愛の言霊
対談交渉が成功したことはすぐに国内に報じられ、街は歓喜と欺瞞の空気が流れた。長く戦争をしてきた相手が本当に納得したのか、土壇場で裏切るのではないのか。そんな不安があったのだろう。
そして一月経ってから不可侵領の中央で交わされた休戦締約はその日のうちに王国内に報じられた。
俺だけが狙われることだけは伏せられて、両国王による休戦締約の宣言は映像通信水晶と音声通信水晶にて大都市から中小都市、貴族領にも報じられた。すべての街は歓喜に沸き、各地の大都市のみならず、小さな村までが盛大な祭りの騒ぎになったらしい。
俺は歓喜の声が静まらない城下町を王位継承を行ったテラスから見ていた。灯りは消えずに街からの活気と喜びの声は日が沈んでだいぶ経つ今も治まっていない。
「とりあえず、だな」
俺は1人街に向かって小さくぼやいた。
今日を迎えるまでに様々な人に助けられ、支えられ、やってこれた。将軍らや内政官、大臣、右と左、それにアンリ先王。
王として困った時には何度も先王の元に行き、教えをいただいた。王はどうあるべきなのか、王とはどうしなければならないのか、俺が王として足りないところをずいぶんと助けていただいた。
胸中には喜びとともに悲しみがあった
「陛下、夜も更け始めております。夜風は御身に障ります」
俺は一人だと思っていたが声に後ろを振り向くとミックとレイラの姿があった。ミックは黒の外套を俺にかける。
「もう少しここにいたいんだ。民の声が聞こえる、喜びに満ちた声だ。アンリ様にこの声は届いているのか、あの方が望んだ世が来たというのに……」
俺は手すりを叩いた。意図せず涙が流れた。
アンリ先王はあの交渉の二日後、すべての歯車が止まり崩御された。その顔は安らかに笑っていた。
最期を見届けたアドウェネドとフロミラの話では、珍しくこのテラスまで輿に乗ってきていたそうだ。そして休戦締約の話を聞いた民の声を聞きながら、ゆっくりと微笑んで御隠れになられた。
もしかしたら協定の結ばれる今日まで体が持たないと悟っていたのこもしれない。
そして軍臣民すべてが十日間、喪に伏してアンリ先王の葬儀が行われた。
「……アンリ様……貴方の望まれた世ができました。……それなのに、あなたがいない……。俺は、俺はアナタに見て欲しかった、アナタが築いてきた支えてきたこの国が、平和の声に満ちた今を……。だから、俺は皆とここから先の世界に、軍臣民皆が笑っていける世を作り上げて見せます」
亡き父にも似た先王の墓前に誓った言葉をもう一度口にする。
「陛下、私達も陛下の手となり足となり全てをかけてお手伝いいたします」
「同じく、陛下の望む世が長く続くよう尽力いたします」
レイラとミックの言葉に俺は大きく頷いて、
「そうだな。今がゴールじゃない、やっとスタートに立てたんだ。これからも俺を支えてくれ」
俺は涙を拭いて振り返り、そして笑って声を明るくする。
「さしあたって、ミック、嫁を取らないか?」
「……はっ。……はっ?」
ミックは一度左胸に手を当てて一礼したが、驚いたような声を上げて俺を見た。
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俺は私室にあるソファーに腰掛ける。ガラスの机を挟んであるソファーにミックとレイラが座っている。
俺はミックに書状を見せていた。その内容を略してまとめれば、
『神蒼帝国との休戦締約、至極に喜ばしく。休戦締約に至る暁の先約通り、貴国との正式な貿易を望む。また聖魔公国と親身たる関係を持ち、有事には協力する関係を持ちたい。憚りながら、こちらの国の重臣が娘と貴国の重き者と婚姻関係を結び、和を持ちたい』
そう書かれたのはエルフ公国からの正式な親書でエルフ公国の重臣の娘をこちらの重臣の嫁に、本当は王である俺自身に、もらって欲しいとの親書である。
それに対して俺は自身の嫁に取る気はないし、王の正妻が他国の臣下の娘では政治的につり合わないとレイラからこっぴどく叱られている。
そんなわけでお鉢が回ってきたのがミックだった。
「陛下、ぼ、僕がですかぁ!?」
内容に目を通したミックが素っ頓狂な声を上げる。
「ミックは王である俺の右を勤め、三大臣よりも強い発言力を持つ。それに若くまだ妻もない。国を超えて重臣同士の婚姻、悪い話ではないと思うのだが?」
もしミックが断れば次を探さなくてはならない。対象はかなり絞られるが三大臣の親族か大貴族から探すしか……。
俺がそう考えているとミックは手紙の二枚目に目を通していた。それには嫁に来る予定の女の子のプロフィールが書いてある。俺もざっと目を通したが、たしか17歳のハイエルフで内務宰相の娘だったはず。ミックからすれば三つ下になったはずだ。
「……前向きに検討させていただきます」
少し興味があったらしく、思案顔で頭を掻く。
「書類は預ける、今日はもう休んで明日からじっくり検討してくれ。まず会ってみて馬が合いそうか、様子を見るのもよいかもしれないな。念のため、他にも候補を探しておこう」
「はい。それでは失礼します」
ミックは手紙を持ったまま部屋を出て行き、俺とレイラはそれを見届けた。
「こちらからも貴族か重臣の一族の娘を出した方がいいな。その方が均衡に和を取れる。獣人の国とも結んだ方が良さそうなら人員のリストアップがいるな。レイラ頼めるか?」
俺がレイラを見ると、
「は。では、大貴族と将軍、大臣補佐の身内で独身の者から探してみます。数日以内にはまとめておけるかと。それより陛下、そろそろ王妃候補を絞り込んでいただけましたでしょうか?このままでは年末には間に合いません」
少し怒り口調になり始めたレイラに俺は困り始めた。
実は絞り終えてるものの、それを切り出すタイミングがなかったからだ。
俺はため息をついて、もう一枚紙を出す。それをレイラの方に振ってみせる。
「陛下?」
すまし顔に疑問符を浮かべたレイラに、
「この娘を王妃の第一候補にする。ただし条件がある。この娘が親や周りの言われるままに候補にされているのか、交際相手はいないか、密かな想い人はいないか、本人が俺に好意を持っているのか、しっかり調べなくては俺は娶りたくない」
俺は少しばかり厳しい視線でレイラを見る。その視線を受けてレイラは俺の持っていた紙を受け取り驚いた顔をする。
「へ、陛下、なぜ……なぜ、この娘なのでしょうか?」
驚くレイラに俺は目線を横に逃がして心のままに口にする。
「その女性は聡明で察しもいい。機転も効き、一を耳すれば十まで理解してくれる。……たまにわからないときもあるようだがね」
レイラは俺の言葉に動揺が激しいようで震えている。そして目線はあちこちに泳いでいる。
「自制心も強く、心に芯もある。何より人を正すことができる。自らの立場を危うくするかもしれなくとも、相手のためなら誰であれ諌めようとしてくれる。俺はそういう誠実なところを尊敬する。……これが理由にはならないか?」
レイラは諦めたように俺に視線を向けた。いつものすまし顔ではなく、目から下を書類で隠し少し前傾し上目遣いになっていると可愛らしい。
「陛下、この娘は……本人が知らないところで候補者に入れられております。おそらく両親の仕業かと。……ですが、その……陛下のことをお慕いしてるかと」
どうも候補一覧に名前があるとは知らなかったらしい。
「固い口調はやめて本音で言ってくれてかまわない」
俺はレイラに笑いかけて言い切る。しかし体温は上がる一方でレイラと目を合わすと自身の頬が紅潮しているのがすぐにわかる。
「俺は一年近く周りに支えてきてもらって今にある。中でもレイラ、君には助けてもらってばかりだ。これからも俺には君が必要で俺を支えて欲しい。君を俺の正妻に迎えたい」
俺ははっきりと口にした。レイラはかなり狼狽えている、今までに見たことのないほどに。
俺が協定の中に自身の身を危険にさらす案を出してもここまで動じなかったというのに、告白一つでこんな顔をされるとは思っていなかった。
「へ、陛下、その、わた、私は……陛下をお慕いしています。左として陛下に私心を持たぬよう、心がけていたつもりでしたが……陛下が軍臣民のために努められるお姿、民に向ける笑顔、身を介せずどの者にも優しくされる姿に惹かれてしまいました。……」
レイラは言葉を句切り俺を見つめる。先ほどまでと違って顔を隠すことなく、照れた顔ではあるがまっすぐに俺を見つめている。
俺は黙って立ちあがるとレイラの横に行き、手を引いて立たせた。急なことによろめいて俺の胸に納まる。
女性にしては身長があるので俺と同じくらいかと思っていたが少し小さい。もしかしたら姿勢や動きのせいかもしれないな。
「固い言葉遣いはいらない。レイラ、俺のことをどう思っている?」
抱きしめるとレイラの伝わってくる体温は微妙に高く、息を吐く音まで耳に届く。
「……陛下のことは……好きです」
俺は喜び腕に力が入る。
「その返事は嬉しい」
「でも、陛下……」
「なんだ?」
レイラの声はいつもと違って少し幼い雰囲気になる。
「私は面倒な性格ですよ?」
「固いところか?」
「いえ。けっこう子供っぽいのです」
「そんなレイラを見たいな」
レイラが俺の背中に腕を回す。
「独占欲も強いです」
「自分だけ見て欲しいのか?」
「もちろんです。私といないときでも私のことを想って欲しいくらいです」
俺を抱きしめる腕に力がこもり締め付けられる。
「しかし立場上側室をとらればならないかもしれないぞ?」
「私が一番であれば側室や妾が何人いてもかまいません」
俺の胸に顔を埋めた息を吐く。
「もしかして俺は大変な子を好きになってしまったのかな?」
「ですから、面倒だと」
「そこを含めてレイラなのだからかまわない」
レイラが胸から顔を上げて俺を見つめてきた。
「俺の育った国にはこんな言葉がある。『惚れた方が負けだ』。好きになったらどうしようもないのだよ」
俺は笑顔を浮かべてレイラの唇を奪った。
急なことに驚いたのか、最初は身じろいた。しかし動きを止め、震えながら俺を受け止めてくれる。
そして震えもしなくなってから離した。
「レイラの唇は凄く柔らかいな。それに、髪からいい匂いがする」
レイラが顔を真っ赤に、耳まで赤くして頬を膨らませる。そして何を思ったのから俺に抱きしめられたまま、俺の胸の前まで手を持ってくると軽く握り、ポカポカと子供のように叩きだした。
まったく痛くもなく、照れてどうしようもなくなってしまったのかもしれない。
そんなレイラに俺は頬を緩めてしばらく好きにさせる。拳が止むと俺はレイラを抱き上げてベッドに連れ去った。
【Heroine Profile】
レイラ・カリミオン
亜人ヴァイゼ・エルフ族
プレート・ゴールド
167cm・51kg・19歳
B83W54H79・Cカップ
髪 ・背中中程
髪色・浅黄色
瞳 ・群青色
職業・左
エルフ族でも飛び抜けた魔力を持つ種族。エルフ族は普段の開眼は人属と変わらないが戦闘形態になると耳が尖り、これがマナを集めるアンテナ的な役割を持つ。
エルフ族は美男美女が多いと言われているが別にそんなことはない。同じ森霊崇拝のしきたりを持つドルイド族とは種属を越えて仲がよい。
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