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交渉・前

 交渉の三日前、俺はサラス将軍の砦に滞在していた。割り当てられた部屋は最上級の物らしく、俺の執務室や自室には及ばないものの空調と照明には金をかけてあり、呼び出し用のベルが置かれ、これを鳴らすと専任のメイドが飛んでくる。


 そして今は傍にはレイラとが控えていて最終確認をし終わったところだ。

「陛下、私とロイドは陛下の御意志を通すために働きます。しかし、本音では陛下の危険がある案を採択したくはありません」

 レイラは少し困り顔で俺を見ていた。俺の作った案の最大の問題は俺自身が危険にさらされることであり、その見返りが和平となる。そしてこのことは将軍らやグリエス内政特務官には伏せてある。


「ミックが探し出してくれた書類のおかげで、アドバンテージはとれるはずだ。証拠を叩きつけて、こちらが有利な条件を出す。そこから譲歩してやれば飲まざるを得ない」

 敢えて最初に断られる前提で大きな条件を突き出し、そこから譲歩することで相手に狙いの条件を吞ませる。


 どこで見たかは忘れたが、ドア・イン・ザ・フェイスとかいう技術だったはず。

 さらに俺の通したい条件は相手からすれば有利な話に見えるようにしてある。無論、これにも勝算あっての条件なのだから悪くない。

 たぶん悪いとすれば俺を心配している人たちが胃を痛めるくらいだろう。

 もしそれがグダグダになっても黙らせる方法がないわけではない。


「ミック、レイラ。二人のおかげで勝算のある交渉に臨めそうなのだ。本当にありがとう。成功の暁には何か褒美でも出さねばならないかな?」

 俺はミックとレイラに礼を言うと、

「そ、そうでしたら、僕は数日休みをいただきたいです」

「私は陛下にお渡ししました王妃候補の一覧から一日でも早く選抜を終えていただければ……」

 冗談交じりの会話をして明日からのために休みを取るのだった。


-----


 そして移動を挟んで交渉当日、俺はディグリート将軍とグリエス内政特務官を、そしてしびれ薬で身動きを取れなくしたルイベックを馬に乗せて砦前に来ていた。

 俺の後ろには護衛としてここまでついてきたサラス将軍率いる精鋭部隊がいるが、彼らはここまでで中に入れるのは三人だけとなっている。


「陛下、ご無事を。ディグリート、何があっても陛下が御身だけはお助けせよ。グリエス内政特務官殿、そなたも気をつけられよ」

 サラス将軍の檄にディグリート将軍は少し異があるような雰囲気で返事をして、グリエス内政特務官は何も言わずに頭を下げた。


 俺が馬を引いて門の前に来ると鎖の音がして門が左右に開く。

「使者殿とお付きの二人のみ入られよ。それとルイベック少将はここで引き渡していただこう」

 門のうちより俺たちに睨みを効かせている男は神蒼帝国の武官でも幹部クラスと思われる凄みを持っていた。


「暴れるので少ししびれ薬を飲ませてあるだけだ。じきに動けるようになる」

 俺は恐れながらも近付いてきた兵に馬の手綱を任せると二人を率いて中に入っていった。

 左右に武器を持った兵が並ぶ道を歩き、建物に入る。建物は石造りで強固だ。そして柱の陰に人が隠れられるほどの窪みや等間隔のガラスのない窓は矢狭間がある。これなら立て籠もるにも悪くない構造をしている。


 そして通された部屋にも壁際には兜のみ外してある装備をした兵士が並び、縦長い机の上座には50代と思し召し法衣の男、左には20代と思われるカーキ色の軍服の男、この二人はかなり身なりが良く、王と王子だろう。

 そして右にいる鎧を着た10代中頃の少年、こいつが『勇者』だろう。


 俺たちは下座、一番離れたところに怯え震えるメイドが出してくれた椅子に座る。

 警戒感しているのが丸わかりで壁際の兵士は目が合うだけ、指が向くだけで軽く震えるような様子を見せる。


 俺は椅子に座ると亜空間に入れてある映像通信水晶を三つ出して魔力を込めた。槍が一気に向けられるが、

「攻撃は何もしませんよ」

 俺は座ったまま悠然と構えている。ただディグリート将軍とグリエス内政特務官には障壁を張れるよう指先には魔力を集めてある。


「やや強引な手を使わせていただいたが、対談の席についていただいたこと、誠に感謝する」

 大仰に感謝の意を述べるが挑発に取られるかもしれない。頭は下げているのだから無駄に警戒されても困る。

「和平使節団の全権を任されていますシュウと申します。右はグリエス、左はディグリートです」


 俺の挨拶からやや間があって、

「……余は天聖人君、神蒼帝国62代皇帝、マタリア・ファンタゴラ・フォルヘッケンだ」

 中央の男は天聖人君を名乗り、

「第一皇子のジルドラ・ファンタゴラ・フォルヘッケン。彼は勇者のリュー殿だ」

 やや横柄な態度で応えてきた。まぁ向こうとしては望まない対談ではないから積極的にはなれないだろう。


「早速ではあるが、両国間において和平を結びたい。和平が無理でも休戦締約でもかまわない」

 俺の言葉に素早く反応したのは皇子の方だった。

「断る。魔妖人と和平など考えられん。そもそも魔妖人は魔物の眷属であり、悪しき存在だ。言葉を交わすことすら汚らわしい」


 どうも皇子は話にならない。俺はため息をつくと、

「なぜ魔物の眷属か?言葉を交わすことが出来、我が国内でも魔物の被害はある。眷属ならば被害を受けずに済むはずだが?」

「ではなぜ魔物と同じような力を持つ?魔妖人が魔物であるからであろう?」

 沸点が低いのか机を叩きそうになるほどに怒りを示す皇子に俺は視線を動かして皇帝を見る。


 視線は俺を観察するような目で底が深く感情が見えない。

「ジルドラ、少し黙りなさい」

 首から上だけを憤り怒る皇子に向けた。それだけで皇子は素直に引き下がるのかと見ていたら、急に熱を奪われたかのように大人しくなった。

 どうやら皇帝には皇子であろうが逆らえば処罰されるのかもしれない。


「さて、使者よ。そちらから和平を切り出すのであればそれ相応の条件があろう?」

 交渉の場で話を切り出すというのは不利にはなる。俺から言い出したのだから帝国側に優位な話になると思っているのだろう。


「ええ。神蒼帝国、聖魔公国は休戦締約を結んだ暁には、現在戦闘域となっている場所を相互不可侵領とし、双方はその領域に軍事力を置くことを禁ずる。現在双方の前線基地を直線でつないだ線を国境とすること。和平を結ぶならこれに、相互不可侵領中央まで貿易行路としての道路を敷き、相互発展のために……」


 俺の言葉に大きな音を立てて皇帝が机を叩いた。怒りが振り切れているのか、こめかみに浮き出た血管に赤い顔、強く噛みしめる口は震えている。

「……巫山戯るな。そちらから申し出る和議に対等であるかのような条件はどういうことだ?侮るのであればこちらにも手段がないわけではないぞ?」

 周りの兵の雰囲気が恐れから敵意に変わるのがわかる。しかしこの程度の兵は脅威にはならない。


「終戦させることに対等も何も必要ないでしょう?そもそも、この戦争自体、たぶんくだらない理由で始まった戦争ですよ?」

 含み笑いをする俺はかなり確信に近いものがあった。俺は少し言葉を選んで、

「そもそも、この二国間はなぜ戦争をしているのか?」

「魔妖人が魔物の眷属だと言ったであろう!」

 皇子も怒りを示し、こちらを恫喝する様子になる。


「それです。誰が言い出しました?魔妖人と分類される者たちが魔物の眷属だ、と。こちらの調べでは帝国側から亡命してきた獣人やエルフと類似系統の種族を比較しても差は魔力の差程度ですよ」

「そちらの計測なぞ信じられるか!!」

 言葉尻がキツくなり感情をむき出しにする皇子に俺は内心ほくそ笑む。


(そうしてくれればありがたい。つけいる隙が増えるだけだ)

「誰が言い出したのでしょうか?なぜ言い出したのでしょうか?」

 皇子は俺の言葉に悔しそうに言葉を飲み込み、皇帝を見る。

「かの昔にセイルドア教の大教祖様に天啓が下りたのだ。大教祖様は時の皇帝陛下に天啓の内容を告げ、魔妖人討伐を決められた。天啓に間違いはなく、神により魔妖人は滅すべき者と決められたのだ」

 セイルドア教が何かは知らないが、俺は答え合わせをするかのように、確信が答えに近付くのを感じる。


「そうですか。さて、話は変わりますが帝国北東部にあるガルザダ村、29年前に何があったか、ご存じですか?」

 周囲に妙な空気が流れた。唐突な質問に誰もが黙り込む。

「何も知らないのか、黙らないといけないことがあったのか。ディグリート将軍」


 俺の言葉にディグリート将軍は歯を食いしばっていた口を開いた。

「俺はラグーザ・ディグリート、帝国のガルザダ村出身の者だ。俺は産まれたばかりで母から聞いた話ではあるが、帝国は自国民ですら嬲り者にする卑劣な者たちである」

 怒りのこもった声は大きくはなく絞り出すような声で、ディグリート将軍の目には怨嗟の感情があり、向かう先は皇帝一人に注がれている。


「……なんのことだ?」

 皇子はディグリート将軍の言葉の意味を問う。しかし皇帝のほうは黙り込んでディグリート将軍を睨み返している。

「俺の両親はガルザダ村で暮らしていた。兄が産まれ姉が産まれ戦のある時勢ながら平和に暮らしていた。しかし俺が産まれたときに全てが壊れた」

 一度言葉を句切ったディグリート将軍は歯が砕けんばかりに噛みしめる。そして声が少し荒ぶり、

「俺が獅子面に産まれたことで両親と兄、姉は魔妖人として村を追われた。ここまでは我慢しよう。いや、我慢ではない、理不尽に耐えよう。だが、しかし、貴様らが許せん。帝国軍の行ないは剣も持たぬ無辜なる者すら嬲り殺した」


 その言葉で緊張が走る。若い兵らは疑問符を浮かべ、年寄りの将校の一人が口を真一文字に結ぶ。

「村を追われた両親はまだ12歳だった兄と10歳だった姉、産まれたばかりの俺を抱えて山に逃げた。しかし追って来た軍の者に見つかった。見つけたのならば捕まえるだけでよかろう、貴様らがやったことはなんだ!?」


 ディグリート将軍は感情が爆発しかけているのか涙を見せて、言葉を早く、声を荒げる。

「年端もいかぬ姉を捕らえて家族の前で強姦し、助けに行った父と兄を苦しむように刻み殺し、母の左腕と右足を奪った。それが、それが一民への所行か!?必要あるべき事か!?姉はそれで心が壊れ、今でも喋ることも叶わず、生活すべて誰かがしてやらねば何もできん!貴様ら帝国は許さん!」


 襲い掛かりそうになるディグリート将軍を手で制する。彼の握る拳からは血がしたたり落ち、全身を震わせている。

「さて、一つ見ていただこう」

 俺は水晶の一つを部屋の中央まで飛ばす。

「ご母堂、先ほどのディグリート将軍の話に相違はありますか?」

 水晶の映像が誰もいない部屋から回転して一人の初老の獅子獣人族の女性を映す。

「息子の話したことは私が憶えていることです。私達は村を追われ、家族を失い、傷を負い、心を病み、全てを失いました」

 ディグリート将軍の母親は水晶に見えるように左腕の袖をめくり見せる。肘から先が失われている。水晶がディグリート将軍の母親から遠ざかり全身を映すと、彼女の右足首からは欠損していた。


「申し訳ありませんが当時の村長や村人の名前は覚えていますか?」

 俺の問いに名前を出していく。すらすらと答えながら涙を流す。そしてある名前を出したときに一人の将校の方へ視線が向いた。

 それは先ほど口を真一文字に結んだ将校だった。

「あなたはこの件について知っていますね?」


 俺の問いに将校は黙り込みを決めて答えず、俺とは視線を合わさない。

「ご母堂、お辛い過去を思い出させて申し訳ありません。そしてありがとうございます」

 俺は水晶に送り込む魔力を止めた。透明になってしまった水晶を手元に戻して皇帝を睨み付ける。


「これが帝国のやり方ですか?ルイベックとやらも捕虜を返しに来ただけの武器を持たない兵に向けて大量の矢を放つ。帝国軍の精神は腐っているのですか?」

「……知らんな。一部の暴動に過ぎんことまで余の耳には入らん」

 身内である軍ですら切り捨てることも口にできる、十分に腹芸ができる皇帝は不遜にして不敵な態度を見せる。


「魔妖人が滅すべき者であることには変わらぬ。その疑いがある者は三族切ることも厭わん」

 魔妖人が悪と断じれる言葉に揺るぎがなく、俺からすれば心がないのかとも思える。

「では、こちらの資料でも見ていただこうか」

 俺は壁際にいたメイドに手招きをする。椅子を出してくれたメイドは目が合うと引き攣り困った顔を浮かべたが誰も助けてくれない。泣きそうな顔で震えながら寄ってきた。

 俺は十数枚の書類を彼女に渡し、

「あちらへ」


 皇帝の方を指すと逃げるように足早で持っていった。

 皇帝はそれを受け取り見ると妙な顔になる。皇子も皇帝の置いた書類を見て愕然とした顔になる。

「……探すのには苦労しましたよ。449年前から437年前にかけての神蒼帝国からの親書です」

 俺は部屋にいる者全員に聞こえるように声にした。

「内容は、今年もよい貿易ができたので来年もよき付き合いを。とか、来てくれた技師がよい魔道具の製作を指導くれて臣民の生活に潤いが出た。とか、今年は小麦が多く取れたのでもし聖魔公国で食料に難が出ればすぐにでも伝令を送ってくれ、安く送れるので頼って欲しい。とか、とてもよいお付き合いをしていたらしい」


 そしてもう二枚取り出した。もう一度同じメイドを手招きしてそれを渡す。

「どれも神蒼帝国の王印がある。そして今お渡ししたのは430年前の親書です。王の名前が変わり急に宣戦布告をしてきました。もう一枚は50年ほど前にアンリ様が送った親書に対しての返書です。和議は不可という返事ですが、全てに同じ王印がある。帝国は代々同じ王印を使っている。ならば全てが神蒼帝国から公式に送られた書状ですよね?」


 俺はニコリと笑う。破られるかもという心配もあって強化魔法をかけてあるので引っ張ったくらいでは千切れもしないはずだ。

 案の定、皇帝も皇子も紙を左右に引っ張る力を加えているのが目に見える。

「さて、理由もなく宣戦布告なんかしませんよね?こちらの推察ですが、天啓という曖昧なものではなく、もっと明確な目的と理由があるんですよ。こういうものにはね」


 俺は視線を勇者に向けた。

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