍再編と軍学校教官育成など多岐にわたる働きには誠に感謝しております。今年も未熟な私にそのお力を貸していただけるよう、お願い申し上げます」
俺はねぎらいの言葉の他に信頼を示す言葉を口にした。これは用意していたテンプレではなく、何人かの臣には別に考えていた言葉だ。
「陛下、臣下に対してまで格別の御配慮と御挨拶、誠に痛み入ります。今年も臣サラス、部下並びに一族にて陛下を奉じ、忠節を尽くす次第にございます」
将軍は真面目で堅物な返事をし、俺は少しばかり堅苦しくも思う。しかしこれが彼のいいところで、休戦締結後は俺への態度は軟化しているのは俺を信じてくれているからだろう。
俺は彼の息子達に向かい、
「ご子息のジル歩哨武官、アラン下文筆官にもご期待しております。何卒、お父上と共に私に力添えのほど、よろしくお願い申し上げます」
頭を下げるとジルとアラン、それに娘のルナールは慌てて深く頭を下げる。
父親似なのか、二人とも堅物なところもありそうだが似ていれば優秀なことに期待はできる。
報告や調査でも悪いことは聞かず、成人してからは父親の下で叩き上げられている。
そして調査で気になっていたこともある。
「それと、ご正妻の足が悪いと聞いてから何かないものかと調べておりましたらミルドラカのほうに温泉があるそうで。私がいた世界では温泉には疼痛に効く効果がありましてもしかしたらと。領主には私の一筆もあるのでよろしければ」
彼の正妻は昔に体を壊して足腰が弱い。そのため、こういった社交場に出てくることがしにくく、かといって側室を連れては来ない。
どうも正妻のメンツを立てることのできる側室らしい。
俺は国の北東にあるミルドラカ領の領主への紹介状と温泉のある辺りの地図をサラス将軍に渡しすとしばらく談笑をした。
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全員に挨拶を回り終わった頃には少し疲れていたがレイラとクレアを左右に食事を楽しんだ。
レイラは控えめながら俺の好みとバランスのとれたものを選び、クレアは興味があるものをドンドンとっていく。
二人との食事を楽しんだ後、二人には家族のゆっくり過ごすように言って一人になる。
都合、酒をそこそこ飲まされて体が熱く、風を浴びたくなった俺は人目を避けて静かに窓際に行くとカーテンをめくって外にあるテラスに出て行った。
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