特別企画ハロウィン『トリックオアトリート』
この話はノクターン掲載時にハロウィンを迎えてタイトル通り特別編としてお送りしております
本筋にはほとんど関わらないのでスルーしちゃっても問題ありません
俺はたくさんのお菓子を前に悩んでいた。クッキーにチョコ、ホットケーキみたいなのもあるし果物の入ったような菓子パンみたいなものもある。
それは俺の私室の布団一枚が引けるような大きな机に並べ積まれていて、さらに横にも木箱が積んである。
「これはどうしたものか……」
地方視察を回ってからというもの、各地方から届けられる名産品や貴族の娘の手作り菓子などがよく届くようになった。添え状には貴族当主からの娘の人柄や器量の良さをアピールする手紙、娘本人からの俺に対する熱烈なラブレターがある。
食べ物ではない布生地や輝石鉱石の類いはいい。酒や肉、魚、野菜なども王城の食事にも回して使えるのでいいだろう。
どうしろというのだ、この菓子は。
保存の効かなそうなものから食べているが食べきる前にダメになってしまいそうだし、とりあえずダメになる前に一口なり一部なりいただいているが……食べきれない。
かといって捨てるのはもったいなあ……。
俺は窓の外を眺めてため息をつく。夕日はすでに半分沈んでいてゆっくりと夜のとばりが落ちてきている。
「どうしたものか……」
視線を外から中に戻してもう一度机の上を見る。食べても食べても減ってもくれないし、すでに夕食すら食べたいという気持ちすらない。
ノックがされて入ってきたのはミックだった。俺が頼んだことに関する報告だろう。
「各貴族にこのように陛下への過剰な贈り物をしないように通達を送りました」
「あー、うん、ありがとう。賄賂……賄賂?」
俺はミックに首をかしげて困った顔を見せる。するとミックは、
「陛下が王位に就かれたときにもありましたがあれは祝いの品としてですがこれは……明らかに陛下の正妻の座を意識したものでしょう……」
ミックも言外に賄賂だと言う。
「私も清廉潔白な人ではない。ただ人の上に立つならば、王ならば皆に平等で指示を出すならば率先垂範であるべきだと思っている」
俺がそう言うとミックはやや不思議そうな顔になる。
「陛下のおっしゃられるセイレンケッパクやソッセンスイハンの意味がわかりかねます。陛下のおられた国の言葉でしょうか?」
ああ、この世界には漢字なんてないから四文字熟語なんて存在するわけないか。
ちなみに王国や帝国で使われているのはクロティア語とクロティア文字だそうだ。なぜか俺には日本語に聞こえるし、文字は書けるし読める。
「ああ。清廉潔白は清らかで私心のなく後ろ暗いこともないことを示す。率先垂範というのは上に立つ者は下の者の規範にならなくてはならないという意味だ」
「それは素晴らしい言葉ですね。陛下が目指される王というのはそういう人物でありたいと……」
感心した顔になるミックから視線を外した俺は手作りのクッキーを一枚口にしながらカレンダーを見る。そこに目の前の山を解決する手段を頭の隅に見つけた。
「ミック、明日出かけるよ」
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翌々日、俺は執務室ではなく王城の中でも階下のほうにある小応接室で執務をしていた。
テーブルには大きなカボチャで作ったジャック・オ・ランタン、黒い魔女の三角帽子をかぶった六花。
六花はものすごく迷惑そうな顔で俺を見ていて申し訳なさがある。鶏のささみサービスするから許せ……。
俺が準備を確認しているとノックの音がする。俺が返事をするとレイラが入ってきて、
「陛下、ミックから聞いていましたが……これは……?」
レイラの顔は疑問に溢れて眉を寄せて眉間には悩ましげにしわがある。
俺は小分けにしてあるお菓子と果物を確認してから、
「これはハロウィンと言ってね。俺のいた世界にある収穫祭であり聖祭の一つなんだ。亡くなった先祖の人の魂と一緒に精霊や悪霊が現世に還ってくる日で悪霊を追い払うために仮装する、っていう話だよ」
「はぁ……それはわかりましたが……それとお菓子や果物がどう関係を……」
レイラの疑問に俺は、
「……そこは……知らないんだが、仮装した子供はこのジャック・オ・ランタンのある家に行って『トリックオアトリート』って言って意味は『お菓子をくれないとイタズラするぞ』だ。このキーワードを言った子供にはお菓子をあげるんだよ」
俺は小分けにしてあるお菓子を振りながらジャック・オ・ランタンの頭をこつこつと叩く。
「変わった……風習なのですね……」
「ああ。俺も変わっているとは思うね」
小分けしたのは明らかに手作りではないものや名産の果物の類い。
「調理部にも肉やら野菜やら渡したのだが調理に十分すぎる量がすでにあるそうでな。消費できない余りだから腐らせるよりも余程いい」
軍立王国小児保護院、そこは軍の王都勤務の者の子供で父や母、または両親共が軍に務めている間、保護者がいない小児に限り預かる施設である。
軍務は交代制ではあるが急務の場合は昼夜問わず呼び出しがあり得るのでその際にも子供が預けられるようにされている。そのため王都所属の軍部、主に下士官には大変重宝されている。
そこの子供が今日、仮装をして王城見学、さらに父母の勤務しているところを見る、最後に俺のところに来てお菓子をもらって帰る。
少人数の班分けもしてあり、引率には保護院職員か手の空いている城中メイドがつく。
「さすがに執務室や私室に入れるのはレイラやミックに止められてしまったからなぁ」
俺が乾いた笑い顔を浮かべるとレイラは少し座った眼で、
「このようなイベント事で城内に子供を入れることすらあまりよろしくは……」
「そう言ってくれないで欲しい。軍部の子らは親に会えない時間が長い。せめて、働く親の背中くらいは見せてやりたい。そういう気持ちなのだよ」
俺がそう言うと短い嘆息をこぼしてから、
「陛下、このような事をされる前はもっと事前にご相談願います。そうでなければ別件と重なる可能性もございますので……」
「ああ。そこはすまないと思ってるぞ?」
急に思いついたことには反省はしている。
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小応接室で仕事をしているとノックがされた。俺が入室を促すと城中メイドに案内されて五人の子供達が入ってくる。どの子も緊張した面持ちであるが部屋を物珍しそうに見ている。ぱっと見た感じどの子も十歳前後だ。
そしてどの子も仮装していて可愛らしい。ある子は騎士の兜に鞘に収まった剣。真剣は危険なので中は木剣にはしてある。別の子供はシャーマンの仮面をしていたり、獣人族やエルフ族などの民族衣装を着ていたりもする。
子供達が俺のいる机の前に並ぶと俺は努めて笑顔で、
「お城の中はどうだったかな?」
子供達は顔を見合わせて、そしてキラキラした目で、
「おも、面白かったです」
「お父さんの鎧姿始めて見ました」
「お城が広くて綺麗です」
口々に感想を言って俺はそれを聞きながらうずく。
「うんうん。それはよかった」
そして俺が意味ありげな笑みを浮かべて黙り込むと子供達は目を合わせてから、
「トリックオアトリート!」
声を合わせてそう言った。俺は人差し指を宙に彷徨わせて最後に指先を曲げた。すると奥から小分けにしたお菓子などが入った袋が十個ほど飛んでくる。
「イタズラされては困るからな。一人一袋お菓子を持って行ってくれ」
子供達は喜んで袋を選んで俺に重々お礼を言ってから出て行った。
「にゃー?」
六花が俺の方を見て一鳴きする。俺は六花の喉を軽く撫でながら、
「今日一日こうなるぞ。楽しみだ」
日が暮れる頃には山ほどあった小袋はなくなり俺の耳には子供達の喜ぶ声が残っていた。
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夜になり小応接室にあったものを持って執務室に戻る。明日からは真面目に戻ろう。
俺は明日やる予定の書類を机に置いて両手を腰にやり大きく息をついた。そのまま腰を伸ばすと背骨から変な音がしたが姿勢でも悪かったか?
「陛下、お疲れ様です。……ミックの姿がありませんが?」
部屋に入ってきたレイラは伸びをしている俺の前に更に書類の束を積む。おぉ、追加か。
「あぁ、ミックならもう帰ったよ。例のエルフ公国の娘さんと夕食会だそうでね」
「……そうでしたか」
唇に指を当ててトントンと叩くようにして何かを考えているレイラ。指が細くて綺麗で、唇も柔らかそうで色っぽい。
思わずレイラの仕草に魅入っていると、
「へ、陛下?どうかされましたか?」
「い、いや。なんでもない」
危ない、見過ぎた。
俺はそんな気持ちを誤魔化すかのように、
「そうだ。レイラ、君にも」
俺は小分けした麻袋の一つを取り出してレイラに見せる。
「今日の無理を聞いてくれたお礼に」
レイラは俺の手元を見て、少し考えるような表情になると、
「では、一度失礼いたします。すぐに戻りますので……」
受け取らずに足早に部屋を出て行く。
俺が首をかしげて待つこと数分……。
戻ってきたレイラの格好にドキドキした。心音がレイラに聞こえるんじゃないかと思うほどに、始めて聞くほど大きな音が鳴る。
「えっと、仮装していないとダメなんですよね?」
真面目なレイラはわざわざ誰かに借りたのだろう。メイド服で俺の元に戻ってきた。
「え、うん。まぁ……」
心の中はけっこうなパニックが起きているがなるべく表面には出さないようにしているつもりだ。でも無理だ、顔が熱い。
「と、トリックオアトリート」
「で、では、イタズラされても、困るから、な?」
俺はレイラの手にお菓子の入った小袋を渡す。触れた手がやけに温かかった。
「そ、そ、それでは本日は失礼いたします」
レイラは出て行ったときより足早に、加速しながら出て行った。俺はレイラの背中を見送った後に最後の二つを取り出して、
「はぁ……あとはアゼリアとイゾルデだな」
城中メイドとの仲介をしてくれた二人を探しに俺は部屋を出て行く。足元には仮装の解かれた六花がついてきていた。
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バシバシと枕を叩く。
まだ興奮が治まらない。なんで侍女服選んだのかといえば手早く仮装するならと借りてきた。着替えるのは恥ずかしくなかったのに、あの格好で陛下の前に出た途端に顔が熱くなった。
理由なんてなんとなくわかる。いつもと違う格好を陛下に凝視されて、しかもスカート姿なんて陛下に見られたことないし……。
レイラは夜着でベッドに寝転びながら枕を抱くとゴロゴロと左右に転がる。そして胸に抱いた枕を下敷きにしてサイドボードの上にある小袋に手を伸ばす。
中から取りだしたのはクッキー。市販されているものやどこかのお嬢様方の手作りではない。陛下の作ったチョコレートというものが入っている。ということは陛下の手作りなのだろう。あの方ならクッキーくらい作れるのは知っているし、誰かの手作りを人にあげるとは思えないから。
口に入れて咀嚼、サクサクとした食感の後に甘い味が口に広がる。
独特の甘味と苦みのあるチョコレートに私はかなり気に入っている。
「陛下……」
愛しい人を思い浮かべながら一つだけ気になった。
『で、では、イタズラされても、困るから、な?』
もしお菓子を受け取らずにイタズラを選んで、キスでもすれば陛下はどのような顔をされただろうか?
私の妄想ははしたない方向に転がり出した……。
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俺は棒の先に糸を垂らしていた。その先には鳥の羽がたくさんついている。
振り回すと釣られた六花が激しく追いかける。今日仮装につき合ってくれた六花への褒美だ。夕食にはささみも付けてた。
「はぁ、ミックもレイラもアゼリアもイゾルデも受け取ってくれた。しかし……」
俺は思い出し笑いをしつつもドキドキした。
「仮装して受け取ったのレイラだけなんだね。真面目だなぁ」
「なーん?」
「六花、お前は遊び足りないのか」
俺は六花との遊びを再開するのだった。
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