君の名は?
王都への帰路の間、ジグレイシアの意識が回復しシャルナックが付きっきりで世話をしていた。
甲斐甲斐しくもあるのだが何というか、お互いに微妙に近づき離れを繰り返すので……いちゃついてるようにも見えてくる。
そんな二人をよそに俺は女帝の子供の世話をしていた。
俺が座ると膝の上に座りたがり、しばらくは「へみゅ」「みゅる」「みゅみゅ」などの鳴き声を出していたが俺が話しかけると似た声を出そうと努力していた。
そして数日の間に周りを指さして、
「しゅ~、れにゃるにょ、ちゃにゅ、ひりゅれ」
と俺やグレナルド、シャルナック、ヒルデの名前を理解した。それだけでなく教えた言葉を喃語寄りだが喋っている。
「はぱ、ちゅち、き、そりゃ、きゅも」
指さして葉や地面、木、空、雲、など教えれば教えただけ覚えていく。
食事も人が食べるものと同じものを与えてスプーンやフォークの使い方を教えると二日で覚えた。
しかも不満がありそうどころか美味しそうに食べている。おまけに周りを見て空の皿を出せばおかわりがもらえることも理解して要求する。
生まれたてとは言え恐ろしいほど知能が高い。といっても人以外の生物はだいたいがその日のうちに、早ければ十分もしないうちに立ち上がり走り回る。
卵生で外見が十歳ほどなら色々と喋ったり手先が器用でもおかしくない。
色々覚えることが面白くて教えまくった結果、王都に帰り着いた五日目には、
「シューへいか、あれ、おしろ?」
やや片言気味ではあるが表情も豊かになり覚えた言語もあっという間に増えた。
それと頭にある羽のようなものは感情を示す器官のようで嬉しいときや楽しいときにはパタパタ動き、悲しいときや寂しいとき、落ち込んだときなどは髪の下に隠れてしまう。
ピンと立っているときは何かに集中しているときや緊張しているときのようだ。
「ああ。今日からここで過ごすんだよ」
服はと言えば最初は俺の外套を縫って作った巻頭衣だったが途中の街で子供服を買って着せていた。
背中の羽が出せるように背中側にボタンで閉じるタイプで羽が出せるスリットもある龍人や鳥人用の服なので服の中で背中がごわごわしているわけでもない。
初めて見るサイズの建物に城を見上げるのだが驚きのあまり口が開いたままだ。
「ほら、行くよ」
俺に呼ばれると駆け寄ってきて俺の手を掴んで横を歩き出した。
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王城に帰途するとすぐに天を呼んでジグレイシアを看させたら脾臓に少しダメージがあるのでしばらくは治癒魔法の治療と休養が必要と言うことだった。
そして女帝の子供を連れてレイラにも顔を見せに行った。
部屋に入ると話し相手に呼ばれたのかクレアがベッド脇の椅子にいて俺は呼ばずに済んで楽をしたと思った。
部屋にある椅子を手にして俺もベッド脇に座る。典医らを遠ざけて事情を説明すると二人は驚き、呆れ、そこからのため息と笑顔。
「あなた様の敵でなければ殺さず、というのはわかりますし、その子もずいぶん大人しいようですね。しかも契約魔法まで使っていればいざというときも大丈夫でしょう。……しかし、あなた様らしいです」
「確かに。シュウイチ様らしいです」
レイラどころかクレアにまで笑われてしまった。
子供は与えたリンゴのような実を皮も剥かずに笑顔で美味しそうに丸かじりをしている。
「……俺らしいってなんだ?」
すると二人は目を見合わせてから微笑み、
「強さとは誰かを守るためのもの、強いことが正義ではない、弱きを守ることが強さ。それがシュウイチ様です」
「それにあの子を独りにしたくなかった、のではないですか?……親を奪った贖罪、独りにしたことへの懺悔、これでよかったのかという後悔。……お一人で背負われませんよう、私やクレアにもあなた様の背負うものを分けてください。あなた様は一人ではありません」
クレアの言ったことを知るものは一人だけ、そいつがバラしたと言うことだ。クソ恥ずかしい。
それはともかくレイラは真剣な目で俺を見ながら微笑む。俺が一人ではない、自分もいるのだから重荷も一緒に背負わせろと言う。
俺の感情を一番理解してくれている。言葉にしなくても伝わっていることがありがたい。
「すまないな」
「いえ。左であり妻ですから」
ニコリとして首を小さく傾ける。その笑顔は俺にとって反則級に魅力的だ。
「ところで、あの子の名前は?」
……そういえばつけてない。おいでと言わずとも来るし、ほとんどの時間は膝の上だから呼ぶ必要がなかった。
「名前は……まだだな……ただ人と魔物をつなぐ架け橋になってくれたら俺は一番いいと思うのだが」
「それはいけません!さっそく名前を考えてあげましょう」
俺がレイラに返事するとクレアが子供の方を見る。
「シュウイチ様の考える『人と魔物の架け橋』を示せるような、そんな名前がいいですね」
果物を食べ終わったのか俺の横に来て、
「シューへいか、だれ?」
レイラとクレアを見て俺の袖を引っ張る。俺が顔を見ると頭の羽が立っているので緊張しているようだ。
「レイラ様とクレアだ様よ」
「レイラさま、クレアさま」
順番に顔を見てぺこりとお辞儀をする。
「かなり頭がよくて飲み込みが早い。すでに数十人の名前と顔が一致している。二、三日でスプーンとフォークも覚えたよ」
「……か、かわいい……」
クレアは長いスカートの中で尻尾をパタパタと揺らしている。レイラはニコニコと顔を見ているが少しばかりの警戒心と緊張があるようだ。
「人と魔物の絆を冠する名前、か……」
と俺のつぶやきと同時にノックの音がしてドア側で控えていたメイドが開きこちらに来る。
「天様がいらっしゃいました」
「通してくれ」
「はい」
メイドはどこか緊張した様子でドアの方に戻り天を招き入れる。
「……俺どこか圧力ある?」
妻二人に聞くと二人して笑って、
「それはあなた様が王様だからですよ」
「うん。私の部屋のチュカスとセリンもシュウイチ様の前ではやはり緊張するみたいです」
クレアの言うチュカスとセリンは実家のジルノイヤー家でクレア付きのメイドだった二人だ。チュカスは十五ほど年上で既婚、セリンはクレアと同年齢で絶賛相手募集中だそうだ。
天は両手で抱えるほどの資料らしき紙の束を持って俺の近くまで来ると、
「先輩、おかえりなさい。無事で何よりです、っと。えっと、レイラ様とクレア様から色々教えていただいたのでだいたいわかりました。それとこっちが魔法に対する考察資料、こっちは医療の考察資料なので目を通してください」
ドサッと重い音を立てて机に置かれた。イヤだなぁ、仕事が増えた。
「先輩、仕事です。昔っからイヤなことがあると左まぶたが少し下がるんですよねぇ」
癖までバレている。やはり幼馴染みは面倒だ。
「天、お前、二人にバラしただろ?」
「何をです?」
しれっとした顔を見るにとぼけているのか、心当たりがないのか。
「俺が守るだの正義は語らないだの、だよ」
「あぁ、先輩の奥様なんですから知っておいてもらった方がいいじゃないでひゅ、ひゅみまふぇん、ひゅみまふぇん、みょうかっへにはへらないれぇふ」
途中から顎を掴んだせいで何を言っているかはわからないがどうやら反省したようなので離す。
顎を撫でて関節の可動を確かめる天が子供に気付いた。
「かっ、カワイイ!!この子なんですか?どこから攫ってきたんです?」
攫ってきた前提らしい。
「えーとだな」
俺は俺達のみを包む真空の層を挟んだ空気の壁を作る。これなら大声を出しても聞こえないだろう。
「討伐した女帝の子供だ。教育を施せば人も食わないし飼い慣らせば強力な戦力になる実験動物。いざというときは俺が殺す、という名目で軍を黙らせて本音は向こうが母親の顔を見せたせいでコイツを殺せなくなった。とりあえず俺の保護下で人として教育している」
先ほど二人にもした説明を天にもすると天まで呆れて、
「先輩ってホントにバカですね……。まぁ、先輩らしくていいけど」
と言って天は子供の前にしゃがむ。そして自分を指さして、
「ボクは天だよ」
「てん」
子供が繰り返す。天は嬉しそうに笑い、
「えらいねぇ。君の名前は?お名前言えるかなぁ?」
ニコニコしているが首をかしげる。天はしばらく待っていたが俺の方を見上げて、
「先輩、この子の名前は?」
「まだない」
天は立ち上がると頬を膨らませて、
「こんな可愛い子に名前を付けないで何日放置してるんです?愛情の重要さは先輩もよく知ってることのはずで、ブフゥ」
「あーあー、それに関しては俺がすべて悪い。そこは認める。で、さっき三人で、人と魔物の絆を冠する名前がいいなと相談してた所だ」
うるさい天の口を塞いで説明してから離すと天は子供の顔をジーッと見て、
「あーん」
「あー」
口を開けたところにポケットから出した飴玉を入れた。すると子供は口を閉じて転がし始める。始めて食べる甘い飴に驚きながらも口を必死に動かしている。
そんな様子を見ながら天はその頬をツンツンとつついて、
「可愛いねぇ」
頬を緩ませている。
「パティ・アイントラハト、ってどうです、先輩?」
俺とレイラらに向かって
「パティは親愛感のジュンパティ、アイントラハトは融和。どっちもドイツ語だけど」
そう言って笑いかける。
そういえばコイツの家にある医学書の中にはドイツ語のもあったな。
「パティ、か。どう思う?」
「親愛と融和、ですか。よろしいお名前かと」
「シュウイチ様のいた世界の言葉……不思議な感じもしますが可愛いと思います」
レイラとクレアも賛成のようだ。俺は子供、パティを手招きして呼ぶ。
俺が自身を指さすと笑顔で、
「シューへいか」
「そうだ。では、これは誰だ?」
パティの鼻を軽く押す。いたずらされて笑うが名前が出なくて首をかしげた。
「君の名前は、パティだよ。言ってごらん」
「パティ?」
「そう、パティだよ」
パティは俺を見上げながら、俯き頭の羽を震わせて、飛びついてきた。俺がダッコで受け止めると俺と顔を合わせて自分を指さすと、
「パティ!」
子供らしいとびっきりの笑顔を見せてくれた。
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