交渉・後
俺は勇者の目を一度見たが、勇者の方はまだ俺の真意もわからない様子だった。そもそもなぜ自分が呼ばれたのかすらわかっていないのかもしれない。
「こちらとしてはなぜ戦争が起きたのか、原因を紐解くのに時間を要しましたよ?そもそも帝国と王国、いったいどのような関係があったのか」
俺は余裕を持って説明を始める。
す
「帝国と王国で使われている言語や文字、長さや重さの単位、魔法の詠唱構築文、ほぼ同じなんですよ。比べて獣人国やエルフ公国には独自の言語や詠唱構築文、文字などの独特の文化があります。無関係な国同士なら同じにする必要はない。敵対国ならなおさら同じにはしたくないでしょう?敵国が右廻しのねじだから自国は左廻しのねじに規格を変えることすらあるのが戦争ですよ」
俺はここで一旦言葉を句切り、水に手をつける。飲み込む音がやけに大きく聞こえ、自分が緊張しているのがわかる。
だが引くわけにはいかない。
「こちらの考えでは、大陸の東を開拓するために帝国から出て行った者が成功し国を作り上げたのが聖魔公国の始まりでないかと。そうでなければここまで類似するところが多いことの理由がわからないですね」
「その考えが正しければ聖魔公国は神蒼帝国の属国になるのではないのか?」
「その言い分は、家を出て行った子供が成功し金持ちになったからと、せびりに来る寄生虫のような親のようですね」
皇帝の言葉に俺は挑発をする。まだあの一回以外感情をむき出しにしていない皇帝にはもう少し感情を乱してもらいたい。
「神蒼帝国がなぜ聖魔公国を敵と見なしたか、いくつかの推論も立っているんですよ。一つは元々仲が悪かった、一つは相手を併呑したい何があった、一つは相手に何かしら恐怖した、一つは政治的不利や宗教的対敵。しかし元々仲が悪かったわけではない。ということは帝国は王国の何かを欲して併呑しようとしたか、恐怖に駆られて敵対しようとしたか。そして宗教的な理由は後付けでしょう」
俺は部屋を見渡して兵や将校を睨み付けるようにする。
「何より、人とは自分と違う者を排除したくなる。権力を持てば、大勢を占めれば、それは顕著になる。この部屋に獣人やエルフなどの人以外の将校や文官がほとんどいないのは、人属による単一政治がやりたい、人属の有益な国でありたいからではないのですか?」
この部屋にいるのはざっと三十人、うち獣人やエルフと見て取れるのは二人。兵士も兜はないのでよくわかる。
「なぁ、勇者君。君ならわかるだろう?宗教の違いで殺し合い、国の方針の違いで戦争し、人肌の色の違いで虐殺し、ほくろのあるなしで処刑にかける、戦争に反対するから非国民だと拷問をかける、そうやって差別ができる。そして敵とみて殺すことができる。違うかな?」
俺は嗤う。俺の憎悪の対象は彼なのだから。
「聖魔公国に召喚されながら人ではなく魔妖人と知り、神蒼帝国に逃げ込んだ勇者君?俺は君をとことん許さないよ?おな……」
俺がそこまで言ったときに部屋の扉が乱暴に開かれた。
皆が一斉にその方向を向くといたのはルイベックだった。左右を兵の肩を借りてなんとか歩いてきたのだろう。俺と目が合うと怒りの炎が灯り、大声を出した。
「陛下!こやつが聖魔公国の魔王ですよ、敵将サラスに陛下と呼ばれてましたわ!」
その言葉に部屋がざわつく。誰もが俺に目を向けた。俺は口元がゆがみ嗤いが止まらなくなる。
(あぁ、もう、バレてしまった。面白いところだったのに……)
「くはははは、バラしてくれるな。改めてご挨拶申し上げよう。聖魔公国王国、第18代国王、シュウイチ・イマガワ。そこの自称勇者のリュウト・ソウマと同じ世界から来た異界人だ」
俺の挨拶にやっと勇者が反応した。
「どういうことだ?なぜだ!?選ばれたのは俺だ!」
「おいおい、まさか自分は選ばれた存在でラノベの主人公にでもなったつもりか?だったら、お前がつくべきはこちらであるべきだったんだよ。自分に助けを求めた人を見捨てて敵国につくようなヤツが勇者を名乗るのは烏滸がましい!」
叩き切る勢いでリュウトを黙らせる。そして皇帝にむかって俺は言い切る。
「おそらく帝国は魔妖人の魔道具の技術の高さや個体の強さに違いを感じ、恐れを持った。そして自分たちと違うから排除しようとした。私が出したこの水晶が通信用の魔道具だとわからないのが技術の低さを露呈している」
皇帝の視線は少し温度が下がったように感じた。
「もし、聖魔公国を滅ぼせたとしよう。次に起きることも見えている。次は獣人に対して、耳や尾は魔妖人に通じて、魔物に通じている。だから獣人を殺していく。その後はエルフや他の種属も殺すだろう」
室内にふたたびざわめきが起きる。さすがに皇帝が机を叩いた。
「そのようなバカなことがあるか!魔妖人は天啓で神より言われたからである。獣人やエルフは古よりの友、それを裏切るわけがない!」
乱れてきた。あおりをかけるならここだろう。
「先ほど皇帝は、天啓で魔妖人は滅せよと言われたそうだな?ならばリュウト、天使の声を夢で聞き祖国フランスを勝利に導いた聖女ジャンヌ・ダルクはどうなった?戦後に天使を否定しないだけで魔女として火炙りに処された。言い返してみろ」
十数秒、部屋に沈黙が流れる。俺は口元をゆがめる。
「そう、天啓とは曖昧なものなのだよ。都合を合わせるために、自分たちの悪いことを隠すために、神や天を言い訳に使う。人しかいない世界でそうやって戦争や虐殺が起きるのだよ。……さて、和平についてそちらに都合のいい条件をつけてやろう」
人属に対して獣人とエルフは少なくとも疑念がわいたであろう。俺は感情を統制しニュートラルな状態に戻す。
「休戦であろうが和平であろうが私の生きている間という条件でかまわない。そしてそこの勇者君には仲間を連れて私を殺しに来る権利を与えよう」
横でディグリート将軍とグリエス内政特務官が驚いたような反応をする。
「聖魔公国の軍臣民を手がけることは許さん。これ以上、国民を傷つけるわけにはいかない。しかしそれではそちらが納得しないだろう?ここまで言われてすごすごと引き下がれば国の威信にも関わりますからね。なので私の居を相互不可侵領のすぐ傍に変えて、勇者君には私を殺しに来てもらいましょう。あぁ、仲間は何人でもかまいませんよ?極端に言えば五千でも一万でも」
侮るような言葉で煽ると皇帝の視線が動いた。それを合図に一人の将校が剣を抜いて俺に斬りかかってきた。
ディグリート将軍とグリエス内政特務官には手で制する。俺は指先に集めていた魔力を使い、
「腕・強化、腕・加速、制御・斥力」
斬りかかってきた将校の剣を指2本で止めるとそのまま力任せに折った。そして指先で胸をそっと突く。
斥力で真上に飛ばされた大男は天井に当たってから地面に落ちた。
「会話の途中で斬りかかってくるとは無粋な方ですね。ルイベックとやらとそう変わらない程度か」
落ちてきた男を片手で受け止めてから床に転がす。この間、俺は椅子に座ったまま一歩も動いておらず、大して魔力を使ったわけではない。
「さて、ここまでやられるとは思っていなかったので……。獣人国の王、エルフ公国の女王、今のはどう見られましたか?」
二つの水晶にそれぞれ玉座に座る者が映る。
『天聖人君。今のはどういうおつもりか?和平の見届けと聖魔公国から頼まれ見ていたが対談の途中に斬りかからせるとは?』
片方に映るエルフの老婆、公国女王が咎める言葉を口にする。
『天聖人君、魔妖人の次は我々なのか?天啓と言って我らも殺すのか?それに理が通っている彼はどこが野蛮で仁も律もない魔妖人なのだ?あまつさえ使者に斬りかかるのはいくら敵国とは言え……やり過ぎではなかろうか?』
体躯のよい獣人が疑問を投げかける。
「な、いったい、どういうことだ!?エルフの、獣人の、貴様ら聖魔公国と組み、我らを謀り裏切ったのか!?」
そうだ、その顔が見たかった。
「いえ。ただの見届け人の予定でしたよ。そちらが和議に対して話し合いを応じて是であれ非であれ、話し合いで終われば証人で済んだはず。しかし都合が悪ければ斬りかかる国と両国の前で証明してしまったのはあなたたちです」
俺は肩をすくめるポーズを取る。
「さて、条件は先ほどと変わらない。現在の双方の砦の間を相互不可侵領とし、双方はここに軍事力をおくことを禁じる。国境は全線の砦を結ぶ線として、和平ならば中央まで双方から道路を敷き貿易行路を制作する。あと細かいところはありますがそれはこちらに」
俺は和平と休戦、二枚を出してヒラヒラと動かす。誰も動かない。ただ紙が空に揺れて出す音のみが部屋に響く。
「では……私が」
グリエス内政特務官が紙をうけとると皇帝の前に置きにいった。
「私一代のみの協定にはなりますがどうでしょう?それに勇者君が私を討てば早々に蹴れる協定ですよ?なんなら今からでも勇者君が私を討てばそちらの思いのまま、獣人の王、エルフの王も見届けることで不意打ちなどという誹りも受けませんよ」
俺の言葉は火種となり燻り、炎がついた。
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砦の練兵場で相対している俺と勇者、そして周囲を離れ囲む将兵。
「かかってこいよ、小僧」
俺は地面をつま先で突き固さを確認するようにする。踏み固められた土はかなり硬く踏み込むに適した固さに満足する。
俺は軍服に手首まで覆う手甲のみ。そして勇者のリューは白銀の鎧兜に立派な剣を持っている。
俺を睨み付けたリューは俺に向かってきた。俺は右足を半歩前に出して半身に構えると両手を軽く握り、腰を下げて重心を落とす。
「身体・強化、身体・加速」
彼も魔力で体を強化しているのか、なかなかの速度で突っ込んでくる。しかし魔力で強化した俺にはよく見える程度のスピード。
左から来る剣を左手の背刀で受けて弾くと右足を軽く踏みこみ、リューの左肩に右手の掌打を打ち込む。
ぐらつくも崩れない。よかった、少し力を上げても大丈夫だ。
左の踵を上げてつま先立ちになる。それを見て左足を警戒したリューに、左足で跳ねるとみぞおち辺りに右の蹴りでつま先を刺し込む。
派手に十メートル近く飛んでから地面に転がり、受け身を取って立ちあがる。
「……俺は勇者なんだ、負けるはずはない、チートもあるんだ、俺が……あぁぁぁぁぁ!!!!」
リューから魔力が溢れた。それが体に纏われてマンガやゲームのようにオーラが沸き立つ。
血走った目でこちらに突撃してくる。先ほどよりも早く、剣にもオーラを纏っている。
「でやぁぁぁぁ!!」
素早い斬擊だが見えるし、躱せる。二閃、三閃、最低限の足裁きで躱してみせるとムキになって振り回してくる。
「その程度か?お前は軽いんだよ……心が軽いから剣も軽い」
全てを躱して俺は力の違いを見せつける。
「さて、反撃に移ろうか」
加速させた右肘で肩目掛けて振り下ろす。鎧の上から一撃、肩当てを壊してさらに追撃する。肩と肘の関節を回して上を向いていた手の甲を下に向けると左手で右手首を掴む。
右腕一本を使ったデコピンの要領であご目掛けての裏拳を打ち込んだ。
リューが空に浮かんで地面に落ちた。
「軽く弱いな。お前は一年、勇者だと剣を振ってきたつもりだろうが……俺は十年以上鍛錬してきた身だ。その程度の練度の武技で俺に勝てると思うな」
地面に転がるリューが息苦しそうにしながら俺を睨み上げる。
「な、んなん、だよ、お前の、空手か?」
鼻で笑うと一蹴する。俺はリューの手を踏みつけて、
「空手、ではないな。古式空手武術閃武流、俺はその中伝だ」
練兵場が水を打ったように静かになる。
「……和議か?それとも、俺がこの国を滅ぼして見せようか?」
俺が手を広げて周囲に見せた。
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