123話 砦の祝福
正月企画二日目の一本目
「ぬっ!」
ユキムラが同じように突っ込んできたので同じように槍を突いたプロストの手元に異なる感覚が響く。
力強く自らの持つ槍を叩き落とそうとする意思が伝わってくる。
その程度で落とすような鍛錬はしておらんわ! 言葉の代わりに間合いの中にいるユキムラに突きを浴びせる。今度は驚くほど優しく突きをずらされる。これはこれで気持ちが悪い。
自分の突きの速度に合わせて軌道だけ外されるのだ。相手の方が、疾いということを表している。
(自分よりも早い人間などいくらでも相手してきとるわ!)
連続して突く槍が先程よりも大きくズレる。今度は力強く払われた。
(よくもまぁこんな芸当をこんな若いのが思いつく……)
プロストは内心舌を巻いていた。
眼の前にいる孫ぐらいの年の青年がまるで老獪な戦士のような戦闘を仕掛けてくる。
次に力強く弾かれるのかそれとも持っていかれるように捌かれるのか、これを見誤ると崩される。
その駆け引きを目の前の青年はこの儂、最前線で戦い続けた人間に挑んできている。
そこには不遜も奢りもなく、勝つための最善手として選択してきている。
何よりもソレに驚いた。
事実駆け引きはプロストの判断力を大きく消費させ、鉄壁だった槍の先にブレと迷いを産むことに成功している。
戦士として、前線に立って38年、駆け引きで遅れを取ったのは初めてだった。
ギャン!
とうとうユキムラの短剣が盾を捉える。
懐にも入れずにいた状態からわずか二合目には槍の内側へ入りこんだのだ。
「ふぁっは! 愉快よのぉ、こんな青年に駆け引きで負けるとはな……
少しはユキムラ殿の参考になっておるかな?」
「ええ、もの凄く。これ以上どう崩すか思いつかないぐらいですよ」
「まぁ、守ることには少なからず自信があるからな。
しかし、このままでは皆もつまらんじゃろ。
儂も少しは攻めるとするかの……」
ギリッ、槍を持つ手に力を込める。
ただソレだけでプロストの纏う空気が変わる。
「参る」
ユキムラからすればいきなり目の前に壁が現れた。
移動の気配を隠す、すり足による高速移動に大盾を利用した視覚効果から急に大盾を前方に突き出す。
普通の相手ならこの状態に持ち込んだだけで勝負あったと言っていいだろう。
盾に隠された相手の攻撃が見えない、圧倒的不利な状態から相手は歴戦の猛者である。
しかし、ユキムラには空から見るもう一つの目がある。
ユキムラを打つ槍の完全な死角からの一撃に、完璧なカウンターを合わせ、プロストの体勢を大きく崩し、懐へと潜り込み密着、首元に短刀を添える。
「見事」
その一言で大歓声が起きる。
多分まともに今のやり取りを把握できたのは、白狼の面々だけであっただろう。
それでも目の前で伝説とも言える鉄壁が、その二つ名を破られたのだ。
もちろん兵士たちに失望なんて物は存在しない、そこにあるのは二人への惜しみない称賛だけだ。
そのまま昼食となり食堂一面を埋め尽くさんばかりの料理に兵士たちの士気は天元を突破した。
「それでは50階層という大ダンジョンを制覇して凱旋したサナダ白狼隊の無事を祝って、乾杯!」
もちろんノンアルコールだが。
なんだこりゃー!! ってなんだこりゃ…… なんだコレ…… 黙々
ほんの少し龍肉を混ぜた肉野菜炒めでも兵士の皆さんの反応は明確ということがわかった。
30人ぐらいの駐在の兵士の方に50人前は作った料理は、全て争うようにそれぞれの胃袋の中へと格納されていった。
ユキムラの策略にまんまと乗せられ、多くの兵士が刺し身の虜になっていた。
なかなか食べられるものではないのに……罪な男である。
「ソーカねーさんの皿が開いたぞ早くもってこい!」
ソーカは少しの指導時間の間にすでに舎弟というか下僕のようなファン層を獲得していた。
ヴァリィの兄貴! と呼んでるガチムチな一派も形成されていた。
兄貴はおやめ! ってヴァリィは不機嫌だ。
レンは女性魔道士たちのアイドルになっていた。
一部の男性の目線が怖い。あとでユキムラにそう漏らしていた。
タロは皆に愛されている。
「ユキムラ殿は一体どんな修練をつむとアノような域にたどり着けるのか?」
プロストが真面目な顔でユキムラに問いかける。
「そうですねぇ、来訪者であるということと、年数にすれば40年。これにかけてきました」
「ふむ、嘘はない目じゃな……。そうじゃったか。
カッカッカ、儂もまだまだじゃな!
明日からも修行の日々じゃ! お主とあえて本当に良かった!」
差し伸べられた手をぐっと握る。
長い年月を鍛錬に打ち込んだ分厚く固く、そして温かい手だった。
ユキムラ様ー!!
うお~~~ーーーソーーーカ様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ヴァッシュの兄貴ぃぃ!!
レーンちゃ~ーんまたねー!
タロちゃーん!!
砦の兵士がそれぞれ別れを惜しみ声援を投げかける。
「ユキムラ殿、また逢う日を楽しみにしている。その時はまた一手ご教授願おう」
もう一度プロストと熱い握手を交わす。
白狼隊の面々は王都へ向けて出発する。
砦の兵士たちの熱い声援を受けながら、惜しまれながらも王都へと出立する。
白狼隊の車が地平線に消えるときまで砦の兵士たちは手を振り続け見送るのであった。
それから二日後サナダ白狼隊は2つめのダンジョン攻略の宝を王都へと持ち帰り、ギルドと執政官たちの頭を大いに悩ませることになる。
次は18時です!
ソーカの指導は激しくスパルタです。
このゴミムシ、返事はサーをつけろ! みたいな感じです。