私の知ってるあの人と知らないあの人
クレア視点です
やっと慣れ始めた王城での生活、貴族の娘としていい生活をしてきた私だけど、城内の私の部屋は予想以上の部屋をしていた。
我が家ではホールにあるようなサイズの飾り灯りが部屋を煌々と照らして部屋の入り口とベッド脇にあるスイッチ一つで明滅できる。
三、四人は寝転べそうな大きいベッドだけでなく調度品はどれも高価な物でソファーの座面と背もたれにある毛皮一つとっても高値で取引されている音速兎の毛皮が使われている。このソファー一つでも銀貨が数枚、もしかすると小金貨一枚以上の価値があるかもしれない。
その中でも候の一人から贈られたタンスにおいては見たこともない木材で魔法加工なども聞いたけど、はっきり言って価値がわからないほど高価な物。
そんな何か一つ壊すだけで大金の損失が出そうな生活は緊張しっぱなしで実家から連れてきたメイド二人も泡を食ったような反応ばかり。
私の乳母を務めたチュカスも私専属として付けられているセリンも、王妃の使用人として見られるので動作一つにも視線を感じ、緊張続きだとぼやくこともある。
昼食をあの人やレイラさんと食べて午後から自室で窓際にテーブルセットを持って行き楽器の手入れをしていた。
「なんか……王妃って結構暇だねぇ」
セリンがお茶を入れてくれたので六弦鳴という弦楽器の手入れの手を止める。
「お嬢様はレイラ様と違って政のお役目がないから仕方ありません。それよりも、お家にいた頃よりも身の立ち振る舞いにお気を付けください」
チュカスは乾いた私の服を引き出したしまい終わると腰に手を当てて私に一言注意する。
チュカスは昔から何か悪さをすればどこからともなく現れて主の娘であろうが拳骨を振り下ろす凶暴な使用人で私にとっては父や母より怖い。
しかも怒るときには明確な理由を理路整然と言うものだから甘い父では言い負かされて母達はチュカスが正しいと言われてしまう。
父や母が私達を見られない分、チュカスや侍従長らが親代わりとしてそういう役割を担ってきたのだろう。今でこそ末妹の乳母であるファーナを見てこそわかったことだけど。
「う~気をつけますぅ……」
ズズッと音を立てて甘い紅茶を口に含む。フリアナ領産のブレンド紅茶で私のお気に入りの味。お茶請けに出してくれたのは苦みが強めのチョコレートでこれも私の好み。
「お嬢様!音を立てない!」
またチュカスの小言が聞こえるけど今回も聞こえないフリで乗り切る。肩を落として机に顎をつく。唇を尖らしながら耳を髪に付けて蓋をして聞こえてませんよとアピールする。
「お嬢様が王妃になろうと私の中ではお転婆なお嬢様なんですから耳を塞いでもやってもダメですよ!」
おかしい、私に背を向けているのにバレてる。これは久々に長いお説教されるかと頭を上げて姿勢を整えているとノックの音がする。
急いでセリンが扉の外を確認すると私に許可を取らずにその人達を通した。ということはあの人しかいない……私は立ち上がって扉の方に向かう。
「シュウイチ様、いらっしゃい」
出迎えるとシュウイチ様は少し苦笑いをして私の頭を撫でる。
「少し話があってね。いいか?」
「もちろん、どうぞ」
私がクルリと反転してさっきまでいたテーブルセットではなく一番いいソファーセットの方にシュウイチ様を案内する。
気になったのは衛士隊をぞろぞろ連れてきていたことで、少し不安が私の心に影を落とした。
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「クレア、まずは紹介する。コレは天だ」
シュウイチ様は自分の横に座る人族の……少女の頭を軽くポンポンと叩く。
「はじめまして、テン・アサヒナです」
ぺこりと頭を下げると黒いショートカットの髪がサラリと舞う。
「えーとな、天はよくわからないが召喚以外の方法でこの世界に飛んできた、俺のいた世界の住人で俺の後輩だ」
召喚以外の方法で異世界から、しかもシュウイチ様と同じ世界から来たシュウイチ様に近い人……。
「はじめまして、陛下の第一側室でクレア・ジルノ……いえ、クレア・イマガワです」
初めて人前でシュウイチ様と同じ姓を名乗った。心臓が高鳴り、改めてシュウイチ様と結婚したことを認識する。
「クレア、顔が赤いが大丈夫か?」
「あぅ、大丈夫です」
「えーと、ボクは先輩、陛下の幼馴染みで後輩で一の子分です」
マイペースな子なのかテンさんはニコニコ笑顔で自己紹介してくれる。テンさん、一瞬男性かと思ったのだけど匂いが女性だった。
「それとレイラが妊娠したよ、二ヶ月目だってさ。天のスキルが病気や怪我の容態が目に見えるらしいからレイラに付けている典医の下で典医見習いとして雇うことにした」
大きな衝撃を受ける。レイラ産が妊娠……これは……『次は私!』という気持ちが湧き出てくる。しかし今は見せられない。
それからシュウイチ様の表情に真剣さが表れて、
「西方砦軍の方でやっかいな魔物が出た。かなり強くトライメタルプレートですら危険と判断し私が出向くことにした。しばらくは留守にするが第二王妃として正室の話し相手などを頼む。あと時間があるときに天にこの世界についておしえてやってくれ」
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数日前にそう言ってシュウイチ様は親征に出られた。
私がレイラさんの様子を見に行くと意外とケロッとした表情で私と話していたけど時折悪阻で吐きそうな顔をしてたり横になってたりとあまり元気とは言えない。なのに笑顔で、
「あの人の御子ですから。……辛くても泣き言……ごめん、バケツちょうだい……」
オ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ォォォ……。
いいことを言ってる最中に青い顔をして吐き出した。
「んー……食事も変えましょうか。ゾラテフさん、クレファナさん、ちょっと」
横で典医のゾラテフさんと薬師のクレファナさん、見習いのテンさんが顔をつき合わせて相談を始めた。
そしてゾラテフさんとクレファナさんが退室してどこかに行きテンさんがベッド脇の空いている椅子に座った。
私とレイラさんをジーッと見ているのが視線を向けなくてもわかる。バケツを私に返したレイラさんがテンさんの方を向いて、
「ふふっ、人払いまでして聞きたいことでもあるのかしら?」
レイラさんは和やかに笑うけれどもテンさんは視線の奥に宿る感情は何か底知れないものを感じさせる。
「お二人はあの人をどこまでご存じです?」
「どこまで、とは?」
「あの人が元の世界では何をしていたか、なんであんな性格なのか、……家族や友人についても」
テンさんが穏やかで呑気な雰囲気から抜き身の刃を突きつけるような鋭さを持つ。
「私は……何をしていたか、家族の身に何があったかを聞き及んでいます」
二人は私の知らないあの人を知っている。私は……、
「……何も知らない。いつも優しくて、誰かのために頑張る、誰かを守る強さを求めるあの人しか……」
「そうですか、ではボクから教えられるあの人について少しお話ししますね」
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テンさんの口から話されるあの人の過去を、おそらくレイラさんはあの人の口から聞いたのだろうけど知らないこともあったのか時折驚きを隠せないようであった。
「……あの人か求めている強さとは誰かを守るためのもの、自分を正義とは言わない。弱きを守ることが強いこと。あの人は誰かのために立つときが、自分ではない誰かを守るときこそが一番力を発揮できる人」
「……そんなことがあったのに、レイラさんに零すまで誰にも言わず笑ってたの?」
驚きの他に不安が芽生える。なぜなら、そんな大事なことを打ち明けてくれないあの人は私を信じてくれているのか?ただ役割としての妻としてしか求められていないのではないのか?
そんなことを考えていると顔に出てしまったのかテンさんが悪戯っ子のような口調で、
「……あの人はズルいんですよ。人のために動く自己満足、他人に心を見せずゆ善人気取りでやりたいことをする。甘くて緩くて優しいから、困ってる人を見ればすぐ助けに行って自分が損したって気にもしない」
あの人をこんな風に言えるのは、私はおろかレイラさんですら無理かもしれない。
「お二人には感謝しています。あの人の家族になってくれて。師範代達や師範を亡くしてからは家族を失うことが怖いんです。失うのが怖いから欲しがらない。それでも選んだ人だからあの人のことをよろしくお願いします」
あの人のそばにいたからだろうか?テンさんはすごく優しい。その気持ちの中にあるのが尊敬なのか、思慕なのか、それとも恋心なのか。
わからないけど、テンさんはあの人の味方でレイラさんが言っていた「無条件で信用する」の意味がわかるような気がする。
「天さん、一つ聞きたいことがあります」
レイラさんは赤みの差した真剣な顔をして天さんの方を向いて顔の横に人差し指を立てた手をやる。
「天さんはあの人のことを好きなのでは?」
私が聞きにくかったことをズバッと切り込んだ。レイラさん、昔から踏み込むときは勢いいいなぁ……と思いながら顔が少し引き攣るような感覚を受ける。
真剣な顔をするレイラさんにテンさんはポカンとした表情を浮かべて口を半開きにしていた。
その口角が上がって、片手を額に当てて、盛大に仰け反りながら大笑いをし始めた。
「アハハハハハハ、ハハハハ、ハッ……ゲホッゲホッ……ハハハッ、……す、……すみません……アハハハ」
椅子に座ったまま膝をパンパン叩いてしばらく笑い続けて治まると、
「あー、おもしろ。久々にこんなに笑いましたよ、アハハ。あー、ボクにとってあの人は兄弟みたいなものです。親が親友だから家族ぐるみで付き合いあって、赤ちゃんの時から知ってるんですからそんな感情持ちませんよ」
笑いすぎて涙が出たのか目尻を何度もぬぐいながらまだ時折小さく笑っている。
レイラさんは困惑と心配と不安が混じりあったような顔を私に向けて何か求めるけど私もどんな返事をしていいかわからなくて黙ってしまう。
「あ、でも」
テンさんはやっと笑うのを止めて少し真剣な顔を浮かべて、
「あの人は天然の人たらしのくせに女の子の気持ちに鈍感だから油断してると取り巻きがすごく増えますよ」
取り巻きというのはおそらく想いを寄せる者や妾でもいいからなりたい者のことだろう。
「……たしか、ひどく鈍感で優秀な人材を集めたがる人です。私達の他に妾がすでに……」
指折り数えるレイラさんの手元を見てテンさんは頭を抱える。妻はレイラさんと私、妾にアゼリア、イゾルデ、グレナルドさん。
「……あのアホォォ……」
「気のせいだと思いたいですがまだ増えそうな気がしますね」
あの人の事をアホ呼ばわりして呻りだしたテンさんにレイラさんの追撃が入るとテンさんは呆れて大きく肩を落とした。
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